三話 文明の力
≪第一次恒星間航行速度に移行完了。パイロットの視界情報を仮想現実に切り替えます≫
真っ暗だった世界が切り替わり、先ほど移動を始める前のコクピット内の風景と同じになる。
この感覚は俺も知ってる。完全没入型の仮想現実だ。
コクピット前のスクリーンに映し出される星々の風景は、緩やかに後ろに流れていく。
まぁ、さっきみたいな真っ暗な世界に閉じ込められるのよりは全然マシだな。
≪シエリーゼの各部確認後。第二次星間航行速度に移行します≫
「なぁ、次元寄生体から逃げ切ったのか?」
≪はい、現状の速度に彼らは追いつけません≫
俺は安堵の溜息をつく。
「よし! 質問タイムだ~、今の状態ならのんびりできるんだろ?」
≪はい、保留になっていた質問に回答させていただきます≫
あ、それよりも気になることが出来たな。あの化け物は一体何なんだ?
いきなり何もない空間から現れて、クエリが何とかしてくれたからいいけど。
「いや、その前にだ! 次元寄生体ってなに? ほら、それが敵なら一番最初に知らないといけないだろ?」
≪はい、次元寄生体は約一万二千年前、エネシアス星系の霊子サーバが創造した敵性存在だと考えられています。特徴は空間を自由に行き来でき、生物の精神を捕食し破滅させる事です。また捕食対象は精神の他に霊子エネルギーも含まれます≫
そんな、恐ろしいものがこの宇宙にいるのかよ。他の事ももう少し詳しく話を聞かないといけないか。
「ふむ、霊子サーバってなに? なんで次元寄生体が創られたんだ?」
≪霊子サーバは、霊子、広義的には魂を内包する巨大な量子サーバだと考えて下さい。精神生命体となった人類の居住空間となります。また、次元寄生体が創られた目的は不明となっています≫
「あーやっぱり、映画の中みたいに量子サーバの中で生活とか、未来はそうなるんだな。それじゃ俺とかシエリーゼみたいなのは、次元寄生体からサーバを守るために作られたって事?」
≪はい、その通りです。次元寄生体に対し霊子サーバは捕食対象となり、あまりにも脆弱でした。その対抗措置がシエリーゼであり実体人類です≫
「シエリーゼと俺は、エネシアス星系つまり次元寄生体の本拠地で戦闘して、大破、漂流してたってわけか」
≪はい、シエリーゼは現在目標宙域としているリアレス星系内、惑星ティアレスから進軍しました。第三十六次エネシアス方面旅団、局地戦闘兵となります≫
「なんだか聞いてるだけで映画が一本作れちゃいそうだな。ん~、じゃぁ次元寄生体が創られた目的って分かってないみたいだけど、クエリの個人的な推測とかは?」
≪はい、公式の記録は不明となっております。クエリの”クラシックモード”での推論となりますが、人類及び精神を持つ生物全般の消去を目的に創造されたと考えられます≫
「すげー物騒だな」
俺はそこまで聞くと、深いため息をつく。
シエリーゼがこんなになってしまう戦闘とか、イメージもできない。
そうだ、まだ聞かなくちゃいけないことがあるよな。
「次に保留にしていたヤツを頼める? えっと、それってなんだっけ?」
≪はい、保留となっていました”耳鳴”及び、”透明化現象”についての回答をします≫
「お~、それ頼むよ~」
≪先ずは耳鳴りと感じられる音の症状ですが、これは、時空間上に運命エネルギーの分岐点があり、その点に近づくと魂に共振現象が……≫
俺は無い脳みそをフル回転してクエリの説明にかじりつく。クエリの説明によると耳鳴りは魂との共振現象だという事だ。
俺の魂と何が共振するのかって言うと、それは自分の運命で、自分の運命に大きく関わる場面には特に大きく共振するらしい。
俺はこれを”ゲームの選択肢が現れた音”だと言うことで何とか理解した。
むふー、かわいい女の子とお近づきになる為には選択肢選びが重要ってわけだな。だけど俺はまず自分が裸の状態を何とかしたい。
また、クエリによると、先ほど何度も鳴っていた耳鳴りは『次元寄生体の出現に対して素早い行動が取れなかったから』ではないか、ということらしい。
なんでこんなことが分かるのかって言うと、これはクエリの能力の一部だということだ。
本来のクエリは俺が理解できないくらいすんごいハイスペックらしい。今は能力を発揮できていなくて”クラシックモード”なのだという。
それで、なんでそんな能力が俺に分かったり使えてるのかって言うと……。
「それじゃクエリは俺のラピスの中にいるってことでいいのかい?」
≪はい、その認識で問題ありません≫
俺が知ってるラピスでも、簡単な演算機能や制御機能はあったしな。
もっと高度なラピスだとクエリみたいなのも入れられるのかもしれない。
「この中にねぇ。俺の知ってるラピスだと衝撃で割れたりとかしてインプラントの交換とかあるんだけど、これ、だいぶ大きいけど傷とかつかないの? 大丈夫?」
胸のラピスを撫でてみる。胸のラピスは少し柔らかい滑らかなゴムのような手触りだ。変わらずきれいな青色を湛えている。
≪最初期のラピスはキチン質を霊子結合させた物が使われていました。現在のラピスは霊子そのものを物質化させた物となります。物理的な尺度で強度を計測することはできません≫
「すごい固いってことでいいのかね」
≪物理的な尺度ではその認識で問題ありません≫
「なるほど、やっぱり分からん! ま~、何はともあれ、俺とお前は一心同体ってわけだ」
≪はい、正確には運命共生体と表現されます≫
「はぁ、難しい事いうなよ~。そうそう、お近づきのしるしに今度から俺を呼ぶときは”ハジメ”でいいよ。でも、おれ繊細だから時々はプライベートも実は欲しいんだよね。後そろそろ服も頂戴」
≪予備のパイロットスーツはありません≫
「マジかよ! ないのかい! 先に言えよ! まったく」
≪次に、シエリーゼ及び内部に内包されるものが半透明になる状態に関してですが、これは霊子エーテル作用により、あらゆる物質を空間に溶かす作用が働いています、また溶かすということは空間に溶けるという意味と同義でもあり……≫
「あー! スルーしたな?! お前絶対分かってやってるだろ?!」
そんなわけでクエリの説明は続く、俺がさっき幽霊みたいに透明になった訳は霊子エーテル作用なのだそうだ。一定条件で霊子エネルギーが物質に満ちると起こる現象らしい。その一定条件というのはクエリや俺の魂が作り出しているものだそうだ。
それで霊子エーテル作用っていうのは、これがまた難しいんだが”空間に溶ける”って事なんだそうだ。物質が空間に溶けるとその瞬間莫大な霊子エネルギーを生み出す。その後、重さとか抵抗とかが無くなって物質はほぼ情報の塊になるらしい。
今のシエリーゼや俺がまさにその状態というわけだ。空間に溶ける事は簡単に”霊化”とも言うそうだ。
≪現在は重さや抵抗がゼロになることで、加速にほぼ制限が無くなり、さらに霊子エーテル作用にて発生した膨大なエネルギーを推進力とし、現在限りなく光の速度に近づいています≫
「なるほどねぇ~。俺はそれで幽霊みたいになってるって事か。それで、元には戻れるんだよな?」
≪はい、霊子エーテル作用にて発生した際と同等の霊子エネルギーを確保できれば実体化が可能です≫
「ん~? もしかして~、そのエネルギーって、俺が補給するの?」
≪はい、その通りです。約五年程の充填で完了する見込みです≫
「何それ?! 五年だって?! ちょ、ま、お前、それまで、俺、幽霊のままなの?!」
≪はい、ほぼ情報体となっている現状において、食や住などの生体に必要な活動は停止しております。補給の心配はありません。また、現在目標宙域としているリアレス星系はここから約二十光年の距離となります。≫
「ちょっと待てってよ! というか答える所そこじゃないから、五年とか時間かかりすぎだって! それ以前に着くまでに二十年もかかるの? 大問題じゃないか。あと食と住の他に”衣”もちゃんとつけとけ」
≪問題ありません、星間航行の速度は光の速さの約六十から九十九パーセントに達します。個別時間の差により到着までの体感時間は四年程となります≫
「浦島効果ってヤツだよな? SFとか見てるからなんとなく理解できるよ。 でもな……、良くないよ? 良く考えてみろ、いろいろ大問題だって! 四年で着くのに実体化に五年かかるとかどうなのよ?」
≪はい、通り過ぎます≫
「ダメじゃん! スピードを調節してちょうど五年で到着するようにしろよ?!」
≪はい、そのように実行します≫
なんだよ! 最初から出来るんじゃん! うぉ~、頭痛くなってきた。
「クエリお前、絶対わざとやっているだろ」
≪今まで蓄積した言語のシミュレート結果に基づき、最適な回答を述べさせていただきます≫
「マジかよ。確信犯か……」
ツッコミの才能は無いが、ボケは得意ということか?
くそっ、悪気はないようだが、それだけに邪悪すぎる……
まぁ、色々モヤモヤしてた気分も今ので気がまぎれたな。
「まぁいいや、クエリ。いろいろ教えてくれてありがとうな、あと余りふざけるのはやめてくれよ。タマにならいいけどな」
≪はい、クエリ偏向型共有存在はパイロット”ハジメ”をサポートいたします≫
「まったく、いい相棒だぜ、頼りにしてるよ」
そう答えると、俺はクエリが宿るラピスを撫でてみた。
≪この後、受け入れ先のリアレス星系に向けて、キューテー通信を実施します。また、シエリーゼ各部のチェックを開始します≫
「キューテー通信? なにそれ」
≪量子状態を転送することによってほぼリアルタイムの通信を行うシステムです≫
「すっげー、俺たちも情報体ならそれで早く着けないの? ダメだよね? ムりだよね?」
≪多くの情報を転送することが来ません、また少量の情報でも受け取る側で解析に時間がかかる為、生体情報の転送は不可能となります≫
「そうか、まぁ仕方ないよな。あと、リアレスとかティアレスについて教えてよ。これから行く女の子のいる星なんだろ?」
視界上に、輝く恒星と周囲を周回する惑星の立体映像が映し出される。
≪はい、中央に輝く恒星がGV型主系列星”リアレス”、その周囲のハピタブルゾーンに浮かぶのが、個体惑星”ティアレス”となります≫
画像に浮かんでいる星は青く輝いていて、俺の知ってるくすんだ青色の地球とは違い、とても美しく見えた。
「これが、ティアレスか……。綺麗だな。ここから出発したって事は、シエリーゼの故郷なのか?」
≪はい、その通りです≫
「地上の様子は見れないのかい」
≪はい、メインの記録媒体が紛失している為、数種の記録のみとなります≫
地上の映像が映し出される。そこは緑豊かな、と言うよりは、完全にジャングルと化した地表だった。
所々、コンクリートで出来たと思われる丸いドーム状の建造物が見える
「あの丸い建物が新しい人類の居住地?」
≪はい、その通りになります。霊子サーバは複数存在し、それぞれが対寄生生物に対抗するための実体人類を作成していました≫
「へ~、実体人類ってサーバ毎にどんな違いがあるんだい?」
≪機密事項となっております。シエリーゼとオフスは霊子サーバ”ヘスペリテス”に所属していた為、他のサーバの内容は開示されていません≫
「なんだ、つまらないな~」
俺は大きく伸びをしながら、先ほどクエリに教えてもらった内容を頭の中で反復していた。
ふと、あることを思いつく。
あれ? 今の状態って亜光速で量子エーテル作用だから今の俺は幽霊で? だから今の意識って完全没入型の仮想現実なんだよな?
「おいクエリ」
≪はい、ハジメ≫
「服を出せ。ここは仮想現実だろ」
俺は仮想現実とは言え手元に現れたパイロットスーツに袖を通すと、ようやく先史文明の開発した”衣”を満喫することが出来た。