理想の女性
子供の頃に、ばあちゃんがガンで亡くなった。その後を追うようにじいちゃんも亡くなった。
そして去年、その息子である父ちゃんも同じくガンになった。
延命治療は諦めてできるだけ家族と遊んで、最期は父ちゃんの遺言で生命維持装置を外して、この世を去った。
今年、兄さんが結婚した。
奥さんはバツイチで子連れだけど、とてもいい人ですごく気が合ったそうだ。
しかし、交通事故で二人とも亡くなった。
一人娘だけが、学校に行っていたので助かったそうだ。
葬式の喪主を務めることになった俺は、そのとき初めて彼女と顔を合わせることになった。
彼女の母方の親族とは絶縁状態らしくて、連絡先すらわからないらしい。
あとは孤児院みたいなところに行くか、俺の養子になるかのどちらかだという。
~葬式が終わったあと~
好きな女性のタイプと聞かれて、思い浮かぶのは、
ばあちゃんの事だった。
「寝ぐせついてる」
そう言って頭をなでなでしてくれた。
「お腹、すいてる?」
そう言って焼きおにぎりを作ってくれた。
葬式中は忙しく実感がわかなかったが、
俺も急に一人ぼっちになって、寂しかったのだろう。
だからこうして、ばあちゃんの思い出の夢を見ている。
「ごはんできたよ」
階下から聞こえる声は、兄ちゃんが俺に残してくれた、たった一人の家族。
なんだかとても懐かしい音と匂いがした。
彼女の高校は、ここからでも電車で通える距離なので、
とくに転校する必要はないそうだ。
出てきた朝ごはんは、とても美味しそうだ。
葬儀中はずっと仕出し屋から弁当を出してもらっていたので、初めて手作りの料理を食べる。
このあさりの味噌汁は、俺も好きだけど、兄ちゃんも好きだったなあ。
テーブルの手前から、アサリの殻を取り分けるための小皿がすっと差し出された。
「立ってないで、もう座って食べたらどう?」
俺がそう話しかけると、へへっと笑って
「作っている間に、なんだかお腹いっぱいになっちゃったんだよ」
と言って、ニコニコとこちらを眺めている。
それって普通は逆じゃないのかと思ってしまうが、
そんなにニコニコされると、どうしたらいいのか困ってしまう。
「卵焼きと目玉焼きならどっちがいい?」
う~ん、今日は目玉焼きの気分かな
「じゃあ目玉焼きでお願いします」
こちらを向いている彼女にそう伝えると、くるっとターンをして片手で卵を二つほど割る。
「あ、でもそんなに気を遣わなくてもいいからね。
ご飯もレトルトとか買ってきてもいいから」
鍋のフタを食器棚から探している、彼女の後ろ姿に声をかけると、楽しげな声の返事がきた。
「わかったわかった。
楽したいときは楽させてもらうからね」
俺はこのやり取りで、心がじんわり温められたような気がした。
それとすこしだけ、気恥ずかしくもなった。
朝ごはんを噛みしめるように味わっていたら、いつの間にか家を出る時間になっていた。
「そろそろ時間だから、会社に行かないと」
「ちょっと待って、寝ぐせついてる」
彼女はそう言って、椅子から立ち上がろうとした俺の肩を抑えて、手櫛で直してくれた。
彼女が成人する18歳までの3年間。
俺が親になれる自信は欠片もないけど、
俺と彼女は、きっとこれから上手くやっていけそうだなと思った。