第1章-1話 『あれは前世?』
「というわけでね、そういう夢を毎晩のようにみてるのよ」
お弁当箱の隅に置かれた美味しそうにツヤツヤとした黄色の玉子焼きをつつきながら、名古屋美緒は溜息をつくように頭を振った。
学校の中でもお気に入りの中庭で昼食をとりながら、美緒はこのところ顔色が優れない訳を親友の紫花に説明しているところだった。
最近とみに夢見が悪く寝不足気味でもあったので、それを心配した友人の坂崎紫花に問い詰められたのだ。
本当はこんな馬鹿馬鹿しい話をするのは恥ずかしかったのだけれども。紫花のその剣幕に押し切られるように、夢の話をしたのである。
「……ずいぶんとへヴィな内容の夢だねぇ」
紫花はゆるいウェーブのかかった栗色の髪をかきあげながら、大きな溜息をついた。その大人びた表情と形のよい唇。同性の美緒から見ても、この紫花は美人でかっこいいと思う。
それに比べてやや少女っぽさの抜けない美緒は、自分の鴉のように真っ黒でストレートの黒髪と、高校二年生にもなっていまだに中学生に見られる童顔がコンプレックスでもあった。
「そうなのよ。そんなテレビドラマや小説だって見た覚えがないし、なんでこう、毎日そんな悲劇を見なきゃならないのかなぁ」
そういうドラマや小説を見て頭に残ってて見ちゃうというのはありかもしれないけれど、美緒にはそういう覚えはまったくなかったのだ。とにかく朝起きると、疲れている。楽しい夢ならまだしも、そんな重くて哀しい内容の夢を毎日見ているのでは、顔色も悪くなろうというものだ。
「夢の中に出てくる『みお』っていう娘はあんたなの?」
紫花は何か考え事をするように眉間に皺を寄せて、美緒の顔を覗きこむ。
「うん。毎日毎日、自分と同じ顔した娘が死ぬのを見るのはいやなものよ」
ぱくりと、たこウインナーを口に放り込みながら美緒は答えた。それ以外に出てくる人物に見知った顔はいなかったけれど、確かに『みお』は自分と同じ顔をしていた。
「それってさぁ、もしかして前世の記憶だったりして」
「へっ!?」
思わず、まじまじと紫花の顔を見てしまった。何をいきなり突拍子もないことをいうのだろうか、この親友は!
「だって美緒、夢を見始めたのって、この間あたしと馬場町に遊びに行ったあとからでしょ? あのとき二人で前世占いしてもらったじゃない?」
紫花はペットボトルのお茶を一口飲んでから、にこりと笑う。
「あのとき、美緒の前世は武家の娘だって言われてたじゃない」
確かに夢を見始めたのは、二人で遊びに行った時に興味本位で受けた前世占いの施術のあとからだ。そのときは、確かに前世は武家の娘で若死にしたと言われた。だからと言って――。
「きっと、あの占いがきっかけで、美緒は前世の記憶を少し取り戻しちゃったんだよ」
そう言う紫花の顔はどこか楽しそうだった。この美人の親友は、占いやら前世やらオカルトめいたものが大好きなのだ。
「でも……そんなのって有り得ないと思うけどなぁ」
食後のデザートに持って来たマスカットを一粒手に取りながら、まだまだ美緒は半信半疑に首を傾げてみせる。
「そんなことないわよ。前世って本当に有るんだから。あんただって興味あったでしょ」
「あるけど――」
「前世の『みお』が、あんたに現世で『友丸』を探して欲しいってメッセージを送ってるんじゃないかしら。私はそう思うな」
たたみ掛けるようにそう言われて、思わず美緒はうなずいてしまう。テキパキと言葉を操るこの紫花の勢いには、いつもたじたじとなってしまう美緒だった。
「うーん……仮に私がみおの後世だったとしても、私は『みお』じゃなくて美緒だよ? 友丸を探したって仕方ないと思うなぁ」
探してみても分からないのではないだろうか。たとえ前世で恋人だったからといって、今世でもそうなるとは限らない。
「なぁに言ってんの。『みお』は美緒自身なんだから、友丸に会ったら、好きにならずにいられないわよ。だって、『みお』はそうしたくて生まれ変わったんだから」
もう既に、美緒が『みお』の生まれ変わりだということが彼女の中では確定されているらしい。
「運命の出逢いが、きっとすぐにあるわよ」
にこにこと、紫花はあでやかな笑みを浮かべてそう言い切った。
「運命の出会い、かあ……」
その響きは少女の夢想を刺激するにはかなりの有効打であったらしく、美緒はほんわりと夢を見るように笑った。もし本当に自分があの『みお』の生まれ変わりならば。今度こそあんな悲劇ではなく幸せになれるはずだとも思う。
「そういうことなら、『友丸』を探してみるのもいいかもなぁ」
まんざらでもなさそうに、美緒は紫花の形のよい瞳に楽しそうな笑みを向けた。
「そうこなくっちゃ! そうと決まったら、今日の放課後はまた街に出ようね!」
人が多い場所に行けば、それだけ出会いも増える。紫花はパンッと手を叩いて、自分も協力するからねと片目を閉じて笑った。
まさか、運命の出逢いがすぐそこに――しかもあんな形で訪れようとは、いまはまだ知る由もない美緒と紫花の二人だった。