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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第六章 ラーゲシィ(イチゴの花の偶像騎士)
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四話 偶像騎士の見せる夢⑤

 オフスたちが明日の打ち合わせに出かけてしまうと、屋敷の庭は子供達だけになってしまう。オルトレアは念のため屋敷の入り口で子供たちを見守っていた。

 子供たちの遊ぶ声が庭先に木霊する。オルトレアが見ていると子供たちは鬼ごっこをしているようだった。しかし動けないラーゲシィが一方的に鬼にされている様にしか見えない。その可笑しさにオルトレアはクスリと笑う。しばらくすると鬼ごっこに飽きたのか、一人の子供が木炭を取り出しラーゲシィに落書きを始めた。



「こら! 君たち、ラーゲシィが汚れちゃうでしょ?」

「「「え~」」」



 流石に見かねてオルトレアが注意する。子供たちは新しい遊びを取り上げられて不満いっぱいだ。



「もっと違うモノにしなさい、例えば……」



 するとラーゲシィが関節を軋ませながらゆっくりと立ち上がる。背中に背負った巨大な大剣を取り出すと大きく振りかざし、そのまま地面へズシンと深く突き刺した。ラーゲシィは大剣から手を放すと再び膝をつく。

 皆が驚いていると、グゥちゃんは突き刺さった大剣を指さした。



「ラーゲシィがね! これに書いてもいいって!」

「ほんとか?」

「うん!」



 子供たちは突き刺さった大剣に群がり、思い思いの絵を描き始めた。



「はぁ、剣なら後で私が拭けばいいでしょう……」



 オルトレアは不意に門のほうに気配を感じ振り向く。するとそこには竜の仮面をつけた男、ヒエルパがいるではないか。



「な?!」



 オルトレアは身構えるがヒエルパは門の前にたたずみ、敷地に入ってこようとする気配はない。子供たちも気が付いたのか、ヒエルパに向かって指をさす。



「あ、この前の意地悪ジケロスだ!」

「やっつけてやる!」

「ちょっと! 子供達やめなさい!」



 オルトレアは、側までやって来た子供達を必死で下がらせようとする。下手に挑発してヒエルパの逆鱗に触れたら、例え自身の命をかけたとしてもこの男には敵わないだろう。

 オルトレアにはヒエルパの力量が痛いほどわかっていた。今まで剣の道を進んできた自分が、どうにもならない武術の領域があるなどと夢にも思わなかったのだ。

 


「子供らよ、俺に勝てると、思っているのか?」



 ヒエルパは仮面の奥からくぐもった共通語をボソボソと話しだす。



「かてる! ぼくたちはラーゲシィ騎士団なんだ!」

「ぼくたちが剣をふれば、きっと奇跡がおきて、わるいヤツなんていなくなるんだ」

「そうだ~!」



 オルトレアは必死で弁解する。



「すみません! 子供の言う事なのでッ」

 


 ヒエルパは知り合いの友人なので安全だ、とオフスからは聞いている。しかし目の前で侮辱されればその限りでもないだろう。だがヒエルパの様子は穏やかだった。

 


「子供の瞳は真実を見出し、言葉には、未来が宿る」



 そう言って懐から袋を取り出すと、中から小さな黒い塊を何粒か取り出す。



「子供らよ、食べるか? おいしいぞ」



 食べ物に目が無い子供たちは目を輝かせるが、オルトレアは必死で子供たちを落ち着かせようとする。



「ヒエルパ様、今日はどのようなご用向きでしょうか」

「オフスに会いにきた」

「残念ですが、主は不在にしております。用向きなら承りますが」

「そうか、これを渡してくれ」



 そう言って、先ほどの袋をオルトレアに渡す。



「これは?」



 そう口を開いた瞬間、オルトレアの口の中にポンと何かが放り込まれる。

 先程の黒い塊だと思った時には、口の中に甘酸っぱさが広がった。それはオルトレアが今まで食べた事がない加工食品だった。



「イチゴ? これはイチゴですね」



 はちみつに漬けて外側を飴のような物でコーディングした乾燥イチゴだ。口の中でさらに香りが広がっていく。甘味に気を取られていると、オルトレアが持っていた袋は子供たちに奪い取られてしまった。中身は瞬く間に子供たちに食べつくされていく。



「こら、返しなさい! オフスへの品ですよ?」

「心配ない、まだある」



 ヒエルパからもう一つ袋が手渡される。



「すみません、助かります。これを渡せばいいのですね?」

「ああ、それでは、じゃまをした」



 去ろうとするヒエルパに子供たちは興味深そうに駆けよっていく。オルトレアも呆れるほどの警戒心の無さだ。



「でっかいきんにく!」

「なぁ、ジケロスの戦士って強いのか?」

「毛むくじゃらだぁ!」



 ヒエルパは振り帰ると子供たちを見る。



「強くなければ、勝てぬ」

「じゃあすっごい強いんだな?!」

「ぼく、おっきくなりたい」

「きせきって起こせるのか? 空から雷とか落とせるのか?」



 ヒエルパは仮面を外すと、子供達一人一人の顔を見た。



「奇跡は常に、心の中に起きる。人は誰しも、心の中で聖獣と魔獣が争う。聖獣が勝った時のみ、奇跡は起きる」

「どうやったら、そのせいじゅうってのは、まじゅう? に勝てるんだ?」

「簡単な事だ……。心の聖獣に、餌を沢山あげれば、よい」



 ヒエルパは仮面を被ると庭の奥にいるラーゲシィを見据える。そしてジケロス語でこう呟いた。

 


『心せよ。戦いとはこのような幼子が背負うものではない。イチゴの花を背負う戦士が為さねばならぬことだ』



 そして静かにヒエルパは去って行くのだった。




 ◇ ◇ ◇




 夕方、俺は屋敷へ帰る馬車の中で上機嫌だった。

 昼飯は美味かったし、先方の冒険者はみな信頼できそうだった。アイリュとリーヴィルを連れて午後は街で遊べたし、最近忙しかったからこういう息抜きは必要だな! うん!



 俺は馬車の中で街で買ったおもちゃを振り回していた。スポンジ状の長い棒で、独特な木の芯を加工して作るのだという。子供が振り回す定番のおもちゃらしい。

 そんな上機嫌の俺を見て、なぜかアイリュが怒っている。



「オフス! 恥ずかしいから振り回さないでよ!」

「え? 子供のおもちゃだろ?」

「だから! そんなの振り回すのはかっこ悪いのよッ! もう!」

「安全かどうか確かめてたんだよ……」

 


 なんというか、これは握った瞬間から振り回さずにはいられない衝動に駆られてしまうものなのだ。ポンポンと叩いたときに出る音も気持ちがいい。

 リーヴィルはアイリュを見ながら不満そうな表情を見せていた。



「ん。アイリュ。オフスが可哀そう」

「リーヴィルちゃん! オフスは甘やかしちゃだめなのよ。そうでなくても子供っぽいんだから」

「ん。私はオフスの事好きだから何でも、許すよ」

「オフスは偉くなったんだから、しっかりしていないと恥ずかしいでしょ?!」



 俺の味方はリーヴィルだけの様だ、でもこれ以上振り回すとまた修羅場が始まってしまいそうなのでやめておく事にする。

 だけどこの棒は、遊びに来る子供たちには丁度いいお土産だ。何本か買ってあるので後でプレゼントしてやろう。



 二人の口げんかをよそに屋敷へ入っていくとオルトレアさんが出迎えてくれた。庭先を見ると子供たちはもう帰ってしまったのだろうか、あたりには見当たらない。すると玄関からグゥちゃんが飛び出してくるのが見える。



「お父さんお帰りなさい!」

「オフス。お疲れさまでした。それとヒエルパが来てこちらを……」



 そう言ってオルトレアさんは俺に袋を渡してきてくれる。



「ヒエルパが来たのか? これは?」

「イチゴだそうです」



 ジケロスにとっては仲直りの印だったはずだ。中身を取り出し一つつまむと口の中に甘酸っぱい香りが広がる。



「おぉ?! 美味いな!」



 甘い物ってこの世界にはあまりないから貴重なんだよな。俺も後で何かお礼でも用意しておくか。



「ガキどもは帰ったのか? せっかくおもちゃを買ってきたのに……」



 そう言って馬車からさっきの棒を何本か取り出す。そこにグゥちゃんが飛びついてきた。



「お父さん! 今日はね? ラーゲシィと遊んでいたんだよ?!」

「お! 何して遊んでたんだ?」



 俺はグゥちゃんの頭をくしゃくしゃに撫でる。



「鬼ごっこ! それと~、かくれんぼ!」

「へぇ~」

「でもね? ラーゲシィはかくれんぼが苦手なんだ~」

「そりゃそうだろう。それじゃラーゲシィはつまらなかったんじゃないか?」



 ラーゲシィを見上げると、まんざらではなさそうな返事が返ってくる。



”たのしかった”

「ホントにそうか?」

「そうだよ! ね! ラーゲシィ!」



 ラーゲシィは恥ずかしそうに何かを後ろに隠しているような素振りを見せる。

 後ろを覗き見るとラーゲシィの背後には地面に深々と刺さった大剣があった。それに気が付くと、オルトレアさんが慌て始める。



「すみません。ラーゲシィに剣を抜くように言ってもらえないでしょうか……」



 よく見ると大剣には子供の落書きがされている。特徴を掴んだ微笑ましい絵だ。だけどちょっと気になるところがある。グゥちゃんを入れて子供たちは四人のはずだ。だが落書きには五人の子供たちが輪になって遊んでいるのだ。

 大体誰だかわかるのだが、一人だけ分からない子がいる。



「なぁグゥちゃん。この子は誰だい?」



 するとグゥちゃんは不思議そうな顔をする。

 


「お父さんわからないの? この子はラーゲシィだよ!」



 その絵の中のラーゲシィはとても楽しそうに思えた。



「そうか……、そうだな。つまらないなんて事は、ホントに無いんだな」



 見上げるラーゲシィは歌を歌っていた。それは、子供の遊び歌だった。



 そしてその夜、俺は夢を見た。

 それは庭で子供たちが輪になって遊ぶ夢だった。柔らかな光に包まれ、子供たちは誰もが楽しそうにしている。

 はっきりとは見えないが、その輪の中には確かに少年の姿をしたラーゲシィがいたのだった。


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