第1章-2話 『再会はみかん箱!?』
放課後、美緒と紫花は学校から15分ほど電車に乗った先にある馬場町へとやって来ていた。
馬場町はこの周辺では最もにぎやかな街でたくさんの店が立ち並んではいるが、いかがわしい店などはない、いわゆる学生向けのショッピングタウンだった。
もちろん二人は『友丸』を探すという名目でやってきたのだが、道ゆく男の人に「あなたは友丸ですか?」なんて訊いて回るわけにもいかない。じろじろと人の顔を見つめて探していたのではそれこそアブナイ人になってしまう。
自然、ただ人出の多い街を散策しながら買い物を楽しんでしまおうということになった。紫花いわく、友丸が居さえすれば、すれ違っただけでも分かるのが『運命なんだ』とのことである。
たしかに目をぎらぎらさせて探すよりも、その方がドラマチックだと美緒も思ったし、可愛い店で可愛い物をみるのも楽しいので、反対などするわけもない。
「見てみてー! このブルーのニット可愛くない?」
「えー、美緒にはこっちのコーラルのニットの方が似合うよ」
などと、たわいもないショッピングにいそしんで、時間が経つのも忘れてしまったのだ。
あたりも暗くなってきて、ふと気がついた時にはもう7時近くなっていた。
「おなかすいたねぇ。……いつものあそこ、寄ってく?」
にっこりと紫花が形のよい唇を微笑ませる。その『いつもの』場所を思い浮かべて、美緒も楽しそうな笑顔になった。
「うんっ。そうだねー。マスターのパスタ美味しいしね」
紫花が『いつもの』と言ったのは、この馬場町の外れにある小さな喫茶店『とりけらとぷす』のことだった。町外れにあるのであまり人には知られていないようで、いつも客は少ないが、店長のつくるメニューはどれも美味しい。
しかも――店長は若くて、これがかなりの好い男なのであった。美緒は店長の美味しいご飯が目当てだが、紫花などは店長自体が目当てなのではないかと思うこともある。
「今日のマスター特製日替わりパスタ何かなぁ」
などと言いながらも、紫花がパスタではなく店長のことを考えているのだというのは明らかだ。親友の紫花が年上好みだということは美緒もちゃんと知っていた。
「早くいこっか。私もおなかすいちゃったし、ごはん時だから急がないとカウンターに座れないよ」
いくら空いている店だとはいっても、さすがにごはん時に客が居ないなんてことはない。一番店長の近くに居られるカウンターに座りたいならば、早めに行った方が良いに決まっていた。
「まったく……いやな子ぉ。今日はあんたの友丸を探しに来たのに」
紫花はちょっとだけ頬をふくらませた。美緒が、自分をからかっていると分かったからだ。
しかし確かにその通りだと思ったのか、苦笑するように笑って、紫花はやや足早に『とりけらとぷす』への道のりを歩きはじめる。
その様子が可笑しくて、ちょっとだけ笑いながら美緒もそのあとにつき従った。
街の中心から外れにある噂の喫茶店まで、10分ほど歩くことになる。その道すがら、美緒と紫花は今後の『友丸』探しについての予定をたてていた。
何か手掛かりがあるわけでもない。あるのは、美緒が毎晩のように見ているあの『夢』だけだ。
「前世と後世が同じ顔っていうわけではないんだよね。あんたの夢だからきっと『みお』は『美緒』だったんだろうけど……」
「そっかあ。じゃあ、私の夢で見た『友丸』の顔を頼りに探してもダメなんだろうなぁ」
紫花の影響をもろに受けて、半信半疑だった美緒も今ではすっかりあの夢が自分の前世だと思うようになっていた。そうでも思わないと、あのしつこいくらいに毎晩やってくるあの夢に説明がつかないと思ったからだ。
「うーん。でもほら、きっと出会った瞬間に何か閃くものがあるよ、きっと。えっと……なんだっけ? ……ああそうそう。ソウルメイトってやつだもん」
楽しそうに、紫花は言ってくる。
「友丸に会えたら、あの重苦しい夢は見なくなるかなぁ。それなら、早く会いたいなぁ……」
前世の自分からのメッセージだろうがなんだろうが、あんな夢は何度も繰り返して見たい物ではない。出来ることならば、早くあの夢からはなれたいのだ。美緒はふうっと溜息をついた。
「見なくなるとは思うけど……早く見つかるといいね」
その様子があまりに辛そうだったからか、ぽんぽんと慰めるように紫花は美緒の背中を軽く叩いてくれた。
もうじき『とりけらとぷす』が見えてくるだろうという頃、ふいに、どこからか仔犬の鳴くような微かな声がした。
「ねえ、いまワンちゃんの声聞こえなかった?」
犬好きの美緒は、思わずその姿を探すようにきょろきょろと辺りを見回してみる。すぐに、その声の発生場所は見つかった。
二メートルほど先の電柱の影に、なにやら段ボール箱がおかれているのが見えた。どうやらその中から、声は聞こえているようだった。
「もしかして、捨て犬かな……酷いなぁ」
急いでその箱に駆け寄って中を覗きこむと、大きなみかん箱の中に柔らかそうなタオルが敷き詰められ、その隙間に一匹の仔犬がちょこんと座って『くぅんくぅん』と鼻を鳴らしていた。
柔らかそうな淡い茶色の、柴犬っぽい仔犬だった。むっちりとした足がとても可愛らしい。
「わあっ、可愛いー! ……でも捨てられちゃってるのかぁ、可哀相に……ねえ、美緒?」
「 ――!?」
紫花が暢気に話しかけてくる。
しかしその犬を見た瞬間、思わず美緒はぐらりと目眩がしたようにあとずさってしまった。
「どしたの、美緒?」
犬好きなはずの友人のその反応が不思議だというように、紫花は訝しげに美緒を見やる。いつもならば、我先にと仔犬を抱き上げて撫で回しているはずだ。それなのに、
「…………うそぉ」
思わず、美緒は茫然とつぶやいていた。
確かに今、美緒は見えてしまったのだ。この仔犬のその背後に……夢で何度も見たあの『友丸』の姿が重なるように――!
しかも。自分はこの犬を見た時に無意識のうちに喜びを……幸せな気持ちが一瞬、全身をかけめぐるようにわき上がったのを感じてしまったのだ。
ただ犬を見ただけならば、こんな心の動きはありえないと、美緒は思う。
「そんなのって、ありぃ?」
「な、なに? どうしたのってば、美緒!?」
あまりにも茫然としたようすの美緒に、慌てて紫花は問い掛ける。
けれども美緒は紫花の方は向かずに、そっとしゃがみこむと、恐る恐る仔犬のほうへと手を伸ばした。
「 ――友丸?」
「きゃんっ」
恐る恐るかけた美緒のその言葉に返事をするように元気よく、仔犬は可愛らしい声を上げて大きく鳴いた。その尻尾は、ちぎれんばかりにふるふると振られていた ―― 。