十二話 神と邪神の使い②
途中まで、すべてが順調だった。
だがクエリは警告を発する。
≪問題発生。実体化出来ません。顕現まで残り七十五秒≫
『バカな! 一瞬だけだ! それだけでいいんだ!』
≪出力が足りません≫
クエリから送られてくるデータは、魔力不足を示していた。
動力炉同士の同期が取れていないのだ。相乗効果を狙ったこの仕組みは本来繊細な調整が求められる。
≪圧縮弾頭など、実体兵器の実体化を提案します≫
『ダメだ! 絶対にダメだ!』
確かに弾頭だけを実体化させるなら、こんなに魔力は必要ない。
だが、それだと使用したとたんに広範囲へ衝撃波が走る。恐らく周囲五百メートル以上は影響を受けるだろう。
俺はモニターに映るネーマさんとリグズ王を見つめた。
偶像騎士に乗っていれば衝撃波を減圧できるだろうが、生身の人々はまず助からない。
『ライフルの基幹部だけ実体化出来ればいい。装甲も銃身も照準もいらない! 発射できればいい! それなら足りるはずだ』
≪はい。そのように実行します≫
ヒェクナーの影に隠れるオルワントから、マガザが叫び声をあげる。
「ダメだぁッ、もう、殺されちまう!」
マガザが情けない声をあげると、オルワントはうずくまってしまった。
さっきまでぼやけていた次元寄生体の虹色の煌めきは、はっきり手に取る様に現実味を帯びてきていた。
「いや、間に合わせて見せる。顕現なんてさせるか!」
お互いの実体化までの時間を測る。すると僅かに俺たちの実体化の方が早い。これなら相手の顕現までに間に合う!
相手の顕現直前、ブルツサルの肩に担がれるように、むき出しの虚子発生装置が実体化する。
それはライフルの形はしていなかった。
≪実体化完了。発射します≫
その声と共に、真っ黒な闇の帯がほとばしり、その奔流は真っすぐ次元寄生体に命中する。
しかしそれは、表面に弾かれると大きく逸れ、空の彼方に消えて行った。
「くっそぉぉおお!」
相手は完全に顕現はしていないが、消滅させるにはこちらの出力が足りないのだ。
倒れた重偶像巨人の操縦席から司祭がのそりと這い出ると。空を見上げ高らかに笑い声をあげる。
「神の御使いよ! 我々に正義と愛を! 空虚な心を満たすために! 今! 生贄を捧げますッ」
「何言ってるんだァッ! テメェッ!」
生贄だと? 自分を満たすために他人から奪っておいて、満足なんてできるはずがないだろ。
正義だと? その正義で救われた者がいるのかよ?
愛だと? それは人と人との繋がりで得られるものだ。コイツはそれを放棄して、ただ貰える物だと思っていやがる。
それでも俺の目の前で笑い声をあげるヒューマンは、自分の信じる”神の使い”に祈りを捧げていた。
正義と愛を得たいなど、そんな奇跡、起きるはずがないのに。
「ハーハハハッハ! 愚かなり、下劣な悪魔どもが! 滅びよ! 邪神の使いよ!」
「それを! お前が言うのかァッ!」
指揮官級の次元寄生体が完全に顕現すると質量を帯び、急速に落下する。
そしてそれは司祭の乗っていた重偶像巨人の真上に落ちて行った。
全長三十メートルの巨体に重偶像巨人は粉々に粉砕される。おそらく司祭も助からないだろう。
潰された重偶像巨人などお構いなしに、次元寄生体はうごめく。
次元寄生体は芋虫のような巨体に、カマキリの前足のような、触手とも足ともつかない突起が無数についている。
それは一言でいえば醜悪だった。吐き気のするような神々しさと言っていい。
『まだ間に合うんだ、まだ間に合うんだって……。言ってくれ、言ってくれよクエリッ』
俺は長年の相棒に嘆願する。今はそれしか思いつかなかった。
次元寄生体はのそりと鎌首を持ち上げ立ち上がろうとするが、べしゃりと潰れた。
まだ完全じゃないのか……?
≪はい。次元寄生体は質量に対し、霊子供給が不足しています。速やかに殲滅を実行します≫
クエリの声と共に、次元寄生体の頭上には、一メートルほどの円筒形の物体が実体化を始めていた。
それはおぼろげな形で三つある。
それには見覚えがある。シエリーゼの狙撃ライフルから放たれる、圧縮弾頭だ。
半径十メートルほどの空間を瞬時に指先大まで圧縮してしまう破壊力がある。そして発生する衝撃波もすさまじい。
『クエリッ。お前、何やってるんだよ!』
≪ご主人様は最優先事項として、この星の存続を設定しています≫
『だから何だって言うんだよ! あんなの三つも同時に使ったら、この辺全部吹き飛ぶぞ! 全部破壊するつもりかッ』
≪はい、その通りです。ご主人様が生き残る確率は現在九十七パーセントです。許容範囲となります≫
クエリは冷淡に言う。そして弾頭の実体化を着実に進めていった。
こんな人口が密集した王都の真ん中で超兵器を炸裂させるのか? それを俺がやるのか?
『クエリのせいだ』なんて言い逃れは出来ない。
フォーナスタに住む人には何の罪もない、良い未来を作ろうと思ってここまでやってきた、俺に責任があるのだ。
『ふざけるな! 俺だけ生き残っても意味がない! 何のために俺はこの星まで来たと思っているんだ! ヒューマンの言うように、俺は邪神の使いなのか?! 他の方法を探せッ。絶対に実行するな!』
≪現在、ご主人様に、運命の選択肢は発生していません≫
『俺に逆らうのか、クエリッィィ!!』
≪ご主人さま。これが今まで行ってきた。選択の結果です≫
クエリの言葉に俺は詰まる。
…………さっきの戦闘の時、確かに耳鳴りは確かに聞こえてこなかった。
王都ファニエに来た時から、俺の運命は決まっていたって事なのかよ……。
すると隣で、偶像騎士の稼働音が聞こえる。
ゆっくりと立ち上がったのは、自己閉鎖をしていたハズのラーゲシィだった。
もうラーゲシィの霊子力は空のはずだ。もうハルドさんの肉体は霊子崩壊して、影も形も無いハズだ……。
「なんで、立ち上がれるんだ? なんでそんなに霊子であふれているんだ?」
ラーゲシィは騎体の各所から霊子の輝きをキラキラと放出していた。
俺の呟きにクエリは答える。
≪霊子とは思いのエネルギーです。我々の存在とは確率の平均値に過ぎません。それは人と人とが互いを認識する。思いによって作られるものです≫
ラーゲシィが放つ輝きに次元寄生体は大きく反応する。霊子の輝きは次元寄生体にとって、極上の餌なのだ。
ラーゲシィは実体剣を握り締めると、漆黒の光を刃に纏わりつかせた。
そしてラーゲシィは剣を構える。それはハルドさんの構えだった。
『オフスッ! しっかりしなさい!』
マイシャの声が聞こえてくる。
その声が俺の思考を現実へと戻してくれた。
『ボーっとしてるんじゃないですわ! ハルドが引き付けている間に何か考えなさいッ!』
そうだ、まだ出来る事がある。
俺の思い、みんなの願い。そう言った形の無いもので、世の中ほほとんどの物が作られている。
俺は何も無い宇宙で、それを知っていたハズじゃないのか?
それは俺の心の中に確かにある、人と人との繋がりだ。
アイリュ、マイシャ、リーヴィル、帰りを待っているリノちゃん、レグちゃん。
確かにみんなを感じる。俺はみんなを側にいつも感じている。
そしてネーマさんを思い浮かべると、どこかで赤ん坊の泣き声がした気がした。
俺の心の中に、無限に力が湧き上がってくる。それは熱く燃えるように感じられた。
それは温かな霊子の力だった。そしてその光は俺の胸から溢れ出し、ブルツサルの操縦席を埋め尽くしていく。
俺はブルツサルを操作し、まだ動けないヒェクナーの背から残りの実体剣を取り出すと、ヒェクナーと繋がっていた魔力伝達ケーブルを引きちぎり、柄の部分と一緒に握り込む。
魔力を送り込むと、実体剣は黒い刃を溢れださせた。
『俺とブルツサルが突っ込む! クエリはサポートしろ!』
≪はい。その通りにします≫
俺はすべての力をブルツサルへと託す。俺が頼るのは自分の運命じゃない。みんなの思いと、ブルツサルだ。
次元寄生体は地面をのたうち、周囲を破壊しながらラーゲシィに突進していく。
ラーゲシィは向かってくる次元寄生体の触手を切り落とすと、実体剣を振り下ろす。
そのタイミングで俺も動く!
「行くぞッ! ブルツサルッ」
ラーゲシィが次元寄生体の眉間と思われる部分を剣で切り裂いた瞬間。
ブルツサルは咆哮をあげ、その裂け目に実体剣を構え突撃していく。
瞬時に踏み込むと黒色の光の刃は、裂け目に深く埋まり込んでいった。
その瞬間、俺は自分の全ての力を、解き放ったのだ。
次元寄生体は体を一瞬硬直させた後、頭部から黒ずみ、ススの様に剥がれ、細かく砕けていく。
そしてそれは瞬く間に巨体に広まっていった。
……あとは、崩壊を待つのみだ。
その様子を見ながら、俺は、守れたものと、守れなかったものの、両方に思いをはせたのだった。
◇ ◇ ◇
ラーゲシィは剣を振り下ろした姿勢で固まっていた。
近づくと、ラーゲシィは自らその胸のハッチを開いてくれる。
俺はすぐに操縦席を見るが、そこには男物の衣服が落ちているだけだ。それはハルドさんの物だった。
「ハルドさん……」
そう呟くと、不意に、ポンッと右肩を叩かれる。
ハッっと、自分の肩を見ると、ほどけて落ちていく包帯が肩に引っかかっていた。
もしかしたらハルドさんだったのだろうか。叩かれた肩は、俺にもっと頑張れと言っているかのようだった。
包帯を握り締めると、さっきまで誰かがしていたかのように、温かみを帯びている。
俺はブルツサルの魔剣を握りなおしネーマさんの元へ向かった。
「ネーマさん……」
ネーマさんはリグズ王の頭を膝に乗せ、その寝顔をやさしく見つめていた。
「オフス君……。ハルドはどうだった?」
「……もう、天の橋へ旅立った後でした」
そう言って俺はそっと包帯を見せる。
「カッコつけて死にやがって……。男ってやつはいつもいつも」
そう寂し気にネーマさんは呟く。
それは違う、同じ男だから分かる事もある。戦いって言うのはそう言う事じゃない。
「命ってのはカッコつけるためにあるんじゃないんだ。それが分からなきゃ男なんて失格です」
俺はそう言ってむりやり笑って見せる。
「だから、ハルドさんは立派な男でした」
「リグズは……、どうだった?」
リグズ王はネーマさんに抱えられながら静かに眠っていた。
俺はリグズ王の手に魔剣を返そうとしたが、ブルツサルの魔剣をそっとリグズ王の側に置く。
「立派な騎士だった。ブルツサルも……、そう言っています」
リグズ王の手は、まだしっかりとネーマさんの手を握り、離していなかったのだった。
◇ ◇ ◇
俺はリグズ王にもう一度黙祷を捧げると、ゆっくり立ち上がった。
日が昇ると、周囲が騒がしくなってくる。
ヒェクナーも制御が戻ったようで、ゆっくりと起き上がり始めた。ハッチが開き中からマイシャが笑顔を覗かせる。
だけど偶像騎士がこれじゃ、この先戦っていけない。急いで対策が必要だな……。
すると、フォーナスタ兵の服を着た人物が何名かこっちに駆けつけてくるのが見える。
彼らは、ネーマさんの前まで来ると息を切らせて報告し始めた。
「王宮内はほぼ制圧しやした。リグズさん側の神異騎士団も大人しく投降していやす」
「そうかい、ご苦労だったね。グラジ」
「へい……。リグズさんは、こちらでお預かりします。ここだと目立ちますんで……」
彼らは持ってきた神異騎士団の団旗でリグズ王を包むと、ゆっくりと運んでいった。
その後姿を見ながらネーマさんは俺に呟くように問いかける。
「さて、これからどうするんだい?」
それはネーマさん自身に言っているかのようだった。
「平和な世界を作る為に戦います。みんなが笑って暮らせる世界です。特にヒューマンは野放しに出来ません」
「きっとその為にいっぱい人が死ぬよ……」
「ほっとけばもっと死にます。この地上が消えてしまう事の方が、怖いんですよ」
俺は安心できる世界を求めてこの星まで来たんだ。
この世界まで次元寄生体に無くされるなんてまっぴらだ。
「矛盾してるね」
そう言いながらネーマさんは懐からシガレットケースを取り出し、葉巻を咥えた。
「それでしか、守れないから……、俺はそうします」
「きっと後悔するよ」
その言葉に笑顔で答える。
死んで後悔するなんてできっこない、なら後悔は生きてるうちにしないと損だ。
そういうのも生きてる実感なんだって思うと、少しだけおかしくなってくる。
常に死と隣り合わせだった宇宙では味わえない感覚だ。
「ネーマさんはどうするんです?」
「事が大きくなっちまったからね。責任を取る”悪い女”が必要だよ?」
「大きすぎてネーマさんじゃ責任なんて取れませんよ」
「良く言うね。だけど世間はそう甘くないんだ。分かりやすい悪者って言うのが必要なのさ。オフス君もすぐに分かる」
世の中が悪人を求めても、それで何もかもが終わる訳じゃない。
それに、リグズ王もハルドさんもネーマさんにそんな責任を負わせるつもりはなかったろう。
ネーマさんは葉巻に火を灯すと一息燻らせる。
「ダメです。そんな事、俺が許さない」
俺が強い口調で言うと、ネーマさんはやれやれと言った表情を見せる。
「ふぅん……。それじゃ、頼らせてもらってもいいのかな?」
俺の顔を覗き込みながら、ネーマさんは鼻先で悪戯っぽく笑った。
その口調は普段のネーマさんの口調だった。だけどその表情は能面のような顔ではなく、今の心を映しているかのように不安を表していた。
だけど決して、希望を捨てていない表情だった。
その顔をみると、俺は心の奥底から声を出す。
「もちろんさッ!」
この言葉が多分俺に出来る今の精一杯だ。
ネーマさんの彼女らしさは誰にも消させない。
「フフッ。……私はね、誰かに頼らないとダメなんだよ。ホントの所はさ……」
俺の言葉を聞くと、そう言って彼女は悲しそうに笑みを浮かべ、また静かに葉巻を煙らせる。
その顔は何故かとても綺麗だった。
「そんなの誰だってそうだ。さぁ、行こう。ネーマさん!」
すると、王宮の門の方から偶像騎士の足音が複数聞こえてきた。
振り向くと、それは朝日の中を駆けてくるオーヴェズと学生騎士の偶像騎士だった。
「オフスー!」
オーヴェズのハッチが開き、アイリュとリーヴィルが顔を出す。
二人とも俺を見ると眩しい笑顔を見せる。
「ああ、でも。俺と一緒に来ると一つだけ困った事があるな」
振り向いてネーマさんにそう言うと、彼女はさっきとは変わってひどく悲しそうな顔をした。
「きっと俺に『頼る』なんて待ちきれなくて、すぐ行動しちゃうぜ?」
振り仰ぐと、アイリュは俺の名を大きな声で呼びながら、大きく手を振っていた。
「あんな感じでさ」
俺が笑ってそう言うと、今度はおなかを抱えてネーマさんは笑いだしてしまった。
「じゃ、さっそく私が悪い女だって言うのを教えてやるよ」
ネーマさんは俺に抱き着くと、俺の頭を強く抱え、唇を奪ってくる。
驚いて目を見開くと、目の前に傷らだけのブルツサルが見えた。
ブルツサルは、朝の光を映しながら、俺たちを眩しそうに見つめていたのだった。