十一話 黒衣の騎士②
朝日に照らされたファニエの王宮。その門前に、二騎の偶像騎士が歩み寄る。ヒェクナーとオルワントだ。
ヒェクナーの後ろに控えるオルワントが両手を天に掲げた。その手にはヒェクナーから外されたダナー家の家紋の入るマントがはためいていた。
ヒェクナーが腰の剣を抜くと、私は城門の前で声をあげる。
「愚かなる者リグズよ! 虚栄を司るブルツサルよ」
私は叫ぶ。その声は何故かかすれていた、そして涙がとめどもなく流れるのだ。
「私の名はマイシャ。愛無きを愁い、消えることのない友情を紡ぐ者、汝が友との誓いを守る者なりッ」
それは心を通わせるヒェクナーの思いなのだろうか、何故にこれ程心が打ち震えるのだろうか。
すると、王宮の一角の建物から赤黒く鈍く光る騎体が現れる。
私は叫ぶ。
「簒奪者よ。汝は王位にあたわず。ナウムへの侵攻、騎士としての不徳。公平無私の我が刃にて、その身を修め、以て敬せよ!」
相手は威圧するかのように飾られたいくつものスパイクと、厳ついフェイスガードに重厚な装甲を身にまとう。
それは紛れもなくマルデ家が所有するオリジナルのブルツサルだった。
そのブルツサルから、低い声が聞こえてくる。
「我はフォーナスタの王にして、世の平定を目指す者。万色のブルツサルを駆る者なり。人の己を知らざるを恨まず。汝、押し通して見せよ」
答えるように、ヒェクナーを操作し一歩前に出ると、剣で空を切り騎士の礼をする。
そして声の限り宣誓を行った。
「”常勝”のヒェクナーよ我らに栄光をッ! 気高きフォーナスタに祝福をッ」
「”不敗”のブルツサルよ! この剣に誓う。力と均衡を! 我らに勝利をッ」
私の声に相手が答える。
お互いに距離はまだ遠い。だがヒェクナーが構えた瞬間、ブルツサルは剣を抜き突進してくる。
大重量の重偶像騎士が踏み込みながら移動するたび、大地が大きく揺れる。
すると、ブルツサルの輪郭がぼやけ、目が霞むように多重にぶれはじめた。
私はこれがブルツサルに宿る魔力だと知っている。
”万色”のブルツサル。その魔力の本質は、色彩を操る力を持つのだ。それは光を操り虚空に像を結ぶのだ。
ブルツサルはヒェクナーの間合いの手前で二つに分裂し左右に分かれる。おそらく片方はブルツサルの作り出した幻影だろう。
そして次の瞬間、その左右のブルツサルは再度分かれた。一騎は跳躍し、一騎はそのままこちらに突撃してくる。
計四騎のブルツサルが同時にヒェクナーの眼前に迫ってくる。
踏み込む足音がしない。なら上空にいる左右のどちらかが本物のハズ。
跳躍した左右のブルツサルに気を取られた瞬間、ヒェクナーは”全部偽物”だと告げてきた。
「なんですって?!」
直感に従い何も無いヒェクナーの真正面に盾を構える。
それと同時に、もの凄い剣圧で盾が吹き飛ばされていく。大陸一の剣豪の太刀と、古強者のブルツサルの力量がなせる業だ。
見えているブルツサルはすべて囮。ブルツサルはたった一歩の踏み込みで直進してきていたのだ。騎体を背景の像で覆い、透明に見せかけていただけだったのだ。
すべての像が掻き消え、ブルツサルは剣に魔力を集中させると、必殺の一撃を振り下ろしてくる。
ギリギリで躱し、こちらも渾身の一撃を放つが難なく剣で受け止められてしまう。
だが先程までの気迫が無い、まるで先ほどの一撃に全てを賭けていたような雰囲気さえ見て取れる。
何かの罠かしら、でも黒衣の騎士の名は伊達では無いハズ。
そのまま鍔迫り合いをしていると、ブルツサルから聞きなれた声が聞こえてきた。
「やめなよッ! リグズ」
「姉さま……?」
間違いない、姉さまの声だ。
その声は、泣いているようだった。
ブルツサルに姉さまが乗っているの?
剣筋はリグズ王の物だと確信できる。なら姉さまを同乗させているだけなのだろう。
「もうやめておくれよ! 戦わなくても、もう勝負はついているんだッ」
一旦離れ剣を構え直すブルツサルからは、戦意はまだ潰えていない。だが動きにキレがなくなっているのは見て取れていた。
するとブルツサルの肩越しに、先程の建物からもう一騎の騎影が出てくるのが見える。
決闘の最中に邪魔が入るのは避けたい。慎重に間合いを測り、そちらを確認するとその騎体から声か聞こえて来た。知らない声だ。
「いいえ、まだ戦いは終わっていませんよ?」
新たに現れた騎影は、建造途中のようで、所々装甲が張られていない部分もある。
だが紛れもなくブルツサルの形をしていた。
「ブルツサルがもう一騎?」
アレはおそらく重偶像巨人だろう。
「ゴダルトか……、決闘に水を差すことは許さん」
ブルツサルからそう声が発せられると、リグズのブルツサルはヒェクナーにゆっくりと背を向け、新たに現れた騎体に向き直る。
その行動は、決闘の前にやるべき事があると告げていた。
「一時休戦ですわね。承知しましたわ」
そう言うと、私はヒェクナーを操作しブルツサルと互いに並び立つ。
偽のブルツサルは、私たち二騎に対し余裕の様子を見せていた。その両手には杖の様な物が握られている。
「我々が模倣したブルツサルと、”常勝”と誉れ高いヒェクナー、その貴重な戦闘経験をいただくまで戦いは終わりません」
ゴダルトと呼ばれた相手は不敵にそう言うと同時に、リグズのブルツサルが先に仕掛ける。
それは二騎で敵に挑む場合の定石だ。先を取る一人目が囮となり、囮に会わせて動いた敵を二人目が確実に仕留める。
一人目は、相手の太刀筋を知る者か、仕留める程の力量の無いものが務めるのだ。
おそらく今のリグズは自分を後者と悟っての行動だろう。
ヒェクナーはブルツサルの後を駆け、重偶像巨人のスキを伺う。
ブルツサルの踏み込みは凄まじい、執念と言ってもいい気迫を感じる。
ブルツサルが重偶像巨人に剣を振るう。その剣筋が間違いなく相手に届くと思った瞬間、ブルツサルは騎体を硬直させ転倒してしまった。
「何も細工をしていないなどと、まだ思っていたのですか? 騎体の制御は掌握しているのですよ。そのブルツサルはもうただの鉄クズです」
すると、戦いを見守っていたマガザのオルワントが剣を抜く。
決闘の見届けをする偶像騎士は部外者の排除を担うのだ。騎士にとっては当たり前の行為だが……。
「てめぇッ!」
「やめなさい! マガザ!」
マガザが吠え、オルワントが高く跳躍する。だめだ、制止は間に合わない。
オルワントは機動力があるけど容易に軌道が読まれやすい。しかも、手の内の分からない敵に近づくのは危険なのだ。
私はオルワントのフォローをしようと、ヒェクナーを重偶巨人へ突進させる。上手くいけば連携して倒せるかもしれない。
重偶像巨人は左の手の杖を空中のオルワントにかざすと、そこから何かが射出された。
それは錘の先に細いワイヤーが付いたような様な物だった。杖から伸びるようにワイヤーがオルワントに絡みついていく。
空中で姿勢を変えることのできないオルワントは、そのワイヤーに触れると痙攣したように体を硬直させ、着地の姿勢も取れないまま地面に叩きつけられてしまった。
「なッ?」
重偶像騎士は右手の杖をこちらにもかざすと、ヒェクナーに向かって同じようにワイヤーを射出する。
剣で受けとめるが、直感的に剣を手放す。オルワントが動かなくなったのはこのワイヤーに何か仕掛けがあるのかもしれない。
しかしヒェクナーは急速に動きを鈍らせ膝をついてしまった。
「ヒェクナー!」
呼びかけてみるが、ヒェクナーは答えない。その意識は朦朧としているかのようだった。
目の前の計器には様々なエラー表示が映し出されていく。
騎体内の魔力を制御してみると、この感覚には覚えがある。トートのブルツサルをから妖精の鱗粉の魔力を送り込まれた時と同じ感覚だ。
あの時は剣同士をぶつけあった時に取り込んでしまったが、それを目の前の重偶像騎士はワイヤーを介して送り込んでいるのだ。
霊化症ではない今の自分にはダメージは無い。
だが魔力を様々な動力としている偶像騎士はそうはいかなかった。以前と同じなら回復までしばらくかかるだろう。
「ハッハッハ。思った以上に効果があるようです。さて、古き十二宮座の重偶像騎士ヒェクナー。古の力を解明するため、バラバラにしてあげましょうッ」
「このっ!!! ふざけるのもいい加減にしなさい!」
決闘とは違い”勝てば正義”、それがだけが先に立つ戦い。トートと同じ戦いだ。
偶像騎士と心を共にする騎士と違い、力を振るう事にその責を負わない危険な考え方だ。
もしかしたら、トートの方が剣を使うだけまだ騎士らしいと言えるだろう。
「その前に、足元のゴミが邪魔ですね」
相手の視線の先には倒れたブルツサルがあった。
見るとブルツサルのハッチが開き、中からは姉さまが引きずるように、リグズを抱え外へ脱出しようとしているところだった。
「な?! 姉さま! 逃げてッ」
私の声に重偶像巨人の主、ゴルダトは狂気じみた笑い声をあげる。
狂ってる。単に力を振り回す事に喜びを覚えているかのようだ。
重偶像巨人は巨大な足を上げると、踏みつぶそうと狙いを定めた。
「やめてッ!!! 姉さま!」
私の絶叫が響くと同時に、ゴウゥンッと金属同士が衝突する音が響き渡る。
見ると重偶像巨人は足を踏み下ろす直前に、大きく体勢を崩していた。
私の声と共に突如現れたのは、重偶像騎士だった。
それはナウムで私たちの前に立ちはだかった、銀色の騎体だ。
「ラーゲシィ?!」
ラーゲシィはゴルダドの偶像巨人に大剣で切りかかるが、そのままゆっくりと膝をついてしまう。
魔力のこもっていない大剣の一撃では、重偶像巨人の装甲を破る事は出来ない。単に相手をよろけさせただけだった。
乗っているのはハルドなのかもしれない。見るとラーゲシィの銀色の騎体の各所からは光の粒がキラキラとこぼれだしている。
それは以前オフスがヒェクナーから溢れ出させた光と同じだった。過剰な魔力が内部で消費しきれずに外に漏れだしている現象だ。
ラーゲシィは動力炉の出力が出せない発掘重偶像騎士だ。
動かすためには、霊化症のエランゼがその身を削らなければいけない。
「ハルド、何てことを……」
いけない。もしラーゲシィが敵の力に触れてしまったら、ハルドは以前の私の様にボロボロになってしまうだろう。
膝をつくラーゲシィを見て、ゴダルトは歓喜の声をあげる。
「発掘重偶像騎士が二騎とは! 私は運が良い! さっそく本国に……」
「そうはいかないぜッ!!!」
突然空が陰り、低い唸り声が空に木霊する。声がする方を皆が見上げると、そこには巨大な人型が浮かんでいた。
その巨大な人型は陽炎の様に、空に溶け消えていく。
すると消えた巨人から一騎の騎体が落ちてくる。それはオフスのブルツサルだった。
「オフス!」
オフスのブルツサルは、私たちの前に地響きを立て着地すると剣を構え、大声をあげたのだ。
「決闘を汚すのは俺が許さない。海神の使い、このオフス=カーパがなッ!」