一話 無垢なる偶像騎士④
その日の夕方。
街の大通りを銀色の騎体が足音を響かせながら歩いて行く。背中に巨大な大剣を背負い、俺の趣味全開のカッコイイ見た目の騎体! それはラーゲシィだ!
ラーゲシィは前後を軍の警備に守られながら、俺の屋敷に向かって街中をのっしのっしと歩いていた。俺はラーゲシィの操縦席で大きなため息をついていた。とりあえずの対応としてラーゲシィは駐騎場から出しておくしかない。でもきっとラーゲシィは悪い奴じゃないはずだ。ちょっとだけピュアで純情な少年の心を持った偶像騎士なんだ……。そう思いたい。
屋敷の門の前では、先に帰ってきていたアイリュとリーヴィルが門のところまで迎えに出て来てくれていた。
「おかえりなさい! オフス」
オルトレアさんとレグちゃんもいるが、迷惑そうな表情を浮かべている。
「問題があるからと言って屋敷に連れてくるなんて、何を考えているのですか?」
オルトレアさんの言葉は辛らつだ。
「民衆への配慮が足りないんぬよ」
レグちゃんの言葉も、もっともだと思う。
俺は屋敷の庭にラーゲシィを駐騎させると、ハッチを開けみんなに声をかける。
「聞いてくれ! これには非常に繊細でデリケートな事が含まれているんだ。ラーゲシィのかよわい心を守る為に大切な事なんだ。だから、ここにラーゲシィがいる事を分かってやってくれ……」
「ふむ。オフスが良いなら良いんぬ。しかし”無垢”の騎体だからだぬ。街中に持ち出すことの方が危ないのではないかぬ?」
そう言ってレグちゃんは腕組みをする。
「俺が責任を取る! 危なければ停止させる! だから危険じゃないんだ!!」
そう言うとみんなを拝み倒す。とりあえず他の偶像騎士から隔離して、守ってあげるべきだろう。
ラーゲシィはきっと男の子なのだ。これは繊細な問題なのだ。男の子の気持ちは俺にも分かる。だから自分で自制が利かなくなる前に俺が色々教えてあげればいい。俺の鋼のような自制心を学べば、ラーゲシィとみんなの溝も埋まっていくだろう。完璧な計画だッ!
”おおきい”
ラーゲシィはオルトレアさんを見ながら声をあげる。
操縦席にある画像パネルにはオルトレアさんの胸のアップが映し出されていた。しかも立体解析して大きさを表示させてくる。意外とあるかもしれないと思っていたけど、こんなに大きいのか……。
違う、そうじゃない。
「これは将来的に俺のだぞッ! ラーゲシィ!」
確かに大きい、スレンダーな体にわがまま放題な胸とか最高すぎる。だがそんな事にばかり興味を持っちゃいけない。このままじゃダメでイケナイ偶像騎士に育ってしまう。
俺の様に強い意志のある男にならないとなッ!
「ラーゲシィは何を言っているんぬ? それよりもオフスは声が聞こえるんぬ?」
「……ああ、なぜか聞こえるんだ。コイツの言葉は俺の心にスッと入り込んでくる」
「騎士と偶像騎士は互いに引かれあうものなんぬ。もしかしたらラーゲシィはオフスを主人として認めるかもしれないんぬ」
するとレグちゃんにリーヴィルが声をかける。
「ん。オフスとラーゲシィは、にている」
似てる訳がない! それに俺はこんなにストレートな表現はしない! そんなリーヴィルを見てラーゲシィは声をあげる。
”ちいさい”
俺の目の前の画像パネルにはリーヴィルの胸のアップが映し出されていた。しかも立体解析して大きさを表示させてくる。なるべく意識しないようにしていけど、こんなに綺麗なのか……。
違う、そうじゃないんだッ!
「これも俺のだッ! お前にはやらない!」
「ん。えっち」
リーヴィルは無表情のままラーゲシィを睨みつける。俺を見透かして言っていたような気もするが、それを認めると俺が悲しくなるのでやめよう。
奥の方からロウフォドリーのメイドさん達がわらわらとやってくる。
みんな頭巾を被っているので誰が誰だかよく分からないが、先頭にいるリボン付きの頭巾をかぶるのはエリアスナスさんだ。
「旦那様おかえりなさいませなんぬ。お庭が日陰になりますので、出来れば右手へ移動をお願いできますかぬ?」
「うっ、わかった。ゴメンよ……」
俺は素直に屋敷の庭の隅にラーゲシィを誘導し駐騎させると、魔剣を引き抜き騎体から降りる。
”いっぱい、うれしい”
ラーゲシィは集まってきたメイドさんを見渡しながらそう呟く。きっと全員の胸を見ているんだろう……。なんて偶像騎士なんだ!
「全部俺のだって言ってるだろ!」
「ん。全部なの?」
俺の言葉にリーヴィルは突っ込んでくる。
「うっ。いや、そうだったらいいなーって……。それより分かったかラーゲシィ」
”うらやましい”
そう言葉を返してくるが、うらやましいとかそう言う問題じゃないのだ。
確かにこう、沢山あって大きさとか形とか……。色々と嬉しかったりやるせなかったりする気持ちもあるが、大切なのはそう言う事じゃない。
「なぁラーゲシィ……。俺はここにある大事な物を守っていかなきゃいけないんだ。分かってくれ!」
俺は心の中にある甘酸っぱさと、その奥に秘めた葛藤を素直に言葉に表してみる。
するとその瞬間、俺の心のナニかと、ラーゲシィの心のナニかが一つになっていく……。そしてラーゲシィは俺の前で膝まづき、深く頭を垂れた。
「なんと! これは……」
「凄いじゃないオフス!」
「ラーゲシィがオフスを自分の主人と認めたんぬ」
「……ん。さいてい」
皆口々に好きな事を言っている。俺は呆気にとられラーゲシィを見上げた。ラーゲシィも俺を見つめてくれている。
ラーゲシィが俺を認めてくれるのは素直に嬉しい。でも人の持って生まれた特徴に、良いも悪いも無いのだ。好きという気持ちは、何物にも代えがたい大切なものなのだ。俺はそれを伝えたかっただけなのに、なんでこうなるんだ?
ラーゲシィを見上げると、ラーゲシィと俺の心がしっかり触れ合う感じが伝わってくる。
「マジかよ……」
どうやらホントにマジらしい。
俺はこの日、ついに念願の重偶像騎士の主人となったのだった……。
2022/5/10 誤字修正しました