二話 招かれざる来訪者⑤
怪我人を屋敷に運び込むと子供たちを早々に家に返す。子供たちには念のため、グラジさんを護衛につけておいたから心配ないだろう。
俺達は屋敷で寝ていたレグちゃんを起こして、ヒエルパについて色々聞こうとしていた。
皆が集まる中で、なんとなくマガザの様子がおかしい。
「いてて、もっと優しく包帯を巻いてくれないか?」
「これでいかがですかぬ?」
さっきからエリアスナスさんに包帯を巻いてもらっているマガザなのだが、なんとなく距離が近いのだ。
「お、おぅ! 助かるぜぇ」
明らかに反応がおかしい。しかもマガザの顔は真っ赤だ。頭でも打ったのかもしれない。
「マガザ。エリアスナスさんも怪我人なんだから甘えるなよ?」
エリアスナスさんは、だいぶ強く地面に叩きつけられていたはずだ。すると、彼女は元気そうにポーズを取る。
「ロウフォドリーは他の種族と違って頑丈ですから! 平気ですんぬ!」
出し頭巾で表情は分からない。一応はレグちゃんの魔術で治療は済んでいるから、心配はないのだろう。
「しかし、あれがヒエルパですか、手も足も出ませんでした」
手当てが終わったオルトレアさんが悔しそうに呻く。彼女の話では屋敷に入ろうとするヒエルパを取り押さえようと思った瞬間、逆にやられてしまったそうだ。
相手が悪かったとしか言いようがない。ジケロスは相手の思考を読む。戦いにおいてそれは、有利以外の何物でもない。
オルトレアさんの声に反応し、レグちゃんが考え込むようにすみれ色の髪をいじりだした。
「グラン大森林の”大戦士”。それがヒエルパなんぬ」
「レグちゃんは、やっぱりあいつを知ってるのか?」
「うむ」
レグちゃんは髪の毛をいじりながら小さく頷く。その言葉に、オルトレアさんが質問を投げかけた。
「大戦士とはなんでしょうか?」
オルトレアさんも知らないのか? グラン大森林は、ジケロスの住む未開の土地と言う事くらいしか俺も知らない。
「”大戦士”とは、我々の感覚で言うと……、裁判官といった所かぬ。厳密には違うがぬ。彼らは常に彼ら独自の価値観で動いているんぬよ」
「裁判官? でもさ、俺が『話し合いをしよう』って言ったら、すごく怒ってたぜ?」
「それはオフスが悪いんぬよ?」
「何でだよ」
「ジケロスは『話し合い』と言う言葉を嫌うからぬ」
なんだそれ? 俺は意味が分からないというように首を振る。ジケロスと言う種族が人と人との繋がりを大切にする事を今まで沢山学んできた。
「そんな種族には見えないぜ? ヒエルパが特別なのか?」
「いいや、違うんぬ。正確には『話し合い』という共通語を嫌うんぬ。彼らは過去にヒューマンから『話し合い』を持ちかけられ、その結果、ランマウ平原は戦禍に飲まれたんぬ。それを彼らは未だに憎んでるんぬよ」
「なるほどね……。それは悪い事をしたな」
俺の知らない歴史が色々ある。戦いのきっかけになった言葉なら、嫌悪を持つのも当然だろう。
そう思っていると部屋の扉が開きアイリュがやって来た。アイリュは気落ちしているリーヴィルをなだめて、部屋に連れて行っていたのだ。
「リーヴィルの様子はどうだ?」
「『そっとしておいてほしい』って言ってたわ。なんだか相当ショックを受けてるみたい」
マガザは腕を組むと首をひねる。
「そういえば仮面の野郎に『巫女じゃない』とか言われてたぜ?」
「それが原因でしょうか」
オルトレアさんはマガザの言葉に首をかしげる。例えランマウ平原の巫女じゃなくても、俺にとってリーヴィルは大切な人だ。
答えを求めるようにレグちゃんに視線を向けると、レグちゃんはしばらく考えた後に口を開く。
「レグも知らないんぬ……。大戦士であるヒエルパに直接聞くのがいいんぬよ」
少しとぼけたように、レグちゃんは俺から視線を外す。
「聞きに行きたいけどさ、どうやってヒエルパと話し合いに持って行けばいいんだ? 『話し合い』は嫌うんだろ? 俺は相手の心なんて読めないぜ?」
「オフスはジケロス語が使えるんぬ。ならジケロス語で話せばいいんぬよ」
そういえば、ずっと共通語で会話していたな。
「それでいいのか?」
レグちゃんは俺の言葉に大きく頷いた。
「ジケロス語の『話し合い』を、共通語に直訳するとどうなるかぬ?」
頭の中で言葉を照らし合わせてみる。
「それは……、『聞き合い』だな」
「うむ、ジケロスは相手を深く理解するところから会話を始めるんぬ。それは思いやりと言う名の愛だぬ。彼らは我々より高度な精神文化を持っているんぬよ」
お互い自分の意見を言うだけじゃ、物事は解決しないって事か。とりあえず手段が分かれば後は本人の言い分を聞いてしまえばいい。多分それが”話し合い”だ。
「それじゃ、早速明日聞きに行ってくるよ」
「ヒエルパがどこに行ったか分かってるの?」
アイリュが首をかしげる。
「いいや。まずアイノスさんの所へ行くよ。あの人なら何か知ってるはずだ。俺はリーヴィルが心配だからな、早く解決したい」
「もう! ホントにオフスは人の事ばかり心配するんだから」
そう言ってアイリュはむくれた顔をする。
そんなアイリュに俺は笑顔を見せるが、俺には一つだけリーヴィルが『巫女でない』と言われる心当たりがある。
前にリーヴィルが人の心を読まないように訓練した事があった。その時俺は、アイノスさんに言われた最後の仕上げをしなかったのだ。
リーヴィルが塞ぎ込んでいる理由がそれだとしたら、俺はとんでもない間違いをしてしまったのかもしれない。そう俺は思うのだった。