1 どうして綺麗になると決めないの?
「いいですか、ここが一番大切なことですから何度でも言いますよ。貴方は、綺麗になると決めていますか。体重が減ったとか減らないとかじゃなくて、貴方のカラダのシルエットが綺麗に見えるようになりたいと決めるのか決めないのか、どちらですか?」
「決めているつもりよ、先生。」
「先生ではなく、サクラでいいですから。」
パーソナルトレーナーとして、彼女のプログラムを開始して2週間になるけど、最初の関門が
なかなか突破できないでいた。開始前のインテーク・インタビューでは、やる気も気力も充分で素直に私の言葉も聞いてくれていたのだが、彼女の人生で染み付いた考え、多分、自分は綺麗じゃない。といういしきを変えていくには、トレーニングの時間だけの時間では、綺麗じゃないという意識にいつも押し負けてしまう。すべてに出来事をその考えの証明に使ってしまうことを止めることが、実際の体を動かすことよりも最初に必要なのだ。
「サクラちゃん。今日は少し怖いね。」
私が無言で、そんな事を考えながらいたせいか、怖いと言われてしまった。
「ごめんなさい。どうしたら、ユカさんに綺麗になるって自分自身で決めてもらえるのかって考え込んでしまったから。無理やりにはダメですよね。」作り笑いの笑顔をいつもの200%増しにして言った。
「サクラちゃんに毎回言われて、自分ではそう決めたつもりなんだけどね。」
また、いつものように戻ってしまうのか? そう思った時に私の後ろ30㎝位近くで、あることが頭よぎった。
私が彼女の事を信じないと、今じゃなくても絶対にそう出来るって確信しないとダメなんだ。その確信を持てるために私は何をすべきなのか?今の私の想いのレベルでは彼女には伝わらないだけなんだ。もっと強い想いを持つことが私に今必要なことなん。そう思ったら、自然と言葉が出た。
「ユカさん。ユカさんは、綺麗になったら、何をしたいって思っています?」
最初に綺麗になりたい動機は尋ねてはいたが、何をしたいかは聞いてはなかった。
彼女は言い出しにくそうにしていたが、本当はそこに私がもっと早く共感を示していないとダメだったんだと思って、こちらから言うのをグッとこらえて待った。
「スカートをはきたいの。」
「え? 」
「ミニのチェックのギャザーをはいて、踊ってみたいの。誰かに見てもらうダンスっていうわけじゃないんだけど。」
まるで、付き合ってください。って告白をされたようで、私の方がドキドキしてしまっていた。
確かに、ユカさんは、KーPOPが好きとは聞いたことがあったけど、男性アイドルの話ししかしないから、女性アイドルの踊りを踊りたいと思っていたなんて想像もしていなかった。
「そうなんですね。」
思わず興奮して、立ち上がった勢いで、モニター画面の前に置いていたコーヒーを床にぶちまけてしまった。すっかりリモートセッションだったのを忘れてしまっていた。
「それじゃ、少しその話をしましょうかね。」
何もなかった風を装いながら、50%増しの作り笑顔で言った。
「ちょっと私もコーヒー入れなおすから、5分だけ待ってて。」
やっぱり見えてたんだ。
大人の配慮をさりげなくしてくれたユカさんに、キュンとした私は、さっきひっくり返して取りあえず置いていたコーヒーカップを肘で突き落として、残っていたコーヒーをまた床にぶちまけてしまった。
私の叫び声に、画面にはユカさんは映っていなかったが、少し遠くでクスクス笑いが聞こえた。
床の掃除しよう。