二話 アウ鳥のスープ①
だいぶ日も傾いてきているが、俺は修理を進めることにした。
今日中に出来ることはやっておきたいな。
サブの霊子回路からまずメインの霊子回路を見つけ出す。
それからメインの霊子回路にアクセスを行い引き出せる情報を引き出していく。
『なぁクエリ、オーヴェズって一体何なんだろうな。機械生命なのは俺でもわかるけど、とりあえず推測でいいから教えてくれ』
≪はい、いくつかの特徴からおそらく第五世代型機械生命体の模造品と思われます≫
『ふ~む、どの辺からそう判断するんだ?』
≪一点目、メイン霊子回路は人工的なラピスの特性を持っています。第五世代型以前は技術的に問題があった為、鉱物より生成した人工ラピスを利用しています。二点目として、操作系統に第三世代以降に採用されていた霊子から情報を送受信する霊子変換システムを採用しています。他いくつかの特徴から推測しました。データを共有します≫
クエリからのデータが俺の脳内に反映されてくる。
圧倒的な情報量だが、オフスの脳はそれを受け入れ、俺にオーヴェズの構造を理解させてくれる。
オーヴェズはシエリーゼと違い外部との連携機能を持たないスタンドアローンの孤立型だ。
運動器官はシエリーゼの霊子加工したケイ素系人工筋肉ではなく、霊子エネルギーを含んだ電気の電位差で、体積を大きく変動させる強磁性微粒子を封入したシリンダー型を採用している。
霊子エネルギーそのものを燃料として動力炉で霊子エネルギーを含んだ電力を発生させている。丁度操縦席の下、お腹のあたりに収められているな。
しかし動力炉には未知の部分が多い。エネルギーラインの出入力を見ると独自で霊子エネルギーを生み出す様にも見えるんだが……。
霊子エネルギーのバッテリーは背中に収められている。これも鉱物系のラピスが使われているな。ひどく原始的だ。
パイロットからの供給でも動くはずなので、これは予備、もしくは戦闘などで消費が激しい時に使う物だろう。
制御用の霊子回路は二つある。メインが記憶や意識を司り、サブが動作の最適化や体性反射を司っている。
しかし疑問も生まれてくる。オーヴェズの意識ってどこからくるんだ?
『クエリ、オーヴェズの意識って存在するのか?』
≪はい、存在します。ただし人工物であることは間違いありません≫
『ふむ、まぁ起動させて確かめてみるか。先ずは各所に探査信号を送ってくれ』
俺はクエリから情報を受け取り大体の不具合個所を確かめると。
次に操縦席を実際に確かめることにする。
得た情報では腹部にハッチ開放用のハンドルがあるはずだ。しばらく探してハンドルを見つけるとそれを引き、回して再度収めた。
ガコンッと音がしロックが外れた音がする。
俺はオーヴェズの胸の装甲の隙間に手を入れると思いきり上と下に開き上げる。
そこにはコックピットがあった。しかし内部のシートは腐り落ち、座席があったと思われる痕跡が残るだけだった。
どこからか入ってきたのだろうかリスらしき動物が枯れ草を丸めて巣を作っていた。ここは雨避けには丁度いいのだろう。
「大分中は古いな……。君たちちょっとお邪魔するよ」
コックピットに入ると、リスらしき小さな小動物はわらわらと逃げ出していく。
俺はとりあえずシートがあったと思われる部分に座り込むと、足先の間に剣の柄が見える。真っすぐ上に引き抜くと刃渡り六十センチほどの直刀の剣が現れた。
操縦席の下には動力炉があるはずだ。何かの仕掛けなのだろうか。
『クエリ俺に霊子エネルギー情報を見せてくれ』
≪はい、視覚情報に霊子エネルギー情報を加算します≫
その剣はマフルの山刀の様に淡い霊子の光を放って見える。
事前に得たオーヴェズの構造では、この剣がなくとも起動するはずだ。ふむ、分からん。
とりあえず剣を元に戻すと周りを再度周りを見渡す。
コックピット左下部分が大きく裂け、地面が見えている。多分ものすごい衝撃が加わり、このコックピットまで何か固い鉄のような物が差し込まれたのだろう。
偶像騎士と言うくらいだから、それは巨大な剣なのかもしれない。
パイロットが死亡していたとするとこれが原因なのかもしれないな。
ハッチの裏側には、ディスプレイの様なものが付いている。
操縦桿のようなものは無いが、シートの手すりに当たる場所には、丸く磨かれた水晶のようなものが付いていた。
俺は水晶に触ってみる。
『クエリ、この水晶を調べてみてくれ』
≪はい、こちらが霊子変換システムです。解析を行います≫
『解析頼む。操縦用の端末ってことか……』
≪解析完了。クエリ側でハジメの霊子変換システムと互換性を持たせました。実際の動作には確認が必要となります≫
『了解だ、起動後にやってみるか』
俺は、ふと昨日着水に失敗した時のことを思い立つ。
ティアレスに降り立つ際、地表が水面じゃなければ、俺は死んでた可能性も高い。確かめて見なくちゃな。
誰かに見られないように念のためコックピットハッチを閉る。
先ずは自分の霊子エネルギー量を感じてみる。昨晩一晩休んだはずだが、あまり回復しているようには見えない。
『クエリ、一日で俺の現在の霊子エネルギー量はどの位溜まっている?』
≪はい万分の一程度です≫
『少な! 全然回復してないな、こりゃ体調不良が原因かなぁ』
≪いいえ、惑星防衛フィールド内における特有の現象です。ティアレス上では霊子エネルギーの存在が希薄となっています≫
『まいったなこりゃ、とりあえず霊化のテストをするぞ』
手近にあった小石を手に取り、霊子エネルギーを通す。
『クエリ、霊化してくれ』
≪はい、サポートします≫
俺の霊子エネルギーが小石に浸透すると飽和し、クエリのサポートを受けながら、小石が空間へ溶け込みはじめる。
みるみるうちに透明になっていき、小石は俺が扱う情報の塊となっていった。
霊化は成功した、しかし変だ。
『クエリ、エネルギーが得られないぞ?』
普通は霊化を行った際、その物質から大量の霊子エネルギーを得られるはずなのだ。
≪はい、おそらく惑星防衛フィールド内における特有の現象です。ハジメが霊化した物体の霊子エネルギーはオービタルリングにて生成している霊子フィールドのエネルギーに変換されています≫
『マジかよ~。とりあえずこの石をそのまま実体化させてみるか。パラシュートが数秒しか使えなかった原因も分かるかもしれない』
俺は石に霊子エネルギーを込め実体化を行う。実体化にはエネルギーが大量に必要だ。それは本来霊化した時に得るエネルギーと等しい。
石はぼんやりと姿を現すが、実体化までは至っていない。
『結構大量にエネルギーを使ってるんだが、どうなっているんだ、クエリ!』
≪霊子エネルギーに損失が見られます。必要エネルギーに達していません≫
『もっと必要って事か? これならどうだ』
俺は、自分の霊子エネルギーをギュウギュウに詰め込んでみた。
小石はやっと実体化する。
なるほど、実体化に必要なエネルギーがかなり大量に必要だな。
こんな小石に俺の残りの霊子エネルギーが半分くらい持っていかれたぞ?
”クエリ、やっぱりこれも惑星防衛フィールドのせいなのか?”
≪はい、その通りです≫
あれこの石、霊子エネルギーを纏っているな。
霊子エネルギーを見えるようにしてある俺は、その小石が常に霊子のエネルギーを帯びていることに気づく。
ん~、何かに使えるかもしれない。取っておくか。
俺はその小石をポケットにしまうと、次の実験をすることにした。
次は肉体の霊化についての実験だな。
地表へ降下する際、肉体は問題なく実体化出来た、この場合はどうなんだ?
『クエリ、次は俺の体の霊化を試してみるぞ』
≪はい、サポートします≫
恐る恐る、小指の先だけ霊化させてみる。
むむ、これは普通に霊子エネルギーが得られているぞ。
そのまま、霊子エネルギーを押し返し、小指の先を実体化させてみると難なく実体化させることが出来た。
俺は次に手首まで霊化させると、何となくすぐ側にある錆びついたオーヴェズの装甲版を触ってみる。
するりと手首は抵抗もなく錆びた装甲版をすり抜けた。
まぁ、ほとんど幽霊だからな。
俺は次に錆びていないオーヴェズのフレームを触ってみると。
『クエリ、触れられるぞ これはなんだ?』
≪はい、フレームが霊子で加工されており、不動体を形成しています≫
『いや、お前の説明はいつも分からん、もっと分かりやすくお願いよ』
≪はい、金属は安定的で錆びず、霊化した情報体が触れられる物体に変質したと理解してください。また霊子を強く帯びた物質は復元性を持ちます≫
『触れるのか?! そうだ』
俺はふと思い出し、さっきの小石をポケットから取り出すと、霊化した手で触ってみる。
小石は霊化した手で摘まみ上げられ、空中に浮いてるように見えた。
霊化した手には小石の感触がちゃんと伝わっている。
なるほど。霊化させて実体化させると霊化した人が触れられる物質になるんだな。
宇宙ではコックピット周辺まで霊化させて維持していたんだが、あれは無駄だったのか……。
あの時はエネルギーは足りる計算だったから仕方ないか。
これは応用が利きそうだな。
だけどオーヴェズの修理が霊化の応用を使ってエーテル形成機で簡単に出来ないとなると、結構難しくなってしまった感じもあるぞ。
アイリュには、大丈夫だ俺が直す! なんて言っちゃったからなぁ……。
マフルの振るっていた山刀に霊子を纏わりつかせる技法の再現は後で試してみるか、この調子じゃ霊子エネルギーがいくらあっても足りやしない。
俺は手の霊化を元に戻すと、ハッチを開け作業の続きを始めることにした。