仲間
空が白み始めた時間、僕と彼女は歩いていた。
「私はミコト。よろしくね。」
「ありがとうございます、ミコトさん。えっと…」
「それじゃ世間知らずの君に、今の世間ってやつを説明してあげるよ。」
「…僕って世間知らずなんですか?」
「そうだね。無知も良いところだね。」
「そ、そこまでだったのか…。」
いつ僕を世間知らずだと判断したのかは分からないけれど、確かにその手に関しては疎い自覚はあった。
「まず、『ギフテッド』の話から。」
「ああ。さっき言ってたあれですね。」
「そう、あれのこと。」
「ギフテッド…ってことは、『天才』ってことですか?」
「簡単に言うとそうだね。正確に言うと、生まれつき脳が異常発達した影響で、特別な能力が発現した人たちを指すんだ。」
やはりギフテッドは、彼女の他にもいるようだ。
「生まれつき脳が、ですか…。その能力というのは、どんなものがあるんですか?」
「能力は十人十色で、少し先の未来が見えちゃったり、常人の何倍も速く頭を回転させちゃったり…とかだね。」
「それじゃミコトさんは、空が飛べちゃうとか、光に紛れてワーッと…」
「っと…! ごめんちょっと急ごう。」
僕の後方で何かが目に入ったのか、彼女は突然話を遮り、歩調を速めた。
「み、ミコトさん?」
様子がおかしかったので、後ろを確認してみた。目に入ったのは、ランニング中であろう若い男性。
「ごめんね。いろいろ事情があって。後で話すから、もう少し急ごう。」
小走り、といったペースで、僕たちは目的地へ急いだ。
到着したのは、一見、何の変哲もない私立高校だった。大勢の生徒が昇り降りできるよう設計された横幅が太い階段をトントンと昇り校舎へ入ると、彼女はエレベーターを前にカードキーを取り出し、矢印ボタンちょうど真ん中に、それを差し込んだ。
「これ、君の分ね。無くさないように。」
そう告げると、彼女は合鍵ならぬ合カードを手渡した。
どうやら、このカードキーを所定の位置に差し込むと、地下一階、つまりミコトさんたちのホームに行けるようになるらしい。
しかしながら、厳重なセキュリティーだ。学校内ではあるが、生徒は立ち入ることのできない区画に、そのエレベーターは位置しており、その上このカードキー。
そこまで厳重にする意味が、果たしてあるのだろうか?
でも僕は、こういう近未来チックなのは嫌いじゃない。
ゆっくりとドアが開くや否や、思わず驚いてしまった。松明を模した照明(電気で動くので形だけである)や、高額な壺に入った絢爛豪華な花々。哀愁の漂う絵画など、実に芸術的な空間が曲線的に広がっており、壁には等間隔で扉が設置されていた。
「すべて、ここの理事長さんの代物なんだ。ああでも、好きに使ったり、鑑賞したりしてもいいみたいだから、気にしないで。」
たいそう贅沢だ。少なくとも、僕が今まで衣食住していた場所よりかは、遥かに上品であった。
「あ、そういえば、昨日から一睡もしてないよね、きみ。」
言われてみればそうかもしれない。気が付いたら火の海な状況で、寝られるはずもないが。
「確かに、少し疲れた気がします。あの、僕が休む場所は、用意されてるんですか?」
「もちろんだよ。ほら、あの一番端の扉。あれが、きみの部屋だよ。ベッドも、クローゼットも、冷蔵庫も、TVもある。自由に使っていいからね。」
あ、そうそうと、彼女は付け加えた。
「朝は八時、夜は十九時に食事だから、その時はここにいてね。」
あまりの待遇の良さに、思わず申し訳なくなってしまうが、とりあえず頭を下げ、自分の部屋へお邪魔すると、僕は真っ先にベッドへ吸い込まれた。
休憩室兼、談話室に用があったので、それのドアノブに手をかけたとき、中から話し声が聞こえた。
「ミコトのやつ、あれから帰ってないか?」
「分からないわ。けれど、家出したわけじゃなさそう。」
「スルガに聞いてみたら、何も答えてくれなかったよー!」
私の行方が分からず困惑している、仲間の声だった。
どの面を下げればよいか。このドアを開けたとき、なんて言い訳すればよいか。
そんなことが、頭の中で渦巻いていたからだろう。
仲間、正確に言えば背が高くて、高貴で、正義感の強い、頼りがいのある男性が、私の存在に気が付いていた。
「なにをしているんだ。こんなところで。」
彼は優しい性格でもあった。顔のパーツは一切動かない彼だが、目には見えない思いやりがある。
そんな彼だからだろう。整った顔に取り付けられた目は鋭く私を捕らえ、放そうとはしなかった。
「ミコト! どこ行ってたのー! 心配したんだからねっ!!」
いつもの元気で明るい性格の延長線の声音で言うパートナー、カズサ。
「ふぅ…。一件落着ね。ほんと、迷惑だこと。」
相も変わらず冷酷なお姉さん、と言った声音のパートナー、アマネ。
「み、みんな…その、えっと…」
「ミコト。」
そして、先ほどから何も言わず、ただ鋭く私を見据える、私のパートナー、コウガ。
「本当に、心配したんだぞ。」
こんな状況になってしまうことは、わかっていたつもりだった。
わかったつもりで、私は独りで、あの火災現場に向かった。
そうするしかなかったからだ。
あの子を、助け出すために。
「ごめん、ね。みんな。迷惑かけちゃって…。」
「本当よ。全く。話はきちんとしてもらいますからね。」
落とし前をきっちり聞くのは、アマネの良いところでもあり、個性だ。
「…わかった。しっかり話すよ。」
「ん…あれ。ここは…。」
照明が全くない空間だったが、目をよくこすりよく見ると、巨大なモニターと小型のモニターが光っているのが分かった。
えっと、いちにーさんしー…。7つはある。頭の良い眼鏡をかけた、博識な男性がハッキングとか情報処理とか捗りそうな、ぜいたくな環境だ。
いや、こんなところでモニターなんて見てたら、目がおかしくなりそうだ。僕には到底無理だな。
「…起きたか。」
そんな声がした気がしたので、辺りを見回してみた。
誰もいない。暗くてよく見えないのだ。
「どこを見てる。もし我を探しているのなら、見当違いも甚だしい。」
なんだこの人。声音を聞く限り、中学生もいいところだ。
「すみません…暗くてよく見えなくて…。」
「ふん。まぁいい。ホームに連れられ、やっとのお休みのところ残念だが、我の話を聞いてほしく、このルームに呼び出した。」
年齢とか見た目は中学生ではないとしても、心の中は完全中学生だ。
「えっと…。あなたは、誰なんですか?」
「我の名はスルガ。このルームの支配人であると同時に、万物を見通すギフテッドだ。」
「は、はあ……っえ? ギフテッド?」
ぱちーんっ、と。天井に取り付けられた照明が激しく発光し、スルガと名乗る男の子を、まるで舞台のそれかのように照らし出した。
暗闇にいたせいで、目は忙しなくその瞳孔を動かしたが、やっとの思いでそれを捕らえた。
「…綺麗だな…。」
ぼそっと出た言葉が、それであった。
「ほう…。我を見て綺麗と言うか。実に、君が二人目だ。」
ミコトさん以外のギフテッドと出会う、最初の機会であったが、それは「驚愕」のカテゴリーで、脳に刻まれるだろう。
なぜならそれが、白かったからだ。布団…だと少し欠ける。そう、絹だ。シルクみたいな絹のような、容姿をしていた。
「聞いているとは思うがこのホームの住人は皆、ギフテッドだ。それぞれに個性が出るから、そんな驚いていたら持たないぞ。」
…あれ。ミコトさん、このホームで集団生活をしているとは言っていたけれど、全員ギフテッドとは言ってないような。
しかし分かったことは、ギフテッドは普通人のそれとは相まみえない、凄まじい個性を持っているらしい、ということだ。
「あの…」
「で、早速だが、本題に入りたいと思う。君のことについてだ。」
いろいろ聞きたい僕を待つ気はないようで、ずかずかと話を進める、スルガと名乗る男もとい男の子。重要な話なのだろうか、組んでいた足を治し、口を動かすことだけに集中していると見える。
「単刀直入に言うが、君はついさっき、ギフテッドになった。」
意味が分からなかった。
『ギフテッドは生まれつき脳が異常に発達した人たちを指すんだ』
と言われたばかりなのに。中学生の戯言とでも適当に解釈して済ませれば良いか。
「へ、へぇ…。そんなー…ビックリダナー。」
「信じてないだろ。」
ばれた。
「まぁいい。それではゆっくりと、君から抜け落ちたピースを、拾ってあげよう。」
「極秘研究施設うぅぅ!?」
カズサは開いた口が塞がらないとばかりに、間抜けな声を上げた。
「うん。スルガがハッキングしたデータの中に、研究の内容と、被実験体の名簿が載っていたんだ。」
私はスルガに連絡して転送してもらったデータを、ノートパソコンに表示させた。
「これ…子供じゃないの…!」
「うん。ここ一年で誘拐された子は、みんな被実験体として拉致されていたと思う。ここに。」
実は、この一年間の子供誘拐事件は、例年より約三倍と激増していた。
「この横に書いてある数字は、一体なんだ。」
コウガは名簿に載っていた顔写真のすぐ下に、共通して数字、正確に言えばパーセンテージが表示されていることに気が付いた。
「これは実験の進捗率だよ。」
進捗率。56% 47% 18%という数字が、なにを示すのかは彼らにとって知るはずがないが、それの頬には、嫌な汗が伝っていた。
「『人工ギフテッド計画』これが、研究の名前だったんだ。」
「じ、人工だと…!? そんな…。」「ありえないよ!」
コウガがデスクを叩いた衝撃で、ノートパソコンの画面がブラックアウトしてしまった。
「待って! この数字がが『人工ギフテッド計画』の進捗率を意味しているのなら…そうこの子! この子は…!」
アマネが指さしたのは、一人の少年のデータだった。
進捗率はーーーー99.9%
「昨夜に、実験は成功したんだ。」