十二話 神と邪神の使い①
王宮の敷地内に着地すると、周りには決闘をしているハズのヒェクナーとオリジナルのブルツサルが倒れていた。
≪ご主人様。空間全体に霊子の異常値が検出されています≫
『なに? どういう事だ?』
≪詳細は不明ですが、ナウムに対する魔力波と同様の現象が確認できます≫
『クソッ。ここも吹き飛ばそうって言うのか? ……いや、逃げ道くらいは普通残しておくよな……』
だが、まずは目の前の重偶像巨人だ。
俺は重偶像巨人に対して声を張り上げた。
「決闘を汚すのは俺が許さない。海神の使い、このオフス=カーパがなッ!」
目の前のブルツサルは俺の駆るブルツサルと同じように、魂の無い偶像巨人だ。
だが乗っているのはどうしようもなく性悪な奴らしい。
『マイシャ! 聞こえるか?! 状況はどうだ?』
『ヒェクナーは動きませんわ、ハッチも開きません』
『回復できるように努力してみてくれ、俺はコイツを相手にする』
『オフス! 相手のワイヤーに気を付けて!』
マイシャとの通信を手短にすませる。
『クエリ。ヒェクナーの状況を教えてくれ』
≪はい。情報を共有します≫
ヒェクナーは回路に異常が出ている。これではしばらく動けないだろう。アンチエーテルが原原因か……。
トートの時はこれ程のマヒは見られなかった。あの時より威力が上がっていると言う事なのだろう。
すると、相手のブルツサルから声が聞こえてきた。
「ギルナスの司祭に向かって邪神の使いを語るとは……、お前が噂のオフスですか……」
「ギルナス?! なぜヒューマンがこの国にいる! なぜ決闘の邪魔をする! この決闘はナウムとフォーナスタ。ダナー家とマルデ家の物だ。お前たちには関係ないッ!」
戦いを際限なく拡大していく心の通わない野蛮な種族。リーヴィルに傷を負わせ、ランマウの平和を踏みにじった種族。
人間なんて名乗っているが、悪い奴ほど善人を気取るものだ。
こんな奴らのせいで……。
戦争なんて大きくしてもいい事なんて何もない! 戦いの方法は偶像騎士でいいじゃないか。
ブルツサルを操作し、俺は敵に対し盾と剣を構える。
だが俺のブルツサルは、動かすたびに全身のフレームから異音が鳴り響いてくる。
あれだけ高い所から飛び降りたんだ、まともな状態じゃないだろう。
『クエリ。騎体の状況を報告しろ』
≪はい。両脚部のアブソーバーに深刻なダメージ。動力炉の出力が二割を切りました、尚も低下中。他、状況を共有化します≫
クエリから送られてくる情報は深刻なものだ。足腰がガタガタな上に、ライトタイプを顕現させたせいで動力炉が殆ど機能していない。
特に背部に設置した旧式動力炉はもう役に立たないと言っていいだろう。過負荷をかけすぎたのだ。
隣のラーゲシィも同じく状況は良く見えない。
剣を構えるラーゲシィは全身から霊子の光の粒を放出している。あれだけの距離を加速をした後だ、ハルドさんが霊化症なら、……もう助からないだろう。
だけど、ハルドさんがそうまでしてここの場所に来なきゃいけない理由は、確かに目の前にある。
司祭は俺の言葉に答えた。
「出資国として、この国の価値が目減りする事を避けるためなのです。その為の介入なのが分からないのですか?」
敵のブルツサルは両手の杖のワイヤーを、付け根部分に引き込んでいるのが見えて取れる。
相手は時間稼ぎしてるって事か?
『クエリ。ラーゲシィにアクセス。できるか?』
≪はい。ラーゲシィにアクセス…………。少し時間がかかる見込みです≫
ラーゲシィもヒェクナーと同じ発掘騎体だ。なら遠隔でクエリがアクセス出来るハズ。
今は時間を稼ぐしかない。俺は相手の話に合わせる。
「ああ、分からないね! 決闘なら勝っても負けても恨みっこなしだ。介入してややこしくしてどうするんだよ!」
「介入は必然です。力ある者は力を行使します。当然の行いです。弱者には強者の全てが力に見えるだけなのですよ? 邪神の使者よ……」
「力を示しても、生まれるのは抵抗だけだ。部外者は黙ってろ!」
「話になりませんね……」
「それはこっちのセリフだぜ……」
クエリから報告が入る。
≪ラーゲシィと接続完了≫
『パイロットと騎体の状況を教えてくれ』
≪はい。すでにパイロットは霊子崩壊を起こしています。状況確認……、完了。情報を共有します≫
クエリから情報が流れ込んでくる。
ラーゲシィはヒェクナーと同世代に霊化実験用に建造された機械生命体だ。ヒェクナーと同様に、頭部は今の技術で再作成されている。
固定武装は何もない。武器も手にもった大剣しかない状況だ。
質量を抑えるために可能な限り簡素化された設計になっていて、霊化させる事に特化しているのだ。
操縦席内をモニターで確認するとハルドさんの全身は光に包まれ、殆ど透明に近い状態だった。その表情は意識があるのか無いのかも判別できないくらい透けていた。
この様子だと操縦なんてできないだろう。
その時、重偶像騎士は杖のケーブルを巻き取り終わり、俺のブルツサルとラーゲシィに向かって両の杖をかざした。
『クソッ!! クエリ。ラーゲシィをハッキング。俺の操縦系と同期だ。こっちで操作する』
≪はい、ラーゲシィに接続。対象の非承認活動を実行。……完了しました≫
ギシギシと異音を発する俺の騎体を見て、司祭は笑い声をあげる。
「我らが神の力とは、かくも偉大なモノです……。貴方にも祝福を授けましょう。邪神の使いを倒してしまえは、私の徳も上がるというもの」
「何勝手な事言ってるんだよ。俺を倒しても出てくるのは、女の子の恨みだけだぜ?」
≪警告。ラーゲシィの防衛アルゴリズムが起動しました。制御可能時間はおよそ十五秒です。制御下においてラーゲシィの認識能力、及び運動性能を拡張します≫
『それだけあれば十分だ!』
こちらに向かって二本のワイヤーが発射される。
俺はブルツサルを操作するとラーゲシィの前に立ち、二本のワイヤーを大盾で防ぐ。
ワイヤーから伝わってくるアンチエーテルを受け、俺のブルツサルにマヒが生じてきた。だが構わない。
フレームが歪んだ状態で無理やり動かているのだ、すでに骨格の破損が進んでいる。どちらにしろ俺のブルツサルはもう動けないだろう。
その間に、俺はラーゲシィを再起動させる。
素早くヒェクナーに近づけさせると、その背に設置されている実体剣を取り出した。二騎は同型機だ、装備にも互換性がある。
ラーゲシィを操るとそのまま司祭のブルツサルに向かって突進させた。
「滅びよ! 悪魔! より私が神に近づくために、死になさい! 邪神の使いよ!」
司祭はそう叫ぶと、重偶像巨人は腰の剣を抜く。
そしてその剣は虹色の煌めきに彩られていった。
普通ならあの剣に触れただけで、偶像騎士は機能を停止してしまうだろう。
ラーゲシィは実体剣に漆黒の虚子を纏わりつかせた。これには次元寄生体を死滅させる力がある。
「そんなので神様になれれば、今頃邪神だらけだぜッ」
ハルドさん……。ゴメン。
心の中で俺は祈りを捧げる。
俺はラーゲシィのエネルギーを使い、ラーゲシィの本来の力、短距離の霊化加速を使う。
ラーゲシィを今動かしている力は、ハルドさんが魂を削って作り出した最後の命の力なのだ。
ラーゲシィは瞬時に相手の懐に踏み込むと実体剣でブルツサルの首を跳ね、体を捻り、二の太刀で腰の動力炉を貫く。
暴走はさせない、動力炉を潰してしまえばその心配もないだろう。
そのまま司祭のブルツサルは大きな音を立て倒れ込んでいった。
ラーゲシィは俺のハッキングに対抗する為、自己閉鎖モードに入っていく。倒れ込んだブルツサルの前で、再び静かに膝をついた。
司祭は生け捕りだ、この際洗いざらい吐いてもらおう。
そう思っていると倒れ込んだ騎体の中で、司祭は大声で笑いだした。
「なんだ? コイツ」
どうもこのヒューマンと言う種族は、何かがイカレている気がする。さっきの偶像巨人の連中もそうだった。
突然クエリが警告を発する。
≪ご主人様。次元寄生体の出現予兆を検出しました。顕現まで残り七百二十三≫
「バカな! 動力炉は潰したはずだッ!!」
クエリの言葉に一瞬呆然とするが、ヒューマンはゲラゲラと笑いながら言葉を続ける。
「ハーッハッハ! 邪神の使いには、神の使いをもって滅するのが道理なのです!」
そう叫ぶと王宮の上空に、巨大な塊がにじみ出るように現れ始めた。
「なんだ?! アレは……」
そう声に出してみる。
いや、俺はアレを知っている。
知っているけど、知らないふりをして、自分ではない誰かに問いかけていたいだけなのだ。
アレは……。
指揮官級の、次元寄生体だ……。
≪空間全体の霊子の乱れは、次元寄生体の顕現ポイントに収束しています≫
『クソッ。さっきの異常値はコイツを呼んでいたって訳なのかよ!』
「グフフッ……。愚かな邪神の使者よ! 私たちが何もしていないと思っていたのですか?! おぉ我らが神よ、その使者よ! 降臨ください! そして正義と愛をお示しくださいッ」
「あれが……、神の……、使者だって……?」
王宮の上空に現れ始める三十メートルほどのおぼろげな影。
俺は張り付く喉から、それだけ絞り出すのが精いっぱいだった。
◇ ◇ ◇
冗談じゃない。次元寄生体を九百匹も統括できる個体が地上に現れたら、どうなると思っているんだ……。
俺は上空を見上げながら声を荒げる。
「この国を滅ぼす気かッ?!」
それでもかまわないと言うのだろう。
キラキラと虹色に光り輝く、幾何学的な形の異形の怪物。
生身で見上げるその姿は、宇宙での時と違い、酷く禍々しく。醜悪だ。
その煌めきは、この世の生きとし生けるものを憎悪しているかのようだった。
さっきの偶像巨人の連中といいコイツといい、ヒューマンってのはまともな奴がいないのか?!
クソッ。よく考えろ、俺は生き残ってこの星まで来たんだ。
何でも使え。何でも利用して、あいつを倒すんだ。実体化の途中なら一撃だ。一撃で片が付く。まだ間に合うはずだ。
どうする? アレを倒すには、霊化してある兵装を一時的に実体化するしかないだろう。なら大量の魔力が必要だ。
周りをぐるりと見まわす。
ラーゲシィは自己閉鎖していて、もう動かせない。
ヒェクナーもまだ操作系のマヒが残っている。オルワントも同じだ。
クソッ。クエリの言うように強力な破壊兵器を作っておけばよかったのか? クソッ。後悔するな! もっと考えろ!
使えそうなのは、倒れているオリジナルのブルツサルくらいか……。
俺は足元に設置してある魔剣カーパを引き抜く。無理をさせ過ぎたのか、俺の魔剣は輝きを失っていた。
無理やりハッチをこじ開け外に出ると、オリジナルブルツサルの方へ跳躍する。
そしてリグズ王を抱えるネーマさんの元に走り寄った。
「オフス!」
「ネーマさん!」
ネーマさんはリグズ王の胸元をハンカチで押さえている。だがその周りは真っ赤に染まっていた。
ネーマさんの顔は、リグズと同じように青い顔をしていた。
「さっきから! ……治癒の魔法をかけてるんだけどッ! 血が止まらないんだ……ッ」
俺の治癒の力はナノマシンを使った長期間の治療法だ、人の体を今すぐに治す事は出来ない。
この場にリノちゃんがいれば、もしかしたら治せたのかもしれない……。
俺はネーマさんの言葉に黙って首を振る。その様子を見てネーマさんは体を震わせて涙を流した。
俺は横たわるリグズ王にそっと顔を近づける。
「リグズ王だな。なら、……ネーマさんを頼む」
俺の言葉にリグズ王は、口元で少しだけ笑う。
リグズ王の瞳はまだ強い意志を宿してる。それは死に瀕した男とは思えないほどの気迫だった。
悲しみに沈む今のネーマさんを救えるのは、リグズ王だけだろう。
「これを、持っていけ……」
リグズ王は握っていた騎士剣を俺に手渡す。
それはブルツサルの騎士剣だった。それを受け取ると黙ってうなずく。
「後で俺の傷を調べろ。後の役に立つ……」
リグズはそう言うと血を大量に吐いた。だが感傷に浸っている時間はない。
その時、背後でオルワントがのろのろと起き上がり始める。
オルワントはもう動くのか? なら、アイツが倒せるかもしれないぞ!
そう考えると俺は、素早くオリジナルのブルツサルに乗り込んだ。
「オフス! 行くんじゃないよ! 私の側にいなよッ!」
ネーマさんはリグズに覆いかぶさりながら鳴き叫ぶ。
そんなネーマさんの手をリグズはやさしく握り締めた。
「アレを何とかするのは、俺の使命みたいなもんだ」
俺はそう言うとなるべく笑顔を見せ、ブルツサルのハッチを閉める。
≪顕現まで残り五百三十秒≫
クエリの無機質な声が聞こえてくる。
操縦席の足元に騎士剣を納めると、低い動力炉の唸り声が聞こえてきた。ブルツサルは泣いているようだった。
『クエリ。騎体のチェックをしてくれ』
≪はい。現在、各部伝達系に遠隔での抑制がかけられています≫
『遠隔なら、こっちからも仕掛けられるだろ? 解除しろ! お前の大好きなハッキングだ』
≪はい。解析を実行します≫
俺は目を閉じ、ブルツサルの心に呼びかける。
オーヴェズと心を通わせた時の感覚を思い起こし、自分の心の中をさらけ出す。
「ブルツサル。少しの間でいい、俺に力を貸してくれッ。一緒にあの化け物を倒そう」
≪解析……、完了。解除します≫
クエリからの返事を受け取ると、俺は座席の宝玉を握り締め、立ち上がらせるように意思を伝える。
ブルツサルは俺に応え、ゆっくりと体を起こし始めた。
次はヒェクナーと連携しないといけない。
『マイシャ。状況はどうだ?』
マイシャのチョーカーへと通信を送ると、すぐに返事が帰って来た。
『変わりませんわ。動力は戻ってきましたけど……、他はまだですわ……』
『なら大丈夫だ』
先程立ち上がったオルワントは、のろのろと次元寄生体に背を向けると、逃げるような素振りを見せる。
「マガザ! 逃げるな!」
「ダメだ! あんな気持ち悪いバケモノが出てくるなんて! お終いだッ」
オルワントからはマガザの鳴き声のような悲鳴が聞こえてきた。
「諦めるな! 俺が何とかする!」
そう叱咤してみるが、立ち止まったオルワントからは返事とも嗚咽ともつかない声が聞こえてくる。
「泣くな! 俺の乗っていたブルツサルから魔力ケーブルを持ってこい、オリジナルのブルツサルと、ヒェクナーを繋ぐぞ!」
ブルツサルを操作し、倒れたヒェクナーを抱き起す。
「な、何をするつもりだよぉ……」
「全員助けてやる。生き残りたければ言う通りにしろ!」
とにかく魔力(霊子)が必要だ!
ブルツサルの魔剣動力炉とヒェクナーの旧式動力炉。それを繋いで閉鎖系を構築すれば大出力が生み出せるはずだ。
その膨大な魔力を使い、一瞬だけシエリーゼの虚子ライフルを実体化させる。
これでうまくいくはずだ。
俺はブルツサルに指示し、腰の装甲に指をれると、自らの装甲を引きはがす。
操縦席の真下、腰に当たる部分には魔剣動力炉が設置されている。それがあらわになった。
俺はハッチをあけ装甲に手をかけると、ブルツサルの腰辺りまで降りる。
むき出しになった動力炉の構造をよく観察する。どこかに入出力に関する魔力ケーブルがあるはずだ。
そうしている間に、マガザはオルワントを使いケーブル接続作業を始めてくれる。
≪顕現まで残り二百五十秒≫
クソッ。時間が無い!
古い騎体だからだろうか、リノのちゃんに教えてもらった動力炉の構造とは少し違うように感じる。
もう少し時間があれば分かるだろうが、今はそんな時間が無い。
作業をしていたオルワントから声がかかってくる。
「ヒェクナーの方は繋いだ……、こっちの端は、どこに繋ぐんだ?」
オルワントはケーブルの端をこちらに向けてきた。
すると、ブルツサルはゆっくりと手を動かし、動力炉の一つのケーブルを引きちぎる。
「ブルツサル?!」
そして、オルワントの差し出すケーブルに近づけた。
「こいつか? このケーブルだな!」
俺は、左手にはめた簡易エーテル形成機を起動させると、二つのケーブルに手を当て接合する。
ケーブルは熱を持っており、手のひらが焼けるが構うことは無い。
接合が終わると、俺はすぐさま操縦席に飛び移る。
『マイシャ。ヒェクナー側の制御を頼む!』
『分かりましたわッ』
通信からは、マイシャの勇ましい声が聞こえてくる。
「ブルツサル! お前の力を俺に見せてみろ!」
座席に座り俺が叫ぶと、ブルツサルも動力炉を稼働させ始める。
ブルツサルの動力炉が稼働すると、ケーブルで繋がれたヒェクナーの動力炉も稼働を始める。
すると急激に巨大な魔力(霊子)が沸き起こるのが感じられた。
『クエリ、シエリーゼの虚子ライフルを実体化させろ。実体化と同時に発射だ。命中させろ! 後はどうでもいい!』
≪はい。実行します≫
ブルツサルが片膝をつくとその肩に巨大なライフルの影が現れ始める。
「よし! これで俺たちの勝ちだッ」
それは身長三十メートルの巨人が使う巨大なライフルだ。
身長八メートルのブルツサルが抱えられるものじゃない。
ブルツサルは現れようとするライフルの影を、肩に担ぐような姿勢を取ったのだった。