二話 アウ鳥のスープ②
夕方近くには大体の作業はほとんど終わっていた。
オーヴェズが動いていない一番の原因はエネルギー切れだ。
恐らくパイロットからのエネルギー供給が長期に渡ってされていない為だろう。
ただ不具合個所も多いため、このままでは動かせない。
メインの霊子回路から探査信号を送り込み異常個所を見つけ出し、その場所を手探りで直してくという手順を繰り返す。
俺はなけなしの霊子エネルギーを使いながらエーテル形成機で異常個所のあるメインフレームや、伝達系統の修復を行う。たぶん本来は工具や設備を使い直すんだろう。
実際はどうやって直すんだろうな。一度見てみたい気もする。
俺の見た限り内部の構造は、シエリーゼと比べると玩具に近い。
ひどく原始的で、手作り感満載の技術が詰まっている。仕組みはほとんど理解できるが不思議な技術の塊だった。
エーテル形成機無しで、どうやってこんな金属の削りだし部分作るんだよ! とか、でこぼこの表面をどうやって均一に霊子加工するんだよ! とか、挙げてていけばキリがなかった。
ただ動力炉の一部とメイン、サブの霊子回路はこの惑星独自の技術が多く使われていて、ほとんど分からなかった。
そして最後に残った大きな問題が二つ残っている。
オーヴェズには左手がなかった。外見からはコックピットの破損と同時に出来たように見える。恐らく左側から巨大な剣などで衝撃を受けたのだろう。残念だが無いものは直しようがない。
もう一つは、電力を制御する電力変換機の一部が破損しているのだ。恐らく低電圧域でものすごい長時間稼働していたのだろう、その領域が全く稼働していない。
要するに、立ち上がろうとしても最初の力が出せない状態だった。重過重用の変電器も搭載しているので無理やり霊子エネルギーを流し込めばもしかしたら動くかもしれない。だが動きは非常に遅くなってしまうだろう。電力変換機は破損個所が大きすぎて今の俺の霊子エネルギー量では直せない。
まぁ、明日もあるし後でもいいよな。
ひと段落したところで、強いめまいに襲われて少しふらつく。
朝に比べれば、ふらふらする感じは薄れてきているようにも思えるな。
クエリの言うように時間が経ち地上に適応した体になってきてるのかもしれない。
早く帰って休みたいぜ。
そんな風に思っていると、不意に声を掛けられた。
「やぁ、オフス。作業はどうだい?」
そこには昨日のマフルさんとアクリャさんがいた。
昨日は気づかなかったけど、二人は手をつないでいた。
あ、カップルってやつなのかな? チキショウ!
俺はそんな逆恨みに気づかれないよう声を優しくかける。
「マフルさんに、アクリャさん見に来てくれたんですか?」
「ああ、君が直すっていうのが少し信じられなくてね、すまない。でも、見た感じだと進んでるみたいだね」
俺は動力部分の装甲を閉め、二人のほうに向きなおる。
「いえ、いいんですよ。俺自身の知識がどこまで役に立つのかっていうも試したかったですし。村長のガナドーさんには機会を与えてもらって感謝しています」
アクリャさんがオーヴェズを見ながら俺に質問してきた。
「オーヴェズはもう動くんですか?」
『キィーン』
え? ここで耳鳴り?
どう答えるかってことだよな。
いや、何に対して分岐してるのか全く分からん。
正直に答えるか。いや、マフルさんの時の件もあるしな……。悩む。
昨日からの違いと言えば、二人が右腕に巻いている薄紅色の布くらいか?
「あ、すみません。まだ動かないですよね」
まぁ、正直が一番だよな。
「ええ、今はまだ動かないけど、そうですね。最短で明日の午後には動かす事が出来るかも」
電力変換機の修理を後回しにすれば、明日の午後には起動実験はできるはずだ。
そう答えて、アクリャさんを見ると、少し違和感を覚える。
なんだ? 何か見落としてる気がする。
「おお、凄いな。じゃあ明日の午後に時間があったら見に来るよ」
「私も楽しみにしてますね」
「ええ、楽しみにしててください」
手を振りながら、離れていく二人。
ふと何かを思い出したようにマフルさんは俺に振り向きながら言ってくる。
「そうだ、俺の猟仲間が、ちょっと大きめの山獣の足跡をこの近くで見つけたらしい。今日は遅くならないうちに帰るといい」
「え、それって食われちゃうようなやばい奴です?」
くそっ、今の俺はまだ体も本調子ではない。
しかも霊子エネルギーは地上では自在に使えないのがさっき判明してしまった。
俺、無敵じゃなくてこの星じゃめっちゃ弱いんじゃね?
マフルさんは俺を安心させるように言ってくる。
「大したことは無いよ、昨年の秋は天候が悪くて餌になる山の実りががあまりない、腹をすかせた奴が人里近くに来ただけだろう。まぁ、山獣は人が怖いから、出会いがしら向こうから逃げてしまうだろうけどな。ちょっかい出すと噛まれるから気を付けてくれよ」
「分かりました、ありがとうございます」
二人は仲がよさそうに村の方へ歩いていく。
その後姿はとても幸せそうだ、俺も区切りがついたし戻ることにするか。
振り返ると夕日に染まるオーヴェズは、立ち上がるのを心待ちにしているように思えた。
◇ ◇ ◇
周りは既に薄暗くなっていた、お世話になっている村長家までたどり着くと家の中から良い香りが立ち込めてくる。
家に入ってきた俺を見るとアイリュは嬉しそうだった。
「オフス! 遅いよ! 今日はご馳走にしたの! 一匹アウ鳥を絞めたのよ! まだ夕方は冷えるでしょ。私がスープにしたから温まるよ~」
アイリュのお母さんの”スウユ”さんも俺に声をかけてくれる
「ご苦労様ね、裏の水桶で手を洗ってらっしゃい。食事が出来てますよ?」
「はい、ありがとうござます」
そうだ、気になっていたアクリャさんの件を聞いてみるか。
「アイリュ。マフルさんとアクリャさんが薄紅色の布を右腕に巻いていたんだけど、あれって何か意味があるの?」
「あれはね~、あの二人、今度結婚するのよ。布は婚約の証。アクリャの首の所にも赤い点が三つ並んで化粧してなかった?」
「そんな所まで見てないよ。何の意味があるんだい?」
「子供がたくさん授かりますようにっていう、イーブレ村のおまじないよ。二人とも春祭りで仲良くなっちゃってね~、昨日もいろいろ大変だったのよ?」
アイリュは溜息をつきながらスウユさんから目を逸らす。
「アイリュもいい人が見つかるわ」
「私は! ……まだいいのよ。それよりオフスは早く手を洗ってらっしゃい! ご飯にならないでしょ!」
俺は藪蛇をつついてしまったのか?!
アイリュは俺を一瞬睨むがスウユさんと楽しそうに食卓に食器を並べ始める。
俺は裏手の水桶まで行くと、そこには槍の手入れをしているガナドーさんの姿があった。
ガナドーさんは俺を見ると、顔をほころばせて声をかけてきてくれた。
「やぁ、オフス君」
「ガナドーさん、今日はご馳走だとか、すみません」
「アイリュがどうしても、飼っているアウ鳥を一匹潰すんだって言いだしてね。はは、いやすまない。アイリュが嬉しそうなのは久しぶりでね」
そう言いながら、ガナドーさんも嬉しそうな顔をする。
「本当にありがとうござます。あの、その槍って、もしかして村の近くにいる山獣ってやつの為ですか?」
「ああ、一応念の為にね。村の周りに幾つか罠が仕掛けてあるから気を付けてくれ、目印は木の幹の目の高さのところに結びつけてある白い紐だ。そこから森や山に入り込まなければ大丈夫だ」
『キィーン』
う、耳鳴り? 罠の事かもしれない。俺が罠に引っかかるのか?
詳しく聞いておくか? 聞くだけなら平気だよな?
「どんな罠なんですか? まだ土地に詳しくないんで警戒しておきたいんですが」
「ふむ、白い目印から奥に入ると木の幹に赤い紐が結びついている木が見えるはずだ。その近くには必ず獣道がありそこに石や倒木が置かれている。その側にトラバサミが仕掛けてある。踏むと大怪我をするよ?」
「石や倒れた木の側なんですか?」
「ああ、道に邪魔なものがあったら、跨ごうとするとき歩幅を合わせて手前に足を置くだろ? それは人間でも獣でも同じだ。引っかかるように作ってあるからな、気を付けてくれよ」
「わかりました、ありがとうございます」
ガナドーさんは槍の重さを確かめると脇に置く。
俺は水桶で手を洗い終えていた。
「さぁ、今日は久しぶりのご馳走だからね。そろそろ食卓へいこう。君もそんな顔色だと力も出ないだろう?」
「ははは、実は結構しんどくて……」
今日の夕食はアウ鳥骨から出汁を取ったスープとアウ鳥の丸焼きだった。
ご馳走といっても、俺から見ると非常に質素なものだ。だが食欲をそそるいい匂いが立ち込め、思わず喉が鳴ってしまう。
家長のガナドーさんが堅パンを切り分け、皆の皿にパンを乗せる。ゴルダの種じゃなくてホント良かった。
食事が配り終わると、ガナドーさんスウユさんアイリュも手を組み祈りを捧げる。
作法は分からないが同じように真似ておこう。
俺も慌てて手を組み目を閉じる。
食卓に四人か……。あ、こういうのってなんか久しぶりだな。
村長として、親としてしっかりとしたガナドーさん。
暖かく迎えてくれたスウユさん。
そしてアイリュ。
「さぁ、いただこう」
ガナドーさんが合図をすると、皆で事を始める。
スープをすすると塩気と鳥の旨味が口に広がる。おおっ!これは旨いぞ?!
栄養を欲している俺の体は、むしゃむしゃとスープとパンを口の中に詰め込み始め、手が止まらない。
おぉ、これは、旨いッ!
「もう、オフスったら、ちょっと行儀が悪いわよ?」
「ふふふ、まだあるから、おかわりも言ってね」
「もう、お母さんたら」
「おいしく食べてもらえるなら、作り甲斐があっていいでしょ?」
やばい、食べることに夢中だったか。
何か作法とかあったのかもしれないな。
皆の様子を伺うと、びっくりするような視線が俺に向けられている。
「あ、オフスが笑ってる」
「あらホント、結構いい男なんじゃない?」
「そうだな、その顔のほうが皆も安心できる」
え? 俺が笑ってる? 俺は……、俺は……?
俺が最後に笑ったのはいつだ?
「す、すみません」
俺はそう言うのがやっとだった。
暖かい遠い昔の思い出が心の中から蘇ってきた。
体の芯が震え、涙が込み上げてくる。
俺が最後に泣いたのは何時だ? だめだ、俺は泣いちゃ、だめなんだ。
絶対に俺は守られるような弱い男じゃないはずなんだ……。
「……泣きなさい。悲しみから自由になる為には、泣くのが一番だよ」
ガナドーさんの声が聞こえる。
多分俺はみっともない姿で泣いているのだろう。
でも、皆、そんな俺を暖かく見守っていてくれた。
俺の食べるアウ鳥のスープは、とても温かかった。