七話 決意②
トートはエンドルヴの中で満足そうに笑みを浮かべていた。予定よりもナウムへ早く到着できそうな事に加え、操縦席の居心地もいい。全力の疾走だと言うのにエンドルヴの騎体内はさほど揺れていない、流石は古代の技術を応用した魔王専用騎といった所だろう。
両肩にマウントした大盾内の魔力貯蓄炉が半分ほどになっている。これだけ稼働しても魔力が切れない新型の魔力貯蓄炉の性能にトートは舌を巻いた。これならばこのままナウムを攻めても十分に戦えるだろう。
ナウムのに至る川沿いを遡るにつれて巨大な市壁が見えてくる。よく見ると市門の前には緋色の外套を羽織った銀色の騎体が佇んでいるのが見えた。
「ヒェクナーか? ……形が違うな。オフスでも無いようだ」
トートは間合いを大きく取り、銀色の騎体と対峙する。威圧をかけるように声を張り上げた。
「誰だぁ? 名乗れ。俺様の邪魔をするのならここで死んでもらうぞ?」
リーヴィルはラーゲシィの操縦席で小さく震えていた。一人で立ち向かうのは、こんなにも心細い物なのだとあらためて思い知らされていた。しかし気力を振りしぼって声をあげる。
「私はリーヴィル! あなたは暗い闇を背負っている。憎しみに未来を求めている。そこに良い答えは無い。……だから! ここは通さない!」
リーヴィルの名乗りをトートは鼻で笑う。だが、声色からオフスの可愛がっていた女だと気が付くと、トートは操縦席の中で身を乗り出して喜んだ。
「んん?! いつかの汚いジケロスの女じゃないか。……オフスはどうした? 女の後ろに隠れているつもりなのか?」
「オフスはいない! オフスの手は煩わせないッ」
リーヴィルが答えると、ラーゲシィは手首に仕込んだ光の剣の柄を取り出し握り締める。オフスが個人用に作った光の剣の重偶像騎士版だ。
オフスは遊びのつもりで装備させていたが、この剣の威力も並ではない。
「フンッ。つまらん。オフスに媚びを売る卑しい人形め」
「ちがう! 私はリーヴィル! 人形じゃない」
戦いの空気を読むトートは、目の前のラーゲシィは己の敵では無いと感じ取っていた。
「フンッ。ただの人形風情が思い上がるな!」
リーヴィルはトートの殺気に気圧される。意思が読めるリーヴィルにはダイレクトにその憎悪が流れ込んでいた。しかし体中に力を込めると大声で叫んだ。
「私が戦う!」
「はーっはっは、こいつはいい! 人形が何を狂ったのか? 戦うというならお前を弄って民衆の前で辱めてやろう。お前にオフスの名前を叫ばせながらなッ。こいつはイイ! 良い余興になりそうだァ」
ラーゲシィはトートの嘲笑を聞き、光の剣の刃を顕現させ、剣を構える。
「私は人形じゃない!」
リーヴィルの叫びと共にラーゲシィは遠い距離から一気に間合いを詰める。鋭く振るう剣筋はラーゲシィの前の騎士、ハルドの物とそっくりだった。
しかしエンドルヴが軽く体を捻るとその剣は宙を切る。二度三度剣を振るが、エンドルヴには当たらない。
慌ててリーヴィルはエンドルヴとラーゲシィの距離を開けた。川沿いでの戦いは回避の位置取りが難しい、攻めているのに追い詰められているのはラーゲシィだった。
「くだらんッ。お遊びのつもりかぁ? 動きはいいが殺気がない」
強い、とリーヴィルは感じる。まだエンドルヴは剣さえ抜いてない。トートが以前乗っていたブルツサルの動きとはまるで違っていた。
「遊びじゃない! 私はオフスのために戦っている!」
「フンッ。他人の機嫌を取るために戦っているようでは俺様の前に立つ資格など無い。お前の命を賭けてみろッ。こんな風にな!」
エンドルヴは剣を抜き放つと一息でラーゲシィと間合いを詰める。トートの思考を読んではいるが、剣の速さにリーヴィルは反応できない。相打ち覚悟でラーゲシィを前に出すと光の剣を振り下ろす。
ラーゲシィの光の剣がわずかに早いように思えた。しかし光の剣がエンドルヴの頭部を薙ぐ直前に、黒い光の剣がラーゲシィの胴を袈裟切りにしていた。衝撃でラーゲシィは吹き飛ばされる。凄まじい振動がラーゲシィの操縦席を襲った。
「ちっ。少し危なかったぜ……」
エンドルヴの頭部は光の剣のエネルギーの余波で表面が焦げていた。
トートは妙な違和感を感じ、止めをささずに距離を取る。黒剣の威力ならさっきの斬撃でラーゲシィは真っ二つのはずだ。だが相手は胸部装甲が融解しているだけで、内部にまでダメージを与えた様子がない。
「ヒェクナーといいその騎体といい、ずいぶん頑丈にできているな。妙な鎧をまといやがって」
ラーゲシィの装甲も対偶像騎士戦を見越したオフスの試作品だった。ラーゲシィはふらつきながら起き上がると再度剣を構える。
「うわぁぁぁぁ!」
リーヴィルは吠えるとラーゲシィをもう一度前へと進ませた。
「フンッ。愚か者め、自分から仕掛けるとは戦いのイロハも知らんと見える」
ラーゲシィは光剣を繰り出すが、エンドルヴの黒剣に難なく払われる。返す刀がラーゲシィの左足に振るわれるが、すんでの所で右足を軸に回避した。リーヴィルの読みと操縦技術がトートの動きに追いついて来ているのだ。
「ヒャーハハハハ! 楽しいぞ?! だが、甘いなッ!」
回避しきったタイミングを見計らい、エンドルヴは左手でラーゲシィの顔面を捕らえる。そのまま体当たりと同時に足払いを掛けると、ラーゲシィの首をへし折るよう地面に叩きつけた。
頭を地面に叩きつけられた衝撃で、ラーゲシィの頭部装甲が大きくひしゃげる。
装甲が固ければ相手の関節部を狙う、それは偶像騎士戦の常套手段だ。
倒れ込んだラーゲシィの胸部をエンドルヴは大きく蹴り上げる。大重量の重偶像騎士がそれだけで軽く宙を舞い地面に再度叩きつけられた。
「おっと、また間違って殺してしまうところだったぁ」
トートは笑いながら言うが、既にラーゲシィの光の剣は失われ動く気配もない。
エンドルヴがナウムの市壁を見渡すと、市壁の上に人だかりができているのが見える。重偶像騎士同士の対決を見守っているのだ。
「ずいぶん観客も集まってきてるじゃないか……。さてと女。無様な姿を公衆の前で晒すがいい。ハーッハッハッハ。オフスの悔しがる顔が目に浮かぶようだなぁ」
そう言ってエンドルヴはラーゲシィに近づくと、再度蹴り上げてラーゲシィを仰向けにさせる。黒剣を抜き放ちラーゲシィの胸部ハッチへ狙いを定めた。
「いくら頑丈な騎体でも、この距離なら無事では済むまい」
エンドルヴが操縦席をこじ開けようとした瞬間、トートの知っている声が聞こえて来る。
「待ちやがれ! トートッ」
野太い声にエンドルヴが振り向くと、そこには若草色のオルワントが抜き身の騎士剣と大楯を携え佇んでいたのだった。
2022/6/3 誤字修正しました