一章 シエリーゼ プロローグ 開戦の狼煙
宇宙空間に直径三千キロはあろうかと言う大きな青白い光が突如煌めく。
同時に何もない宇宙と言う空間が、叫び声をあげるように大きく震えだした。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
三つの青白い光は周囲に散らばる無数の虹色の怪物を捕らえると、次第に赤変し黒色となっていった。
「シュミレーターでは確認してたが、実際、重力子爆弾ってのはすげぇな……。クエリッ、報告をくれ」
俺の目の前の視界には、宇宙全てを埋め尽くさんばかりの虹色の煌めきが見える。
その煌めきの正体は次元寄生体だ。歪な幾何学的な形状をしたエイリアン。
その姿は菱形の虹色の結晶が絡み合った幾何学的な存在だ。虹色に輝く石で組み上げられた虫のようにも思える。
もしかしたら綺麗なのかな? なんて思っていたが、五年も意識しているとその感銘も憎悪に変わっていくものだ。
虹色の煌めきは列をなし、真っすぐ俺の方に向かって来ていた。
その無数の煌めきの遥か後方、まだ点にしか見えない星が俺の目的地、惑星ティアレスだ。
サポートAIのクエリは俺に返答を返してくる。
≪はい。敵、次元寄生体。約二千消失。残り総数約二万三千。霊子サーバ”レムリア”の報告とほぼ同数です≫
「司令官級の次元寄生体は何匹だ?」
≪はい。四匹が確認できます≫
「ほら。俺の言った通りだったろ? 念には念をって奴さ。次の重力子爆弾の実体化までどのくらいある?」
≪はい。重力子爆弾、四番から十番の実体化まで、残り三十五≫
「よし、クエリ。俺たちも実体化だ。敵さんを地獄までご招待だぜ?」
何もない空間から、突如全長三十メートルはあろうかと言う鋼の巨人が、空間からにじみ出る様に現れる。
”シエリーゼ”、俺の乗る機体だ。
白を基調としたカラーリングに青いラインが入り、各所にエメラルドグリーンの輝きが見える。
背には鋼鉄の八つの翼が優美に備えてあった。
ここは惑星ティアレスから約七千万キロメートルの小惑星帯。
物質をエネルギーに変換できる俺は、手ごろな小惑星の一つに取りつくと、それを丸ごとエネルギーに変え残りカスを分解してしまう。
「長旅で腹ペコだったからな。クエリ、長距離狙撃の準備だ」
≪はい、拠点防衛兵装を実体化します≫
シエリーゼはスラスターを吹かせ、手近な小惑星に取りつくと脚部アンカーを撃ち込み下半身を固定した。
両手にシエリーゼの三倍はあろうかと言うライフルが空間からにじみ出るように現れ、同じように機体を覆うように重厚な追加装甲が張り巡らされていく。
「照準、前方の高速哨戒機だ、行儀よく列を作ってる団体さんにまとめてご退場願うぞ」
≪はい。前方一号、二号高速哨戒機に照準をセットしました≫
「クエリ。重力子爆弾の実体化と同時に発射だ。派手に狼煙をあげてやろうぜ!」
≪重力子爆弾実体化まで残り……四、三、二、実体化します≫
俺は小さく独り言をつぶやく。
「行くぜ? シエリーゼ……」
同時に七つの巨大な光の玉が宇宙に広がった。
俺はそれを合図にトリガーを引き絞る。
ライフルの先端から長大な漆黒のエネルギーが帯のように溢れ出す。
シエリーゼは全身をビリビリと震わせ、両の手に構えたライフルをガッチリ抑え込んだ。
漆黒のエネルギーの奔流は列をなす虹色の煌めきを蹂躙し、黒いチリへと変えていく。
これが開戦の狼煙だ。
想定戦闘時間は百七十時間。何度も何度も、それこそ気が狂う程シュミレートしてきた内容だ。
≪距離二百、空間湾曲を確認。次元寄生体の出現予兆です≫
「数は?」
……そういえば。俺。
本当に下らない、実に下らない思いを抱えて来ていたんだ。
俺は、そう思えるほどには遠くに来ていると思う。
……この先にあるのは、俺の確かな未来。
≪約三百≫
「七番から十五番のコンテナを準備しろッ」
多分それは”俺”の自己満足なのだろう。
だけど困難の中にこそチャンスはあるんじゃないか?
俺は強くなったよ、十分強くなった。……そう思う。
だから俺はもう守られなくて済むんだ。
もしかしたら、これから楽しい事とか待ってるのかもしれない。
素敵な未来が待っているのかもしれない。
やりかけたことや、やりきれなかったことも沢山残っている。
だから、今度はちゃんと、俺がエスコートしてやるぜ?
≪第七から第十五マルチプルミサイル準備、完了しました。撃てます≫
「目標ッ! 空間湾曲座標だ。派手に行くぜッ!!!」
俺は吠えるとトリガーを引き絞る。シエリーゼの機体各所に設置してあるミサイルコンテナから、無数の光の筋が飛散していく。
それはあまたの光の玉を生み出すと、空間湾曲箇所から顔を覗かせようとする次元寄生体を次々と葬っていった。
今思えば西暦二千三百年の成人の日。
忘れ去られた遥かな昔のあの日から続いていたんだと思う。
目を閉じると、その光景が思い出されるようだった。