表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第六章 ラーゲシィ(イチゴの花の偶像騎士)
144/184

一話 無垢なる偶像騎士③

 俺は駐騎場でラーゲシィの最終調整を行っていた。

 神の座へすぐにでも向かいたいのだが、すぐに行けないのには理由がある。何やら地下遺跡はとても危険な場所で、確実に踏破するにはそれなりに対策が必要なのだという。



 そもそもナウムの起源は遺跡調査のベースキャンプだとされている。ナウムの遺跡は今も鉱山の様に採掘もされているのだそうだ。

 そして厄介な事に、遺跡には化け物が出るのだそうだ。しかも深く潜っていくと、冒険者が使う魔法ガルの効き目が弱くなっていく。深層まで潜ると聖霊術、霊化術、それに刻石術までその効果を全く発揮しなくなるのだ。リノちゃんの魔術は勿論、術式で作られている魔剣や道具類も使い物にならない、と言う事になる。



 今はリノちゃんの指揮で、バケモノを深層から上層へおびき出し、殲滅するという作業が行われている。”大掃除”という冒険者にはおなじみの行事らしい。これで比較的安全に下層へ潜れるのだという。俺も参加したいと言ったのだが、プロが作業する場所で素人は邪魔になると逆に説教され、こうして地上でお留守番をしているのだ。



 駐騎場では、リーヴィルやアイリュも手伝ってくれていた。

 見上げるラーゲシィは空間に溶ける事を主眼に開発された先文明の試作機の一つだ。魔力は大きく消耗するが、応用すると転移したように高速で移動する事が出来るようになる。発掘されたこの騎体は、古き十二宮座の重偶像騎士にも数えられているのだ。

 本来の見た目は基礎フレームに一次装甲を張ったような姿だが、今は俺のオリジナルの装甲を取り付けてある。見た目は騎士風だ。これが非常にカッコイイ! 俺の趣味全開だッ! フォーナスタでの破損個所は全て修復し、動力炉も最新のものに取り換えてある。これで過剰に人から魔力を吸い取る事も無いだろう。

 動力の鍵には、俺の魔剣カーパを使っている。前の戦いで魔力はごっそり無くなってしまったが、普通の魔剣として使うならまだまだ現役だ。

 すると、アイリュとリーヴィルの言い争う声が少し離れた場所から聞こえてくる。



「ちょっとリーヴィルちゃん、ちゃんとオフスに謝ったの?」

「ん。私、悪くない。迷惑かけてない」

「もう! そう言う問題じゃなんだってば!」

「ん。アイリュはいつも怒ってばっかり。私にオフスを取られるのが悔しいの?」

「そうじゃないって言ってるでしょ?!」


 

 最近の二人は仲がいい時もあれば、ああやって言い合っている時もある。なんだか不思議な関係だ。しかも下手に仲裁すると、なぜか最終的に俺が悪い事になるから不思議過ぎる。放っておくと直るので、そのままにしておくのが一番安全なのだ。……長い時間をかけて、俺は女の子の真理の一端を学習したのだ。



 俺はラーゲシィの伝達系の調整を終え、胸部のハッチを閉める。



「とりあえずこれで良しっ、と」



 これで意識の封印を解けば、新たな力を得てラーゲシィは目覚めるはずだ。並行して調整していた隣のオルワントの方に声をかける。その操縦席にはリーヴィルが座っていた。

 


「リーヴィル。オルワントの調子はどうだ?」



 リーヴィルはオルワントの操縦席の中で偶像騎士シエイゼの声に耳をすませている。改修作業は人間だと外科手術のようなものだ。シビアな調整の場合、偶像騎士シエイゼの意思を確認しながら作業を進める必要がある。

 俺には偶像騎士シエイゼの声が聞こえないので、リーヴィルに声を聞いてもらっているという訳だ。



「ん。『あんまり調子よくない』って言ってる」



 予想はしていたが、オルワントの調整は失敗続きだ。オルワントは元々戦闘用ではない。伝令用として建造され、高い機動力と走破性で昔は大陸中を駆け回っていたのだそうだ。

 改修に着手してから分かったのだが、オルワントは非常に特殊な機体だった。動力炉を改修すれば出力が上がりすぎ、運動器官を強化するとフレームが耐えきれないなど不具合が続発する。建造当時の技術の粋を集めたのは理解できるのだが、その分拡張性が全く無いのだ。



「ん~。とりあえず動力炉にリミッターをかけておくか。このリミッターは外すなよ?」



 制限をかけると数割程度のパワーアップにしかならないが、これでも無いよりはマシだろう。動力炉が暴走すれば最悪エネルギーに耐え切れず大暴発してしまう。俺は動力炉の制御装置にリミッターをかけると、オルワントを見上げる。

 


「マガザも『俺は強くなるぜ』って意気込んでるし、お前ももっと強くしてあげられればいいんだけどな」



 伝令の役割は、今は飛竜に取って代わられている。役目を終えたオルワントは都市を守護する偶像騎士シエイゼとして、長年カルズール領を守ってきたのだ。



「何かやりたい事があれば、俺が叶えてあげられるかもしれないぜ? オルワント」



 すると俺の隣に降りて来たリーヴィルが耳を澄ませ、大きくうなずく。



「ん。『飛竜がうらやましい』って言ってる」



 やっぱり昔の仕事が忘れられないんだろうな。出力だけ見れば、オルワントは重偶像騎士シーエイゼにも引けを取らない。もっと改修が必要だけど空を飛べるように出来るかもしれないぞ?



「よし! それじゃ飛竜より高く、飛竜より早く飛べるようにしてやるよ」



 俺の声に応えるように、オルワントは動力炉を震わせる。すると歌うようにリーヴィルは話し出す。



「ん。『……伝えきれなかった沢山の事を、今度は届けられるかもしれない』そう言ってる」

「ああ、世界中を飛べるようにしてやるよ。そしたらお前を待ってる人がまだどこかにいるかもしれないぞ?」

「ん。『楽しみだ』って」

「ああ任せろ! オルワント」



 これで、オルワントの改修方針が決まったな、遺跡から帰って来たら早速改修を始めよう! 今から楽しみだ!


 

 隣に駐騎しているオーヴェズの肩には、アイリュが座って整備をしていた。整備と言っても、彼女の整備はオーヴェズをピカピカに磨く事だ。綺麗にすることは良い事だと思う。オーヴェズも喜んでいるだろうし、普段気が付かない故障にも気が付きやすくなる。ただ、いつも元気いっぱいのはずのアイリュの顔がちょっとだけ不機嫌なのに気が付いた。



「ねー、オフス~」



 オーヴェズを拭く手を止めアイリュが俺に話しかけてくる。もしかしてさっきのリーヴィルとの口喧嘩の件か?!



「アイリュ? どうしたんだ?」

「ん~、ちょっとオーヴェズがね……」

「ん? なんだよ」



 アイリュはオーヴェズの顔を見ながら困った顔を始める。



「オーヴェズが、どうやらラーゲシィの事好きじゃないみたいなの」



 偶像騎士シエイゼとその主人は魔剣を介して意思の疎通ができる。恐らくアイリュは、オーヴェズの意思を感じているのだろう。



「ん? ラーゲシィは封印措置で眠ってるだろ?」

「そうなんだけどさ~」



 雰囲気からどうやらアイリュの言葉は本気らしい。



「どのくらい嫌ってるんだ」

「ものすっごく! 相当、……嫌っちゃってるみたいでね。ねぇ、ラーゲシィを他の駐騎場に移動とかできない?」



 リーヴィルに目線を送ると同意するように何度も頷いていた。俺もオーヴェズを見上げてみるが、その表情からは全く意思が読み取れない。でも異常事態なのは間違いないだろう。ラーゲシィはナウムの街を壊しているし、きっとそれを理由に怒っているのかもしれない。



「ん~、丁度整備も完了したところだし……。とりあえずラーゲシィを動かしてみるか!」

「オフス! 『こんな所で起こさないでくれ』って! オーヴェズも言ってるよ?!」

「危ない事なんてないぞ? いざとなったら俺が停止させるから大丈夫だ!」



 緊急停止はクエリ経由で信号を送ればいつでも可能だ。

 俺は駐騎状態で眠りについているラーゲシィの肩まで、ひょいっと飛び上がる。



「すまないな、……ラーゲシィ」



 眠り続けるラーゲシィにそっと謝ってみる。

 フォーナスタでの戦いの最後、俺はハルドさんにラーゲシィを任されたような気がする。

 例え今は嫌われていたとしても、これから待ち受ける困難に立ち向かっていけば、きっとみんながその姿を見てくれるだろう。ラーゲシィがどんな奴でも、きっと未来があるはずだ。



「よし! 封印を解除するぞ!」



 俺はラーゲシィの頭部に飛び乗ると、後頭部にあるハッチを開け、幾重にも封印されたコアを露出させる。

 そこに仕掛けられている魔法陣を停止させ、ラーゲシィのコアと騎体を接続していく。



「さぁ、目覚めてくれ、ラーゲシィ!」



 偶像騎士シエイゼは、どんな騎体も字名を持っている。

 それは目覚ましい功績を収め周囲から送られる字名もあれば、偶像騎士シエイゼ自らが己の信念によって名乗る場合もある。ブルツサルなんかは二つの字名を持っている。一つは自分の魔力を象徴する”万色”、もう一つはブルツサル自らが名乗る”不敗”だ。リノちゃんの話では、ラーゲシィの持つ”無垢”って字名は、まだ誰から何も教えられていない状態を表すのだそうだ。

 これから何色にでも染まれる。これから先の未来に無限の可能性がある。

 俺はラーゲシィをそんな重偶像騎士(シーエイゼ)だと思っている。

 ……普通ならば。



 クォォォォォォォン。



 白銀に輝く鋼の巨人ラーゲシィが起動すると、その動力炉が咆哮をあげる。それは目覚めの声だ。

 それは俺の心に響き渡り、声としてハッキリと聞こえてきた。



”おっぱい”



「はい?」



 一回だけなら聞き間違えかも知れない。

 そもそも俺には偶像騎士シエイゼの声は聞こえないはずだ。それに誇り高い偶像騎士シエイゼがそんな事を言うはずがない。

 ラーゲシィは目の前に立つリーヴィルを見ながら更に続けて言葉を発する。



”おっぱいだいすき”



「はいぃぃぃぃ?!?!」

「ん。えっちだ」



 リーヴィルは視線を感じ胸元を隠すと、ジト目でラーゲシィを見上げる。アイリュも声の意味が理解できたのだろう、口を開けて呆然とラーゲシィを見上げている。状況から見ても、俺の聞き間違いじゃないらしい。まいったぞ? こりゃオーヴェズが嫌う訳だ……。

 俺は深く溜息をついて、今後の事を必死に考えるのだった。


2022/5/9 誤字修正しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ