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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第六章 ラーゲシィ(イチゴの花の偶像騎士)
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八話 怨嗟と慈愛と④


「ヒャーハッハッハ、始まったな……。バグザードとオーヴェズとは……、やはりオフスは出てこないか……」



 その頃、東門近くの通用口にて、トートは偶像騎士シエイゼ同士の戦闘を遠目から見ていた。



「少しもったいないが、あの女は俺様の役に立ってもらうとするか……」



 トートはこの状況でお行儀よく決闘するような男ではない。同調してしまったリーヴィルをエンドルヴに乗せ、トートは囮として使っていた。

 昔も今も、トートが目指しているのはオフスただ一人なのだ。



 ニジャには『東門近くの通用口を開けておく』と言われてある。信じていなかったが、実際に行ってみると非常時に施錠されている入り口は開いており、周囲に見張りもいなかった。



「フンッ。ニジャの言った通りだな。アイツの策に乗るのは癪だがそうも言ってられん」



 扉をくぐると気絶した警備が転がっており、その側にニジャの密偵と思われる女がいた。黒髪を後ろで束ねた女は、ヴァンシュレンの軍服を着ている。



「ご苦労だな」

「手伝いをするのはここまでです……」

「フンッ。ニジャに言われれば何でもする阿婆擦れめ……」



 女は意に介さずその場から去っていく。



「ニジャもヴァンシュレンの軍部にスパイを放っているとは侮れん男だ」



 トートには理解できないが、それほどまでに人を引き付ける魅力があるのだろう。



「まぁいい。さぁて、オフスの元へ乗り込むとするか」



 紫色と化した左手が痺れを増していく。

 トートの気持ちは待ち受ける再戦を目の前にして、この上もなく軽やかであった。




 ◇ ◇ ◇




 リノミノアは駐騎場からオフスの側に戻ってきていた。魔剣カーパをオフスの枕元に置くと、リノミノアは椅子へと座りオフスの寝顔を覗き込む。

 窓からは朝日が差し込んできた。すると、遠くから偶像騎士シエイゼ同士の激しくぶつかりあう金属音が聞こえて来る。



「始まったようじゃの……」



 仄かに淡く光るオフスは、この世の者でないような不思議な存在感が感じられた。まるで陽炎のように、目を放したら消えてしまうのではないかと思われた。

 だが確かに、目の前にいる男はリノミノアの愛する男に間違いなかった。

 椅子に座ったのは十何時間ぶりだ。少しだけ安堵すると途端に疲労が重くのしかかってくる。



「やれやれ、齢には勝てんのじゃ……」



 そう言ってため息をつく、そうしている間にもアイリュとトートは死闘を繰り広げているのだろう。今のリノミノアに出来る事はオフスが早く目覚めるように側で祈る事だけだった。

 すると突然、庭の外からけたたましい笑い声が聞こえて来る。



「オフスッゥ!!! 聞こえるかぁッ?! わざわざやってきたぞ! さぁ約束通り決闘の時間だぁ! ハァーッハッハッハ」



 リノミノアは椅子から飛び跳ねると、慎重に窓から外を覗く。そして庭に立つ男に驚愕した。



「トートかッ!?!? なぜここに。ならばあの戦闘音は何じゃ?!」



 トートは魔剣を抜き放ち、既にその刃は血に濡れていた。部屋の扉が開き、エリアスナスが慌てた様子で入ってくる。



「リノミノア様!」

「エリアスナス! 屋敷の者を避難させるのじゃ。ヒエルパでもあ奴には勝てんかった。急げッ!」



 この屋敷で戦える者は、エリアスナスとリノミノアだけだった。ニルディスはトートの後詰を潰しに出陣しており、オルトレアも少し前から姿が見えない。

 よもやこんな手薄な状況で乗り込まれるとは、リノミノアは夢にも思っていなかった。



「リノミノア様はどうしますかぬ?」

「アイリュにオフスを頼まれておる。ここで引き下がれんのじゃ……、今から屋敷に魔法の罠を張る。お主は達は邪魔じゃ! 早く行けッ」



 リノミノアが退出すると呪文の準備に取り掛かる。屋敷に籠城するのならば、少しは時間が稼げるだろう。

 しかし、窓の外から子供たちの泣き声が聞こえて来る。慌ててもう一度外を見ると、動かないラーゲシィの側にいつもの子供たちがいるではないか。

 トートの剣幕に押され、子供たちの感情が揺さぶられてしまったのだろう。三人の子供たちはうずくまり、泣きわめいている。



「なぜ子供たちがここに居るんじゃ?! くっ! オルトレアは何をやっているんじゃ!」



 トートは泣きわめく子供たちに、蛇のような目線を向ける。



「チッ。うるさいガキどもだ」



 しかし不意に聞こえた風を切る音に反応し、トートは大きく飛びのいた。

 咄嗟にトートが避けたのは小刀だった。振り向くと白い竜の仮面を被った大男が立っている。

 小刀を投げたのは、まだ体の傷の塞がっていないヒエルパだ。その手には真新しい一振りの山刀が握られている。



 殺気立つヒエルパを見ると、真っすぐにトートが突っ込んでいく。ヒエルパは足で地面の土を蹴り上げると、トートの顔に向かい土埃が舞った。



「甘いなッ!」



 土埃にひるまず正面からトートは切りかかる。大陸一と言われたリグズの剛剣法。その後継者たる使い手の電光石火の一撃だ。

 しかしエルパは山刀の背を左手で支え、全身の筋肉をバネにして正面からその一太刀を受け止めた。


 

 普通の山刀ならば魔剣の一撃を受け止め切れるはずがない、受け止めた瞬間に二つに千切れ飛んでいるだろう。トートは必殺の一撃が防がれたことを悟り、一度大きく間合いを開け、後退する。



「珍しいな、山刀の魔剣か? どこから手に入れた? まぁいい。面白くなってきたッ。俺様と剣ので戦おうと言うのかぁ?」

 


 ヒエルパは無言で懐から小瓶を取り出すと、それを地面に落とし踏みつぶした。それはトートの解毒薬であった。



「ハーッハッハハッ! 最初から期待などしていない! 何も期待などしていないのだッ」



 トートの左手は既に感覚が無い。激しく動き回れば、毒が全身に回るのも時間の問題だろう。だがトートは薄ら笑いを浮かべると再度踏み込み、ヒエルパへと切りかかる。



 明らかに剣での戦いはヒエルパは不利だった。使い慣れていない山刀をどうにか扱うが、ヒエルパは全身を浅く切り刻まれ、致命傷を避けるのがやっとだった。



 時間にして数秒であったがリノミノアは二人の戦闘の美しさに心を奪われていた。しかし、ハッと我に返る。ヒエルパの脇腹が深く切り裂かれ片膝をつくと、トートはこちらに振り向いたのだ。



「そこか?!」



 ヒエルパに止めは刺さず、トートは地面を蹴ると大きくリノミノアのいる二階の窓まで跳躍する。

 リノミノアは咄嗟に窓から身を引くと床を転がりながら呪文を唱えた。次の瞬間、窓を破りながらトートがオフスの寝室へと侵入してくる。

 


「大当たりじゃないかッァ?! オフス!」



 ベッドで眠るオフスを目の前にして、トートは歓喜していた。しかしその顔には毒が回り死相が現れ始めていた。



「病人の部屋には大人しく入らんといかんのじゃぞ?」



 リノミノアは震えを悟られないように虚勢を張る。



「フンッ。ほざけ! オフスと戦うのを楽しみにしていたが……、庇われている様とはなッ! まぁいい。ここで死んでもらう」



 そう言ってトートは魔剣を構える。



「わしが相手じゃ! 素直に、オフスを差し出す訳には行かんッ!」

「リノミノアッ。お前は前から目障りだった。ついでに死んでおけ!」



 トートは魔剣を振りかぶると渾身の一撃を放つ。しかし、その剣速は毒によりわずかに鈍っていた。

 その攻撃に合わせて、リノミノアは先ほど唱えていた呪文の最後の句を詠む。



 「……ウォール

 


 杖を持たない今のリノミノアでは十分に呪文を扱えない。しかしリノミノアは最上級の魔術師ガルドだ、瞬時に十二枚の障壁を展開させると、トートの強烈な一撃を受け止めようとする。

 普通の魔術師ガルドならば|”盾”≪シールド≫は張れて一枚だろう。そして普通の騎士リダリならば”盾”≪シールド≫二枚は切って捨てられる。

 毒に侵されながらトートは十二枚全てを易々と切って捨て、リノミノアの肩口を浅く切りつけていた。



「俺の全力を耐えるか! もったいない! お前はこんなにも楽しい奴だったなんてな! 知っていれば学園生活にももう少し華があったというものだ」



 返す刀でトートはリノミノアを狙う。呪文をチャージしていなければ、魔術師ガルドなどただの人だ。剣の振りよりも呪文を早く唱える事などできない。

 リノミノアはせめて愛する人を守ろうと、オフスに覆いかぶさった。



 しかし、トートの剣はいつまでたっても、リノミノアには振り下ろされない。

 リノミノアが目を開けると、オフスがベッドから身を起こし、魔剣でトートの剣を防いでいるのが見えたのだった。




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