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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第六章 ラーゲシィ(イチゴの花の偶像騎士)
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第六章 ラーゲシィ プロローグ

 ……暑い、無性に熱い。

 ナウムはもう真夏だ。書斎に集まっているが、みんな机の上にべちゃりと溶けるように突っ伏している。

 夏の日差しは外壁の石壁を焼き、その熱が部屋の中を蒸し風呂状態にしているのだ。



 俺の名前はオフス=カーパ。

 西暦二千三百年の地球から霊子誘因装置によって約二万年後のこの未来に蘇った。元の時代では三国一ミクニハジメと呼ばれていた。この体は”霊子サーバ”ヘスペリテスの作り出した戦闘兵の生き残り。この世界の言葉だと海神ヘスペリテスの”神の使者”なのだ。



 宇宙そらでは絶対的な力を持っていた俺も、今では失った力を大分取り戻しつつある。それは俺のラピスと共鳴する”彼女”たちと心を通わせてきたからだ。そのおかげでまだまだ本調子とはいかないが、この世界の平均をはるかに上回る魔力量を保有している。

 出会った”彼女たち”は今四人。その一人の一人マイシャとは遠く離れているが、いつでも彼女の心は俺の側に感じられる。魔力とは霊子の力、それは思いのエネルギーなのだ。



 何はともあれ、女の子に囲まれながら過ごす毎日というのは素晴らしい。なんだかんだでこの世界の事は気に入っている。ただ最近は”海神の使い”公表したせいで目立ってきてしまった。

 それと、権力なんかに興味は無いが、ナウムの経済を牛耳る商会の頭領としても収まっている。もちろん形だけの頭領だ。権力には責任や義務、それに見栄や権威なんてのもついてくる。いろいろ面倒が山積みだ……。そして机の上には、様々な家紋の描かれた紙が散乱している。

 今は俺の家紋を決めるために、皆で何が良いか案を出し合っている最中だった。



 窓の外からは夏の熱気と共に、人々が騒めく喧騒が聞こえてくる。俺はあえてそれを無視して言葉を切り出した。



「なぁ、さっさと決めちまおう。カッコいい家紋ってのは何があるんだ?」



 俺の言葉を聞いた愛らしい少女……、の姿をした二千八歳の妙齢の女子がこちらを見て微笑んでくれる。彼女は足まで届くすみれ色の髪を揺らしながら答えた。



「強さを象徴するなら、やはり”古き竜(ハイフォドリー)”や”剣”かぬ」



 可愛らしい口調でそう言う彼女はレグティアさん。通称レグちゃんだ。

 種族は小柄なロウフォドリー。身長は百二十センチくらいと非常に小さい。この種族は頭に角があるんだけど、彼女の角は加齢で抜け落ちてしまっている。

 高齢の彼女はつい一か月くらい前までマナフォドリーの女王をしていた人だ。一応偉い人なのだが、プライベートな時間では威厳など全く感じられない。座った椅子からスラリと伸びるトカゲのような尻尾がゆらゆらと揺れている。ロウフォドリーの尻尾は年齢と共に無限に伸びていく。彼女の長さは一メートルを優に超えていた。



「なんかこうイメージに合わないんだよなぁ」



 剣とフォドリーの組み合わせだと、ニーギル議員の紋章を思い出してしまう。

 俺が戦う理由は、平和で穏やかな世界を作るためなのだ。



「”平和の象徴”とかないのか? 俺の知ってるのだと白い鳥とかが定番なんだけど?」

「白い鳥が平和の象徴? 聞いたことが無いわね~。私の村では豊作とか安心とかの意味で”黒人参”が使われてるよ?」



 そう元気よく答えるのは、耳の尖ったエランゼと言う種族のアイリュ。彼女は二十年前の大戦で活躍したオーヴェズという偶像騎士シエイゼ無名の騎士(オーフェント)だ。ただ彼女の右耳は少しだけ欠けていて、時折その耳を触る仕草がとても可愛らしい。

 そんな彼女は、今はナウム理事と学園の生徒会長の代理になっている。アイリュとオーヴェズの人気は本当にすごい。当の本人はお飾りの代表だと自覚していて結構のんびりしている。そんなアイリュに俺は答える。



「ん~。流石に地域限定なシンボルだと皆に理解されにくいよなぁ」

「オフス。ジケロスに、平和のしるし、あるよ?」



 そう言う猫耳の彼女はリーヴィル。動物の耳と尻尾をもつジケロスと言う種族だ。

 ジケロスは人の心を読む。そんな特徴の為、彼らは自然の中で生活し他種族が作る都市にはめったに近づかない。

 リーヴィルは長い間ヒューマンに捉えられていて心と体に傷を負っていた。でも今は違う。俺を見る彼女の表情からは、そんな心の傷などほとんど感じることは無くなっていた。



「なんだい?」

「花。イチゴの花、だよ」



 それを聞いてレグちゃんは唸る。



「ふむ。イチゴの花か、悪くは無いんぬ」

「ん~、花は無いなぁ」



 花ってちょっと家紋に似合わなくないか? やっぱりフォドリーとかカッコいいし、迷うな~。

 そんな風に悩んでいるとドアが開き、小柄なロウフォドリーが子供の手を引き部屋に入ってくる。



「お待たせなのじゃ! ふぃ~。外は凄い騒ぎになっておるのう」

「ただいま、お父さん!」



 彼女はリノミノアちゃん。通称リノちゃんだ。

 淡い緑色のふわふわした髪を揺らす彼女は、見た目の可愛さとは違い魔術ガルの達人でもある。彼女もロウフォドリーで、しっかりと大きな二本の角を持っている。彼女はなんというか、胸も尻尾の太さもビッグサイズだ! そんな彼女は隣に子供の手を引いている。色々事情はあるのだが、俺とリノちゃんの子供のグゥちゃんだ。

 窓の外を見てみると、屋敷の門の外には大きな人だかりができていた。学生騎士の連中に街の一般人、少しガラの悪い連中も混じっている。この街には少ないジケロスやロウフォドリーも多く見られる。門の前ではオルトレアさんが集まった人に対してにらみを利かせているのが見えた。



「こんな暑い日でも、みんな元気だなぁ」



 俺が海神の使いで街の議員の一人。そう分かっただけで彼らは抗議の為に連日押しかけてくるのだ。



「ん。門にしがみついて泣いているのはアイリュの親衛隊」



 リーヴィルが窓の外をぞ退き込むと指をさす。いつもアイリュの側にいるちょっとキザな騎士だ。名前は何て言ったっかな?



「え? 私の親衛隊なんていないよ?! 確かあの人ラクトダイソでしょ?」

「ラクトダインじゃよ。アイリュの事を相当敬愛していたじゃろうに」

「そんなの迷惑だしぃ~」



 リノちゃんに指摘されてむくれるアイリュ。そういえばそんな名前だったか?

 そのリノちゃんに向かって、レグちゃんは手招きをする。



「リノミノアよ、それよりも成果は上がったのかぬ?」



 リノちゃんは、ここ数日ナウムの地下遺跡を調査していたのだ。俺の現在の目標はこの世の”神”から情報を聞く事だ。今の俺が調べられる世界の仕組みには限界がある。この世界の神は、俺の知る”霊子サーバ”であるはずだ。なら、相当な量の情報を保有しているのに違いない。レグちゃんに相談したところ、そのアクセスポイントの一つがこの街の地下にあるのだと言う。



「もちろんじゃ大婆様。地下遺跡の立ち入り禁止区域、闘技会場の真下あたりに魔力の変異が見られる区画があったのじゃ」

「うむ。恐らくそこが”神の座”の入り口だぬ。これでオフスをメガラニアの元へ送ることが出来るかもしれないんぬ」




 メガラニアというのはロウフォドリーの神で種族を創造した神だ。存在が明らかになっている神の中では一番人類に干渉する神なのだという。



「なんだか不安だなぁ」

「神に深入りしなければ、問題はないんぬ」

「神か……。でもこれで世界の謎が明らかになるな、そしたら次元寄生体の対抗策が打てる!」



 そう叫ぶと同時に、外の喧騒が一層ひどくなってくる。その内容は俺への罵倒だった。内容は『美女を侍らす最低のエロ野郎』だとか、『ナウムを乗っ取った強欲者』だとか、『俺の不幸はお前のせいだ』とかいう理不尽なものまで様々だった。



「やっぱり偉くなると厄介事が起きるんだよな」

「お主の実力が皆に分かりにくいだけじゃろ?」

「そうよ! オフスは凄いんだから! そのうち皆分かってくれるわッ」



 リノちゃんやアイリュは慰めてくれるが、俺を憎んでいる人がいると思うだけで結構気が滅入る。



「でもさ、なんだか悲しくならないか?」



 するとレグちゃんはクスクスと笑いだす。



「何がおかしいんだ?」

「権力を肯定しないオフスが権力を手に入れ、市民に否定されているんぬ。願ったりかなったりではないか?」

「たしかに権力には興味は無いけどさ、力とか権力を持ったら誰からも愛される正義の味方とかになりたいと思うだろ?」



 言い返すとレグちゃんは、つまらなそうに鼻を鳴らす。



「力や権力を持ったとしても、世の中はそれほど都合よく出来てないんぬよ」



 そう言って自慢のすみれ色の髪の毛をくるくると指先でいじり出す。ロウフォドリーの女王として国を治めて来たレグちゃんの声には迫力があった。



「オフスが正義を志すのであれば、正義の味方になどならずに、正義そのものになれば良いんぬ」

「正義そのもの?」

「うむ。それに、誰からも愛される人などになるな。正義を愛する者を守り、仇なす者の敵となれ。志を持った瞬間、すでに世界の半分はオフスの敵なんぬ」



 なんだか現実味がありすぎて、俺の思い描く正義の味方とは程遠い気がする。



「それじゃ悪魔に『世界の半分をあげよう』とか言われたら、貰っておいた方がお得そうだな」

「取引としては上出来なんぬよ」



 嫌味のつもりで言ってみたのだが、あっさりと返されてしまった。

 


「それは正義なのか?」

「二千年生きたレグにとってはぬ。しかしたとえ世界の半分を敵に回しても、オフスにはやり遂げたい事が既にあるのだろう?」



 そう、この宇宙に浮かび滅びようとする小さな惑星。それが今いる俺たちの星、惑星ティアレスだ。守護竜ウェブレイによれば、この星を救う事をメガラニアは既に諦めているのだという。長い時間をかけてこの星までようやく帰ってこれたんだ。こんな所で諦めるわけにはいかない。



「ああ、もちろんだ」



 そう答えると、外から聞こえてくる声はどうでも良い内容に思えてくる。



「だけどさ、敵に回すより、敵を味方につけた方が楽じゃないか?」



 俺の問いにレグちゃんはまた面白そうに笑いだす。



「それもまた”力”だぬ。オフスにそれだけの魅力があるかどうか……」



 自信の無いところを突かれると少し傷つくぞ? アイリュとレグちゃんがそんな俺を見てはやし立てる。



「ん~、オフスは強いけど、あんまり頼りにならないからね~」

「考え無しな上に、やらんで良い事を率先してやるからのう」



 俺の気落ちした様子を見て、レグちゃんは深くため息をつく。



「あまり気負うな。神々が思い通りにならない世の中なのだ、我々の思い通りになどなるはずがないんぬ。それよりも家紋を早く決めるんぬよ。神の元へと行くのだろう? こんな所で時間を使ってはもったいないんぬ」



 レグちゃんに言われて、ため息交じりにもう一度図案を見比べ始める。ふと、先ほど没にしたリーヴィルの案を思い出す。ジケロスは思慮深い一族だ。もしかしたらイチゴの花にも何かしらのメッセージがあるのかもしれない。



「リーヴィル。そう言えばなんでイチゴの花は平和の象徴なんだ?」



 するとリーヴィルは口の中で、もごもごと言葉を選びながら話し出す。



「ん。それはイチゴ実の味。それは心から好きな人と出会った時と同じ味。ジケロスはケンカしてもイチゴを食べて仲直りするんだ」



 意味は分からないが断片的な内容から察する事は出来る。

 アイノスさんの話では、ジケロスは死ぬとお墓のかわりにイチゴの木を植えるのだそうだ。彼らにとって命とは、この世の中で最も弱い存在であるのだという。彼らは死して命より強い別の存在へと生まれ変わるのだ。

 そのイチゴの花は平和を意味し、その実はおそらく愛を表すのだろう。



「ははっ。いいなそれ! よし! 決めたぞ」



 平和や愛そのものに生まれ変われるのならば、これ以上強い存在はない。

 それはきっと、誰の心の中にも在る存在だ。



「イチゴの花! 俺の家紋はイチゴの花にするぞ!」



 そう言って、俺は笑いながらリーヴィルの手を取るのだった。


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