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ニセモノギフト  作者: 天野 澪
6/6

零れ落ちたギフテッド

彼女がいきなり逃げ出してしまった後、茫然と立てつくしてしまっていたが、銃声に目を覚まし、後を追った。

先に言うが、これほど自分の体力のなさを嫌悪した瞬間はない。見失ってしまったのだ。

僕は焦った。猛烈に焦った。武装集団の蔓延るこの建物内で無暗に走り回るのは、危険にも程がある。

気が付けば、彼女を救うためには、一体どうすれば良いか。それが脳内を支配した。

今思えばそれは、言い換えれば『ゾーン』の状態であった。

それが潜在した…いや、組み込まれた能力を引き出す鍵であったのだ。

そして判明したのは、どうやら僕の能力と言うのは、「温度を司る」という事だった。

無意識に発動したと同時に、能力の応用だろうか「サーモグラフィー」が起動したのだ。

僕は壁をも貫通して見えるそれを駆使し、見事彼女を見つけることが出来た。

そして、今に至る。




「ここからいち早く逃げるんだ! さあ。」

「ちょ、ちょっとまって…。」

僕らは逃げていた。

「まてゴラァ! 逃がさねぇ!」

自由自在に能力が使えれば、こんなことになんてならなかっただろうに。なんて思うが、暴走が再発してしまえば元も子もない。とにかく逃げた。

階段を上り、踊り場にあったゴミ箱を男らに投げつけ、時間稼ぎをしておく。廊下を、元来た道を戻るように走っていくと、敵を蹴散らした跡が目に入った。すぐ側の壁には、背中を預けながら栄養ドリンクを飲んでいたカズサさんがいたが、僕らの方に目を向けると、一目散に逃げの姿勢を取った。

「ちょ、ちょっとキミ! もしかして誰かに追われてるのかい!? …って! あー! メガネちゃんとキミと一緒だったんだー! もう勝手にどこかに行かないでよー!」

あなたこの子吹き飛ばしたでしょうが。余裕がなかったのだろうか。

「あの、カズサさん! 来てますから急いで!」

地面に倒れ伏した連中を踏まないよう隙間を探しながら、僕らは懸命に逃げ走った。

適当に分かれた廊下を右へ左へと走っていくと、細く長い一本の廊下に差し掛かった。

他に使えそうなところもなかたので、本当に適当な選択だった、が。

それが間違いだったのだろうか。それとも最初から、連中の罠だったのだろうか。

ある一人の、それもランドレスがよく似合いそうな、いたいけな少女が、まるで待っていたかのように、ここに逃げ込むのを予想したかのように、廊下の真ん中に立っていた。

「なぬ! あそこに助けを求める可愛い子どもが! キミたち! ここは私に任せたまえ!」

カズサさんはそんな様子に怪しむも恐れもせず、一直線にそこへ向かった。

…その時だった。

少女とカズサさんとの間、そこにあったはずの床が、前触れもなく床崩れ落ちたのだ。

いや、切断されたと表現するのが最善か。

切断面は、鉄が溶けるほどの高温だからか、汚らしい銅色が灯っている。

「………」

少女はなにも喋らないし、表情を一切変えなかった。

ただ、握られていたのは、一太刀の日本刀だ。

間違えなく少女が引き起こした現象だと、僕ら三人は察した。

「ギフテッド…?」

「うん。間違えないね。ロス・ギフテッド刺客とみて良いと思うよ。」

そう言ったカズサさんの額には、玉の汗が伝っていた。

「けれど、あれも本物じゃない。君と同じ、人造のギフテッドだ。」

ロス・ギフテッド直轄の研究機関生まれの人造ギフテッド。僕と同じ肩書をもつ少女の頭には、ヘルメット…とは思えない、機械の様な何かがあった。

「あの、本物のギフテッドって…」

「私たちだけだよ。」

彼女は言い切った。お転婆な印象とはまるで違う口調だった。

「とにかくあれは危険だよ。」

「はい。斬撃に当たれば即死だと思います。けれど…。」

「手間かけさせやがって! 鬼ごっこは終わりだァ!」

「もう逃げ道はないです。」

ただ、このただ細く長い廊下には、一つの大きな特徴がある。それは、中庭を一望するためのガラスが、前面に張られているという点である。

いざとなれば、ここから飛び降りて脱出…ということも可能だ。もっとも、それで逃げ切れるとは限らないが。

「キミ、これを飲むといいよ。」

渡されたのは、さきほど彼女が飲んでいた栄養ドリンク。

「これを飲めば、ギフテッドスキルの発動時間を増やすことも、質を上げることもできる。」

バン! と男らは発砲するが、カズサさん特有の身体能力で、蹴り飛ばした。

「スルガお手製のドリンクだよ。ただし、容量は守ること。体を壊すからね。」

僕は迷わず蓋を開け、一気に流し込んだ。

「あたしは既に能力を使いすぎてしまっているから、思うように実力を出すことができない! それに、おそらく応援が後に来てしまう。時間稼ぎはできるけれど…ッ!」

またも銃弾を蹴り、軌道をそらす。

「せいぜい五分だと思って! 後はキミの能力で、そこの少女を止めてほしい!」

少女を方へ振り返る。頭にかぶっていた機械か何かを被り直し、なにやら操作をしている。すると、まるで包み込むように動き出し、少女の目まで覆いかぶさってしまった。

「…なんなんだ、あれ…?」

ふと、そう呟いた時だった。

「ああ、ああああああああああああああッッ!!!」

少女の、呻き声だった。頭のそれに支配されたかのように、手でそれを抱えながら、見えないなにかに足掻いている。

「あ、あの、何も分からないけど…。きっと、あの機械は、危険、だと思う…。」

「うん。僕もそう思うよ」

そういえば、先ほど握られていた日本刀がなくなっている。落としてしまったのだろうか…?

すると、少女の動きはピタリと止まった。

その瞬間。

「…ッッ!?」

少女の両手から、あらゆる鉄製武器が出現した。

「しししししし死ねシネしねぇ死ねえええーーッ!」

刹那、僕の能力は発動した。

僕めがけて放たれる剣、槍、矛を、一つずつと溶かしていく。どろどろになり果てたそれは、地面に落ち勢いを失う。

しかし、少女の猛攻は止まらない。

頭がおかしい。口からはよだれがだらだらこぼれ、目に色は宿っていない。

完全に、頭のそれに支配されている。

「危ないッ!」

「ぐわッ!!」

カズサさんが叫ぶと同時に、僕の肩に一発の銃弾が命中する。

「おおおおおお終わりィだァ!!!」

気が付けば、少女は僕の目と鼻の先で、片手剣を大きく振りかぶっていた。

「キミッ!!」

滝のように流れ落ちる血に、意識が霧散されてしまう。ギフテッドスキルが発動できなかった。

「くッ……え?」

なぜか、少女は剣を振り下ろさない。いや、振り下ろせなかった。

「カズサッ! 新入りィ! 大丈夫か!」

少女の後ろから現れたのは、ミコトさんらだった。

「素人がスルガの車から降りて、勝手なことするんじゃないわよ。」

アマネさんの頬には擦り傷が無数にあり、激戦を物語っていた。

「その声ッは! コウガ! アマネ! ミコト! ッと! 援護を頼むよ! もう限界だよ!」

「そのために来たんだ! アマネ! カズサと連携して対抗しろ! ミコトと俺はこいつを押さえる!」

動きを封じられた少女の脇を素早く抜け、アマネさんは援護へと向かう。

「新入り! そこをどけ!」

コウガさんは僕へそう叫んだ。一目散に横へ逃げると、けたたましい金属音と共に、床が弾けた。

「そこのメガネの子! 私の後ろに回って!」

「は、はい…!」

「待てッ! 危ない!」

少女は視線を地面に埋めつつも、正確な狙いで槍を投げつけた。

「ふッ!」

僕は咄嗟に手をあてがい、無意識に能力を発動させることに成功した。

「よし、上出来だ! 一気に畳みかける!」

コウガさんは前線に躍り出ると、ギフテッドスキル「空間掘削」を駆使し少女の猛攻を受け流す。

「オラぁ!」

一気に少女の懐に侵入した彼は、強烈なアッパーを、少女が着用した機械に命中させた。

「ああああああ!!!!」

機械ごと後方に吹っ飛んだ少女は、先ほどよりも大きい呻き声をあげるもすぐに落ち着き、その場で意識を失った。




「カズサ! 調子はどうかし…ラッ!」

空気の振動を応用した壁を作り、銃弾の雨を凌ぐ彼女。あっちはあっちで事が済んだみたいだが、今あだこちらは戦闘中。

「今日は…ッ! ううん絶好調だよっ!」

「いつものいくわよ!」

そう言った彼女は、凄まじい音の衝撃波を繰り出した。銃弾も衝撃のあまり、とんぼ返りしていくあり様だ。

「くらえええええ!!」

あたしはその能力を背中に受け止めると、それを糧に一気に連中へ詰め寄った。

「はッ!」

「グハァッ!!」

体にひねりを加え、次々と蹴りをお見舞いした。

そして、連中のすべてを片付けることに成功した。

「はぁはぁはぁはっ…。」

これの弱点と言えば、意識がもうろうとするほどの疲労が伴うことだ。

それはアマネも例外じゃない。

満身創痍ながらも、戦いを制したのだった。


「結局、あの少女はなんだったのよ…?」

激戦の後、施設の中には誰一人いなくなっていた。スルガさんがロス・ギフテッドの襲撃を国の保安部隊に連絡したらしい。いち早く駆け付けた彼らは、子ども、職員全員を無事保護し、避難させたのだ。

スルガさんの迎車に乗り込み帰宅した僕たちは、談話室にて会議をしていた。

ちなみに、疲労困憊だったミコトさんはコウガさんが部屋まで連れて行き、現在、彼女はそこでぐっすりだ。

「『人造ギフテッド計画』が生み出した人間兵器。頭に装着されていたのは、強制的にギフテッドスキルを発動させる装置だった。」

対象に、少女はここ談話室の開いたソファで寝ている。昏睡状態だと思われた彼女だったが、気を失っているだけであった。スルガさんによれば、すぐ目を覚ますという。

「な、なんてこと…人徳の欠片もないじゃない…!」

彼はなおもパソコンに向き合い「それがヤツらだ。」とつぶやいた。

「コウガがこれを破壊したおかげで大事には至らなかったが、オーバーヒート寸前だった。それは様々な後遺症をもたらすことは知っていると思うが、言語障害や神経麻痺をわずらうこともあるし、最悪の場合は脳死だ。」

ギフテッドスキルに伴うリスクは、決して小さくはないのだ。僕みたく記憶喪失に陥ることもある。

逆に言えば、記憶喪失で済んで良かったとさえ思った。

「スルガ。ちょっといいか。」

怒気の混ざった声の主はコウガさんだ。

…すると彼は、僕の背中に手を置いた。

「じゃあなぜ、コイツを現場に放り込んだ。スキルをコントロールできない、半人前だ。幸いケガやオーバーヒートは無かったが、危険な橋を渡らせたのは既成事実だ。説明しろ。」

「それは全部、彼の意思だ。我はそれに応えただけだ。」

聞いた途端、彼は勢いよく大股に詰め寄った。

「やめなさいよ。話が逸れてるわ。」

しばらく睨んだ後、彼は踵を返した。

「新入り。そういえば名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」

そう、問われた。

その言葉に対する返事は、できなかった。

問いかけた本人は、訝しげなまなざしを向けていた。

それを見かねてか、スルガさんは言った。

「コウガ。コイツには暴走した影響で記憶喪失を患っている。名前を思い出せないんだ。」

僕は黙って頷いた。

「…ああ。そうだったな。失念していた。悪い。」

それじゃあ…と、つぶやく声が聞こえた。

「かっこいい名前を私たちで考えようよ! 自己紹介も兼ねてねっ!」

カズサさんの提案に反対する者はいない。

「話がどんどん遠ざかっていくわ…。」

アマネさんはため息交じりに呟いたけれど、結局参加する運びとなった。

一周して自己紹介が終わると、次は僕と行動を共にした、高校の制服を着たメガネの女の子だった。

「あー!! メガネちゃんの名前を聞くのを忘れてた…! なんていうんだい!?」

カズサさんが言うと、彼女は口をつぐんだ。緊張しているのか。少しの沈黙を経て、彼女は始めた。

「えっと、『レオナ』と申します…。」

「レオナちゃん! 可愛い名前だね。年はいくつ?」

「はい、えっと、今年で十七歳になります。」

一緒だ。同い年だ。年は近いかなと思ってはいたけれど、まさかね。

「誕生日は?」

「九月一日です。」

僕八月三十一日なんですよ。一日違いじゃありませんか!

うう、同い年女子だとわかると、なぜだか畏れ多い…。

「おい、スルガ。」

「なんだ。」

「…レオナ、だったか、なぜ女子高生を連れてきた? お前にはまだ早いぞ。」

「何の話だよ。保安部隊は我たち抜いた施設内の人間を保護した後すぐその場から離れてしまった。取り残されたなら、我たちが保護するしかないだろう?」

そういうことか。

ちょうどそれを疑問に思っていたところだったが、聞き耳立ててあっさり解決してしまった。

それでは、短い付き合いになりそうだな。

「それじゃあ、この子の名前を決めてあげよう! レオナちゃんも一緒にね!」

ううぅ、と、了解してるか否か分からない返事をしつつも、一応は話し合いに参加してくれるようだ。

そして、かっこいい名前決定会議が行われることTなった。


「……。」

一時間、二時間と、時計の針は止まるところを知らない。

もうすぐ夕飯の時間。おなかの虫も泣き始めた。

コウガさん、アマネさんはキッチンへと移動し、鉄板の準備や調味料の整理を行っている。

きっと二人が中心に、食卓が彩られるのだろう。

楽しみだな…。

「……。」


「うわぁ! ハンバーグだ! いただきます!」

「ふわぁぁぁ…。私すっかり寝ちゃってたよ…。」

香ばしい香りを嗅ぎつけたのか、ミコトさんは目を覚まし、ぱくぱくとブロッコリーを食べていた。

ここに迎えられて、初めての食事となったが、言っても、まだ二日もたっていない。

まだ見知ったばかりの人たちと面と向かって食事をするというのは、想像以上に緊張する。

「どうした…冷めないうちに食べてくれ。アマネが作るハンバーグは格別にうまいぞ。」

「なっ……。何言ってんの、よ…。」

コウガさんが言うと、アマネさんは頬をほんのり赤らめ、そっぽを向いた。

「そうなんです…。昨夜はほんと大変で…。」

レオナさんはすっかり打ち解けたらしい。カズサさんと仲睦まじく談笑していた。

…なんか、僕の世界とは違った空間だな…ここは。

そういえばまだ、料理に手を付けていなかった。コウガさんが絶賛するアマネさんのハンバーグとは、どんな味なのだろうか…。

つたないナイフ裁きで一口にカットすると、デミグラスソースに絡めて口に運ぶ。

「…んっ! おいしい!! おいしいですよアマネさん! こんなの初めてです!」

「そ、そうかしら…。というか、いきなりキャラが変わったわね…。」

取り乱したというより、これが僕らしい僕であるのだが、旨いハンバーグのおかげで緊張が解けた。

「…あ! 名前を決めるのをすっかり忘れてた!」

米二合はあるだろ茶碗にがっついたせいで至る所に米をくっつけたカズサさんは、それをようやく思い出した。

「そそ、そうでした…。話に夢中でした…。」

「い、いやいや、レオナさん、馴染めているようで良かったと思ってましたし、気にしないでください。」

「それにしても名前ね…。こうなると、意外と難しいわね。」

「え、なになに? 名前?」

「記憶が飛んでいる。新しい名前を付けたいと、ミコトが寝ている間にカズサが言い出したんだ。」

なるほどね…と、ミコトさんも一緒に考え始めた。

うーん。うーん。じゃー…。えーっと…。

なかなかアイデアがまとまらないらしく、静かな時間が流れている。

『夜はムシムシとしているため、水分補給をこまめに行い、熱中症に注意してください。』

今日の爆破テロ未遂事件や、施設襲撃事件が取り上げられ騒がしがったニュースの、束の間の天気予報コーナーが、代わりに流れていた。

「今日も夜は暑いんだなー…。」

「…よる…。」

「そういえば、ミコトが育てていた花枯れてたぞ。」

「うそでしょ!?」

ドタドタドタと、彼女は慌てて席を立ち、急ぎ足でそこへ向かった。

「…はな…。」

ちょっとの騒ぎがあったからか、一層静けさは増した。

あっ…。

声を漏らしたのは、レオナさんだった。

「サクヤ…なんてどう…?」

僕の目をじっと見ながら、彼女は言った。

頭でそれを反芻しながら、ミコトさんやスルガさんにその名を呼ばれたシチュエーションを想像してみる。

「かっこいい…。」

彼女は興奮気味に立ち上がった。

「でしょ! 私もかっこいいと思う! うん!」

舞い上がってしまった自分を恥じたのか、ごめんなさいと顔を赤らめ、手でそれを隠すレオナさん。

あれ、可愛いな。

「いいじゃん! サクヤ! よろしくねっ!」

「ええ。イケてるわ。」

「いいと思う!」

女性陣には好印象なようだ。一方男性陣は。

「もっと男らしい名前もいいぞ?」

「ちょっとコウガー! いいじゃんサクヤって! あたし気に入ったよ?」

「お前がどう思うじゃなくてだな…。ま、新入り次第だけどな。」

全員の目線が、一気に僕に降り注いだ。

「えっと、はい! サクヤ、気に入りました。素晴らしい名前、ありがとうございます!」

それから、僕らは食事を楽しんだ。

「そういえばミコ。お前が大事に育てた花はどうだった?」

「……枯れてた。」

「…ぷっ。」

「わらうなぁぁぁー!」




「はぁ…極楽だぁ…。」

食事を終えた後、ミコトさんは僕をお風呂へと案内してくれた。

「それにしても、学校の地下にこんな生活空間があって、広いお風呂にたくさんの部屋まであるとは…。にわかには信じがたいけど、ああ気持ちいいぃ…。」

シャワールームしか設置されていなかったあそことは違って、ここには湯舟がある。

久しぶり…なのかは分からないが、どうやら僕は、風呂が好きなようだ。

「…って、そんなこと考えるのって、変だよな。」

独り言をつぶやきつつも、とりあえず髪と体を洗った。

恐らくミコトさんかアマネさんが使っているであろう高級シャンプーを使ったのは内緒だ。

脱衣所で髪を乾かし、これまた彼女らの化粧水をちょびっといただき、頬に浸透させるようにパチパチと叩いた。憧れていたやつだった。


「お先でー…す…?」

「カズ。サクヤの本名は、我が連中の研究機関のデータにハッキングしたとき分かったはずだ。それはお前も見たはず。なぜわざわざ新しい名前を決めたんだ?」

スルガさん、カズサさん以外、そこには誰もいなかった。

食卓を並べたテーブルは片付けられており、面と向かい合って話をしている。

「あのねスルガ。前話したと思うけれど、あたしも記憶喪失、やっちゃったことがあるの。サクヤより、ずっと大きなものを失ったんだ。」

驚いた。しかし思えば、彼女も僕と同じ…本質的には同じなギフテッドで、それに伴うリスクも同じだ。

「それでね。何もかも覚えていなくてさ。自分は何者で、今まで何をしてきたかも曖昧で…。もちろん親の顔なんて覚えてないし、兄弟がいたのかも覚えていない。」

頭で当時を回想しながら、彼女はつづけた。

「その当時は、生きた心地がしなくて、情緒不安定で。行く当てもなくさまよってたら、胸ポケットに新品の、中学の学生証が入ってることに気が付いてさ。」

スルガさんは相変わらず視線はパソコンだったが、手は完全に止まっていた。

「気持ちが悪くて…仕方がなかったんだよ。本当は、顔も体格も、ほくろの位置だって寸分違わない同一人物であるのに。なんだろ。赤の他人な気がして。それじゃ、今のあたしは、一体何者か、分からなくなって…。精神的に参っちゃってね。その場で吐いちゃった。」

まるで笑える昔話のような口調で話す彼女。

「だからね。『今崎みどり』っていう、何の意味も持たない記号としてじゃなく、『カズサ』として、心機一転することにしたんだ。」

「…なるほどな。しかし、お前が記憶を喪失するほどスキルを酷使した原因は何だったんだ?」

「ううん。覚えてない。スルガのギフテッドスキルで何とかならない?」

「流石に手掛かりが少なすぎるな。」

そんなこともあるんだねと、彼女は控えめに笑った。

「あ、でも、自分がギフテッドだってことは、なんとなく覚えてたな…。」

「そうか。…推測の域を出ることはないが、お前が話した時期とロス・ギフテッド発足の時期はおおよそ重なる。それほど酷使するきっかけと言えば、連中と戦闘状態に陥ってしまった、という可能性が挙げられる。」

一世を風靡する、幾多のテロを重ねてきた連中は、人の命も顧みない組織だ。それが事実であるとすれば、自分の身に危険が、あるいは、大切な人を守るために、スキルを酷使することになったのだろう。

「確かに、筋は通ってるね。でも、それすらも思い出せないんだ。」

「…そうか。まとめると、サクヤの名前を付けたのは心機一転させるため、という訳だったんだな。」

そういうことだったんだな…。

カズサさんのつらい過去の、片鱗に過ぎないが、知ることができた。自分自身が分からないまま、行く当てもないまま今に至るまで、たくさんの苦悩や壁が立ちはだかったのだろう。

機会があれば、詳しく聞かせてほしいと思ったが、まずはなにより僕へ、彼女なりの配慮を施してくれたことに感謝しつつ、なるべく音をたてないように自室へと向かった。




「おはよう。お寝坊さん。」

そう話しかけたのが、なんとなくだが聞こえた気がした。

「うーん…後十時間…。」

「桁を間違えてるよサクヤくん。」

眠たい目をこすり、意識を覚醒させる。

そこにいたのは、レオナさんだった。

「レオナさん…おはようございます…。あれ、今何時ですか…?」

「十時過ぎたくらい。朝ごはんできてたのに、全然起きてくれないんだもん。コウガさんのエッグマフィンは美味しかったなー。」

そういえば、レオナさんとこうして、二人で話をするのは初めてだ。

…あれ? レオナさんの第一印象は「引っ込み思案」だった…はず。

「そういえば、スルガさんから話を聞いたんだけど、私と同い年…なんだよね?」

「ん、ああ、そういえばそうだったな…。」

「だから、その水臭い呼び方はやめてほしいな。私年上の人には緊張しちゃうんだけど、同い年なら話すの楽だし。だから…ね?」

それは分からなくはないが…。

「じゃあ、れ、レオナ…ちゃん?」

「…ちゃん付けは、なんかね。これから一緒に暮らすわけだし。」

「そうだよ…ね…。ん?」

今なんか、衝撃なことを言われた気がする。頭がボケているのだろうか。

「どうしたの? …あ、そのことはこれから話すよ。」

彼女はデスク用の椅子をベッドの側まで移動させ、前かがみに座った。

そして、こんなことを開口一番に口にした。


「さっき、ロス・ギフテッドからメールが届いたの。」


「ええ!? 犯行声明とか!? もしかしてまた爆破予告を…っ!?」

「…いや、そうじゃないの。でも、ちょっとまずい状況なんだ。」

まずい状況…? 僕の思い当たるまずい状況とは違うのだろうか。

「昨日のメールは、ケイタイをもつ全ての、私も含めた人々に届いたわけだけれど、今回のは違う。スルガさんだけ。」

スルガさんにだけ届くメール。それは昨日の襲撃に対抗し、見事勝利を収めたことが関係してるだろうことは、容易に推察できた。

「ギフテッド…えと、あの子も人造なんだっけ。保護してるじゃない? メールの一部は、その子をいますぐ引き渡せという内容だった。」

ロス・ギフテッドの人造ギフテッド計画の産物である、剣を司るギフテッドの少女。

殺戮のマシーンと化した出来事を思い返せば、おいそれと引き渡すわけにはいかない。

「それで、連中は今まで、私利私欲を尽くした犯罪を行ってきたわけだけれど、とうとう標的が私たちとなってしまった、というわけ。」

「ちょっと待って。昨日の襲撃の時点で、既に僕たちが狙われていたじゃないか。」

「それは、連中の真の目的」

いつの間にか部屋にいたスルガさんは、腕を組みながら僕に告げた。


「施設内の人間が,連中に拉致された。」


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