二話 招かれざる来訪者④
軍の施設を出ると、入り口で馬車と一緒によく見る二人が待っていた。
俺を見るなり嬉しそうに手を振ってくる。アイリュとグラジさんだ。
「オフス遅いよ~」
「へへっ、オフスさん! まってやしたぜ?」
みんなで馬車に乗り込むと、屋敷に向かい走り出す。何かと俺が忙しいので、移動の時間になるべく意見交換を済ませているのだ。
グラジさんはネーマさんの部下だが、今は俺とリロンド商会とのパイプ役を買って出てくれている。オルトレアさんが色々やらかしてしまったせいで、俺の秘書のような立ち位置になってくれている。というか商会の事はほとんどグラジさんに任せっきりだ。
「オフス! ニルディスさんと何してたの? 遅いんだから」
「色々と厄介事の話だよ。それよりアイリュ、なんだか酒臭いぞ?」
「私は飲んでないわよ?!」
「へっへっ。さっきまで接待に行ってまして、飲んでましたッ! こう見えても大変なんすよ? どうっすか? 今度はオフスさんも一緒に……」
接待と言えば、金、酒、女だ! すっごく行ってみたい! だが、そう言うグラジさんをアイリュはにらみつける。
「あ、俺は遠慮しておくよ」
行けば俺がどうなるかは、アイリュの不機嫌そうな顔から色々と察することが出来る。俺は気配りができる男なのだ。
「そうですかい? オフスさん好みのかわいい子も一杯いますよ? より取り見取りです」
「より取り見取り?!」
「ええ、しかも上玉で! すごく柔らかいですぜ?」
「や、柔らかい?! マジで?! やっぱり? 行く行く!」
そう言うとアイリュは俺の足先を思い切り踏みつけて来た。
「あいてて!」
その様子を見てグラジさんは笑いだす。グラジさんは根が明るく、いつも冗談を言っているような人だ。
今は冒険者風の服装をしているが、これでも立派な神異騎士団員でもある。マイシャにも引けを取らない魔剣法の達人なのだが、猫背でなんとなく頼りなさそうにも見える喰えない人だ。
「そうだ、オフスさんにこれをお渡ししておきやす」
グラジさんから受け取ったのは見覚えのある冒険者協会の階級章だ。星が一つあしらわれている。高級な雰囲気で見た感じ銀で出来ているのかな?
以前ネーマさんから貰った冒険者協会の札を胸元から取り出すと、そこにも星が一つ書かれていた。
「冒険者協会のバッジか? 星の数は変わらないな」
「後ろが縦縞になってるでしょ? 縦一ツ星の微章ですよ。あっしら上級冒険者の持つ横三ツ星より一つ上級の階級になりやす」
上級冒険者より上の階級章か? 商会の頭領ともなれば、色々とおまけもついてくる。これもそのうちの一つなんだろう。
「権力者の証ってやつか」
つまらなそうにぼやいてみる。
「そうですぜ? 現場に出る冒険者は基本的に横三ツ星止まりですが、金や政策がからむんで、その辺の責任が取れる人用って所ですかね」
ふと屋敷の周りでデモをしていた人たちを思い出してしまう。
権力が欲しい人は一杯いるだろう。やっぱり俺みたいなのがいきなり権力を持つと恨みを買うんだろうな。
そんな俺の心など知らずアイリュがにこやかに声をかけて来た。
「オフス見て! 私も貰ったのよ。しかもオフスより星が一つ多いの!」
アイリュの見せる微章は金で出来ているようで、縦縞に星が二つあしらわれている。
ナウムの代表みたいな立ち位置にいるアイリュは、俺より階級が上なのだろう。
「凄いなアイリュ」
「この微章は貴族とかにしか配布されないんだって! なんだか偉くなった感じ!」
そう言ってアイリュは喜ぶ。だが、それは素直に喜べない事なのだと俺は思う。
「なぁ、アイリュ」
「何?」
責任があると言う事は、何か問題があったらアイリュが責任を取らなくてはいけなくなるのだ。
「アイリュに何かあったら、俺が守ってやるからな」
「ホントにぃ~? ねぇ、ホントだったら一生私を守ってくれる?」
「ハハッ。そのくらいお安い御用だぜ?」
わざと軽い口調で言うと、なんだかアイリュはがっかりした様子だ。
「はぁ、ホントに安っぽくて困るわ」
結構真剣に言ったつもりだったんだけどな……。乙女心を掴むのは難しい。もしかしたら俺には一生無理なのかもしれない。
「オフスの旦那。そんなに焦っちゃいけませんぜ?」
俺とアイリュのやり取りを見て、グラジさんは大笑いしている。
「はぁ、それじゃグラジさん。今日の報告お願いできますか?」
「じゃあ、商会内の進捗状況について……」
俺の預かったリロンド商会は、元はザウーシャ商会ナウム支部だった組織だ。馬車に揺られながら、グラジさんは組織改編に伴う問題や進捗を俺に報告してくれる。俺の商会での仕事は報告を聞く事と、構成員の名簿の内容を全部覚える事だ。
特にレグちゃんからは『上に立つ者は構成員の名前と出身を全部覚えろ』と言われている。まぁ、クエリに覚えてもらえば、名簿なんかは丸暗記できるからまったく問題ない。
長い報告を聞いていると馬車は屋敷に近づいてくる。すると不意に心の中で誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。これは今まで感じた事のない感覚だ。
何だ? この感じはラーゲシィか? 魔剣カーパを握り締めると、その呼び声は大きくなってくる。
「オフス、急にどうしたの?」
アイリュが心配そうに覗き込んでくる。
間違いない、俺に囁くこの感覚はラーゲシィと心が触れ合った時に感じたものだ。
ラーゲシィが? これは……。
「ラーゲシィが呼んでる」
これが偶像騎士と騎士の魔剣を通じた会話か。
「偶像騎士が語りかけるなんて、何があったんです?」
強い胸騒ぎが襲ってくる。俺は魔剣カーパを掴むと馬車のドアを開け放った。
「先に行くぞ!」
「オフス! 馬車が動いてるんだから危ないでしょ!」
「あ、あっしも行きます! オフスさんだけには任せておけねぇ!」
俺が馬車から飛び出すと、グラジさんも馬車を飛び出し大慌てで付いてくる。後ろからアイリュの呼び声が聞こえてくるが、今はそれどころじゃない。
この場所は屋敷からも近い、馬車の入れない脇道を通れば屋敷まで直行できるだろう。クエリと同期すると、身体のポテンシャルを最大限に引き出し矢のように疾走する。
屋敷の門が見えてくると、そこには倒れている警備兵が数名見えた。襲撃にでもあったのか?
門までたどり着くと、オルトレアさんまで倒れているじゃないか。 慌ててオルトレアさんを抱き起す。彼女は小さく呻き声を上げる。大きな怪我は見当たらない。
「どうしたんだ?!」
呼びかけには答えないが、息はある。どうやら気絶しているだけのようだ。
オルトレアさんは決して弱くはない、むしろ強い方だろう。それを圧倒し気絶させるなんて、相手は相当の手練れだ。
そうしてる間に、息を切らせたグラジさんが顔を真っ赤にして追いついてきた。
「こいつは……」
「グラジさんはここに残っていてくれ、俺が行ってくる」
「オフスさんだけ行かせられませんぜ? 邪魔にはなりません」
そう言ってグラジさんは腰の魔剣を抜き、俺が眼帯をしている左側に立ってくれる。
『マガザ! だめッ』
すると屋敷の中から、リーヴィルの叫び声が聞こえてきた。
俺は素早く庭先に駆け込む、そこにいたのは見知らぬジケロスの男と、組み伏せられたマガザ、リーヴィル、エリアスナスさんだ。
マガザは男に取り押さえられ、エリアスナスさんがリーヴィルを庇うように丁度その男に飛びかかる所だった。
「待てッ! エリアスナスさんッ」
俺の声にジケロスの男が反応すると、エリアスナスさんはその隙をついて男の背後に回り込む。
エリアスナスさんは男の腕を掴むと、自分の体重をかけて地面に引きずり倒そうとする。エリアスナスさんが得意とする格闘術だ。だが相手はバランスを崩すどころか、エリアスナスさんの足元を戦杖で払うと、逆に大きな腕を振るって彼女を地面へと叩きつけてしまう。
一瞬の間に起きた出来事だった。
地面に倒れているマガザとエリアスナスさんはピクリとも動かない。男は竜の仮面を被り直すと立ち上がり、こちらにゆっくり振り向いた。
「オマエが、オフスか」
ジケロス訛りのひどい共通語だ。男は飾りのついた白い竜の仮面に、ジケロス独特の民族衣装を身につけている。異様な気配に気圧されそうになるが、こちらも負けずに相手を見据える。戦って勝てる相手でもなさそうだ。だけど、相手がジケロスなら話し合いで解決できるだろう。
「俺がこの館の主人だ。まずは友人を開放してくれ。話し合えば分かる!」
俺の言葉に相手のジケロスは気配を一変させる。それは怒気だ。逆鱗に触れたのか? クソッ。意味が分からないぞ。
仮面の男は戦杖をこちらに構える。オルトレアさんが負けた相手に俺が勝てるのか?
するとグラジさんが、俺の隣で震えたような声を絞り出す。
「思い出しやした! そ、その男は、ヒエルパです!」
「ヒエルパ?」
「冷酷無比なジケロスの処刑人ですよ。禁忌を犯す者を狩る、森の番人です!」
そんな奴が一体何でここにいるんだ?! 処刑人なら俺たちは問答無用で殺されているはずだ。目的は分からない、だが相手は誇り高いジケロスだ。理由があっての事だろう。しかし、よく見るとその後ろでリーヴィルが肩を震わせてすすり泣いている。
「泣かしたのか?! リーヴィルを?!」
それは俺にとっての禁忌だ。なら、この男は、間違いなく敵だ。
「その、怒りは、己を滅ぼす」
ヒエルパと呼ばれた仮面の男は構えを崩さない。俺も魔剣カーパを抜き放つ。俺が踏み込もうとした瞬間、後ろからアイリュの声が聞こえてきた。
「オフス! 一体どうしたの?!」
追いついてきたアイリュは、俺たちの様子を見ると大声を張り上げた。
「やめなさいッ! 二人とも! 子供が見てるでしょ!」
アイリュの声でヒエルパと呼ばれた男がゆっくりと構えを解く。アイリュが指さす方向を見ると、ラーゲシィの後ろにグゥちゃんと見知らぬ子どもたちが隠れているのが見えた。するとヒエルパの怒気が少しづつ和らいでいくのが感じられた。
「言葉に、したがおう」
ヒエルパは完全に構えを解くと、アイリュに振り向く。そして仮面の奥から訛りのひどい共通語を話し出す。
「雷鳴の剣を帯びる者を、ジケロスの戦士は、決して忘れない」
そう言うとそのまま男は去ろうとする。だが、そうはさせない。
「おい! ちょっと待てよ!」
「やめなさい! オフス! あなたじゃ勝てないわッ」
俺の行く手をアイリュが阻んでしまう。側には苦しそうに地面で呻くマガザとエリアスナスさんもいる。
悔しいがアイリュの言う通りなのだ。俺が踏み出そうとしていた地面には、いつの間につけられたのか、戦杖の打撃痕が穿たれていた。踏み出していたなら俺の足は砕かれていたかもしれない。今の俺では彼には勝てないだろう。
「アラタメは終わった。疾く去る。雷鳴と、その揺るぎなき勇気に栄光あれ」
竜の仮面の男はそう言い残すと踵を返し去っていくのだった。