敵
ロス・ギフテッドは犯罪者組織である。およそ三百名、男性八割で構成されたグループである。
身代金目的の誘拐事件や特殊詐欺、ひいては、殺人テロ事件を犯す組織で、幾度となく警察及び保安部隊との抗争がおこなわれたが、その圧倒的な武力(火器、重火器の扱いの巧みさ)は、それらにも引けを取らないという。しかし、圧倒的ではあるが、いくら国の保安部隊でも太刀打ちできないほどではない。念密な戦略と戦術かつ、一人ひとりの戦力の高さを誇るそれは、本来であれば、その組織を壊滅させられるはずなのだ。それができない理由がある、という訳である。それは…
「スルガのギフテッドスキルから、ここからおよそ二キロメートル離れた児童福祉施設に設置されたということが判明した。」
凛々しい顔立ちの男性は、パソコンに表示された情報を整理し、それを口頭で的確に伝えていた。僕一人蚊帳の外といった感じであるが、ミコトさんは「君にも、現状を把握しておいてほしい」と言い、ここ談話室へ連れられたので、一応ではあるが、話を聞いている、という状況である。
「少なくともこの学校ではないみたい。」
スルガさんのギフテッドスキルは「万物透視」。直接、対象に関連する情報と、間接、一見関連がないように思える情報とを統合し、推理する能力であるらしい。
推理によって導き出された情報は、あのモニターだらけの部屋からパソコンを介してミコトさん達に共有されるらしく、先ほどから睨めっこが続いていた。口頭で情報を共有するよりも文字に起こした方が都合が良いらしい。凄まじい勢いで情報が流れてきているそうだ。
「設置場所を特定できたそうだわ。」
パソコンの画面を直接見たいと思い、そばにあったソファに上り、背伸びをした。
画像と添付された文字列が、まるで土砂降り雨に打たれた水面の揺らぎのように、忙しなく表示されていた。
新たに判明したのは、このメールは、ここ東京エリア内すべてにおいての、メール受信が可能な機器に発信されているらしく、主婦、学生、サラリーマン、お年寄り、子供でさえ、閲覧可能であること。
「いますぐ現場に向かうぞ!」
僕は感じた。正義のヒーローになろうとしてるのは、ミコトさんだけではないのだ、と。
そこからは、驚きの連続であった。まず、スルガさんは中学生ではないらしい。見た目も心も中学生であるのは変わりないが、立派な成人であった。証拠に、彼の運転する車の助手席に、僕が座っている。
「助手席に座っているのなら、我の助手として手伝ってくれ。」
「スルガさんの助手なんて、僕には勤まりませんよ。おとなしくここに座らせてください。」
しかし、やはり中学生を相手にしている気分だ。
次に驚いたこと、それはミコトさんらの、機動力であった。
僕が車に乗り込むとき、彼女ら行動班は、既に急行していた。
……すると、まるで体操選手のそれかのような身のこなしで、縦横無尽に駆ける女性の姿を捉えた。
華麗であった。素人の僕でさえ、その技術の高さに目眩がするほどに。
彼女は、器用に植木の枝に着陸すると、前方に二回、ひねりを加えた回転し、今度は地面に着地した。
トントンッ、と。気が付けば、彼女は助手席の車窓の側にいた。
最初は、違和感を感じなかった。車を追い越さんが如くのスピードで街を駆ける溌剌な女性が、時速約六十キロを保ちながら車窓をノックするなんて、容易いことなん…
「おーい! きみきみ! スルガに伝えたいことがあるんだー! ここを開けてはくれないかねー?」
いや流石に驚いた。この人、100m何秒なんだ?
「おい。開けてやれ。」
冷静沈着にハンドルを握りながら、これが日常茶飯事であるかのような口調で言うスルガさん。
慣れるものなのだろうか。
ともあれ、一刻を争う事態であることは理解していたので、手元のレギュレーターをぶんぶん回した。
そして、彼女は言った。
「スルガくん! 安全運転でねー!」
「それだけかよッ!!」
初の会話で、初のツッコミであった。
「悪かった。」
急な通り雨の後、突然彼は、僕に詫びた。「ショックが続いただろう?」そう付け加える。
「ショックというか…。僕が、人造のギフテッドになって暴走してしまったことも、ロス・ギフテッドとかいう組織の研究室にいたことも、いきなり爆破予告されて、こうやって車を走らせていることも、実感が湧かないです。」
「…そうだな。それが自然であり必然だ。」
そう言うと、少しの沈黙が訪れる。
「そうだ。なにか疑問に思うことや気になることがあれば聞くぞ。」
気を利かせてか、質問を受け付けてくれるようだったので、無数にある疑問を一気に解消しよう。
「そうですね。それじゃ、あの三人の方々を紹介してくれませんか。」
彼とミコトさんとは、面と向かって紹介をしてもらったが、残りの男性一人と女性二人に関しては、名前すら知らなかった。
「後で紹介されるとは思うがな。まぁいい。」
そして彼は、ギフテッド半人前の僕に、彼らの情報を淡々と教え始めた。
「記憶に新しい、さっきのおてんば娘だが、あれは『カズサ』だ。天真爛漫、が一番似合う女だな。絡まれると面倒くさいから、留意しとけ。」
車窓をノックしてきた女性はカズサさん、と。
「ホームで、我の情報を口頭で的確に伝えていたであろう男は『コウガ』だ。質実剛健で、ここのリーダー的存在だ。もし何か困ったら、まずそいつに相談すると良い。」
談話室でふと垣間見ることができた男性、コウガさんの容姿を思い出してみる。
眉目秀麗でもあった。凛とした印象でありながら、それに逞しさを兼ね備え得ている、世の女性は虜であろうな、と思った。
「最後だが…。正直、我はそいつを嫌っている。言う事成すことが悉く冷酷だ。名は『アマネ』。」
スルガさんとは会って間もないけれど、彼がそう言うのなら、余ほどであろう。
「丁度良い。ここが目的地だ。」
彼は車を止まらせ、サイドブレーキを入れる。
現場となった、二階建ての福祉施設。ここが、今回の爆破予告の舞台であるらしい。
…そこで、今更ながらに、それも単純な疑問が、脳に過ぎった。
「これ、僕たち怪しまれません? この施設の方々とって、僕たち、不審者と思われ……」
「命に代えられるものは無いからな。残念だが、行動班四人組は、さっそく爆弾の処理へ向かったぞ。」
速すぎやしませんか…。
「ここだ。」
スルガの情報と照らし合わせながら、私たちは、現場となった部屋へとたどり着いた。
「わかってるとは思うけれど、私からくれぐれも離れないように。即見つかるわよ。」
アマネは警告した。
そう。アマネの半径およそ2メートル以内から出てしまうと、"見つかってしまう"。
彼女のギフテッドスキル「音響操作」は、対象の音を消したり、増強したりできる能力だ。
そして今、この能力が常に、私たち四人に働いている。存在感を薄める為だ。
当然な話ではあるが、私たちがこの施設に乗り込んだことが、誰かにでも知られたら、それも、施設関係者にでも知られてしまったのなら。間違いなく不審者の烙印を押される。それどころか、悪名が濃く広くなってしまう。
だから、見つかってはならないのだ。
――――ヒーローになるために。
「あったぞ…っ!」
緊張じみた声が聞こえたので、そこへ駆け寄った。
「…なんとなくは予想がついていたけど…ねぇ…。やっぱり伊達じゃない。あやつらは。」
そこには、本物の爆弾が、丁寧に設置されていた。
「あまり時間がない。ここで処理する。」
そう言ったコウガは、胡坐をかき、精神統一を始めた。
ギフテッドスキル発動を発動するためだ。
因みにだが、ギフテッドは脳が極限の集中状態「ゾーン」でなければ、スキルを正常にコントロールすることができない。
ゾーンに入るまでには、数秒とかからない者の他に、自分なりのルーティーンを介して、それに入る者もいる。
そして、彼のギフテッドスキルは「空間掘削」「未来予知」の二刀流だ。
「…よし。」
準備が整ったようで、彼は胡坐をほどき、徐に立ち上がった。
そして、対象の時限爆弾およそ拳一つ分の距離に、両手をあてがった。
力を籠める。ぐぐぐっ…、と、爆弾まわりの空間が、輪状に歪み始めた。
ぐぐぐ…っ、と。今度は、徐々に輪が中心に向かって小さくなっていく。
…そして、そこだけの空間が、削られた。
跡形もなく、爆弾は消えた。
「爆弾を一つ、処理できたみたいです。」
パソコンの画面に視線を張り付けたまま、僕は朗報を報じた。
「そうか。コウガのギフテッドスキルだろうが、なかなかに使えるな。我の出る幕はないみたいだ。」
表示されているのは、超小型ドローン映像。車の荷台に積まれていた代物だったが、本当に小型、いや、言うなれば、一匹のハエだ。これをスルガさん一人で設計して組み立てたというのだから、ギフテッドの底知れぬスペックの高さを感じずにはいられない。
だけれど、映像を通して見学した、ミコトさんら行動班の働きぶりに、どうしても、疑問を抱いてしまっていた。
「スルガさん。まだ質問、受け付けていますか。」
「こんな時になんだ。別に今じゃなくても…」
「どうして。」
彼を遮った僕の声は、空しく鳴り続けるファンの、乾いた音に溶けた。
「どうして、ギフテッド達は、人を守ろうとするんですか…?」
決してそれが、悪事という訳ではない。人間として、善行である。
「どうしてーーーー『ヒーロー』であろうと、するんですか…?」
ミコトさんは、僕のヒーローだ。路頭に迷うはずだった僕を救ってくれた。でも、彼女だけではなかった。もちろん、ここにいる彼も含めて、何か目的…いや、使命があるかのような、気がしたのだ。
彼は、すぐに答えようとはしなかった。視線は、パソコンに埋まっていた。
「…理不尽だった。我らには、何の罪もない。」
キーボードの上に置かれた両手に、握りしめる力が帯びた。
「ロス・ギフテッドについて、我々は一番の被害者だ。」
「攻撃された、とかですか?」
「違う。その名前に、だ。」
ロス・ギフテッド。その名に連なる「ギフテッド」の意味。
「脅しだ。」