六話 神の座①
分厚い扉が開いていく、すると目の前に広がるのは地底とは思えないほど、光に満ちた空間だった。
明かりに目が慣れると広い空間が広がっていた。舗装された道路にビルのような建物が立ち並び、あちらこちらに見た事が無い植物が茂っている。
天井を見上げると中央に眩しい光を放つ球体が浮かんでいるのが見えた。照明と呼ぶには強い光だ。恐らく人口の太陽なのだろう。
「わぁ、すごい! 地下なのに木が生えてる」
そう言ってアイリュは近くの植物に駆け寄っていく。
リノちゃんは周りを見渡しながら、驚きを隠せないでいた。
「ここは……、ニハロスの都市に似ておるのじゃ。天井の光は”メガラニアの慈愛”と同じ物じゃな」
ニハロスには一度行った事があるが地上部分しか見ていない。
「ニハロスの地下都市か?」
「うむ、区画の作り方に似たような箇所があるのじゃ」
ビュアレズさんは草に絡まった椅子と思われる人工物を調べている。
「人が住んでいたんですかね。これが神の時代の遺跡なら八千年は前の代物ですよ。未だに形が残っているとは……」
プラスチックのような物で出来た椅子は腐食などが無く、泥を落とせばすぐにでも使えそうだった。素材の技術も相当高かったのだろう。
「これだけの遺跡を探索するなら、冒険者として一生喰うに困らぬ大発見じゃな」
周りを見渡すと、ここには人を和ませるような雰囲気が感じられる。所々苔むした場所があり長年使われていない場所であることは確かなようだ。
俺は遺跡のコンセプシオンにアクセスし情報を引き出そうとする。コンセプシオンはそれに答えてくれた。
「何で地下に街があるのかな?」
アイリュの言葉に答えるように、どこからともなく機械的な音声が聞こえて来る。
「ハイ、それは私が答えましょう」
そちらを振り返ると、道の真ん中に細い棒のようなオブジェクトが立っている。どうやらこの棒から声が聞こえてきたようだ。その棒は蔦に覆われており、所々青く光りを放っているのが見える。
「だれじゃッ!!」
リノちゃんが身構え、懐から素早く短剣を抜く。まわりの冒険者も瞬時に警戒態勢に入った。しかし周りを見渡すが人の気配はない。
俺はその声の正体がコンセプシオンだと知っている。するともう一度、その棒から声が聞こえて来た。
「こんにちは。オフス様より伺っております。ご用向きは霊子サーバの利用ですね?」
「この棒、言葉を喋るのか」
ビュアレズさんはそう言いながら油断なく魔剣を構える。棒の中央の球体が青く明滅するたびに言葉が発せられた。
「ハイ、皆様は主に音声でコミュニケーションを図っております。スムーズな相互理解を図るため、僭越ながら言葉を学習させていただきました」
「あなたは一体だれなの?」
アイリュの問いかけに、その長い棒は答えた。
「ハイ、失礼いたしました。私はコンセプシオン級二番艦クルペン、その制御を担当する人工知能コンセプシオンです。改めてようこそクルペンへ。このように高次機能生物が来訪するのは久しぶりです」
「コンセプシオン? オフスの言ってた船の名前ね? でもこれって棒じゃなかな? 船じゃないよね?」
アイリュがコンセプシオンを名乗る棒に近づき、しげしげと眺める。
「私の本体は別に存在します。これは街頭に放置された掃除機です。その音声機能を用いて皆様に語りかけています」
「掃除機? ホウキみたいなもの?」
コンセプシオンの代わりに俺が答える。
「いや違うよ、例えるなら弓矢みたいなものだな。敵を”掃除する”という意味だ」
この長い棒はエネルギーを発射する携帯式の虚子レーザー銃だ。この街の防衛兵器といった所だろう。
「ハイ、音声出力装置がここにしかありませんでしたので、致し方なく」
「ねぇオフス! コンセプシオンがいきなり話しかけてくるって知ってたんでしょ?!」
アイリュも、リノちゃんも俺を見て少し怒ったような顔をしている。
「まぁね。それよりもコンセプシオン、皆にこの地下都市を説明してくれないか?」
「ハイ、こちらは初期の人類を育成するための都市となります。初期段階において地表は呼吸可能な大気の組成が十分ではなく、人類にはこの都市で文明を形成していただきました」
リノちゃんは話を聞くとあごに手を当て考え込む。
「古い伝承が残っておる。神が大地に降り立った時、そこは不毛の地であったというのじゃ」
俺はコンセプシオンを地面から引き抜くと肩に担ぐ、コンセプシオンからマップデータを受信すると霊子サーバの位置が確認できた。どうやら人口太陽の真下付近にあるようだ。
「行こう、神の座へ」
俺が歩き出すと皆もその後をついてくる。
都市は植物が繁茂しているが老朽化している様子は無い、どれも風化しない高度な素材で作られているのだろう。
街の様子から人がどのように生活していたかが何となく想像できる。テーブルに椅子、食器に戸棚、今の地上の文明とあまり変わらない生活様式だったようだ。
「霊子サーバの作った都市なのに、なかなか慎ましい生活だったみたいだな」
「ハイ、魂が高尚であったとしても、それは認知と同義ではありません。肉体と言う枷に適応した文化形態を、模索していただく都市となっています」
霊子サーバに収納された魂だけの存在から、肉体を得た初期の人類は苦労したんだろう。
俺の住んでいた西暦二千三百年から見ればこの都市は原始時代のような生活だ。でもこれがこの星の文明の出発点とするなら、高い水準なのかもしれない。
ふと、アイリュが壁の壊れた家へ駆けよっていく。何か見つけたのか?
「ねぇ! オフス見て! かわいい服だよ!」
壁の向こうからアイリュが服を広げて俺に見せてくる。簡素だが色あせていない可愛らしい色彩の服だ。
「ああ、似合うよ。貰っておけばいいんじゃないか?」
アイリュは服を抱えて嬉しそうにこちらに戻ってきた。
「この服……。ジーランディアの眷属たる有翼種にしては、背中が開いていないデザインじゃな?」
リノちゃんの疑問にコンセプシオンが答える。
「ハイ。ここではリアグリフ、ロウフォドリー、ニーヴァの三種族が生活を共にしていました」
「リアグリフと言うのは有翼人種かの?」
「ハイ、ジーランディアの創造した人種です」
「ここには他に二種族もいたのか、それにしてはロウフォドリー用の小さな家具が無いな」
壊れた家の中をいくつか覗いてみるが、普通の身長に合わせた家具しか見当たらない。
「太古のロウフォドリーは他の種族と同じように高身長だったのじゃぞ? 古き血筋の大婆様も最盛期は長身だったのじゃ」
「まじかよ! あのレグちゃんが長身?!」
「わしらは進化の過程で背が低くなったと伝わっておる。しかし、ここまで保存状態が良い遺跡とは……、まるで昨日まで生活していたかの様じゃな」
リノちゃんは街の様子に感心していたが、街の中心部に近づくにつれてその様子が少しづつ変わってくる。街に破壊された跡があるのだ。
戦闘が行われたのだろうか、所々の建物が瓦礫と化しているのが見える。
「アレは何でしょうか。偶像騎士に見えますが」
ビュアレズさんの指す方向を見ると、瓦礫に埋もれた身長六メートル程の人型機械が見える。
すぐに俺がアクセスを試みるがシステムは停止していた。恐らく第四世代あたりの自動人形だろう。
肩に担いだコンセプシオンが答える。
「あれはヘスペリテスの制作した人型作業機です」
「俺から説明すると……、偶像騎士の元になった機械だな。今風に言えば自立稼働する偶像巨人みたいなものだよ」
それからさらに歩いて行くと、壊れた人型作業機があちこちに放置されているのが見える。それと共に、破壊されている家や設備が多く見られるようになっていった。
「街の中心部は結構破壊されておるのじゃな」
「そういえばここって、ジーランディアが作ったリアグリフの都市なんでしょ? なんで他の種族と一緒に生活するようになったの?」
アイリュの質問にコンセプシオンが答える。
「ハイ、惑星改造完了後、地上では複数の種族が生活圏を共有する事となります。ここはいわばその実験場であったのです。しかしその実験がこの都市を破壊するきっかけとなりました」
種族が違えば当然思考や思想も違うだろう。
「いさかいは絶えないって事だな。……遥か昔から」
「ハイ、この実験が潜在的に危険である事を理由に、メガラニアとヘスペリテスは共謀しジーランディアを停止へと追い込みました」
「人型作業機がこの都市を破壊し、その後放置されているのか……。霊子サーバ同士の争いについて、コンセプシオンはなんて思ってるんだ?」
「自己の評価を私は禁止されています……。ただジーランディアの都市は先進的であったことだけは確かです」
するとアイリュは悲しそうな顔をする。
「多分……、みんなで仲良くしてほしかったんじゃないかな、ジーランディアは」
アイリュはそう言って、抱えていた可愛らしい服を見つめた。
「その言葉を聞けばジーランディアも喜ぶでしょう。ただ、都市の衰退と共に人類の知性は向上していきました。霊子サーバに頼らず、自分で生活する事に知恵を使うようになったのです」
そのまま都市の中心部まで歩いていくと、ドーム状のモニュメントが見え始めた。中央にぽっかりと空いた丸い入り口のような場所が見える。
「この奥だ。この奥に神の座がある。……ここからは俺だけで行くよ」
するとアイリュが俺の手を強く引く。
「ダメよ! 私も絶対について行く」
「中に何があるか分からない。ここで待っていてくれないか? 見張りとかも必要だしさ」
「見張りが必要なのは同感じゃな。じゃがわしも、オフスを一人で行かせるわけにはいかんぞ?!」
するとビュアレズさんが会話に割って入る。
「私たちが見張りに立ちましょう。周囲の捜索も行っておきますよ」
ビュアレズさんはいつの間にか宝飾品をいくつか抱えている。
要するに遺跡での冒険者の本領、宝探しをしたいわけだ。彼の三名の部下も周囲の遺跡に興味津々の様子だ。
何を言ってもこの状態のアイリュはついて来てしまうだろう。俺は諦めるとビュアレズさんに頭を下げる。
「ビュアレズさん。何かあったらお願いします」
アイリュは、俺を睨むと腕組みをする。
「お願いするのは私たちでしょ? オフスは見張ってないと、とんでもない事を始めるんだから」
「まったく同感じゃな」
俺は肩をすくめると、建物にアクセスし扉を開く。
そしてビュアレズさんらと別れ、俺達は遺跡の最深部へと入っていくのだった。