真相
「君は、ある組織によって、人工的に、いや、強制的に、ギフテッドに目覚めたんだ。」
モニターに映し出されたデータが、受け入れがたい冗談を、現実にした。
「ぼく、が…? そ、それじゃあ! なにか特別な能力とか…例えば、空を飛べたりとか! そんなことができるってことですか!」
「…能力は、『ランダム』で決まることになっている。二つや三つ発現することもある。」
「お、おおお…。」
正直に言うと、嬉しかった。能力がある人生なんて、妄想では定番のシチュエーションだろう。
「そこが気になるのは分かるが、大事なのは、それが『人工』であることだ。」
「いいじゃないですか。人造人間! かっこいいじゃないですか!」
中学生なのはどちらだろうかとツッコミが入る場面ではあったが、もうどうでも良かった。
「話を聞け。お前が造り出されたのは、犯罪者組織の科学研究チームが所属する極秘の研究施設だ。」
「犯罪者組織…?」
「名前を耳に焼き付けておけ。」
彼は、それの名を口にした。
「ロス・ギフテッド」
「あいつら、そこまで行きやがったか…。」
コウガは、悔しそうにも、悍ましそうにも、彼らを嫌悪した。
いや、私は彼以上に彼らを警戒しているし、嫌悪している。
「あれの科学技術…そこが知れないわ…。」
アマネは、爪を前歯でぎりぎりと嚙み、表示されたデータを睨んだ。
「で、でも! つまりミコトは、その研究施設に! 人工のギフテッドが誕生する現場に、一人で向かったって…そういうこと…?」
カズサの問いかけに、私は無言で頷いた。
「…過ぎたことは、あまり責めたくない。どうしようもないからだ。だが一つだけ言わせてくれ。」
お願いとでも、警告とでも言うかのような趣旨を含んだ言い草だった。
「もう二度と、単独で行動するな。」
たとえスルガが指示したとしても。
「一番はそれの理由よ。ずっとそれが聞きたかったわ。」
落とし前ははっきりさせたい彼女は、私の次の言葉を待った。
「スルガと相談して決めたんだ。犠牲が最小限に収まるように。」
「…っ! あなたね…!」
彼女は私に詰め寄った。
「それで本当に犠牲になったら、どうしてくれるのよ! 人工ギフテッドだなんて幻みたいな生き物が危なくないわけがないでしょう! 私以外が無事ならそれで良いって思ったのか知らないけれど、仲間のためを思うのならまずは相談するべきだって、なぜわからなかったの!? 結果的に火災になってるじゃない! あんたはほんとうに…」
「やめろッ!!」
コウガの怒号が、水を打ったかのように、アマネの語勢を完全に止めた。
「僕が、暴走…?」
疑問はある。一つは、なぜ一世を風靡する犯罪者組織の名に『ギフテッド』が含まれるのか。仮にそうであるなら、脅威以外の何物でもない。二つ目に、なぜ暴走した記憶がないのか。能力が発現したことを楽観的にとらえていたが、見直さなければならない。
「ギフテッドとなり覚醒した君の脳がオーバーヒートした結果だ。」
「僕が火に囲まれたのはそれが原因…というか、僕のせい…なんですね。」
「その通りだ。」
覚えていない。気が付いたら独りぼっちで、気が付いたら火の海で、気が付いたら…。
「実感が湧かない、って顔をしているが、そりゃ当然だ。」
なにをいまさら、といった口調で、彼は口にした。
「だから、君のピースは抜け落ちているんだ。まるで虫に食われたかのように。おそらく、暴走で意識を支配される前の記憶は、抜けてしまっている。」
それが事実であるのなら、合点はいく。記憶がなくなるなんて、ウソみたいな話だと思っていたが。
「さて、これからはお待ちかね、きみの能力、についてだ。」
童心ながらに憧れた、個有能力の話。しかしながら、先ほどまでの優越感は、見る影もなくなっていた。
「我らはそれを『ギフテッドスキル』と称している。分かりやすいようにな。」
暴走という前科がある僕の能力、ひいては、ギフテッドスキルは、それほどまでに取り扱いが危険、という訳だ。
「お前の能力は…」
と、その時だった。
モニターから軽快な着信音が聞こえた。どうやらメールのようで、ギフテッドスキルについて話をする際には、無視しても別に良いだろうと、僕はそう思った。
しかし、それは彼にとって看過できないものであったらしい。
ドタバタとキーボードに立ち寄り、カタカタとそれを打ち、メールを拡大表示させた。
「…っっ!!」
バタンッ!と、誰かが扉を突き破るが如くの勢いで開けた。ミコトさんであった。
「す、スルガッ!」
「分かっている! すぐに向かってくれ!」
メールの内容は、こうであった。
『東京エリア内に位置する教育施設に、タイマー式爆弾を設置した。ロス・ギフテッド』
爆破予告であった。
ロス・ギフテッドは犯罪者組織。およそ三百名、男性八割で構成されたグループである。
身代金目的の誘拐事件や特殊詐欺、ひいては、殺人テロ事件を犯す組織で、幾度となく警察及び保安部隊との抗争がおこなわれたが、その圧倒的な武力(火器、重火器の扱いの巧みさ)は、それらにも引けを取らないという。しかし、圧倒的ではあるが、いくら国の保安部隊でも太刀打ちできないほどではない。念密な戦略と戦術かつ、一人ひとりの戦力の高さを誇るそれは、本来であれば、その組織を壊滅させられるはずなのだ。それができない理由がある、という訳である。それは…
「スルガのギフテッドスキルから、ここからおよそ二キロメートル離れた児童福祉施設に設置されたということが判明した。」
凛々しい顔立ちの男性は、パソコンに表示された情報を整理し、それを口頭で的確に伝えていた。僕一人蚊帳の外といった感じであるが、ミコトさんは「君にも、現状を把握しておいてほしい」と言い、ここ談話室へ連れられたので、一応ではあるが、話を聞いている、という状況である。
「少なくともこの学校ではないみたい。」
スルガさんのギフテッドスキルは「万物透視」。直接、対象に関連する情報と、間接、一見関連がないように思える情報とを統合し、推理する能力であるらしい。
推理によって導き出された情報は、あのモニターだらけの部屋からパソコンを介してミコトさん達に共有されるらしく、先ほどから睨めっこが続いていた。口頭で情報を共有するよりも文字に起こした方が都合が良いらしい。凄まじい勢いで情報が流れてきているそうだ。
「設置場所を特定できたそうだわ。」
パソコンの画面を直接見たいと思い、そばにあったソファに上り、背伸びをした。
画像と添付された文字列が、まるで土砂降り雨に打たれた水面の揺らぎのように、忙しなく表示されていた。
新たに判明したのは、このメールは、ここ東京エリア内すべてにおいての、メール受信が可能な機器に発信されているらしく、主婦、学生、サラリーマン、お年寄り、子供でさえ、閲覧可能であること。
「いますぐ現場に向かうぞ!」
ギフテッドであるのに驕らないかつ、「正義のヒーロー」のような姿勢であるのは、どうやらミコトさんだけではないらしい。
そう感じた。