衝突と唐突の出会い。
…その時、今、ミコトさんらギフテッドが置かれている状況について。事態の重大さを、察することが出来た。
「…要するに、彼らはその『ギフテッド』を、人々への脅しとして都合の良いように利用している…と?」
「ああ。一般人にとって、得体のしれない特殊能力集団が犯罪に手を染めているというのは…恐怖で凍えるだろうな。実際、そいつらが犯した犯罪の中で、人の死にまつわるものは、決して少なくない。」
クソが、と。彼は鬱憤を吐き出した。
ロス・ギフテッドは、一世を風靡する犯罪者組織だと知った。しかし、そこには誰一人として、本物は存在しないのだ。偽物なのだ。
「被害者含めた一般人は、まるでメラメラ燃え滾る炎のような、怨念や憤りを抱いている。」
そこで、言葉を区切った。尚も悔しそうに、拳を握り締める。
「だがそれは、飛び火した。偽物のクソどもへの怨念や憤りの炎が、それとは一切関係のない本物にまで、燃え移った。」
本物、つまりは、正真正銘のギフテッドで構成されたこのグループは、ロス・ギフテッドと全く変わらない存在であること。
…皆に、何の罪もなかったことを思うと、気の毒すぎると思う。
「正直、参っている。我はこの髪の毛が、ギフテッドだと差別される根拠となるからな。」
ギフテッドには、固有能力のほかに、身体的特徴が現れると、スルガさんは教えてくれた。僕からしてみれば、目に見える特徴より目に見えない「オーラ」を顕著に感じる気がする。仮に黒染めしたところで、根底は変わらないのだろう。
すると、なにか違和感を感じた僕は、助手席の天井部分に設置された、日除け兼鏡を見てみる。
「…? ああ。身体的特徴と言うのは、スキルを使えば使うほど浮き出てくるものだ。我の場合、スキルを常に発動しているわけだから、飽和してしまったんだろう。ここまで白くなったのは。」
なるほど。人造ではあるがギフテッドである僕にその身体的特徴がないのは、それが起因しているからか。
僕はさらに、疑問を投げかける。
「常に、ですか…? オーバーヒートの危険は考慮していないんですか?」
「お前と一緒にするな。我のスキルは、自然と発動してしまうものなのだ。頭を使おうとすると、な。」
怪訝な顔をしつつ、そう彼は言った。
確かに、ドローン越しに見たアマネさんやコウガさんのギフテッドスキルと比べれば、その労力は少ないように感じる。
「あ、えっと…。話の途中でしたね。」
「うん? ああ。飛び火の話だな。」
恐らく、今もギフテッドスキルを駆使して、情報を処理しているのだろう。
マルチタスクとも言えはするが、究極過ぎる。
「まぁ、要するに我々は、世間体に我々を知ってほしいだけだ。」
そう口にした彼を見つつ、僕は、それの途方のなさを、感じずにはいられなかった。
私たちは、施設職員の監視が届かない場所を縫うように移動し、二つ、三つと、順調に爆弾の処理に成功した。
コウガは、疲れを吐き出すかのようなため息を漏らした。
「大丈夫…? あまり無理しないようにね。」
「そうだよー! 肩なら余裕で貸せるよー!」
「ああ、大丈夫。気持ちだけで十分だ。」
スキルを使う度、それは脳を駆使して発動するわけだから、当然疲労がたまる。
疲労がたまりすぎると、今度は正常にコントロールが出来なくなる。
案外、繊細なのだ。
「ところで、爆弾処理は終わったのかしら?」
「ああ。スルガによれば、この施設に設置されたのは、合計で三つ。すべて処理したことになる。」
「そう…。分かったわ。今日は帰りましょう。」
奇跡的に、時限爆弾爆発までの猶予があった。ともあれ、安全に処理しきれたことは、素直に安堵だ。
…その安堵が原因か、アマネは意識を、スキルから、外してしまった。
「あなた達は…一体誰なの?」
『音』を操るというのは、『空気』を操る、という事である。
今まで無かったものが、突然現れた瞬間。その空気の変化は本能的な意識を向かせるには十分だった。
制服を身にまとい、眼鏡とベレー帽を被った、高校生の女の子が、そこにいた。
「しまっ…!」
その時だった。
危機を感じた、甲高い悲鳴が耳を叩いたのは。
「な、何が起こったッ!?」
『コウガッ!』
聞こえてきたのは、スルガからの無線だった。
『よく聞け! 今、武装したロス・ギフテッドが中へ侵入した!』
「な…!?」
バーンッと。銃声が鳴り響いた。
気が付けば、どこもかしこも、悲鳴だらけであった。
「な、なに…なんなの…これっ」
女の子は、パニックに陥る寸前であった。
『連中は、お前らを一度に打尽するための罠を仕掛けた! それの渦中に、お前らはいる!』
「罠!? そんな…ッ!」
ここに連中がたどり着くのは、もはや時間の問題だろう。
『とにかくお前らは、一人でも多くの命を守れ!』
「す、スルガは…! 君は大丈夫なのかい!?」
この状況に、流石のカズサも動揺を隠せない。
『ああ。連中の襲撃を一歩早く察知したおかげで、今は逃走している。三台ほど後を追ってきているが、なんとか平気だ。』
この状況を連中が意図的に作り出したとなると、寒気がする。
しかし今は、一人でも多くの異持ちを守ることが最優先だ。
「俺は外で暴れてる連中を止める。誰かここに残り、彼女の護衛に徹してほしい!」
「あたし、ここに残るよ!」
申し出たのはカズサ。
「よし。アマネ! ミコト! 行くぞ!」
「ええ!」「行こう!」
私は部屋を飛び出し、悲鳴の聞こえる方へ駆けた。
『…くれぐれも、気をつけろよ。』
戒壇を駆け下り、正面玄関まで一直線に伸びた一階の廊下へと降りる。
そこでは、たくさんの子供たちが、泣き喚いていた。
「探せッッ! 近くにいるはずだ!」
奥にアサルトライフルを持った武装集団を捉えた。地面に倒れ怯えていた子供を、邪魔だとばかりに、蹴り飛ばしたのは、それと同時だった。
「ッ!」
「ミコト!」
私は、集中を極限まで高め、連中へ、光の如く突っ込んだ。
「ぐおッ…!?」
勢いそのまま、腹部に蹴りを入れる。
「き、きたぞ!」
「撃てぇぇッッ!! 殺せぇッ!」
銃弾の雨が、ミコトに降り注ぐ。
…瞬間、弾は勢いを殺され、ぽろぽろと地面へ落下した。
「こういう使い方もできるのよ。」
我を見失い、本能に身を任せた私を、アマネは助けた。
「ほんと、あなたには手を焼くわ。」
「後ろだ! 別部隊が来るぞ!」
コウガが向いていたのは、正面ではなく、背後だった。
「なっ! 正面からだけじゃなかったのね…!」
「構わん! そこのあなた! 子供たちを安全な場所へ!」
職員はコウガへ感謝を示しつつ、慌てて子供に避難を促した。
「でも、カズサは大丈夫かな…!?」
「…今はあいつを信じるしかない。」
敵に包囲された今、思われるのは、一人で防衛している彼女だった。
「い、いやぁぁ!!」
「大丈夫! っつと! 私が守るから、心配しないで!」
先ほどから、退いては押されの攻防戦を繰り広げていた。相手は相当、ギフテッドを警戒しているのだろう。あたしの一挙一動に対し、応変に編隊を変化させている。
連中の狙いは私で、決して背後で怯えた女の子ではない。巻き込まれているだけだ。そう思うと、らしくもなく、申し訳なさと、危機感を感じていた。
しかし今は、集中せねばならない。
すーっ…と息を吸い、ふーっ…と吹く。
そう。イメージは、孤高で獰猛で、優雅な虎だ。あたりは荒野。だだっぴろいそれに朝昼晩と、ご丁寧に三食ご飯を作ってくれる、優しいお母さんなんてのは、いるはずがない。いなくていい。
だから、千載一遇を逃すような真似は、してはならない。
髪を一つに結った。
護る為に。壊さないように。
――――獣になるときは、集中しなきゃ。
まるで光が、まるで懐中電灯で、少し遠くにある道路標識を照らしたかのような。
音はなかった。そこに置いてきたからだ。
「ぐわあっ!!」
ハチの巣にされたってビクともしないような武装集団のおじさんたちを、一瞬、文字通り、瞬きのうちに、蹴散らした。
「ううっ!」
遅刻してきたのは、凄まじい衝撃波だった。
私は突き飛ばされた。
「…え!? いやいやまっグホッ!」
と、ちょうどその一直線上に男性がいたらしい。
私は背中から、彼に突っ込んだ。
「ごめんなさい! あの、大丈夫ですか…?」
勢いが殺されてすぐ、私は彼に謝った。
「……!? いやぁぁ! 前から人が突っ込ん…あれ?」
衝撃で意識を失っていたのか、彼はあっけらかんとした。
「あ、あの! 大丈夫ですか…?」
「ん、ああ! 平気です! そちらこそケガはないですか?」
「はい。おかげさまで…。」
けれど、さっき遭遇した大人の人たちも、この人も、一体誰なんだろう?
あの武装したおじさんたちを見て感覚がマヒしていたら笑えないけれど、でもたぶん、悪い人じゃないとは思う。
その時、確かに脳からは危険信号が出ていた。悪い人ではないのにもかかわらず、体の中のどこかの私が、この人を明確に拒絶している。
でもなぜだろう? そして、ふと脳裏をよぎった名前。
『ギフテッド』
私は、咄嗟に逃げ出した。声にもならない悲鳴を上げ、そこに地面がある限り、足を動かし続けた。
何度も何度もつまづいたせいで、膝の皮は擦り剝け、血が伝っていた。
でも、こうするしかなかった。
思い出したのだ。ギフテッドの名を。
都合が悪ければ無差別に人を殺し、罪のない人の命を脅かす、悪の権化。
ひとたまりもない。
すると前方、怖いおじさんの怒号が聞こえた。すぐそこの角を曲がったところ。場所は用意に予測できた。
とてつもなく近かったからだ。
「あのアマ、調子に乗りやがって!」
「仕方ない。あれは音のギフテッドだ。銃弾をも無効化する能力者はあいつで間違えなさそうだが、まさか音を司るギフテッドだったとはな。」
「底が知れねぇってことだろ。」
ちょうどそこにあった柱の後ろに隠れ、息を殺すのに精いっぱいだった。
「だが、ギフテッドを殺すことがロス・ギフテッドの現在の目的だ。」
「だな。ったくよ。何回も俺らの邪魔して来やがって。」
廊下はT字に分かれていて、恐らく岐路に差し掛かっているところ。右に行くか左に行くか。もし右に来ようものなら、助かる見込みは限りなく低い。
「俺ら金に釣られて組織入ってるが、まさか本物のギフテッドがいないとは思わなかったぜ。とんだはったり集団だよな。」
「おい。誰かに聞かれていたらどうする。愚痴を吐くなら場所を選べ。」
嗚呼。息がつらい。息に意識を傾けるほどに、文字通り真綿で首が絞められる思いだ。
吸う度吐く度に、過呼吸はエスカレートした。
「ちょっと待て…。 おい! そこに誰かいんのか!」
心臓がはち切れそうだった。どくどくと体に悪い音を立てるそれに応じて、どんどんと息が荒くなる。
「相当怖がってるみたいだ。」
足音が、こちらに向かってきた。とんとんとん、と。歩いたところで、男らは足を止めた。
「おいそこのガキ。こんなところでなにしてんだあん?」
武装はしていない、背広を着たおじさんだった。
「ご、ごめんなさいっ!」
「…今の話、聞いてたか?」
「今の…? わ、分からないです…っ!」
「その距離だったら十分聞こえたはずだ。」
思い出してみれば、確かに何かを言っていた気はするが、そんなことに意識を割く余裕なんてなかった。
「これはポンコツなこいつの責任だ。他にも聞いている奴がいるのかもしれない。だが、それは我々にとって不都合なんだ。分かってくれ。」
諭すような口で言った男の手には、拳銃が握られていた。
「痛み入る。」
閃光と共に放たれた弾丸は、彼女の頭目掛けた軌道をした…はずだった。
「…ふぇ?」
間抜けな声が出てしまったのも束の間、男は再度弾丸を放った。
…しかし、またも軌道はそれてしまう。
男の落ち度ではない。何者かに阻害されたかのような…。
「お待たせしてすみません。」
そこに現れたのは、なぜか頭を抱えながら、千鳥足で近づいてくる、先ほどの少年だった。
私の足元には、溶けてドロドロになった、見るも無残な銃弾が落ちていた。