後編
その日の風紀委員会議後。宣言通り、奏介は仕事を手伝ってくれていた。
風紀委員メンバーが帰った後、机を並べて書類整理をする。
「この量を一人でこなすのは無謀じゃないですか?」
作業を初めて数分、奏介が呆れたように言ってくる。
あきらは苦笑を浮かべるしかない。
「そうかもしれませんね」
「そうかもじゃなくてそうです」
「ふふ。まさか年下に怒られるとは思いませんでした。菅谷君は本当に良い子ですね」
にっこりと笑って言うと奏介は照れくさそうに視線をそらす。
「……委員長は、頼りにしてる人とかいるんですか?」
「頼り、ですか?」
あきらは書類に判子を押しながら首を傾げた。
「悩みを相談できる相手とか」
「悩み……」
あきらは少し考えて、
「いないかもしれませんね。友達には相談される方ですし」
「そ、そうですか」
困ったことはなかった。悩みなど、自分で解決出来るか、または時間が勝手に解決してくれるものなのだから。
「それより、菅谷君の悩みならいつでも聞きますよ? そういうの、得意なんです」
「得意……」
「困ったことがあったらなんでも言って下さいね」
当たり前のように頭を撫でられ、奏介は何も言えなくなってしまう。
「なんか、いつも子供扱いですね」
「菅谷君はこうされるの、結構嬉しそうですけど」
「……委員長」
「なんですか?」
奏介は真っ直ぐに見つめてきた。
「俺は小さい子供じゃないし、委員長はお母さんじゃないですよ」
「え」
少し驚く。理由は分からないが、何故かどきりとした。そんなことは分かっているのだが。
あきらは、すぐに笑顔を浮かべた。
「すみません。そうですね、菅谷君の言う通りです。うちの家庭は母がいないのでわたしが弟や妹達の母代わりなのでつい」
「あ、そう、なんですね。すみません、余計なことを」
「良いんですよ。高校生の男の子にこういう扱いは良くないですしね」
平静を装っているものの、『お母さんじゃない』という言葉にドキドキしている。
「さて、今日はこのくらいにして、帰りますか」
あきらは書類をダブルクリップで留めて、立ち上がった。
「良いんですか?」
「ええ、残りは明日です」
そう言いつつ、ぼんやりと考えた。
(そうですね、将来はわかりませんけど、今のわたしはお母さんではないんですよね)
翌日放課後。
律儀に手伝いに来てくれた奏介と二人、並んで仕事をこなす。
「委員長?」
声をかけられてはっとする。いつの間にか居眠りをしてしまったらしい。
「やっぱり疲れてませんか?」
「……連日残ってますからね。昨日は菅谷君のおかげで早く帰れたんですよ」
「なら俺に任せて」
「これは委員長のお仕事ですよ?」
「まぁ、確かに」
委員長の肩書きだけは譲れないのだ。
「そういえば、クラス委員長もやってるんですよね。掛け持ちは大変じゃないですか?」
「まぁ、そうなんですけどね。小学校一年生から努めてますから」
「! えっ」
「そんな驚かなくても」
あきらは困ったように言って、
「なんというか、あまり取り柄がないので委員長という肩書きがアイデンティティーになってる部分がありまして。良くないとは思っているのですが」
そこではっとする。
「あ……。ごめんなさい、変な話」
奏介は控えめに笑っていた。
「それが委員長の悩みなんですかね?」
言われてドキッとしてしまった。
「そ、そういうわけじゃ。悩みとかじゃないですから」
急に顔が熱くなる。自覚がないだけで図星なのだろうか。
「初めての悩み相談がアイデンティティー委員長って、中々独特ですね」
「お、大人をからかっちゃいけませんよ」
「一つ年上の高校生を大人とは呼びません」
「う……」
その時は恥ずかしさでどうにかなりそうだったのだが、その日からダムが決壊でもしたかのように、彼に悩みを打ち明けるようになった。
とある日。
お決まりになった二人での残業。
「ですから、注意はしたんです。でも、妹のスカートをめくるなんて将来心配じゃないですか?」
「弟君、何歳なんですか?」
「十二歳です」
「……ちょっと、危険な感じしますね」
「次やったらもう少し強めに怒ろうかと思ってます」
あきらは頬を膨らませ、ご立腹だ。
とある日。
「最近、ハルノが凄く元気なんですよ。仕事がないので放課後遊びに行ったり、休みの日もウィンドウショッピングをしたりしてるんです」
「普通の高校生の方が楽しくなっちゃってるんですね」
奏介とは他愛もない雑談をするようになっていた。
(そういえばあの書類、今日提出ですね。菅谷君に手伝ってもらいましょう)
下校が始まる時刻、放課後の声かけを行いながらそんなことを考える。
と、いつかのギャル二人組が近づいてきた。
「ねぇ、ちょっと。この前はよくも恥かかせてくれたよね?」
「え、あ。あのときは適切な対応が出来ずにすみません」
「ほんとにね」
二人は不満そうだ。
「あんた風紀委員長でしょ? あんなことを男子にいわせるとか最低。あんたが言うべきでしょ。なんなの?」
「すみませんでした」
あきらが申し訳なさそうにしていると、
「たくっ、そんなことも出来ないなんて、風紀委員長向いてないんじゃない? てか、やんないでよ」
「え……」
向いてない、やらないで。そんなことを言われたのは初めてだった。何か、内側から崩壊してきそうな。
「あのー」
と、いつの間にか奏介が立っていた。
「失礼ですが、先輩方、東坂委員長はあなた方のお母さんじゃないので、おトイレの後始末まで求めるのはどうかと思いますよ。おうちではママがやってくれるんでしょうけど……。スカートくらい、ちゃんと自分ではきましょうね? 小学生でも出来ることですよ」
奏介が笑って言うと、ギャル二人は固まった。下校していく生徒がくすくすと笑う。
「いくら風紀委員長がお母さんみたいだからって」
「トイレの面倒をみるとか」
ギャル達は顔を真っ赤にする。
「何よっ、あんたっ」
「はぁ? セクハラじゃん」
と、後ろからハルノが顔を出した。
「あきら……お疲れ様……まさか先輩のスカートの履き方まで教えないといけないなんて……」
ドン引きだった。
「くっ!」
「い、行こ。付き合ってらんないっ」
あきらは二人の顔を見る。
「あ」
「大丈夫ですか? あきら」
ハルノが歩み寄ってくる。
そして奏介も。
「はい。二人ともありがとうございました。ちょっと、色々言われて何も言えなくなってしまって」
委員長に向いていないなんて。だったから自分には何が残るのだろう。
その後は風紀委員長としての仕事をこなし、残業の時間になった。
風紀委員室で二人きり、その途端、あきらははっとした。
何故か涙が溢れてきたのだ。
「あ、あれ」
「委員長!?」
さすがの奏介も驚いているようだ。自分が一番驚いている。
「ち、違うんです。あの、あれ」
委員長に向いてないと言われたのがショックだったのかもしれない。
「委員長、あの人達に何言われたか知りませんけど、気にしない方が良いですよ。あの人達、頭からっぽです」
「だ、大丈夫、です。ひっく」
しゃくりあげてしまい、何も言えない。
と、奏介に頭をなでられた。
「大丈夫ですから。気にしなくて良いですから」
「……」
母以来だった。誰かに頭を撫でられるのは。
「先輩?」
奏介の顔を見ると、ぎゅっと胸が締め付けられるよう。
「あの、大丈」
無意識だった。泣き顔を見られたくないのもあって、彼に抱きついた。
「い、委員長?」
戸惑った声。
「すみません。……ちょっとだけこうしていたいです」
「皆のお母さんするのも良いですけど、たまにはこうするのも良いと思いますよ」
ふわっと頭に乗せられた手、そして、奏介も抱き締めてくれた。
「……はい」
やはり、胸が締め付けられるようだった。
東坂委員長はifラブコメなら田野井さんルート【奏介の応援あり】も存在するので、今回は抹殺されてます。ファンの方【いるかわからない】すみません。
一応完結にしましたが、ネタがあったら連載中に戻して新しい話を上げるかもです。未定!
リクエストありがとうございました!