一話 無垢なる偶像騎士②
「トートさん、ルグナスを殺すのはまずかったですよ」
あわててナブヒはトートに声をかける。
「フンッ。くだらんおしゃべりが過ぎたのだ。ケンカを売る相手を選べない様ではたかが知れている」
「これでフォーナスタの勢力図がまた変わってしまいます! 国内を混乱させておけば私たちにもチャンスはあったんですよ?!」
「あん? くだらんなッ! それよりも酒を持ってこい!」
「いえッ! それよりも、まだ”客人”はいるんです」
ナブヒが異を唱えると、近くから地響きのような音が聞こえてくる。トートには聞きなれた音だ、それは偶像騎士の駆動音だ。そして、そちらの方を見るとフードを目深にかぶった男がこちらへやってくるのが見えた。この男には心当たりがある。近くまでやってくると、目の前に現れた男は予想していた通りの人物であった。
その男は砂除けのフード付きマントを目深に被りなおす。
「貴様ぁ?! 今更この俺様に、何の用だぁ?」
トートは新たな”客”にそうすごんで見せるが、フードの男は全く動じない。むしろ並々ならない気配がフードの奥から感じられてくる。
「最近は”ミクニハジメ”を名乗っているそうだね。儲かっているようで何よりだよ」
男の雰囲気を察するとトートは笑みを浮かべる。
「フン。その殺気ッ嫌いじゃぁないなぁ……」
トートは自然体を装うが、いつでも剣を抜けるように間合いを測っていた。しかしうかつには抜けない。殺せはするだろうが、戯れに殺せるほどこのフードの男は弱くは無いのだ。
するとフードの男は口を開く。
「ならば、どうすると言うのだね? 僕たちは協力関係じゃないか。もう少し有意義に時間を使ったほうがいいのではないかな?」
そう言って男は声を押し殺したように笑う。
「フンッ。気に食わん! お前の口から臭いのが漂ってくるんだよッ。その”協力”のセリフと一緒になッ! 臭い! 臭いッ!! あぁ~くさいぃぃ~ッ!!」
このフードの男はナウムにいる頃からトートのスポンサーであった。利用するのは好きだが利用されるのは好きではない。そんなトートであったがこの男は利用できる。ただ同時に危険であるとも、己の感が告げるのだ。
「フンッ。それで? 何の用だ? 噂ではマナフォドリーの内部に喰い込んで荒稼ぎしてるそうじゃないか? その金で俺様を雇おうと言うのか? ん~?」
相手の内情を暴露し煽りたてる。大抵の者ならばトートの気圧されボロを出す。だが相手からはそんな気配はない。目の前のフードの男は銀の籠手を着けた左手を自分の顎に当てると、嬉しそうに笑いだしたのだ。
「大口の顧客がつい先ほど焦げ付いてしまってね。今は殆ど実入りが無い状態だよ」
この男が「雇う」と言った瞬間に切って捨てよう。そうトートは思っていた。金は必要だが、この男と付き合っているとロクな事にならないだろう。トートは眉間にシワを寄せてこの男の真意を測る。
トートにはこの男の心が読めないのだ。それは戦いにおいて先を取れない事を意味している。敵となるか、味方となるか。……いや、この男はやはり味方ではない。この男とは縁を切ったほうが得策だ。
だがトートが口を開くより先に、フードの男は機先を制してしまう。
「そうそう。そんな事より僕は君に良いお土産を持って来たのさ」
無邪気な言葉と共に先ほどの駆動音が近づいてきた。建物の影から重偶像騎士が現れる。その重偶像騎士はフードの男の後ろまで来ると、片膝をつき駐騎状態となった。トートはその機体を見上げ唸る。
「コイツか?」
「マナフォドリーの新鋭騎。……名を”無垢”のエンドルヴ」
偶像騎士は字名を持つ。
それは目覚ましい功績を収め周囲から送られる字名もあれば、偶像騎士自らが己の信念によって名乗る場合もある。しかし”無垢”とは、自分で何事も決められず。何者からも期待されていない事を示すのだ。
……普通ならば。
「バカな?! これが無調整騎だと?!」
ただ、トートの見上げる”無垢”の騎体は違う。濃い青紫に染まった騎体からは、にじみ出るような強い意志を発している。それは暴力を躊躇なく振るうトートの背筋を冷たく震わせた。
「クソッ、なんて憎悪だ。……何をしたら”無垢”の字名を持つ重偶像騎士がこれ程に憎しみを持つッ?!」
「その通り。対ヒューマン用に調整された魔王専用騎、元の躯体は大破した古き十二宮座の重偶像騎士ルシヴァルだったものだ」
数か月前、輸送途中に失われたという魔王専用騎。その名はトートにも聞き覚えがある。ここ二十年で建造された重偶像騎士はたったの一騎。それが目の前にあるエンドルヴなのだ。
トートはギルナス制の偶像巨人が好きだ。
フォーナスタ製の偶像巨人は力が弱く脆い、そしてマナフォドリー製の偶像騎士は意思があり言う事を聞かない。だがギルナスの偶像巨人は意のままに動き、魔力の出力を上げる度に魂が震えるほどの絶叫をあげる。そんなギルナス制の偶像巨人がトートは大好きなのだ。
そして目の前の重偶像騎士を見上げ唇をゆがめて笑う。
「なるほど、コイツがそうか……。ロウフォドリーのチビ共も、考える事はヒューマンと大して変わらんな」
そう、この目の前の重偶像騎士は偶像巨人のように怨嗟の叫び声をあげているのだ……。
「気ぃが変わった! コイツはイ~ィッ! 偶像騎士が自ら血と戦いを求めるとはな!」
するとエンドルヴは再起動し、ゆっくりとトートの前で膝をつき深く首を垂れる。それは偶像騎士の恭順の証。最後の時まで目の前の者を、自分の主として認める誓いなのだ。
フードの男は「ほう」と感嘆の声をあげる。
「流石は大陸一の剣を継ぐ者、と言った所かな。おめでとう。騎士トート」
「ハハッ。俺様が魔王専用騎の主人とはッ! 悪い気はしないなぁ。 オイッ! 話があるのだろう? 特別にお前の話を聞いてやる。俺様に感謝するのだなッ!」
その声を聞き、フードの男は唇の端をゆがめるように笑う。
「それでは一つ、お願いしてもいいかな? ”ミクニハジメ”殿?」
「フンッ。その願い、言ってみるがいい。俺様の気が変わらんうちにな! ……ニジャよ」
そう言ってトートは愉快そうに笑う。
利用する者とされる者。取引とは互いに利益があるときに成される。だが、この取引が公平かどうかは、定かでは無かった。