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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第六章 ラーゲシィ(イチゴの花の偶像騎士)
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六章 ラーゲシィ エピローグ

 激しい戦闘からまだ一日しか経っていない。

 残された問題とかも山積みなのに、俺の屋敷はお祭り騒ぎの状態だった。屋敷のあちこちをメイドさん達が忙しく動き回り、ジケロスの人達が祝いの言葉を送りに屋敷に押しかけて来る。



 俺はというと、今日集まってくれたジケロスの人たちの前で、正式にリーヴィルとの婚約発表をするのだが……。その作法をレグちゃんからレクチャーしてもらっていた。

 俺は教えてもらった通り、祖霊の印が彫られた木の枝を右から左へ回すように振りかざす。



「違うんぬ!! 何度言ったら分かるんぬか?! もう式の始まる直前なんぬよ?」

「レグちゃん、そんなに騒ぐと腰に響くぞ?」



 レグちゃんは、自室のベッドで倒れるように寝ている。

 高齢なのに無理をしたため、腰を痛めてしまったらしい。付き添うように黒い毛玉のミロ君が頭の上にのしかかっていた。



「うぅ、レグがもっと若ければ……」

「無理しすぎだって……。それよりも、こうか?」



 もう一度やり直すが、レグちゃんは首を左右に振る。

 俺の失った左手にはマイシャと同じ黒い義手がはめられていた。クエリのサポートがあれば違和感なく使う事が出来る。



「違うんぬ!」

「右手から左手だろ?」

「だから違うんぬ、東から西なんぬ。ジケロスは前後右左ではなく東西南北で物事を考えるんぬ」



 どうもジケロスには正確な体内コンパスがあるらしい。目を閉じても必ず北や南を指させるのだそうだ。

 右とか左とかではなく『食卓では東に近い腕を使って食事をする』などの作法もあるらしい。



「覚えておかないと、これから他のジケロスと話をする時いろいろ困る事になるんぬよ?」

「常に自分が中心じゃないって事か……」

「そうなんぬ!」



 俺はレグちゃんに怒られながら思うのだ、自分という殻の外で物事を考え、自然と共存するジケロスの不思議さと尊さを……。

 するとそこへ、酔っぱらったアイノスさんがノックもせずに入り込んでくる。



「そろそろ始まるぜ? みんな待ってるぞ? さぁ行こうぜ!」



 赤い顔で豪快に笑いながら、俺の腕を引っ張ってそのまま連れ出そうとする。

 アイノスさんは今回の発表会の仕掛け人だ。なんだかずっと飲んで酔っぱらってるような気がする……。俺への式の説明の時も、ろれつが回っていななかったほどだ。



「いや、まだ作法とか良く分かってないんだけど?!」

「気にするなって! そんな細かい事!」

「いいの? 細かい事なの?!」

「待つんぬアイノス! お前と言う男は適当な事を言いおってッ!」



 閉まるドアの向こう側からレグちゃんの叫び声が聞こえて来る。そのまま俺は木と骨で編んだ冠のような物を頭に乗せられると、玄関を出て庭まで連れ出された。



 眩しい夏の日差しに照らされた庭先には、ヒエルパに連れられたリーヴィルが、ジケロスの民族衣装を着て恥ずかしそうに立っている。

 質素だが手の込んだ衣装で、何よりもリーヴィルの美しさが引き立つ衣装だった。そしてその周りには大勢のジケロスの人たち、そして俺の知る友人知人が集まっていた。

 庭の中央には、緋色のマントを羽織ったラーゲシィが膝まづいている。



 ヒエルパは俺に向き直ると両手で印を組み、ジケロス語で聖句を紡ぎ始める。すると会場に詰め掛けていたジケロスは一斉に頭を垂れた。



「……世界と、そこにある言葉と共に在れ。歌と、知恵とが我らを形作る。影と光とその表情とを、常に見つめ続ける我らと共に在れ。揺れ動き、騒めく世界を。汝、静視せよ」



 するとヒエルパも俺に頭を下げる。俺は教わった通りに手に持た木の枝を皆の前で振りかざした。



「オフス。今日から、私たちは夜を進むんだよ?」

「ああ。覚悟はもうとっくにできている」



 リーヴィルはとてもうれしそうに俺の周に寄り添う。そしてはらりと、頭のバンダナを外した。

 これは聖なる儀式なのだ。皆が見ている前でラピスとラピスを触れ合わせ、心と心を互いに深くまで旅し合う姿を見せる事が、この儀式で一番重要な見せ場なのだ。



 俺も胸元のボタンを外すとシャツをはだけ、胸のラピスに抱きよせるようにリーヴィルの頭を抱え込んだ。

 ラピスが触れ合うと、いつもの通りにリーヴィルの心が俺の中に入り込んでくる。でもちっとも嫌じゃない。むしろとても心地がいい。



 すると周囲から驚きと喜びの歓声が上がった。顔を真っ赤にしているジケロスもいる。

 ジケロス語で良く分からないスラングもあったが、祝福の言葉なのは間違いなかった。俺はリーヴィルのバンダナを結び直し、リーヴィルも俺の胸元を正してくれる。

 完全に酔っぱらったアイノスさんが酒瓶を片手に、俺とリーヴィルを見て目尻に涙を浮かべていた。



「これでリーヴィルちゃんとオフスは、晴れて夫婦な訳だな! めでたいッ!」

「なッ?!」



 え?! びっくりだって! いや、これってアイノスさんが言ってた婚約発表じゃなかったの?! 俺の勘違いなのか?



 ふと見ると、会場のジケロス全員が固まり、隣のリーヴィルまで気まずいような悲しそうな顔をしている。マズイ。どうやら完全に俺の勘違いのようだ。

 マジでけ、結婚?! リーヴィルと?! ……こうなったら! 俺が最後まで面倒を見るしかない! というより、元からそのつもりだ! 



「なんにも問題ない! 大歓迎だ!」



 俺が力の限り、心の底からそう叫ぶと、もう一度ジケロスから大歓声が巻き起こった。そしてジケロス語の綺麗な輪唱がはじまる。



「我々は空と大地とに教えを乞う」

「薬草の持つ苦みの意味を」

「他者を寛容する幸福の意味を」

「産声と慟哭の間にある生の意味を」

「花と空に憧れる芋虫の意味を」

「恐怖が呼び込む己の限界の意味を」

「そして真実の愛とは何か、常に教えを乞う」

「太陽が大地から生まれ続ける限り」

「大地が水を抱き続ける限り」

「風が草原を駆け抜ける限り」

「春に氷がその命を終える限り」



 輪唱が終わるとヒエルパは仮面を外し、俺に笑顔を見せる。そしてジケロス語で語りだすのだ。



「我々は人のために生きる事に価値を見出す。オフス。君は最後の最後でアイノスに試されたのだ」



 祝福の言葉が庭中に木霊する。



 だが丁度その時、屋敷の外から俺への罵詈雑言が聞こえてきた。昨日の一件でさらに俺に対し憎悪を募らせた一部の市民たちだろう。

 リーヴィルを冒涜する言葉もあったが、特に『悪魔の偶像騎士シエイゼは出ていけ』というラーゲシィに対する言葉が多かった。

 ラーゲシィはそれらを聞いて怒りの”声”を動力炉から絞り出す。



「ダメだ! 動くな! ラーゲシィ!」



 こんな人の多い所でラーゲシィが動いたら大変な事になってしまう。

 俺が制止すると同時に、「やめろ!」と甲高い声が外に響き渡った。それは門の前に立つおもちゃの棒を持った四人の子供達の声だった。



「ぼくたちはラーゲシィ騎士団だ!」

「あいつら!」



 以前と違い反対派の市民は十名くらいしかいない。だが、大人相手では子供など太刀打ちできるはずがない。

 俺が子供たちを止めようと前に出ようとすると、ヒエルパが制する。



「奇跡は常に心の中で起きる。それは敵わないと知ってもなお、共に立ち向かえる強さだ」



 おもちゃの棒を振り回す子供たちは、反対派の大人たちにすぐに取り押さえられてしまう。



 だがその市民の周囲はグラジ率いる冒険者や、マガザやアイリュ、ラクトダイン率いる学生騎士達がすでに取り囲んでいたのだ。そしてそのさらに外側を、今まで反対していた市民たちも取り囲んでいた。

 


「そして、そうさせるのは古き竜(ハイフォドリー)の風をその身に纏う者。オフス=カーパ。お前自身だ」



 子供たちは半べそをかきながらすぐに救出され、声をあげていた市民たちは捕縛されていく。



「グラン大森林、ランマウ大平原のジケロスは皆、お前を勇者として認めよう」



 子供たちは、ラーゲシィの元へと駆け寄ると、いつものように笑顔で鋼鉄の腕に抱き着いて行く。すると俺の隣で、リーヴィルが嬉しそうに微笑む。



「オフス? 私は巫女にならなくちゃいけないと思ってた。でも私は月なんだ。これからは夜道を照らすんだよ」

「リーヴィルが月になったら、俺は夜道で一人きりじゃないか。道が明るくなっても一人は嫌だぜ?」

「大丈夫だよ? ほら、見て? もう夜道は暗くないから」



 そう言って、俺達を見つめるジケロスの人たちを見渡す。



「私は月。オフスはね、沢山の星が瞬く大きな夜空そのものなんだ」



 彼ら一人一人の希望に満ちた視線が俺へと集まる。ジケロスの人たちだけじゃない。他の大勢の人たちも俺を注目していた。



「まだ暗い夜道を大勢の人が歩いている。星が瞬けば希望に満ち、月が照らせば道が開くの。さぁ行こう。私たちの進む方向にあるよ。続く世界の夜明けが」

「ああ、そうだなリーヴィル」



 辛さを口にし続けたリーヴィルは、俺に未来と幸せを語ってくれた。

 コインの裏と表のように、幸せの後には辛さが待っている。

 たぶんこれから、俺はリーヴィルと共にとんでもない苦労をしていくのだろう。だけど、俺はとてつもない喜びに満ちていた。



 ラーゲシィは笑顔の子供達と、祝福に包まれる俺たちをじっと見つめていた。するとふいに、聞き取れない程微かに、動力炉を震わせる。



「オフス。ラーゲシィが囁いているよ?」



 リーヴィルの言葉に俺は魔剣を握り締める。

 ラーゲシィと心を通わせると、その小さな声はこの世への祝福にあふれていた。



「ああ、『生まれてきて良かった』……そう言っているのさ」




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