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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
二章 オーヴェズ (ティアレス辺境編)
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一話 天の橋①

 赤毛の少女は泣いていた。

 涙は流していない、心が泣いているのだ。

 あらゆる罪悪が彼女自身を押し流し、もう彼女には何も残っていないのだ。

 それでも彼女の心は泣いているのだ。

 誰も彼女には手を差し伸べはしない。ならば、手を差し伸べるのは俺しかいないだろう……。




 ◇ ◇ ◇




「起きなさい! 寝坊助のカーパ」



 俺は目を覚ます。ひどい目ざめだった、それは体調のせいもあるだろう。

 俺の知る前の世界では低血圧で朝が弱いとか言う人を冷めて見ていたが、今の俺は低血圧を笑えはしない。

 まったく頭が回らずベッドの上で頭を振ることくらいしか出来ないのだ。

 自分の身に降りかからなければ苦痛と言うのは分かりはしないのだと、改めて感じる。



 さっき、俺は夢は夢を見ていた。あれは俺の未来だった。忌むべき未来ではない、俺が決断し迎え入れる未来だ。

 すでに俺は沢山の”思い”をもらっている。今度は俺の番だ、彼女たちに返しに行かなきゃいけない。



 俺は、動かない頭と体を奮い立たせ、声の主に向き直る。声の主はアイリュだった。

 エランゼの話す言葉はもうだいぶ覚えてきた。俺は険しい顔の彼女に問いかける。



「え? あ、パーパって? 何?」

「カーパよ! 耳まで悪いの? オフスカーパ! 古い銅貨って意味ッ、つまり役立たずってこと!」

「へーへー、カーパで結構でございますだ~」



 俺はそれだけ言うとベッドに突っ伏した。

 役立たずと言われても、今の俺には反論する気力は一ミリも出ない。

 昨日はアイリュの家に泊まらせてもらうことになった。アイリュの家はこの村の村長なのだそうだ。



「ひどい顔色ね! 少し寝てなさい、今食事を持ってくるわ。カーパ」



 あ、俺もうカーパ決定なのね。

 入れ違いで、村長の”ガナドー”さんが入ってくる。



「すまないね、娘が失礼な事を。少し眠れたかい。できればもう一度話を聞かせて欲しいんだが」

「気にしていません。ガナドーさん、もちろん大丈夫です」



 俺は、オフスという名前と、自分ができるのは偶像騎士シエイゼが直せるかもしれないくらいの事を告げる。

 ガナドーさんは俺の顔とラピスを見つめ、目を伏せると話し始める。



「本来なら、君の様な者を迎え入れるようなことはしないのだがね。マフルが君の友となった以上、多少は融通をするとしよう」

「やっぱり俺がいると不味いですか?」

「うむ、君のラピスがね」

「ラピスがですか?」



 俺は自分のラピスを見る。胸のラピスはいつもの様に青色を湛えている。

 ガナドーさんは言葉を続ける。



「君は本当に何も覚えていないのかもしれないな。そうでなければ、真っ先にそのラピスの色を隠すはずだからね」

「はぁ……、何か思い出す事があるかもしれないので、できれば話していただけませんか」



 ガナドーさんは俺に憐れみを向けた視線を投げる。



「君はニーヴァだね。ニーヴァもエランゼもラピスの大きさは魔力の強さ、貴族の代名詞を表しているんだ。……青のラピスは王族の証。それにね偶像騎士シエイゼの修繕は秘伝の技法だと聞く。王族ならば知っていても不思議じゃない。悪い話では最近ニーヴァはヒューマンと開戦したとの話も出ている」

「じゃあ、俺はニーヴァの落ちのびた王族とかに見えるって事ですか?」

「そう見えるね。それとエランゼはヒューマンとニーヴァ両方とも交流をしている。だが今、国はヒューマン寄りの政策をとっているんだ。村を守る立場として言うなら、君はこの村には置いておけない。一応ラピスの事はマフルとアクリャにも口止めしてある。君もあまり変な行動はやめておくれ」



 ガナドーさんの言い分も分かる。

 見ず知らずの俺の為に、国からあらぬ疑いをかけられても困るだろう。

 体調の件もあるから、何とかしばらくは無理をしたくないところだが……。



「大丈夫です。ガナドーさん、俺出ていきますよ。だけどまだ体が良く動かないので、一つだけお願いがあります。すみませんが俺を三日ほどここには置いていただけないでしょうか。その代わりその間オーヴェスをできるだけ修理しますよ」



 コンコンッ



 扉がノックされアイリュが入ってくる。



「食事持ってきたけど……」

「ああ、入ってきなさい」



 ガナドーさんの言葉に彼女は部屋に入ってくる。彼女はテーブルに食事を置くと俺に話しかけてきた。



「聞いてたけど、カーパはオーヴェズを直せるって本当なの?」

「たぶんね、できるだけ見てみるよ。直せなかったらゴメン」

「フンッ! やっぱりカーパはカーパねッ!」



 彼女はそういうとスタスタと部屋を出て行ってしまった。

 ガナドーさんはすまなそうな顔をして言う。



「何度もすまないな、あの子は今、少し気が立っているんだよ」

「何かあったんです?」

「親バカなのかもしれないが、アイリュには魔法の才能があるんだ。ここから南東に二週間ほど行った場所に”ナウム”という研究学園都市がある。あの子にはそこの学園からの招待状が届いているんだ。ただあの子は、オーヴェズのいるこの村を離れたくないと言ってね」



 南東か、さっきの夢の”呼び声”も南東から感じる。

 都市と言うくらいだから人も多いはずだ。もう少し聞いておくか……。



「ナウムって俺と同じニーヴァもいますか?」



 オービタルリングから見た”あの子”は俺と同じ特徴をしていた、ならばおそらくニーヴァだろうと思う。

 ニーヴァの多いところなら、あの子の手がかりもあるはずだ。



「ああ、ナウムはニーヴァの治めるヴェンシュレン国にあるからね。ニーヴァも多いよ」

「じゃあ俺、動けるようになったらナウムに行ってみます」

「そうか」



 ガナドーさんは複雑な表情をしているな。

 そのまま行くのは危険なのだろうか。だけど何もしないという選択肢はないはずだ。

 そうだ、アイリュって子も一緒に行くのなら、少しは俺も安全かもしれないぞ?



「ガナドーさんはアイリュさんには行って欲しいんですか?」

「そうだな、行きたいと思って行ける場所ではないし、アイリュの為になる。親としては行かせたいね……」

「じゃあ俺、オーヴェズを歩けるようにします! そしたら悩まなくて済みますよね!」



 ガナドーさんは嬉しそうなとても悲しいような顔を俺に向ける。

 その表情を見て俺は思う。俺はなんて浅はかなんだろう。

 ガドナーさんはそんな俺を察したのか、明るい表情で言葉をかけてくれた。



「そうだな、お願いできるかね?」

「はい。ガナドーさんすみません俺……」

「いいのさ。でもあと五日後に国の巡視兵が定期巡回に来る。私もオーヴェズがもう一度立ち上がるのを見れれば嬉しいよ。じゃあ三日の間に、頼むね?」

「……はい」



 そして俺に他人にラピスを決して見せないように念を押し、ガドナーさんは部屋を静かに出ていく。

 食事を取っている間に服を用意してもらった。これは亡くなったアイリュのお兄さんの古着だという。

 袖を通すと、服のサイズは俺にぴったりだった……。




 ◇ ◇ ◇




 朝食を取ってすぐ俺は、ふらつく体を何とか引きずり、村のはずれのオーヴェズまでたどり着いた。

 そこには、オーヴェズに纏わりついているツタを切り落としたりしているアイリュの姿がある。

 俺の着ている服を見て、険しい顔がさらに険しい顔になっていった。



「遅いわよ、オフスカーパ」

「へいへい、俺の手伝いをしてくれるのかい? アイリュさん?」

「そうよ! 今日明日は手伝うって、お父さんにはそう言ってあるから。それにアンタがインチキとかじゃないか見張ってないとね!」

「へ~い、お手柔らかに頼むよ~」



 俺の目は天と地がぐるんぐるん回っている状態なので、反論したいような状況じゃない。

 とりあえず俺はオーヴェズに張り付くと、周囲をぐるっと回ってみた。

 外装は錆びだらけ、中のフレーム部は苔とかが付いてるけど錆はないな、フレームと、制御の仕組み、後はコアの状態を調べないといけない。

 あとは何処まで修理するかだな。



『キィーン』



 ふむ、エーテル形成機を使えば新品にも出来るだろうけど。それをやっちゃうとかなり目立っちゃうよな~。

 フレームや動力部分なんかを修繕して、とりあえず見た目はそのままにしておくか。

 俺は方針を決めるとアイリュの手伝いをすることにした。

 アイリュの方へ向かっていく。

 


「何か分かったの?」

「いや、今の所俺の知らない機体だってのが分かっただけだ」

「呆れた~。もう直せません宣言な訳? やっぱりカーパね」

「それはもう少しツタに絡まったコイツを綺麗にしてからだな、細部が分からないからな」



 アイリュさんの切り出したツタや苔などを取り除いたり運んだりする。

 土に埋まっている部分などは掘り起こしたりもした。

 オフスの体は、力仕事もできる。

 昔の俺では考えられないくらい強い力だ。



「なぁ、アイリュさん」

「なによ!」

「オーヴェズってどのくらい前からこんな状態なんだ?」

「私が子供の頃だから、もう二十年くらい前かしらね」



 二十年か、大体俺が宇宙で目覚めた時期だな。

 ん? まてよ? 今アイリュさんって何歳なんだ? 同じ年くいらいの十六歳くらいだと思ってたぞ? 子供の頃って事だから二十歳より上って事だよな。



「あれ? アイリュ……さんて今何歳なの? 俺てっきり十六歳くらいかと思ってたよ」

「はぁ? 何言ってんのよ十六歳とかそんな子供の訳ないでしょ! 今年で三十一よ! アンタこそ幾つなのよ。見た目のわりに出来ることが少ない本当のカーパなんじゃないの?」

「マジかよ! 俺は、ええと……」



『おいクエリ、オフスの体の年齢は幾つなんだよ!』

≪製造されてから約八千百二十一歳となります。ただし光速での浦島効果によって持ち時間に差が……≫

『ダメだろ! それって俺が目覚める前の時間も含まれてるだろうが! 俺が知りたいのは肉体の年齢だよ』

≪約二百五十歳です≫

『マジで?! 俺の寿命幾つなんだよ! オイオイちょっと長生きしすぎなんじゃね?』

≪寿命は約二千年です。ただし生活環境によって大きく変動……≫

『ああもう! ホントの事もダメじゃん俺どうすればいいのさッ!』



「……で、アンタの年齢は?」



 精神年齢なら二十一歳のはずだ。しかたないそれにしよう。



「あ、二十一歳……です……多分」

「はぁ、アンタはやっぱりオフスカーパね」



 肉体的にも精神的にも凹み始めてきたぞ?

 そうだ、実体人類って様々な霊子サーバが作り出した新人類なんだよな。

 クエリに聞いてみるか。



『なぁクエリ、俺が霊子サーバ”ヘスペリテス”の人類だとして、彼女、というかエランゼ族は何サーバの人類なんだ? 前言ってた”メガラニア”サーバか?』

≪いいえ、おそらくですが霊子サーバ”パシフィス”の創造した実体人類の子孫だと思われます≫

『へー、その人類って寿命長かったのか? 彼女どう見ても三十一には見えないぜ?』

≪はい、どのサーバの実体人類も寿命は長く設定されいます。成熟した文化の継承と長期に渡る生殖活動を可能とさせる為です≫

『要するに年齢は見た目で判断すればいいって事でいいのか? この辺は後で誰かに聞いてみるか。しかし俺がいた世界と比べたら考えられないような長寿だな』

≪はい、全てのサーバの実体人類は四重螺旋塩基配列を採用しています≫

『マジか、DNAからして違うのかよ、完全に新人類なんだな……。じゃあ俺の力が強いのとかも、二重螺旋DNAの人類と比べたら強化されてるって事?』

≪はい、原始人類からの主な仕様変更としてラピスの生成、筋繊維強化、骨密度強化、白灰質増量、神経パルス増量、自己学習型脊椎神経節追加等が挙げられます≫

『ラピスって移殖手術じゃなくて、遺伝子に組み込まれてるのかよ。その他もなんかすごくヤバそうなんだけどさ! それって子供とかに影響ないわけ?』

≪はい、各霊子サーバは共通の遺伝子シークエンスを採用しています。遺伝子の複製に問題はありません≫

『影響なければいいんだけどさ……まぁ、異常が出てたら子孫なんて残せてないわな』



「おい、カーパ。手が止まってるぞ!」

「す、すみません……」



 はぁ、先が思いやられるな。

 しかし先ずはオーヴェスを綺麗にしてやらないとな。

 俺はアイリュの手伝いを続けるのだった。

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