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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第六章 ラーゲシィ(イチゴの花の偶像騎士)
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七話 決意④

 煮え立つ熱気があがる水面から、黒い騎体が姿を現す。それは装甲が所々剥がれ落ち、悪鬼のような姿になったエンドルヴだった。特に左側の損傷が激しく、左側の盾が一枚脱落していた。



「ヒャー、ハッハッハー! 俺様ッ。生きてるぅーッ!」



 けたたましい笑い声と共にエンドルヴは岸へと上がると、騎体を軋ませながら膝をついた。トートの見つめるモニターには騎体各所の異常を知らせる警告が無数に表示されていた。



「ハーッハッハ……。クソがッ。死にぞこないの偶像騎士シエイゼがひとりでに動くとはなッ」



 ひとしきり悪態をつくと、周囲を見渡す。モニターには仰向けに転がるラーゲシィが映り込んでいた。



「しかぁし! 俺様の運は尽きていないぞ? これはッ。いいッ!」



 そこに映っていたのは、動かなくなったラーゲシィの胸部ハッチから一人のジケロスの少女が這い出てくるところだった。

 エンドルヴの後ろから声がかかる。



「引け! トートよ!」



 エンドルヴが立ち上がり振り向くと、そこには大戦斧を携えたバグザードが立ちふさがっていた。騎乗しているのはグゥとレグティアであった。



 ナウムに持ち込んだとはいえ、バグザードはもともと女王レグティアの専用騎体である。

 マナフォドリーの王権を象徴するこの騎体を行使するのは政治的に不利になる。だが、そうも言っていられない状況でもあった。



「チッ! また良い所でバグザードかよ……」



 遊び過ぎたと反省するより早くトートは次の行動に出る。

 トートは後退する振りをして、エンドルヴをラーゲシィへと近づけた。トートは鼻を鳴らすと挑発するようにバグザードを煽り立てる。



「オフスを出せ! 決闘を申し込むッ。出さなければこの街をぶっ壊すぞぉ?」

「ならばバグザードが相手なんぬ。そのボロボロの騎体でどうしようというんぬ?」



 バグザードも大戦斧を振りかざし威圧をかける。

 だが操縦席のレグティアも焦っていた。グゥが騎体の制御をサポートしているとはいえ、年老いた体では満足にバグザードは動かせない。現役を退いた今、戦いのセンスもトートに数段劣るだろう。



「そうか。じゃあこれでどうだぁ?」



 エンドルヴはラーゲシィの側まで後退すると、うずくまるリーヴィルを素早く片手でつかみ上げる。そしてバグザードの前へと突き出した。リーヴィルの意識はほとんど無いように思えた。

 その様子を見てバグザードは大戦斧を降ろす。それはレグティアではなく、バグザードの意志だった。



「ヒャーハッハッハ。この女、相当大事らしいな。オフスに言っておけッ。お前が出てこないとこの女がどうなってしまうかわからんぞぉ? それとバグザード! お前は決闘の立ち合いだ! 前の判定が間違いだった事を思い知らせてやる!」



 エンドルヴは体を屈めると勢い良く跳躍し川の対岸へと渡る。そしてもう一度トートの笑い声が聞こえて来た。



「この女をかけての決闘だ。ナウムの市民が見ている。逃げる事は出来んぞ?! マガザッ。お前もオフスに伝えておけ! 明日の朝、日の出と共にもう一度来るとな! それまで女は人質だ」



 マガザの顔が悔しさに歪む。エンドルヴは再度跳躍し距離を取ると、夕闇に紛れるように消えていった。

 その場には動かなくなったラーゲシィと、満身創痍のマガザ、そしてバグザードが残るのみになる。



 夕闇の中、ラーゲシィの頭部装甲は半分剥がれ落ち、本来の素顔を民衆の前に晒していたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 日が沈み、遺跡に出向いていたアイリュやリノミノアが屋敷に戻る。

 居間にはこれからを話し合うため関係者が集まっていた。ニルディス将軍や冒険者協会を代表するグラジ、それに加えマガザを含む学生騎士の姿もあった。



「クソッ! 負けちまった……、オルワント……」



 マガザは怒りに任せ、震える拳を壁へと叩きつける。



「オルワントは勇気ある偶像騎士シエイゼなんぬ。お前を守り最後まで戦った。誇りに思うがいい」



 レグティアはマガザにそう語りかける。

 偶像騎士シエイゼ騎士リダリの思いを継ぐ。戦場を駆けボロボロになりながらも生き延びてきたオルワントは戦場に散った仲間の分まで、それこそ数えきれない思いを背負ってきた。前線から後衛へ、戦地から家族へ、幾度の戦場を駆け抜け、普段伝えられない沢山の思いを背負った偶像騎士シエイゼだった。



「逆だろ! 偶像騎士シエイゼが使命じゃなくて、騎士リダリの命を優先するなんて聞いたことが無いぜ!」

「それはオルワントでないと分からないんぬ。しかし……、戦って散るなど戦士として最高の誉……」



 レグティアは言葉で取り繕ってみせるが、それが上辺だけだという事をよく理解していた。

 戦いに疲れた偶像騎士シエイゼはしばしば自己犠牲を起こす。数千年も稼働する偶像騎士シエイゼの気持ちはレグティアに分からなくも無かった。



 レグティアは臨時で設えた傍らのベッドを見る。そこにはいまだに眠り続けるオフスの姿があった。オフスの意識は未だに戻っていなかった。



「遺跡では何があったのですか?」



 ニルディスの言葉にアイリュとリノミノアが遺跡での出来事を皆に説明する。

 全てを聞き終わると、レグティアは溜息と共に呟いた。



「オルワントが時間を稼いだというのに、肝心のオフスがこれではぬ……」



 レグティアは淡く光り輝くオフスを見て、神の御許へ旅立とうとしている古代人の特徴によく似ていると思っていた。そうして見送った祖母の最後をレグティアは思い返す。



「大婆様、そのような言い方は……」

「オフスだって頑張ったんだから!」



 言葉を荒げるアイリュとリノミノアをレグティアは睨みつける。その視線だけで二人は委縮してしまった。

 レグティアは緊張をほぐすために柔らかい口調で語りかける。



「それよりも、オフスが起きない理由は分かるのかぬ?」

「……わしには高濃度の魔力に暴露したくらいしか理由が思いつかんのじゃ」



 アイリュは、クエリドールを掴むと問いかける。



「クエリちゃん教えて、オフスはこのままなの? どうやったら目覚めるの?」

「はい。目覚めないという事はありません。現在オフスの意識は、断片化され再構築されています」

「それって目覚めるのに、どれくらいかかるの?」

「認識と認識の間に壁が存在します。ご主人様が”現在”を把握しない限り、目覚める事はありません」



 リノミノアは溜息をつきながら、棒状のコンセプシオンを取り出し話しかける。



「コンセプシオン、要約するのじゃ」

「僭越ながら……。オフスさんは現在最も”神”に近い存在になったと言えるでしょう」



 話し出す棒に、周囲の一同は驚きを隠せない。



「この状態を常用句で表せる表現は存在しません。簡潔に目覚める方法を申し上げますと、目覚めようとする気持ちがオフスさん自身に必要であると言えます」

「何か手は無いのか? コンセプシオン。オフスをこのままにしてはおけんのじゃ」



 そう言って、淡く光りながら眠り続けるオフスをリノミノアは見つめる。

 


「人が”神”に対する思いと言うのはどういった物でしょうか。私には分かりかねますが、そう言った物が神とこの世を結びつけるものだと考えます」



 コンセプシオンの言葉にレグティアは不満を漏らす。



「神に深入りしすぎたんぬ。あれほど注意したというのに、この男は……」

 


 アイリュはその言葉に顔をしかめる。



「オフスさんは目覚めませんが、トートの狙いは分かりました。オフスさんを相当恨んでいるのでしょう」



 雰囲気が悪くなりそうな様子を察し、ニルディスが言葉を選ぶように会話を繋いだ。

 そして窓の外を見ながらオルトレアが質問する。



「エンドルヴにやられたラーゲシィは、もう動かないのでしょうか……」



 屋敷の庭では学生騎士によって運び込まれたラーゲシィが横たわっていた。

 庭には煌々と明かりが灯り、ラーゲシィの周囲には複数の偶像鍛冶師ヨールトが作業しているのが見える。



「動力炉や躯体は問題ないようじゃがな……。何しろオフスが内部をいじりまくっていて、わしではわからん部分が多すぎるのじゃ。」



 オルトレアの言葉にリノミノアは窓の外を覗き見ながら答えた。

 無残に引き裂かれた装甲の向こうに、まだ無傷のラーゲシィ本体が見えていた。

 そして屋敷の周囲には昼間の偶像騎士シエイゼ戦の説明を求め、市民が詰めかけているのが見える。一部の市民は不満が抑えられないのか、オフスやラーゲシィに対し罵声を浴びせていた。



 昼間の失態に加え、オフスの重偶像騎士シーエイゼが以前街を破壊したラーゲシィだと分かれば市民が不満を爆発させるのも無理は無い。

 もちろん昼間の戦闘についてはこちらの見解を市民に述べているし、壊れた家財などはオフスの資金で保障を出している。市民の感情と言うのはそれだけではコントロールできないのだ。

 外の喧騒を無視するようにリノミノアは言葉を続ける。



「ラーゲシィは頭部のコアがほぼ機能しておらん、どうやら強い衝撃を受けた様じゃな。内部の魔法式が無事でも、細かい所までは正直分からん。人の脳と同じじゃよ」



 庭に横たわるラーゲシィの頭部装甲は大きく潰れていて、本来の顔がほとんど見えてしまっている。

 すると部屋の扉が静かに開き、一人の男が入ってきた。その男は竜の仮面を被った筋肉質のジケロスだった。



「……いくら呼ぼうとも、寝たふりをした者を、起こすことはできない」



 その言葉はジケロスの諺だった。



「ヒエルパ!」



 マガザが驚きの声をあげる。ニルディスはマガザを制しながら答えた。



「私が呼んでいたのですよ」



 レグティアとニルディスはナウムに滞在する最強の戦士に助力を求めていたのだ。



「ヒエルパ、来てくれたかぬ。しかしラーゲシィが寝たふりとな?」

「失意しか感じられない。守るべきものがあると言うのに、だ」

「人と同じように、偶像騎士シエイゼも心があるからのう……」



 ヒエルパの言葉にリノミノアは難しい表情をする。



「古きを生きる大聖母。ランマウの姫の一大事と聞き、参上した」

「うむ……」



 レグティアがヒエルパに現状を説明するとヒエルパは深く頷き、たどたどしい共通語を発する。



「姫は、取り返す。罪は、裁かれねばならない」

「ヒエルパ殿、用心するのじゃトートは途方もなく強い男じゃ」



 リノミノアの言葉にヒエルパは頷く。



「勝敗とは、強さではない」

「私たちのために戦ってくれるの?」



 アイリュの言葉を聞きレグティアは首を横に振った。



「違うんぬアイリュ。グランの大戦士は他者を裁くが、己を裁く事が出来ない。彼は戦う事で己を律する、孤高の戦士なんぬよ」


 

 ヒエルパは戦杖を握り締めると、アイリュを見る。



「姫は取り返すが、トートを止められるかは保証できない。これは、お前たちの戦いだ。俺の戦いは、その手助けにすぎない」



 有無を言わせない口調でそれだけ言うと、ヒエルパは部屋から去っていってしまう。その背中に頼もしさと、突き放された寂しさが皆の胸の中をよぎった。



 ヒエルパの去った部屋で、アイリュはオフスをじっと見つめていた。トートに仕掛けられた戦いは、ヒエルパが言うように本来オフスやこの街に向けられたものなのだ。それを受けて立たなければ前へは進めない。

 そして、誰も言わないがその戦いは、アイリュ自身が背負わねばならない事だと理解していた。今のアイリュはこの街の代表者なのだ。



「オフスが起きないなら、私が戦うわ……。私とオーヴェズなら、エンドルヴに勝てるかも」

「アイリュまで失えば再起は出来ないんぬ。大人しくしているんぬよ。オーヴェズではエンドルヴに敵うはずがない……。レグが違う策を練るんぬ」



 だがすでにアイリュの気持ちは決まっていた。



「それでも私が戦う!」



 アイリュは唇を強くかむと、眠り続けるオフスを見てそう決意する。

 そして決意した無名の騎士(オーフェント)の意志は変えられない。その様子を見て、レグティアは目を閉じ黙って頷くしかなかったのだ。



2022/6/5 誤字修正しました


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