章間 オルトレアの剣⑤
事の次第はすぐにニルディス将軍や、相談役のレグちゃんに知られてしまった。オーヴェズまで持ち出して大騒ぎしてしまったから当然だろう。
真夜中にニルディス将軍の伝令が俺の屋敷に到着すると二点の連絡事項が伝えられる。オルトレアさんの身柄は一旦俺に預ける事。それと、明日ナウムの臨時理事会を招集する事だ。レグちゃんは何かを察したのか『悪い結果にはしないんぬ』といって涼しい顔で笑みを浮かべるのだった。
そして翌日。
臨時で開かれたナウムの議会はピリピリとした雰囲気で居心地が悪いものだった。俺は自分の席でつまらなさそうに頬杖をつく。
レグちゃんによれば会議と言うのは開催される前から結果が決まっているのだそうだ。じゃあなぜ会議を開くかって言えば、人の資質を見極めたり公の場で言質を取る為に使うのだという。
レグちゃんは元女王だからか発想が俺とはまったく違う。会議ってみんなで話し合って折り合いをつける場じゃないのか?
議長席に座るアイリュは不満を露わにする議員を目の前にし、青い顔で固まっていた。議員の人数は十二人。市民に選ばれた街の代表という名目だが、その議席はすべて世襲や金で買われたものだ。まぁ、そこに座っている俺も同類なのだが、……そう思うと余計に気が滅入ってくる。
議会にはニーギル本人も堂々と出席している。自分の不正の証拠を突き付けられてたとしても、ひっくり返すだけの権力がまだあるのだろう。顔色にも余裕が伺える。
会議の内容が元から決まっているのだとしたら彼なりのシナリオが既にあるのだろう。流石に一筋縄ではいかないって事だね。
それに議会がピリピリしているのにはもう一つ理由がある。ナウムに駐在する国軍を預かっているニルディス将軍が、この議会に出席しているのだ。普段は議会と軍との会合は別に設けられている。この場は議員同士の話し合いの場のはずなのだ。
そんな中でニルディス将軍は言葉を切り出す。
「最初にお話ししておきますが、行政を今日まで監督きたのは軍である事をご承知おき頂きたい」
ニーギル議員はニルディス将軍を邪魔者だと言うようかのように鼻を鳴らす。
「ニルディス殿。議会は市民の手によって、より良い未来への話を行う場だと思うのだがね? 軍籍をもつ貴殿がこの場への出席すると言うのは、いかがな用向きであるのかな?」
ニルディスさんは懐から令状を取り出すと一切の反論を許さない口調で声高に読み上げる。
「魔王より、ナウム議会へ通達。ナウムは議会を解散し、全ての権限をヴァンシュレン中央の統治下に置く。以上」
短い言葉だが、全ての議員が青ざめ色めき立つ。
「そんな! 全てだと?! そんなもの軍による横暴だ! この都市は国から自由裁量権が認められているッ」
「それは前魔王バーハルト様が統治されていた時代の話です。令状は本物です。確かめられますか? しかし……」
そう言うとニルディス将軍は、押し黙る議員たちに冷ややかな言葉を返す。
「令状を確かめると言う事は、魔王様の内容を疑う事と同じ。その場で反逆行為とさせていただきます」
議員連中は互いに目くばせをするが、ニルディス将軍は二の句を告げさせず言葉を続ける。
「魔王は非常事統制宣言を発令されました。それと、今後は軍主導の業務を全てリロンド商会へと移管します」
ここまで全て事前に知らされていた通りだ。会議は始まる前にすべて決まっていると言ってたけど、相手に話し合いすらさせないのにはびっくりだ。
議員の視線が俺に集中するが、それをはねつけるように睨み返す。
「俺がリロンド商会の頭領だ。それが気に入らないならここから出て行ってもいいぜ?」
すると議員は憤慨し次々と席を立つ。
「フン。そうさせてもらおうッ。祭り上げられただけの傀儡めが」
「商人をなめるんじゃない、軍やお前たちが何だと言うのだ!」
「後悔するぞ。ナウムを運営できるのは我々だと言うのを忘れてもらっては困る!」
口々にそう言って出ていく議員たち、そんな議員を引きつった笑顔をしたアイリュが視線で見送っている。
そんな中、一人だけ出て行かない議員がいた。理知的な雰囲気のニーヴァの女性だ。
「君は出て行かないのかい?」
「お話の続きがあるのでしょう? 相手の話は最後まで聞かないと反論も出来ません。それにお金と言うものは常に正道を行く者の味方ですから」
そう言いながら俺の元までやってくると、柔和な笑みを浮かべて手を差し出す。
「ご挨拶が遅れました。私はサキア。小規模ではございますが金貸し業を営んでおります」
「よろしく。サキアさん」
サキアさんと握手をすると、彼女は探る様に話し出す。
「魔王様がナウムに干渉するとなると、本格的に戦争は長期化するのですね?」
言い含めるようにニルディスさんが返す。
「国の内部で揉めている場合では無い、と言う事です」
するとサキアさんは俺を見ながら不安そうな表情を浮かべてくる。
「オフスさんは軍を後ろ盾に、これから何をされるのですか?」
「これからじゃないさ、もう始まってるよ」
「はい?」
まぁ、そんな事は決まっている。常に偶像騎士の整備をしながら意識している事だ。
「みんなと変わらないよ、ギルナスとの戦いさ……」
◇ ◇ ◇
後始末が終わって、屋敷へ帰りしばしくつろいでいた。テーブルには俺とレグちゃん、ニルディス将軍がつき、エリアスナスさんが淹れてくれた香りの高い茶を楽しむ。俺のすこし後ろには、オルトレアさんが控えていた。
これからオルトレアさんの処分についての話し合いという訳だ。その前に俺は二人に疑問に思っていたことを話してみる。
「なぁレグちゃん、あの議員連中はほっといても大丈夫なのか?」
「問題ない。膿が出たと思えば良いんぬ」
茶を飲みながらレグちゃんは平然とそう答える。
「彼らは財力にものを言わせ、王都の中央議会にも圧力をかけていました。今のうちに手を打っておかないと後々の障害となります」
ニルディス将軍も笑顔でそんな事を言ってくる。権力って怖いね。
「そんなにヤバい連中なのか。でもさ商人を怒らせるのはマズイんだろ?」
「物事はカネで動くんぬ。信頼とカネの無い者は黙っていても破滅するぬよ」
「どういう意味だ?」
二人は目を見合わせて笑う。するとレグちゃんが俺に話しかけて来た。
「ふむ……。奴らは非常事統制宣言が出されることを見越していた。そして国内で不足する生活必需品を買い漁ってたんぬ。全財産をつぎ込んでな」
「大問題じゃないか! 最近の物価上昇はあいつらの仕業か?!」
「うむ。しかし慌てるでないんぬ。レグが裏で手を回し彼らに情報を漏洩していたからぬ。あ奴らはその情報を信じ、死ぬほど買い込んでいたんぬよ」
「マジで?! そんな事してたの? どうするんだよ?! あいつら絶対復讐してくるぜ?」
「だから慌てるでないんぬ。まだ非公開だが……、国策として他国から物資の大量輸入が決まっているんぬよ。提携先はフォーナスタだぬ」
「フォーナスタ? じゃあマイシャとネーマさんがヴァンシュレンに協力してくれるって言うのか?」
「うむ。大規模に行う取引によって、物価が下がる事が既に確定だぬ。高値で買った連中は数日で一文無しになるんぬよ」
それを聞いてニルディス将軍は楽しそうに笑みを浮かべる。
「サキア殿は資産の差し押さえで、今頃高笑いしているかもしれませんね」
「でもさ、あの議員連中が買い込んだ品物が市場にだぶつくんだろ? そしたら今度は値崩れするんじゃないか?」
「だぶついた品は軍が全部買い取りさせていただきますよ。もちろん、物価が上がらない程度にね」
「軍は安く物資が仕入れられ、市場は安定するんぬ。良い事ではないかぬ?」
「ハァ。なんだよ、全部計画の内なのか」
「流通の安定も国策ですからね」
その話を聞くと気が抜ける。政争とか言うんだろうけど、俺には雲の上の話だ。
「レグちゃん、あまりやりすぎるなよ? 俺たちの目的はあくまでもギルナスとヒューマンだ。そしてその先は次元寄生体の殲滅だ。この星を救うって事をやらなきゃいけないんだぜ?」
「分かっているんぬ。オフスも大望を抱く者なんぬ。だからあの程度の小物などにあまり関わるな」
「ハァ。わかった。自重するよ。なるべくね」
「……こりない男なんぬ」
そろそろ本題だ。俺は話題を切り替える。
「ニルディスさん。捕らわれていたジケロスの人たちについて、何か分かりましたか?」
「ええ。オフスさんの聞いた通り、彼らは指名手配中の”魔石屋”でした。ナウムに立ち寄った流浪の民をさらっていた証拠が挙がっています」
「人のラピスを魔石として使うって事か……」
「禁呪の一種ですね。強い負の感情を対象に持たせ、呪術をかけた後ラピスを抉り出す……」
そう言ってニルディス将軍はレグちゃんを横目で見る。
「フンッ。そのような目で見るな。それはロウフォドリーに伝わる禁呪の一つだぬ」
まてよ? もしかしたらリーヴィルを長年苦しめていたヒューマンの目的も魔石なのか? リーヴィルは無きランマウの王家の血筋を引く者だ。そういえば、リーヴィルが乗せられた馬車の入国理由は”偶像騎士の部品搬送”だったはず。考えたくないが、恐らくそれそこが真実なのだろう。そう頭の中を整理すると、続いてニルディスさんへ質問をする。
「オルトレアさんから渡った資料の行先は分かりましたか?」
「いまだ調査中です。輸送に飛竜が使われており、記録上の行先と異なる可能性がありますので」
「そうですか……」
レグちゃんは俺の後ろで身じろぎせずに控えているオルトレアさんへと視線を向ける。
「そろそろオルトレアの処遇について決めるかぬ」
そう言うとレグちゃんとニルディス将軍は俺の顔をまじまじと見つめる。しばらくするとニルディス将軍はからかうように笑いだした。
「オルトレアの件は貴方にお任せしますよ。そうですね、また犯罪奴隷を所望しますか?」
レグちゃんもその言葉に何度も頷く。
「オフスはああ見えて独占欲が強いからぬ。このような美女に首輪は欠かせないと思うんぬよ?」
「いやいや!! 奴隷はもうこりごりだよ。俺はオルトレアさんを信じる。寛大な処置をお願いしたいね」
ネーマさんの時の件を二人ともからかっているのだろう。独占欲は人並みにあるとは思うけど、俺は奴隷が欲しいわけじゃない。なんていうか、側にいると安心できる人が沢山いてくれると嬉しいって言うだけだ。
「オルトレアよ顔をあげるんぬ」
レグちゃんはそう促すと、オルトレアさんは面を上げる。その様子を見たレグちゃんは即答する。
「うむ。レグは許すんぬ」
「え? それだけでいいのかい?」
「目と顔つきを見て判断できねば、レグは二千年も生きてはいないんぬよ」
そう言いながらレグちゃんはニルディス将軍を見る。
「私も異存はありませんよ、何しろオフスさんはこの国に無くてはならない方ですからね。それは法よりも優先されます。トフォース家についても、こちらで配慮しておきますよ」
レグちゃんはニルディス将軍の言葉を聞き、つまらなさそうな表情をする。まぁ、これでオルトレアさんは無罪放免だ。
「よかったなオルトレアさん。これからもよろしく頼むぜ?」
「ありがとうございます!」
気持ちの良い返事と共にオルトレアさんは破顔する。その様子をレグちゃんは面白そうに見ていた。
「オフスはニルディス殿よりも部下の面倒見が良いのではないかぬ?」
「私も部下の不始末を片付けたつもりだったのですがね」
ニルディス将軍はやれやれと言った様子だ。するとオルトレアさんは、鞘ごと剣を俺に捧げる。
「この剣は私の魂です。これからもこの剣はオフス様と共にあります!」
彼女が儀礼用の礼を取ると、俺は渡された長剣を静かに抜き放つ。
渡された彼女の剣は綺麗に磨き抜かれ、刀身は輝く光を放っていたのだった。