一章 シエリーゼ エピローグ
俺はまだオービタルリングの上だった。
≪次元寄生体の出現予兆が発生しました。顕現まであと二百五十一≫
シエリーゼは最後の狙撃を終えると、もうすべての操作を受け付けず微動だにしていない。
≪ハジメ、今ティアレスに降下を行えば。帰還は完了します≫
そんな事は分かってる!
「だめだ! シエリーゼが動かない! 俺はまだティアレスには行けないッ! 俺は動けない!」
くそっ、コイツを連れて行かないと意味がないんだよ!
俺の霊子は空だ、シエリーゼはもうピクリとも動かない。
ずっとだ、ずっと一緒にいたじゃないか、あと少しなんだ、これからも一緒に……。
俺は霊子を無理にシエリーゼに送り込もうとする。
不意にシエリーゼから霊子エネルギーが反発したかのように俺の中に逆流してきた。
「あっ?」
そう思った瞬間、俺の太ももと肩を固定していたベルトが外れ、シエリーゼの胸のコックピットハッチが開放された。
俺は空気圧で宇宙空間に放り出される。
しゃがんで狙撃ライフルを構えた姿勢のシエリーゼは、俺をすぐ下の霊子の膜の内側に吐き出していた。
「なっ」
シエリーゼのメインカメラはこっちを見ている気がした。
「俺はそんな! 操作なんて入力してないぞッ!」
≪ハジメ、次元寄生体の出現予兆が発生しました。顕現まであと二百≫
シエリーゼはもう連れていけない、間に合わない。
だけどこのままだと次元寄生体の標的にされてしまう、霊子関連のモノがなくなれば……
「クエリ、コックピットハッチ閉めろ! ライフル投棄、弾を捨てろ! 機体内の残留霊子も放出だ!」
シエリーゼのハッチが閉まり、ライフルが地上に向かい落ちていく。
シエリーゼは微かに残った霊子の仄かな光を全身からきらめかせていた。
そして俺はそのままティアレスの重力に引かれに吸い込まれていく。
「クエリッ! お前がやったのか!?」
≪ハジメ、霊化してください≫
「くそっ、わかってる、だけどシエリーゼを……」
シエリーゼはオービタルリングに、アンカーで固定された状態のままだった。
≪ハジメ……、原因はシエリーゼの情報体にバグが発生していたものと思われます≫
「俺はすべてチェックしていた。そんなはずはない!」
≪はい、ガス星雲離脱後、ハジメの情報領域からデータをサルベージしました。その時点ですでにバグは発生していたと思われます≫
そうか、そうなのか。
俺は腕にはめていた時計型の簡易エーテル形成機を確かめると、俺自身の霊化を行う。
俺は光に包まれ目を閉じる。
(お母さんになれるのかな)
俺はふと、昔聞いたあの子の言葉を思い出し、目を見開く。
そしてクエリに静かに問いかけた。
「なぁ……、クエリ、ずいぶん前にお前の言っていた生殖活動のサポートって、あれはどうしてなんだよ」
≪……旧時代、人類は霊子サーバ内へとその活動の拠点を移しました。同時に物質的な活動も停止しています。遥かな昔、人類文明は滅んだのです≫
「人類は進化したんじゃないのか……」
≪ハジメ、霊子の強い輝きは人と人との運命に干渉し発生します。クエリは人類文明の安定と人類の生殖活動に寄与します≫
以前の俺なら言葉面だけ聞いて大喜びしたんだろう。
フンッ、俺はクエリの言葉を鼻で笑うと、再度宇宙を見上げる。
宇宙では俺の最後の仕掛けが動作しようとしていた。
最後の最後で失敗した時に備え、仕掛けていたものだ。
遥か彼方の軌道上に、高速哨戒機が二機実体化する。
それはいつか次元寄生体をおびき出した時の様に、霊子を激しくきらめかせると、宇宙のかなたに向けて飛行を始めた。
次々に顕現した次元寄生体は、高速哨戒機に導かれながら、無数の虹色の光を放ち列を作り始める。
その光は宇宙にかかるオーロラの様だった。
俺からシエリーゼはもう小さな点としか見えていない。
でもまだだ、まだ何か方法はあるはずだ。地上には霊子サーバもある、俺を助けてくれる人もいる。俺は一人じゃない。
俺は絶対やれるはずだ、何度もそうしてきたじゃないか。
こんなことで諦められるか。
俺は、真っすぐにシエリーゼの方を見つめる。
「ちょっと行ってくる。すぐ戻ってくるからな……」
俺は、再度目を閉じるとティアレスの大地に一筋の光となって落ちていった。
◇ ◇ ◇
『……楽しみにしてるよ。……これから時間はたっぷりあるから』
俺には、そんな声が聞こえた気がした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
シエリーゼの事が好きになってくれたら幸いです。
2020/5/3誤字修正しました。
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