閑話 温泉街フェルデ①
いつもの、何気ない毎日。何気ない、いつもの毎日。
そんな日々はとても貴重だ。ただ毎日を忙しく過ごしているうちに、色々な物事が動いて行く。
偶像騎士の開発もそうだし、動力炉の開発なんかもそうだ。
それらには様々な人がかかわっていて、俺を中心には決して動いていないけれど、俺を無視もしていない。
そんな日々の中で、今日という日がちょっとだけ違っていたのは、俺が駐騎場でオーヴェズの操縦席を整備しているときの事だった。
ふと目に古いカバンが目に留まる。俺とアイリュがオーヴェズで旅を続けている最中に使ったカバンだ。それを何気なく開けてみると、チャリンと床に何かが転がる。
それはエルツさんに貰った時にオーヴェズに仕舞い込んだまま忘れていた大金貨と数枚の金貨だった。
「お、お金だッ!!」
今の俺たちの財政状況はひっ迫している。
だが大金貨があれば期限の迫った借金を返済したとしても、少しくらい余裕が出来るはずだ。
これはラッキーだぞ! 少しくらい贅沢をして、皆と外食してもいいよな。いやいや、それくらいじゃ使いきれないぞ?
「オフスー。どうしたのー?」
オーヴェズの外から、アイリュの声が聞こえてくる。
外を見ると、制服姿のアイリュがこちらを見て手を振っていた。
さっきの俺の声に反応したのかもしれない。操縦席を降りると、アイリュに古いカバンの中に入っている金貨と大金貨を見せる。
「以前報酬で貰ったお金が出てきたんだよ」
「あッ! すっかり忘れてたね! う~ん。とりあえずマイシャさんに渡してから考えよっか」
「それでも少し余るんじゃないか? 皆でどこかリフレッシュしに行こうぜ」
「行くってどこへ?」
いつか、アイリュに話していた計画を実行する時が来たに違いないぞ!
俺は笑顔を浮かべ、アイリュの両手を取る。
「温泉だよ! フェルデに皆で行こう! 皆、このところ働きすぎだって。美味しいものでも食べて一泊二日くらいのんびりしようぜ?!」
「もう! ……でも、マイシャさんちょっと最近ピリピリしてるしな~」
「やっぱりお嬢様生活から貧乏生活になっちゃうとストレスありそうか?」
「それはあると思う。マイシャさん気丈だから表に出てないけどね」
マイシャはプライドの塊みたいな所があるからな、その分人の何倍も努力しているのを俺は知っている。
折角俺と一緒の道を選んでくれたんだ、俺の見ているのんびりした景色も彼女に見せてあげたい。
「じゃあ、やっぱり少し息抜きさせてあげたいよな、イーブレ村にいた時のアイリュだって休みくらいあるんだろ?」
「ん~、ないかな~、雨が降って畑仕事が出来ないときは、臼を回しながら女子で集まっておしゃべりしてたりするくらいかも」
「それって仕事じゃないのか?」
「まぁ、イーブレ村は自然が仕事の相手だからね。いざって時にしっかり動けるように、いつも七割六割くらいでずっ~と働いている感じかな? 都会の人はいつも緊張していて休みが無いとダメだよね」
「やっぱり生活様式が違うんだなぁ。都会生活か……」
都会は便利だけど、気疲れもする。
裏を返せばアイリュも相当疲れてるって事だよな。
「よし! リフレッシュは大事だ! もう俺が決定した! そうと決まれば早速行動開始だ!」
「もう! オフスったらいつも突然だよね!」
「いいじゃないか! きっと楽しい未来が俺たちを待ってるに違いないぞ?!」
少しだけ男の子な想像もしながら、俺の夢は広がっていくのだった。
◇ ◇ ◇
その日の夕食の時、さっそく俺は皆に相談してみる。
リーヴィルが一番興味を持ってくれていた。
「ん。温泉? いいよ。いこう。フェルデだよね」
「そうだ、皆で行けば楽しいこと間違いなしだぜ」
耳をピコピコ動かしながら俺の顔を見つめるリーヴィル。
「ん。えっち」
「盛り上がりもしないこの状況でいきなり落とすなよ! お楽しみの部分が抜けてるって!」
「ちょっとオフス! お楽しみの部分てなんなのよ!」
浮かれる俺とは対照的にマイシャの声は冷淡だった。
「そんな事している場合ではありませんわ、今大変な状況なんですのよ?」
「マイシャ。俺はお前と一緒に温泉に行きたい、そのためにこの温泉旅行を計画したんだ。マイシャの代わりはヒーゲル君が身代わりになってくれる予定だ。安心してくれ」
夕食の前までに色々な手配や根回しはしてある。
ヒーゲル君に詳細は伝えていないが、数日マイシャがいなくなる事を伝え、泣きそうになる彼を置き去りにしてきた。多分大丈夫のはずだ。
「まぁ、ヒーゲル君は優秀ですから何とかしてくれるはずですけれど……」
「よし! それじゃ決定だな!」
マイシャは溜息をつくと皆を見渡す。
「行くのはここにいる人で全員ですの?」
「いや、リノちゃんやグゥちゃんも連れて行くぞ!」
リノちゃんもグゥちゃんも俺の大事な家族だ。のけ者なんかに出来るわけがない。
「でも前に泊まった宿は無理だと思うよ? あそこ高そうだったし……」
アイリュは心配そうな声をあげてくる。
ニジャさんと泊まった宿は、間違いなく最上級の宿だ。あんな所には泊まれない。しかし事前にリサーチも済ませてある。
「心配するな、こんなこともあろうかと、以前滞在した時に下調べはつけてある! 俺がとびっきりのおもてなしと言うのを披露してやるぜ!」
「よく分かりませんが、期待してもよろしいと言う事ですわね?」
「大丈夫だ! 安心してくれ!」
俺は胸を張り頷く。皆その様子に、まばらな拍手を送ってくれた。
「あとこれだけは言っておく!」
俺は真顔になると、人差し指を立てる。
「水着を持っていくんだッ!」
なぜか皆のリアクションは全くない。
「ん。温泉は水着、当たり前だよ?」
「あまり肌を見せるのはよろしくありませんのよ?」
まじか? リーヴィルは俺より常識を学んでいるのか?
お店で接客とかしていれば当然なのか?!
「素朴な疑問なんだが、フェルデとかで水着を着けないで入浴するのはダメなのか?」
「もう! そんな変態な事できるわけないでしょ?!」
以前、知らずに温泉に入っていたとはいえ、俺の他に裸で温泉に入っていたヤツがいたよな……。忘れよう……。
「でも私、手持ちがありませんわ」
「私も~、そんなの持ってないよ!」
「ん。大丈夫だよ。私と一緒に選びに行こう」
「リーヴィル?! お前、都会に馴染んでるな!」
リーヴィルは小さくブイサインしてくる。
「よし! リーヴィル。アイリュとマイシャに、一番いい水着を頼む! ついでにリノちゃんにも用意してやってくれ」
「ん。まかせて」
俺とリーヴィルとアイコンタクトを交わす。
これだけで俺の意図がリーヴィルにも伝わっているはずだ。これで可愛い水着姿が見られるぞッ!
「もう馬車も手配してある! 出発は明後日の早朝だ。それまで旅行用の手荷物をまとめておいてくれ!」
「「「はーい」」」
そんなわけで、ドキドキわくわくの温泉旅行が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
早朝から馬車に揺られ、俺たちは夕方前にフェルデに到着する。
別の馬車で、リノちゃんとグゥちゃんもフェルデの宿前で合流する手筈だ。
「いきなりやってきました! 温泉街フェルデ!」
「あちこちから湯けむりが出てるね!」
「ん。おなかすいた」
皆口々に感想をもらす。
「温泉の香り、嫌いじゃありませんわ。この香りをかいでいますと、なんだか少し落ち着きますわね」
もう言うとマイシャは顔をすこしほころばせる。
これだけでも、旅行を計画したかいがあるってものだ。
街中を進むと、宿泊先の宿が見えてくる。
手前の待ち合わせ場所にリノちゃんとグゥちゃんも見えた。
しかし、この場所にいないはずの人物も見えるじゃないか!
その人物はよく見た顔の小柄な男性なのだ。
「おい! なんでヒーゲル君がついてきてるんだよ! なんで毒舌ショタ枠がこんな所にあるんだよ!」
不満そうに言う俺にヒーゲル君はすまなそうな顔をする。
「え? 女だらけの温泉旅行に男が一人なんて、危なすぎるからってリノミノアさんに誘われたんですよ。危ないって言うか僕から見ればオフスさんて確信犯ですよね」
口調は全然すまなそうじゃなかった。
「うむ、ヒーゲル君は分かっておるな。子供連れじゃからセーフティーは用意しておかねばならんのじゃ」
「俺は純粋な気持ちなんだよ。大丈夫だ! 間違いは起こらないから……」
俺の足元にグゥちゃんが寄ってきてくれる。
俺は優しく頭を撫でてあげると、腰を落としグゥちゃんを肩車した。
その様子をリノちゃんは瞳を十字にしながら見つめてくる。
「……背の高い男と言うものは、なんというか、良いものじゃな」
「あら? リノちゃんもそんなこと言うようになったんですの?」
「まぁ、ちょっと頼りないけどね」
『ちょっと頼りない』は余計だぞアイリュ。
「じゃあ僕フロントで手続きしてきますね!」
ヒーゲル君は俺たちの雰囲気を察したのか、手を振り宿に向かって歩き出す。
俺たちだけ親し気な雰囲気じゃヒーゲル君もいたたまれないよな。
リノちゃんも気を使ってやればいいのに……。
仕方ない、ヒーゲル君にも温泉を楽しんでもらうか。
彼がフロントで手続きを行ってもらってる間に、どうやらリノちゃんは温泉の看板に興味津々の様子だ。宣伝が書かれている看板を食い入るように見つめている。
「ここの湯はなんという湯なのじゃ?」
「ロウフォドリー湯だよ」
事前にリサーチしてある。ロウフォドリー湯と言えばこの世界で周知の事実なのだ。
「おお、ロウフォドリー湯か」
「ろうふぉどりーゆ? なに? それ」
ん? アイリュは知らないのか、イーブレ村には温泉無さそうだったしな。
俺はグゥちゃんを肩から優しく降ろす。
するとパタパタとリノちゃんの隣に走っていってしまった。だいぶ動きが滑らかになってきたな。早くグゥちゃんの笑顔も見たいもんだ。
リノちゃんはグゥちゃんと手をつなぐと、アイリュに向き直る。
「ロウフォドリー湯と言えば混浴風呂の事なのじゃ。ロウフォドリーの男女がツガイになるための、お見合いの場の意味合いも強いのじゃよ」
「リノちゃん! ロウフォドリーの、ふ、風紀が乱れまくっていますわ!」
マイシャはそう言うとあたふたと顔を真っ赤にさせる。
「何を言っているんじゃ、ちゃんと水着を着るのがマナーなのじゃよ。皆も持って来ているんじゃろ?」
「うん! リーヴィルちゃんに選んでもらったからね」
「ん。持ってきた」
よし! ちゃんと持って来てくれたようだな!
やましいことは無い、決してそんなことは無い! ちょっとだけ俺の抑えきれない刺激を満たしたいだけなんだ。
「ありがとう。ありがとう! リーヴィルッ」
リーヴィルも嬉しそうだ。実は皆が買った水着のデザインはリーヴィルなのだ。
リーヴィルは、アイノスさんの店で色々なコスチュームをデザインしている。水着も色々デザインをしてくれているのだ。
アイノスさんも新商品開発という事で、リーヴィルのデザインを外注し実際に製品にしている。
ちなみに、皆が商品を選んだ後に代金を支払いに行くと、アイノスさんは気前よく低価格にしてくれたのだ。アイノスさんはいい男だぜ、俺もああいう男になりたいもんだ。
「かわいいデザインですけど、ちょっと小さかったですわね。胸が」
「そうじゃのう。ちょっと入らないのじゃな。胸が」
小さめだったのか? あまり水着のサイズが豊富じゃなかったのかもしれないな。
そんな風に思っていると、アイリュの表情が険しくなっているのが分かる。
アイリュも小さいというわけでは無い、むしろ普通以上にあると思う。ただ二人の前ではちょっとだけボリュームが無い気もしないでもない。
しかしだ! そんな事はどうでもいいんだ。女の子の魅力というのは、男という人種では語りつくせないほど多様性があるのだ!
そんなアイリュを慰められるのは、今! 俺しかいない!
「アイリュ! 大丈夫だ。俺から見れば大満足だ。アイリュは俺を十分満足させることが出来るんだ! 信じてくれ!」
「……じゃあ、オフスはマイシャさんとリノちゃんでどのくらい満足できるのよ」
フォローしたつもりが墓穴を掘ったような気がしないでもない。
俺はさり気なく、横目でマイシャとリノちゃんを見比べる。
何て言えばいいんだ!? お世辞とかフォローとか俺にはよく分からないぞ? いつもそうしてきたように、きっと正直に言えば大丈夫なはずだッ!
「マイシャなら俺二人は余裕だ。リノちゃんは片方で俺二人は満足できるッ!」
「片方って何よ! それじゃ私、マイシャさんの半分で、リノちゃんの四分の一しか満足させられないじゃない!」
「い、いや、そう言う意味じゃないんだ! 違うんだ! 信じてくれッ」
「それ以外のどう受け取れって事よッ!」
まずい、正直に言い過ぎたのかもしれない!
アイリュにはアイリュの魅力が沢山ある。俺はそれを伝えたい。
アイリュが鉄拳を振りかぶる。
あれが振り下ろされる前に、俺は真実を伝えたいだけなんだ!
ホゲッ。俺はそう呻くと、床にどさりと転がる。
手続きが終わったのか、ヒーゲル君が丁度やってくるところだった。
「あ、さっそくオフスさんは何かやらかしたんですね。懺悔したほうが楽になりますよ?」
「そうよ! オフスったら……。もう知らないわッ!」
「オフスには感心せんのじゃな……」
お、俺が言いたかったことはそうじゃないんだ……。
「ち……、ちがう。アイリュには、いろいろな……」
起き上がろうとする俺の顔面にアイリュの靴底がめり込む。
「あ、まだ何か言ってますよ? そこまでして自分を取り繕えるのは立派ですよね?」
ヒーゲル君の声と共に、皆の冷たい視線が突き刺さっていく。
クソッ。ふざけやがって!
オフスの真心は瞬殺されてしまった。
しかし、オフスは、あきらめていなかったのだった……。




