十話 咲き誇るイチゴの花①
ラーゲシィは緋色のマントを翻し、空中に静止した状態で転移する。
転移と言ってもあらゆる物質波の干渉を受けない高速移動だ。移動中の速度は光の十分の一にまで達する。はた目から見れば転移に見えなくもないだろう。
エンドルヴはオーヴェズを市壁まで追い詰め、俺の作った黒剣を振るっていた。
見学していた市壁の上の市民たちは、迫ってくるエンドルヴの異様さに悲鳴を上げて逃げていく。
オーヴェズは市壁を守るように黒剣を二度捌いたが、パワーに押され三撃目、四撃目を躱した。すると市壁が黒剣によってバターのように切り裂かれていく。逃げるオーヴェズの横腹をエンドルヴは容赦なく蹴り倒した。
「アイリュに何をする!」
ラーゲシィを制御し、空中からエンドルヴの背後へ膝蹴りを入れようとする。だがエンドルヴは後ろに目があるかのように躱してしまった。
「こいつ! 今のを避けるのか?!」
エンドルヴはラーゲシィを意に介さず、剣を振りながら執拗にオーヴェズを追いかけていく。
「ラーゲシィ?! オフスなのねッ!」
オーヴェズは振り向くと黒剣を構え直す。
追加の外装や兵装は全て脱落しており、左手も損壊していた。しかしオーヴェズは凄まじい気迫を放っている。歴戦のオーヴェズが見せる戦場の気合いだ。
オーヴェズがエンドルヴを誘い込むと、横合いからバグザードがエンドルヴへと大戦斧を叩きつける。
周囲に衝撃音が響き渡り、エンドルヴは土煙を上げて吹き飛ばされていった。
バグザードはふらつきながら膝をつき、全身から軋むような異常音を発する。
「建造されたばかりの”無垢”だと言うのに、なんという戦闘力なんぬ」
レグちゃんの言う通り、エンドルヴは左足を庇いながらもまだ平然と立ち上がろうとする。異常なほどの剛性と弾性をもった装甲とフレームだ。
バグザードの大戦斧は重偶像騎士とほぼ同じ質量がある。それを喰らって平気な構造物なんて惑星防衛機構に置いてきたシエリーゼの素材くらいだろう。
間違いなくエンドルヴは古き十二宮座に連なる重偶像騎士に違いない。
「レグちゃん。コイツの能力も特殊なんだろ? 何か知らないのか?」
「耐久力だけは十二宮座で一番と言っていい騎体だぬ。おそらく禁呪で建造された騎体と見て良いだろう。アルマキュアめ、厄介な事をしてくれた……」
エンドルヴの黒剣は薄くなったり濃くなったりしている。恐らく内部の魔力貯蓄炉が消耗しているのだろう。
俺は立ち上がろうとするエンドルヴへと距離を詰め、背負った大剣を翻す。
「倒れていろッ!」
大戦斧とまではいかないが、この大剣も偶像騎士以上の質量がある。肩を狙い大剣を振り下ろすと、その重量と衝撃に負け、エンドルヴは再度膝をつく。
「オフス! だめよッ。リーヴィルちゃんがエンドルヴに取り込まれてるの!」
「リーヴィルが?!」
「禁呪で作られた偶像騎士は操縦者の意識を浸食するんぬ。エンドルヴの頭部コアを破壊すれば良い!」
「偶像騎士の重要機関を?! なんでまたそんな……」
コアの製造コストが騎体の八割を占める程だ。破損してもコアが無事ならばその偶像騎士は再建する事が出来る。
「ロウフォドリーの禁呪ならばそれしか手が無い! リーヴィルを無事に救いたければ、エンドルヴのコアを壊し、リーヴィルの心と切り離さなければいけないんぬ」
膝をついたバグザードが軋む騎体を無理やり立たせようとする。バグザードは特に頭部の損壊が酷かった。送られてくる騎体情報からグゥちゃんは無事だろう。
だが、これ以上の無理はさせられない。
「グゥちゃん! 騎体の魔力を自己修復へまわせ! 多少は動けるようになる!」
俺の声にバグザードが動きを止めると、騎体内部から軋むような音が発生し始める。
「来るわよ!」
ラーゲシィを脅威と見たのだろう、エンドルヴはこちらにまっすぐに向かってくる。振るわれる斬撃をラーゲシィはひらりと躱していった。
「クエリ! エンドルヴの回線は開いているか!? 内部のコアを停止させろ!」
”不可能です。アクセス可能なポートはありません”
「なら、モーションからフレーム構造の気弱性を見つけろッ」
高負荷に耐えられるフレームでも、相手の重量を利用しこちらの重量を乗せれば破壊できる可能性は大いにある。
「二騎がかりならッ!」
オーヴェズがエンドルヴに横合いから切りつける。
「ダメだ! アイリュッ」
オーヴェズが近づいた瞬間、エンドルヴは目標をオーヴェズへと切り替える。どうやらラーゲシィよりもオーヴェズに執着しているらしい。
オーヴェズは一瞬だけ黒剣を発動させ、エンドルヴの剣をいなした。
続けて二撃目を受けた瞬間に、エンドルヴはオーヴェズを蹴り倒し、そのまま馬乗りになろうとする。
「お前の相手は俺だッ!」
隙だらけのエンドルヴの背中に、ラーゲシィの大剣を振り下ろす。だが、エンドルヴは少しよろけただけだった。逆に大剣を素手で払いのけると、黒剣を大振りし、逆にこちらへ切りかかって来る。
「なんて固さだッ」
この大剣ではエンドルヴに致命傷を与えることはできない。
予備の光の剣や黒剣はこの状態のラーゲシィには搭載していない。高負荷に耐えられる大質量の大剣があれば問題ないと思っていたが、こうも固い敵に出会うとは思わなかった。
「こっちだエンドルヴ! かかってこい!」
エンドルヴを挑発するように、間合い詰める。するとエンドルヴは左足を庇うように、こちらの動きについて来ていた。
相手の攻撃を躱していると、クエリから情報が送られてくる。俺の見るエンドルヴの騎体に弱点と思われるマーカーがいくつも示されてきた。
何処へ攻撃すれば一番効果的か? そんな風に俺が注意を逸らした瞬間、エンドルヴはこちらの動きを読んだかのように、ラーゲシィの懐へと潜り込んできた。
ラーゲシィの左腕を掴むと、黒剣でこちらの喉元を狙ってくる。
「このっ! ラーゲシィに敵うと思ってるのか!?」
ラーゲシィはスリムな体形だが、伊達に大重量の大剣を振り回していない。膂力やフレームの堅牢さはバグザードに近いスペックがある。
エンドルヴの掴む左腕を強引に捻ると、こちらの体重をかけ逆にエンドルヴを地面へと叩きつけた。ラーゲシィもまた、古き十二宮座の重偶像騎士なのだ。
倒れ込んだエンドルヴの頭部に目掛け、俺は大剣の切っ先を突き下ろす。狙いは眉間、クエリが示した構造上の弱点の一つだ。
「これでッ……」
だが大剣の切っ先は、エンドルヴの頭部をかすめ地面に突き刺さる。頭部を粉砕するには最高のタイミングだった。……だが、攻撃を逸らしたのはラーゲシィだった。
”悲しすぎる。憎しみと悲しみがいっぱい”
「ラーゲシィ……」
ラーゲシィは大剣に描かれた絵を見ていた。
”楽しい事もいっぱいある。いい人もいっぱいいる”
単純な事なんだ。少し考えれば誰でも分かる事だ。
相手は悪魔でも化物でもなく、誇り高い偶像騎士なのだ。ただ少し、道を誤っているだけなのだ。そう……、ラーゲシィは言っているのだ。同じ偶像騎士の立場から。
デュラハンに乗っていた以前の俺なら、迷うことなくエンドルヴのコアを粉砕し停止させていただろう。だが、俺も以前の俺じゃない。
「そうか、救いたいんだな……、エンドルヴを」
反撃にと切り上げるエンドルヴの黒剣を躱しながら、ラーゲシィは間合いを大きく開ける。
「何をしてるんぬ! せっかくのチャンスを!」
「レグちゃん作戦変更だ!」
立ち上がるエンドルヴに大剣を向け牽制する。
「何をするつもりなんぬ?」
「エンドルヴを無力化して意識だけ封印処置をする!」
「手加減が通用するような相手ではないんぬ! 時間がかかればリーヴィルの心が戻らなくなるぞ!」
「心配するな! すぐに終わらす!」
バグザードは、まだ自己修復が終わっていないのだろう。立ち上がるのがやっとの状態だった。
「アイリュッ! まだオーヴェズは動けるか?!」
先ほどの衝撃で、オーヴェズも大分騎体にダメージを受けたのだろう、立ち上がろうとする騎体のあちこちから、悲鳴のような軋み声が聞こえて来てくる。
だが、オーヴェズの動力炉から聞こえる”声”は、己に課せられた使命に身を焦がしていた。
「うん。まだいける! 今度は無理にだって立ち上がるって! オーヴェズも言っているッ」
オーヴェズは言っているのだ。”悠久なる誓いを、悲しみで終わらせてはいけない”と……。
「アイリュ、ラーゲシィの後ろに続け。俺の合図でオーヴェズを突進させろ」
「うん! わかったッ」
エンドルヴの騎体は、度重なる衝撃でかなり損壊が進んでいる。外装が壊れかけた頭部が睨むようにこちらを向くと、響くような咆哮を上げる。
「ラーゲシィィィッ! 気合を入れろッ!」
声高く呼応するラーゲシィと共に、俺はエンドルヴへと向かって行ったのだった。
2022/6/13 誤字修正しました