一話 天の橋②
それからしばらく俺たちは清掃作業を進め、弁当の昼飯を食べることになった。
アイリュさんは持ってきた包みを開け始める。
「はい、お弁当よ」
「え、あ、ありがとう、これ何?」
拳大のキウイのような代物を二個投げて渡してくる。
隣ではアイリュさんがその実の皮をむき始めていた。
「これはゴルダの種よ、ニーヴァだと知らないかもしれないけど!」
俺も同じように皮をむき始める、見た目は大きなキウイみたいだが、中身はもちもちとした白い巨大な米粒の様だ。
「こうやって食べるのよ」
彼女はそう言って上を向くと、剥き終わった拳大のゴルダの種を口の中にそのまま入れる。
彼女の喉は大きく膨らみ、ゴクンと音がするとそのまま飲み込んでしまった。
うぉ~、カエルを飲み込む蛇の様だ!
アイリュは俺の方を見てニヤニヤと笑っている。
俺は苦笑いを浮かべながらアイリュさんに話しかけてみる。
「うっ、その食べ方って、エランゼ特有なのかな?」
「そうよ~? すっごく栄養がある種だからね、残さず食べてよ?」
さすがに俺は丸ごと飲み込めないぞ? もちもちした手触りなので噛み千切れると思うけどな。
俺はゴルダの実に噛り付く。
歯ごたえは餅だな。しかしこれは! マズイ! 表面はそれ程でもないが、中身はめっちゃ渋くて後味に濃い酸味が広がる。しかも異様に生臭い。
「ウッぶッ! ゴヘッ」
俺は手で口を押え無理やり飲み込む。
彼女は俺の目の前でいやらしい笑い顔を浮かべていた。
俺の体は長い間実体化していなかった為、栄養を欲している。栄養になる物なら大歓迎だぜ!
俺は味を気にしないようにして、ゴルダの種に噛り付き飲み下す。
涙目になって咽ていると、彼女が水袋を差しだしてきた。
「呆れたわ、途中で食べられないとか言い出すと思ってた。エランゼも好んで噛んで食べる人はいないのに」
おれは差し出された水袋から水を飲むと一息つく。
「いや、今の俺は栄養になるなら泥水でも大歓迎さ」
俺は渡されていたもう一個のゴルダの種も剥くと噛り付いて飲み込んだ。
そんな俺をアイリュさんは呆気に取られてみている。
「まー、その根性だけは認めてあげるわよ」
俺は残る最悪の後口と、膨れたお腹を休ませるために仰向けになる。
空は晴れていて、遠くにはオービタルリングが見える。
うっすらと見えるオービタルリングは綺麗だった。
「なぁ、アイリュ」
「”さん”がないじゃない」
「めんどくさくなった」
「なによそれ!」
「オーヴェズについてもう少し教えてくれないか?」
「フンッ! 直したら教えてやるわよッ!」
はぁ、取りつく島がないな。
俺は大分見た目がましになってきたオーヴェズを横目で見ながら言う。
「アイリュ。俺の知ってる偶像騎士は心を持っていたんだ。辛いとか苦しいとか言わなかったけど、一生懸命戦ってくれていた。だから俺、これから直すオーヴェズの事が知りたいんだ。教えてくれないかな」
俺はもう一度オービタルリングを見上げた。
「……分かった。一度しか言わないからよく聞きなさい。このオーヴェズはね私のお兄ちゃん。”エスクス”って言うんだけどね。お兄ちゃんが騎士になったとき拝領した偶像騎士なの。よく帰郷した時も一緒に連れてきてくれて、小さい私はオーヴェズに乗せてってせがんで、よく乗せてもらっていたわ。山を歩いたり、畑を見回ったり、川に遊びに行ったり……。お兄ちゃんの仕事途中私は寝てしまって、お兄ちゃんは私をオーヴェズに乗せて、オーヴェズは私を家まで送ってくれたりもしたわ」
「オーヴェズは喋れたのかい?」
「そんなに高性能じゃなかったわ、そういう偶像騎士もあるらしいけどね。私にも分かる程には賢さは持ってたわ。悲しいとか、嬉しいとか……。結構頭がよかったのよ?」
アイリュはオーヴェズを見上げる。
「前にも言ったけど二十年くらい前かな、ヒューマンとの戦争があったの。兄さんはオーヴェズと一緒に戦争に行ったんだけど、帰ってきたのはオーヴェズだけだったの」
「そうか、いい奴なんだなオーヴェズは。俺にも似たような偶像騎士がいるんだ、そいつもオーヴェズと同じ立派な奴だったよ」
「その偶像騎士は壊れてしまったの?」
「そうだな……、そいつのおかげで俺は生きてるって感じだな」
「そう、ごめん」
俺の雰囲気を察したアイリュは謝ってくる。
「いや、いいんだ。オーヴェズの事が聞けてうれしいぜ」
「でも、オフスは偶像騎士を持ってて直せるって事は騎士なの?」
「それは違うな。俺はまだ自分がよく分からないんだ。だけど、俺は自分の守りたい人を知っている。その人にはまだ出会えてないけどね」
そう言うと俺は少しおどけて見せる。
「オフスはよく分からない人ね。 ……でも偶像騎士を直せるならオフスは偶像鍛冶師かな」
「偶像鍛冶師か、じゃあ俺は今から偶像鍛冶師だ」
「もう、ちゃんと直せてから名乗ってよね?」
「それもそうだな、そういえばこの辺りにはオーヴェズを直せそうな偶像鍛冶師はいなかったのかい?」
「いないわ、ほとんどの偶像鍛冶師はみんな前の戦争で死んじゃったって聞くわ。だからオーヴェズは中央から廃棄扱いされてここにいるって訳」
「そうか、じゃーオーヴェズの為に俺が頑張らないとな」
「まぁ、期待しないで待ってるわよ」
俺達は仰向けになり、オービタルリングを見上げる。
「ねぇオフス。あの天の橋の事しってる?」
「え? ああ、知ってるよ。俺の大切な人がまだいる場所なんだ……」
俺は遥か彼方、見えないくらい小さな点を探す。
「そう……。私のお兄ちゃんもね、今はあの橋を渡ってる途中なんだと思う、死んだ人はあの橋を渡って天国に行くと言われてる。でもね、私は途中で足を踏み外せば帰ってきてくれるんじゃないかって思うのよ……。オフスは、どう思う?」
彼女の顔はとても悲しそうだった。たぶん俺も似た顔をしてるのだろう。
「ああ、……きっと帰ってきてくれるよ。俺の大切な人も。君のお兄さんもね」
そう言うと彼女は笑顔を見せてくれた。たぶん俺が初めて見る彼女の笑顔だった。
◇ ◇ ◇
午後、俺はオーヴェズを本格的に調べることにした。
基本の動力経路が生きているかを、簡単に調べてみる。
「アイリュ、ちょっと危ないかもしれないから離れていてくれ」
オーヴェズの右肘の端子に触れ、指先へと直接俺が霊子エネルギーを流し込んでみる。
ギギガッっと言う音を立てて、オーヴェズの右腕が痙攣した。
「すごい! 動いた!」
「いや、只の試験だよ。まだオーヴェズは目覚めてない」
「でも、オフスは直せるんだよね?」
「さっきの感覚なら、多分直せるとは思う。大丈夫だ! 任せてくれ!」
「期待してるわよ~」
しばらくアイリュは上機嫌でオーヴェズの掃除をしていたが、そろそろ水くみや薪割りの為に帰るそうだ、日が暮れる前には帰ってきなさいということだった。
俺はそれに手を振って答え。座り込んだままのオーヴェズの肩によじ登ると頭部付近を調べ始める。
次は中枢部分を調べてみよう。
『クエリ、何かわかるか』
≪どこかに制御用のラピスがあるはずです≫
『霊子エネルギー情報を見せてくれ』
≪はい、視覚情報に霊子エネルギー情報を加算します≫
するとオーヴェズの内部骨格が淡く光って見え始める。そして俺の視界に細く白い霊子エネルギーの流れが見え始めた。
大分弱いが、それはオーヴェズの頭部に集中しているように見える。
たぶんここかな? そう思う部分のカバーを開けてみる。
ギギッとさび付いた音をあげながら三重になったカバーを開けると、そこには三センチほどの緑色のラピスが設置してあった。
その周りは黒く惨く汚れている。
『クエリ、これはなんだ?』
俺はそのラピスに指先で触れる。
ピリッと電気が走ったような痺れがあり、クエリが声を出す。
≪はい、オーヴェズのサブ霊子回路と思われます。組成は惑星原住民の生体ラピスです≫
ラピスの周りにベッタリとこびりついている黒い付着物は、まるで古い血のりの様だった。