二話 次元寄生体
「クエリ、何とかなるのか?!」
≪はい、具現化する座標とタイミングが予測できれば対応は十分に可能です。霊子エネルギーを次元寄生体を浸食する虚子に変換し撃破を行います≫
シートに身を沈てめいたが、クエリの説明を聴くと安堵のため息が漏れる。
相変わらず俺の視界はシエリーゼの外部を映している、第三者から見れば裸でコックピットシートに座った人間が宇宙空間で縮こまっているように見えるだろう。
情けない、なんとも間抜けな姿だ。
視界の隅に数字が表れる。見たことのない文字列だが意味はクエリとラピスを通じて理解できる。
これは次元寄生体とやらが具現化するまでのカウンターだ。
あと百二十秒か。クエリの声が俺の意識を現実へと引き戻す。
≪敵性生物の排除には、霊子パイロットによる大容量の霊子エネルギーの供給が必要になります≫
「できるの? 俺が?」
≪はい、霊子スキャンによる情報により問題ないと判断します≫
「よし! やってやろうじゃないの! それってどうやってやるんだい? そんなこと俺の学校じゃ教えてくれなかったぜ」
俺はやる気だよ? 安全安心、絶対大丈夫な事には全力投球だ。
あと百十秒。
≪はい、ガイドの霊子供給ラインを構築します≫
不意に、ラピスを中心に体の奥底が熱く感じられるようになった。
この感じは今まで体験したことが無いな、でもすごく懐かしい感じだ。散歩道を歩くような体の使い方というか、体が覚えているというか……。
≪視覚情報に霊子エネルギー情報を加算します≫
次の瞬間、自分の体が光り輝いているのが見えるようになった。
その輝きは体からあふれ、両方の手を伝いながら握っている取手に吸い込まれていくように思えた。
これが供給なのかな? そう思い両手を力んでみるが、光が吸い込まれていくスピードは変わらない。
あと百秒。
「この光が多分……、霊子エネルギーなんだと思うけど。これってどうやって渡せばいいんだ?」
≪はい、霊子エネルギーは呼吸と同調します。呼吸のタイミングに合わせこちらから可能な範囲で吸引処置を行います≫
すると、呼吸をするたび全身が熱くなっていく、それと同時に体中から”何か”がどんどん奪われていく感覚に陥っていた。
うぉっ苦しい……、今まで感じたことのない何かを無理やり体の中から吸われている。そんな感じがずっと続いていて体中の神経が焼け付いてしまいそうだ。
「ぐっ、なんだこれ」
≪自衛用オートモードでシエリーゼを起動します。中口径虚子砲発射準備≫
視界に巨大な鋼鉄の手が現れ前方にある空間のゆがみに対し手を広げる。ガコンと振動が伝わる、何かのロックが外れた様だ。
カウンターはあと八十。
≪現在供給量、必要量に対し二十パーセント≫
「マジで?! 全然溜まってないじゃん! 俺結構頑張ってるつもりなんだけどぉ?! うぉぉぉぉ!」
全身の神経が悲鳴を上げる。いかん、ヤバイ、これのどこが安全安心で絶対大丈夫なんだ?
これ虚子砲とか撃つ前に俺が死んじゃうんじゃない?
ぐぬぬぬ。しばらく耐えていると、クエリの声が響いてくる。
≪霊子エネルギーは人と人との運命に干渉し、発生や消滅を繰り返します≫
「え? それってどういうことだよ!?」
全身が悲鳴を上げる。
やばい、あと三十秒。
≪ミクニハジメ、あなたの未来を思い描いてください。霊子エネルギーは思いのエネルギーとも呼ばれています≫
”……ハジメ、思いは力になる”
不意に父さんの声が思い出される。
俺の……思い……?
”それが現状にマッチングしていたと推測されます”
クエリは、俺が自分でこの世界に来たみたいなこと言っていたな。俺の思い……まさか女の子に囲まれてウハウハのハーレムの事なのか?
こんなところで、女の子の事なんて、ふざけるのも……。
そう思った瞬間、俺の脳裏にさわやかな笑顔を向ける複数の女の子の姿が浮かぶ。
その姿はおぼろげで、顔も形も分からないけど。だけど確かにそこにいる、俺の進む未来に、確かにいる存在。
何人もいるんだな……。一際気になる存在が一人、取り囲むように二人、三人……合計で七人かな、いや九人か。最後の方の人はいるのかいないのか少し分からない。
その存在に触れようと意識を伸ばすと、彼女達の幻は逃げるように遠ざかっていく。
クエリの声が俺を再度現実へと引き戻した。
≪残り五秒、発射、間に合いません。これより……≫
「いやっ!! 俺の運命ってヤツが今! 見えたぜェっ!」
運命を感じだ。そう思った瞬間に、俺の体から光が無限に溢れだし、霊子の輝きが周囲を埋め尽くす。
≪急速充填を開始、中口径虚子砲発射します≫
シエリーゼの右手の発射口から、薄暗い闇の光が発射されまっすぐ空間の歪みへと吸い込まれていく。
空間の歪みは今まさに凝縮し、その歪みの中から奇怪な化け物がはい出そうとしていた。
その姿は菱形の虹色の結晶が複数絡み合った幾何学的な存在で、虹色に輝く石で組み上げられた虫のようにも見えた。恐ろしい程奇怪で、それでいてどこか美しいようにも思える。大きさはそれ程大きくはない、シエリーゼの掌くらいの大きさ程だから、おそらく二メートルくらいなのだろうか。
闇の光はまっすぐ化け物に吸い込まれると、化け物の虹色の中に黒い斑が混じり始め、見る間にその色を失い、黒くなった箇所から内部へ凹み始める。ガラスを引っ掻くような耳障りな断末魔を上げると、化け物はすぐに端切れのように細かくなっていってしまった。
≪……敵性存在の排除を確認≫
「やったのか……? もう大丈夫なんだよな?」
≪いいえ、脅威は去っていません。次元寄生体具現化後の排除となり、他の次元寄生体群に察知された可能性があります≫
「まだいるのかよ、それ? 勝てるの?」
荒く息をつきながら、クエリに問いかける。
≪第二派予測数三百。撤退を申請します≫
「撤退って、移動できるのかよ? ボロボロだぜこいつ。」
≪はい、問題ありません、現在供給を受けているエネルギーにて移動を開始致します。目標座標を設定してください≫
『キィーン』
また耳鳴りかよ。
「おい、クエリ。耳鳴りがな、さっきから耳鳴りが何度も聞こえてるんだが、これ何か心当たりはある?」
≪はい、あります。詳しくは移動中の説明となります。目標座標を設定してください≫
「目標座標って言たって……。そうだ、女の子! 女の子がいっぱいいる場所って近くに無い?」
≪現在人類が生存している最短の宙域を航路に設定しました≫
「よしよし! それでいいぜ! うぉ~、心が躍るぅ~。あ~、それといい加減、服とか欲しいんだけどないかな~?」
女の子がいる場所まで移動するという気恥ずかしさから、俺は服を求めるが、クエリは俺の話を無視して声を続ける。
≪ミクニハジメ。霊子エネルギーの供給をお願いします≫
「あいよっ!」
俺は取手を握りなおし、先ほどの自分の運命を心で確かめる。
そしてそれは、自分の心の鍵穴にピタリとはまる鍵の様に、今の自分と未来の自分を繋ぎ、心の奥底から無限に力が溢れ出してくるのを全身で感じた。
そして今、それは体に満ち、放たれた霊子の光が周囲を白く埋め尽くす。
「さぁ、これでどうだい!」
≪はい、第一次恒星間航行速度に必要な霊子エネルギーを確保しました≫
すると俺から放たれた光がクエリによって増幅され、半壊したシエリーゼの全身を包み込むと、その姿が瞬く間に半透明になっていく。
その半透明な状態はコックピット内にも浸透し、俺の足や手も透けて見えるようになってくる。
「おい! これどうなっているんだよ! クエリッ! 説明してくれ!」
≪はい、詳しくは移動中の説明となります≫
クエリは完全に俺の質問を無視している。それほど急ぐのか?
そんなことを考えていると、光り輝くシエリーゼの周辺に湾曲した空間が現れ始めた。
まるで地面に落ちた雨粒の様に湾曲した空間は宇宙に無数の黒い染みを作っていく。
中から虹色の物体が姿を現し始めた。
「うわぁッ! さっきの奴がまた!」
叫び声をあげたその瞬間、俺もシエリーゼも何もかもが光に包まれた。そして周囲の光景が急速に流れ始める。加速しているのだ。
ラピスを通しシエリーゼに意識を集中すると、背中に設置されたバーニアらしきものから微細な光の粒が放出されている。
後方に意識を集中すると、先ほどまでいた空間に無数の虹色の物体が見え始める。次元寄生体が次から次へとあふれていた。
コイツら俺たちの後を追いかけてくるらしい。
≪これより第一次恒星間航行に移行します≫
クエリの声が響いたとたん、流れる景色の様子が一変した。
景色が……星々が……前から後ろへと流れていく。
急に進行方向の前方が青く光りだすと周囲の景色がぐにゃりと歪み湾曲し始めた。
「これは……、この光景は見たことがあるぞ! 夢の中で見た青い光だ」
前方が青く光ると、次第に周囲の世界は惨く湾曲し、世界は後方から漆黒に染まっていく。
やがて前方に小さな光が見える以外はすべて暗黒に染まった風景となる。
「これは一体どうなっているんだ? 暗くなってきたぞ?」
≪はい、現在光の速度に近づいており、外部の光からもたらされる情報が不足しています≫
「それで、暗くなるっていうのか?」
≪はい、その通りです≫
「へぇへぇ、なるほど分からん。」
でもこれだけは分かる、この先待っているのが俺の未来なんだって事は。