四話 偶像騎士の見せる夢①
トートはエンドルヴに乗りながら、野盗団を率いてナウムに向かっていた。
ニジャの要望は『エンドルヴに乗り、ナウムへ向かって欲しい』と言う内容だけだった。トートはニジャを信じてはいないが、提案を断るメリットもまた見つからなかった。そして不毛の地エグファズを出発し、今はナウムまでおおよそ三日と言う所まで迫ってきてる。
トートはエンドルヴの操縦席でご機嫌だった。それはエンドルヴの性能が圧倒的であったからだ。偶像巨人三騎との模擬戦でも圧勝であったし、勢い余ってそのうちの一騎を潰してしまったくらいだ。
偶像巨人と比べて頭二つ分大きい体躯と、そこから繰り出される強烈なパワー。動力炉の出力こそ安定しないが、それを補って余りある圧倒的な魔力貯蓄炉容量。そして、この騎体の持つ特徴的な魔力の効果にトートは酔いしれていた。
今まで乗っていた複製品のブルツサル等とは全く比較にならない。この騎体は今までの偶像巨人と違い、まるで意思のあるかのようにトートの行動を補助し、思い通りに動く。
そしてトートはこれが騎士と偶像騎士の連帯感だと気づくのだ。
真夏の暑さは野盗団を容赦なく照り付けている。強行軍も重なり二百名近くいた荒くれ者の達は半分ほどに減っていた。
馬車からナブヒが顔を出し、トートの乗るエンドルヴに向かって声をかける。
「トートさん、そろそろ次の野営予定地です。停止してください」
「ええい! グズグズしているお前らが遅いのがいけないのだ! そうすればもっと早くナウムを叩き潰せるものを……」
すると微かにエンドルヴが動力炉を震わせ、静かに吠える。
今のエンドルヴは意識の封印措置が行われており、自発的な行動は殆ど出来ないといっていい。しかしそれでも尚、自分の言葉を発しているのだ。エンドルヴの底知れぬ意思の強さにトートの背筋が震えあがる。
「なんだ? エンドルヴ。何を言いたい?」
エンドルヴの微かな声にトートは耳を澄ます。するとエンドルヴはトートに語りかける。
「敵? 敵だと? こんな荒野の真ん中に?」
「どうしたんですかトートさん」
エンドルヴの行動を不思議に思ったのか、ナブヒが声をかけてくる。
トートはモニターに映し出される風景を注意深く観察する。するとはるか先の丘向こう、そこにわずかに土煙が上がっているのが見えた。
「敵だッ! 輜重隊を後退させろ。後衛に当たっている偶像巨人二騎をこちらへ回せ。ここで迎え撃つ」
「は、はいッ!」
ナブヒはトートの命令を聞き取ると、自分の行動へと即座に移る。
「さぁ~て、エンドルヴ。お前の本気を見せてもらおうかぁ?」
ナブヒの号令によって馬車や人員の隊列が後方へと移り、エンドルヴを守る様に左右に偶像巨人が配置に着いた。
偶像巨人から声がかかる。
「トートさん! このまま前に出てやっちまいましょうぜ?」
「ダメだ。しばらくそのままだ」
トートは野性的なカンで前に出る事を否定する。
すると、土煙の正体が徐々に明らかになってくる。偶像騎士が六騎。掲げる隊旗は暁の騎士団の物だ。ハルバードに大楯といった団体戦用の標準装備をしているのが見受けられる。
相手は国境を守る練度の高い暁の騎士団だ。普通ならこれは避けるべき戦闘だろう。しかも一目見て分かるほどに偶像騎士は動きが良い。トートの知る偶像騎士のスペックよりも良い動きをしているのだ。
さらに注意深く相手を洞察していく。伊達にトートは戦いに秀でているわけでは無い。戦場で生き残るには高い水準の知識も必要なのだ。
「よ~し。じゃあお前ら。アレに向かって真っすぐ突っ込め」
「そんな! 無茶ですよトートさん!」
「俺様が命令しているのだぞ? さっさと行けッ!」
トートが偶像巨人二騎に激を飛ばす。無茶な命令だが反抗することはできない、それはトートがこの団を恐怖でまとめ上げているからに他ならなかった。
「わ、分かりましたぁッ!」
偶像巨人は左右から挟み込むように六騎の偶像騎士に向かていく。
相手の動きがいいだけなら、それは性能差だ。しかし相手の動きの良さはそれだけではない。こちらに重偶像騎士までいるのに、警戒する様子が見られない。……と言う事は何か切り札を持っていると言う事だろう。
相手は三騎一組になってそれぞれ偶像巨人を迎え撃つ。二騎がハルバードで動きを封じ込め、残りの一騎が止めを刺すというお決まりの戦法だ。
そして、その通りに戦況は進んでいく。ただ一つ違ったのは暁の騎士団の振るった騎士剣が瞬時に漆黒に染まり、偶像巨人の胴を動力炉ごと一刀両断にしたことだ。その切れ味はトートの知るあらゆる剣の性能を凌駕していた。
「トート様ァッ!!」
団員の断末魔が聞こえてくる。
「いぃ! いいぞぉ?!」
弱い者が強い者に蹂躙される様を見るのは胸がすき、そして同時に儚い悲しみをトートに覚えさせる。それが敵でも見方でもだ。
「おお、これこそまさしく! まさしく力は正義よッ!」
トートは歓喜していた。力の先にある勝利、それが儚ければ儚いほど良い。その思いにエンドルヴは同調し騎体を鳴動させる。それはまさしく慟哭だった。
「トートと見受ける! 大人しく投降せよ。こちらは暁の騎士団だッ」
相手の偶像騎士から警告が発せられる。
「ふん。弱い者を蹂躙しておいて、大人しくも何もないではないか。しかも六対二だったのだぞ?」
そう言ってトートは残忍な笑みを浮かべる。
隊長と見られる一騎が、先程の漆黒の剣を構えながらこちらに近づいてくる。他の五騎はハルバードを構えながら、こちらをけん制し包囲を狭めてきた。
五騎の偶像騎士からハルバードが繰り出されると先端の鉤爪がエンドルヴの装甲に次々と引っかかる。偶像騎士が重偶像騎士に対処するお手本のような立ち回りだ。
本来の戦法ならこのままハルバードで重偶像騎士を地面に引き倒し、残りの一騎で止めを刺すのだが……。
「て、抵抗をするな!」
隊長騎がうろたえたような声を初めてあげる。五騎がかりでもエンドルヴはビクともしていないのだ。
「フン! バカバカしいィッ。それで終わりかぁ?」
エンドルヴは身をひるがえすと、五騎の偶像騎士はハルバードを持ったまま吹き飛ばされる。古き十二宮座の重偶像騎士が持つ、現代騎とは比較にならないパワーだった。
「ふァ~ハッハッハッ! 今度は! 俺様の正義をとくと味わってみるがいいッ」
エンドルヴは真っすぐに隊長騎に向かって行くと、目にもとまらぬ速さで懐に潜り込み偶像騎士の首を素手でねじ切る。
手に持っていた剣の黒い光が失われると、首のない偶像騎士は膝から崩れ落ちていった。
「その黒い剣がお前たちの切り札だったのだろう?! 初めから見せてくれるとはおめでたい奴らだ!」
倒れた五騎の偶像騎士は起き上がると大楯を構え抜剣し、それぞれ黒い光を刀身からほとばしらせる。
その様子を見て、トートは呆れたように呟いた。
「哀れだな。お前らなど俺様が剣を抜くまでもない」
いかにトートの技量が優れていて、手足の様に動く重偶像騎士があっても、五騎から一斉に放たれる斬撃を全て躱すのは容易ではない。
しかも暁の騎士団の偶像騎士は性能が向上しおり、装備する黒剣は強力無比な切れ味を誇っている。一撃が致命傷となるのだ。
しかしトートは余裕だった。それはエンドルヴの操る魔力のおかげだ。トートがエンドルヴへと同調するとエンドルヴは”相手の行動”を読む。エンドルヴと一体になった今のトートはまさに無敵だった。
トートはこの魔力を”機先”と呼んでいる。結果の分かっている剣の軌道などトートにとっては目を閉じても避けられるほどにたやすい。
左右から繰り出される斬撃を誘導し同士討ちさせ、正面からの突きを避ける。それと同時に背後の死角から襲い来る騎体を回し蹴りで吹き飛ばす。正面の騎体の剣を奪い取ると、瞬時にその首を刎ねた。
五騎を相手に一瞬で決着がつく様を目の当たりにし、馬車隊から歓声が上がる。
相手から奪った騎士剣をあらためて見るが、既に黒い光は消失してしまっていた。刻石術の仕込まれたカラクリの剣なのだろう。使い方が分からなければタダの剣だ。トートはエンドルヴでつまらなそうにその剣をしばらく振り回す。
すると最初の首のない隊長騎がふらつきながら立ち上がった。
「ほう、凄い根性だな。それだけは認めてやる」
トートは珍しく相手に称賛を送る。騎体の基本的な制御は偶像騎士が行うものだ。よほどの親和性と技量かなければ首のない偶像騎士など操れるものではない。
「このような事が許されると思うのか……」
「立ち上がってまで言う事がそれだけとは、くだらん! ヤらなければヤられる。それはお前たちが先ほど示したばかりだろうがぁ?」
エンドルヴが剣を二回振ると、偶像騎士の両腕が肩口から切断された。
「こ、このような悪行。きっと天誅が下るだろう」
「良いか悪いかではないのだ……、楽しいか楽しくないかだろ? さぁ! 惨めに這いつくばって見せろぉッ!」
止めとばかりに強く騎体の腹部を蹴り倒す。しかし強力過ぎるその脚力は容易に偶像騎士を宙に浮かせ、相手の操縦席を大きく凹ませてしまう。そして、地面に激突した隊長騎はもう立ち上がる事は無かった。
「なんだ。もう終わりかぁ。弄るにしても手加減をせんといかんとは、つまらん……」
トートは満足感と共に満たされない気持ちであふれていた。それは、常に高みを目指す剣士としてのサガだろう。そしてその心を満たす人物をトートは一人しか知らない。
「やはり、お前でなくては俺様を満足させてくれないよなぁ」
そう言って荒野の先を凝視する。その先にはトートが目指すナウムがあるのだ。
「待っていろよ? オフス=カーパぁ……。アーッハッハッハ」
そう言ってトートは楽しそうに笑うのだった。