二話 招かれざる来訪者③
ラーゲシィは周りではしゃぎまわる子供たちに少し戸惑っているようだった。
子供たちはそんな事を気にする様子もなく、無邪気にラーゲシィの大きな鉄の腕に抱き着いて喜んでいる。
普通の人は偶像騎士に触れる機会も無いだろう。しかも、ラーゲシィは古き十二宮座に数えられる重偶像騎士だ。本来なら、もっと厳重に扱われるべき偶像騎士なのだ。
ラーゲシィと楽しそうな子供たちの様子を見て、リーヴィルはふと思う。
ラーゲシィはオフスの作った外装で覆われていて、一か月前とは見た目がまるで違う。このラーゲシィが前に街を破壊した偶像騎士と同じだと知ったら、子供たちはやはり怖がるのだろうか。
ふいに視線を感じると、大柄の男が庭に入ってくる。そちらを見ると、その男はマガザだった。
最近はオルワントの|無名の騎士≪オーフェント≫として自覚が出て来たのか、マガザの体は単に大きいだけでなく、鍛えられた体になっていた。
「おっす。リーヴィルさん。なんだか賑やかだな」
マガザはこちらに歩きながら、ラーゲシィに纏わりつく子供たちを見て笑みを浮かべる。
「ん。何かあったの?」
そう問いかけるが、マガザは困ったように腕を組む。
「オフスに用事があったんだよ。何処へ行ったんだ?」
「ん。オフスはニルディスさんの所へ行った。お話なら聞いておくよ?」
「いやな? オルワントの機嫌が良くてよ? 礼が言いたくてさ。まぁ、俺も嬉しいって訳だぜ」
きっとマガザは、オフスがオルワントに約束したことを言っているのだろう。でも私は、オルワントの言葉をオフスには全部伝えていない。
あの時、オルワントは『伝えるべき相手は、既にこの世にはいない』とも言ったのだ。
「でもマガザ。オルワントの願いは、もう叶わない……」
そんな言葉を聞いても、マガザは涼しい顔をしていた。
「そう言うなよ。願いって言うのは過去にある訳じゃない。未来にもあるさ。……たぶん。オフスならそう言うだろ?」
この男は最初に会った時とは違い、大きく変わっていた。きっとオフスが、この男を変えたのだろう。
「ん。そうだね」
すると突然、小鳥が大きな声で騒めき出す。それは私に対する最大級の警告だ。
あの小鳥は私を大きな鳥だと思っている。早く飛んで逃げろと言っているのだ。
同時に屋敷の外から言い争う声が聞こえてくる。オルトレアさんと知らない男の声だ。
「そういや変な仮面をつけた奴が歩いていたな。そいつらと何かもめてるのか?」
警告を発していた小鳥たちが急に静まり返る。これは異常だ。
「マガザ、逃げよう、子供たちを連れて、何かが来る!」
「なんだよ?」
小鳥を黙らせたのはきっと私と同じジケロスだ。私と仲良くしていた小鳥を黙らせてしまうなんて、普通のジケロスじゃない。
すると、屋敷のドアが勢いよく開き、メイドのエリアスナスさんが駆け寄ってくる。こちらの気配を見て取ったのだろう。
「リーヴィル様! どうかいたしましたかぬ?」
「ダメ! エリアスナスさんッ」
彼女にこちらに来るなとジェスチャーを送るが伝わっていないようだ。
「ダメ。逃げなきゃ……」
そう言ってみるが、どうしたらいいか分からない。私にとって大切な物がここにはありすぎるのだ。
門の方から大柄な人影がこちらにやってくる。それは竜の仮面をかぶったジケロスだった。その手には長い戦闘用の杖を持っている。
「あん? 誰だよお前」
マガザが私の前に出でてくれる。だけど、オルトレアさんが得体のしれないこの人を、すんなりと通すわけがない。
咄嗟に彼の思考を読もうとするが全く読めなかった。何か仮面に仕掛けでもあるのだろう。マガザを無視するかのように仮面の男は私に近づいてくる。
子供たちは異変を感じたのか、ラーゲシィの後ろに隠れてこちらを見ていた。
「アラタメがある、ランマウの姫よ。その心に、巫女の資格を見せよ」
ひどい訛りの共通語だ。よく見るとその仮面は、幼い頃に見た記憶がある。ジケロスの戦士が身につける戦の仮面だ。そして私を巫女と呼んだ彼は、巫女が何であるかを知っているのだ。
「やめて……」
仮面の男の声に私は身をすくめる。今、彼に私の醜い心を知られてはならない。オフスにも、誰にも知られてはいけないのだ。
「おい、ちょっと待てよッ! 怖がってるだろ?」
マガザが私を庇うように相手の行く手を塞ぐ。その瞬間仮面の男が動いた。
「マガザ! だめッ」
マガザが魔剣に手をかけようとするが、仮面の男の方が圧倒的に早い。
仮面の男が戦杖を繰り出すと、マガザの右腕がからめとられ、杖をねじり上げると瞬く間に腕を極められ、うつ伏せにねじ伏せられてしまった。
そのまま、仮面の男はマガザの背中にのしかかると、マガザは苦しそうに呻きだす。肺に空気を入れられないのだろう。
仮面の男はマガザを押さえつけたまま、私の方を振り向く。
その射すくめるような視線に、私は恐怖で一杯になってしまった。男は仮面を外すと心の奥底を見透かすように私の瞳を見つめる。彼は狼の耳を持つジケロスの青年だった。
そして彼は目を細め、私の心の醜さを暴いてしまう。
「お前は、……巫女ではないな」
ジケロスの巫女は勇者を支える存在とされている。
彼の言った通りなのだ。
私は巫女であった、亡き姉の真似をしているのに過ぎないのだ。