十話 夜明けの希望②
先程倒した偶像巨人の動力炉を剣で差し、完全に動力を停止させる。だが相手はまだニ十騎以上いるのだ。
いくら格下と言え、これほどの数を相手にすることはできない。
囲まれながら動力炉を狙って破壊していく事も困難だろう。
背中に背負った試作品の大型動力炉がブルツサルの弱点だ。囲まれでもしたら非常に不利になる。
囲まれないように敵を脚力で引き離し、追ってくる敵の足を一騎づつ狙っていく。足を狙えば数が減り有利に戦うことが出来るからだ。
だが、敵は減っている様子もなく、相手も攻撃の手を緩めては来ない。
「クソッ。キリが無いな」
それでも十騎程切り伏せたあたりで異変に気が付く、倒れ込んだ騎体から虹色の煌めきが立ち上り始めてきたのだ。
「なっ?! 自爆かよ! 見境の無い連中めッ」
どうする? 逃げるか?
次元寄生体を内に抱えたような連中をファニエに連れ込む事なんてできない。何しろ魂を食い散らかす時限爆弾を抱えているような連中だ。
ここで始末するしかない。もし次元寄生体がここで顕現したら一体どの程度の被害が出るのかさえ分からないのだ。
そんな時、ふとある事を思いつく。
『クエリ。ブルツサルの動力炉を全開にして”ライトタイプ”全体を顕現できないか? こいつらを黙らせる時間だけ実体化できればいい』
魔力と呼ばれるものは、俺の知る霊子と同義でもある。
そして偶像騎士の動力炉が発する魔力も、霊子と同じなのだ。
俺は宇宙での兵装をまだ数多く霊化した状態で所持している。ただそれらは、あまりにも巨大だ。
丸々全部を実体化すると言う考えしか持っていなかった。
でも霊化術をヒントに兵装を一部だけ、もしくは短時間だけ実体化出来るのなら、このピンチを切り抜けられるかもしれない。
≪はい。可能です。しかし出力が弱く、実体化には停止状態から一分ほどかかる見込みです≫
そんなにブルツサルを止めてなんていられない。かといって、邪魔な偶像巨人を個別に撃破していたのでは時間がかかる。
立ち止まってライトタイプを実体化なんてしていたら、ブルツサルは弱い装甲の隙間からバラバラにされてしまうだろう。
「ここまでかよッ」
こんなピンチの時は、相棒に頼ってみる。
『クエリは神様って信じるか?』
クエリは言われたことしかできない。
≪はい。霊子サーバとして存在しています≫
『そうじゃないよ。困ったときに助けてくれる俺だけの神様だ』
だけど、クエリはピンチの時は俺の側にいて、いつもで俺の話を聞いてくれた。
ピンチは切り開けないが、それでも俺にとっては無くてはならない相棒だ。
≪いいえ。神と呼ばれる霊子サーバは意識を持つ霊子の集合体に過ぎず、我々の存在は確率の平均値に過ぎません≫
『俺の相棒にしては、つまらない答えだね』
≪はい。では次回をご期待ください≫
俺は少しだけがっかりする。だけど感傷に浸っている暇もない。
襲ってくる手近な敵を切り伏せる。すると倒れた敵も虹色の煌めきを発し始めてきた。
『次があればね、期待しておくよ……』
周りには、ニ十近い倒れた機体が同様にきらめきを発している。
いつの間にか残りの稼働している偶像騎士が、俺の退路に回り込んでいた。
どう見ても次回がある様には見えないよな。
『クエリ! とりあえず被害が最小になる様に、残りの偶像巨人を一か所に集めるぞ』
≪いいえ。ご主人様。そのまま右へ進んでください≫
「キィーン」
耳鳴りだ、ここはどうすりゃいいんだ?
『右?! 神様でもいるっていうのか?』
≪はい。信じてください≫
迷わず俺は、残り十騎ほどの偶像巨人を引き連れ、右へと進路を取る。
すると、前方の森から複数の大きな地響きが聞こえてきた。偶像巨人の足音だ。
クソッ! 挟まれたか?!
そう思ったが、飛び出してきたのは意外なモノだった。
「でりゃぁぁぁぁぁッ!」
甲高い掛け声とともに飛び出してきたのは……。
「なっ?! オーヴェズか?!」
明け方の闇に紛れる濃紺の装甲。聞き覚えのある咆哮。
それは勇ましく剣を構える雷鳴のオーヴェスだった。
そのままオーヴェズは、俺の後ろに飛びかかろうとしていた偶像巨人を剣で刺し貫く。
「アイリュ!」
「大丈夫?! オフスが大変だって、クエリちゃんから聞いたの!」
「何でここに?! いや、助かったぜアイリュッ」
偶像騎士のオーヴェズ一騎が来たところで、状況はどうにもならないのかもしれない。
ただ目の前の雷鳴のオーヴェズという存在は、俺にとってとても大きなものに見えたのだ。
「えへへ。それほどでも、ないかな?」
オーヴェズが後ろを振り向く。
「みんなもいるよ!」
オーヴェズの後に続いて森から駆けだしてくるのは十五騎の学生騎士の偶像騎士だった。
アイリュの側で一番偉そうにしているのは、たしかラクトナントカという奴だったはず。
「クエリ。俺はたった今神様を信じたぜ? お前も信じてみろよ!」
≪はい。そう考えていました≫
ブルツサルを追いかけて来た偶像巨人が横陣で整列する学生騎士の偶像騎士とぶつかり始めた。
両騎が戦うが、動きは意志の宿る偶像騎士のほうが幾分か良い。
よし! これなら状況を挽回できる。
「アイリュ! 目の前の奴らはヒューマンだ! ちょっとだけ時間を稼いでくれ!」
「ヒューマン?!! そ、それでオフスは何するの!?」
「俺は遥か星の彼方からやってきた海神の使いだぜ? 今、それを見せてやるッ」
俺はブルツサルを後退させると膝をつかせ、二つの動力炉を全力稼働させ始めた。
ブルツサルの周りには、カーパの魔剣に宿る風の魔力が巻き起こり、動力炉の出力は簡単に魔力貯蓄炉容量を越える。
その間にも周りの学生騎士たちは、目の前の偶像巨人と一進一退の攻防を繰り広げている。
ヒューマンの偶像巨人は死を恐れず。学生騎士の偶像騎士は勇猛そのものだった。
『クエリ、魔力を逐次変換だ。実体化したら操縦系はブルツサルとリンクさせろ』
≪はい。実体化まで残り五十秒≫
ブルツサルの傍らには、膝をつくようなぼやけたシルエットが、明け方の闇からにじみ出るように現れてきた。
膝をついたその姿はあまりに巨大だ。その状態でも重偶像騎士の倍以上の高さがあるのだ。
「さぁ! 俺の本領発揮だ! クエリッ!!!」
空間が切り取られるように、ぼやけたシルエットが実体を帯びる。
”ライトタイプ”。それは俺が宇宙での切り札として建造したシエリーゼの廉価版だ。
装甲を削ぎ落し、フレームも簡素化したほとんど基礎構造だけの存在。ただし、内部武装は同等の火力が出せる。
「よし! 起動させろッ! 」
朝日と共に現れた。巨大な、巨大な人型。
その巨体が朝日に照らされ異様な駆動音を響かせる。それはまさに巨人の咆哮だった。
ブルツサルが立ち上がるのと当時に、その巨人も動きをなぞる様にゆっくりと立ち上がる。
その姿は全高三十メートルほど。立ち上がったブルツサルは巨人の膝丈しかない。
おおよそ、この大地のどの重偶像騎士よりもその存在は大きいだろう。
俺の乗るブルツサルが片手を前に出すと、その巨人も手を前に出す。
そして次の瞬間。
巨人の全身から無数の小口径の虚子レーザーが発射される。
それは朝焼けに降り注ぐ無数の黒い雨だった。
学生の偶像騎士を転倒させ、止めを刺そうとする偶像巨人に向けて。
学生の偶像騎士に倒され、動力炉を暴走させ始める偶像巨人に向けて。
地面に転がり、今まさに次元寄生体を生み出そうとする偶像巨人に向けて、それらは降り注いでいく。
粉々に、何度も何度も叩きつけるように黒い雨は周囲を粉砕していった。
そして次元寄生体に蝕まれ始めていた偶像巨人の騎体は瞬く間に黒いチリとなって消えて行くのだった。
数呼吸の間に戦場は一変していた、周りは学生騎士の偶像騎士だけを残し、動くものはまったく無かった。
学生騎士が見上げる朝日に照らされた巨大な異形の人型は、まさに人智の及ばない存在のようだった。
それは神々しさとも禍々しさともつかない異様な雰囲気を放っているようにも思える。
学生の偶像騎士たちはライトタイプを仰ぐと、ゆっくりと片膝をつきその頭を垂れる。
オーヴェズからアイリュの声が聞こえてきた。
「オフス……。その巨大なのは、偶像騎士の神様なの?」
「ああ、とても古い偶像騎士の神様なのかもな」
俺は実体化を解除しようとするが、ライトタイプの超高感度センサーが異常な霊子の移動を検知したのを感じる。
「なんだ? これは」
それは実体化と霊化を繰り返し高速で移動しているのだ。
捨てておけない状況なので情報を詳細に確認していく。移動しているルートは俺達とほぼ同じナウム方面から王都ファニエに向かうルートだ。
さらに解析を進めるとそれは霊化した重偶像騎士だと言うのが分かる。形状を確認するとそれはラーゲシィだった。
そうか! ラーゲシィの転移は、霊化を使った短距離高速移動なのか。
いや、まずいぞ? あんな使い方を発掘重偶像騎士でしたら操縦者がもたない……。
発掘品の動力炉は惑星防衛機構の影響で殆ど出力が出ないのだ。
そして、霊化症のエランゼは、文字通り自分の身を削る事によって魔力を捻出することが出来る。
操縦者は恐らくハルドさんだろう。
王都へ向かうつもりか……。
そう思っている間にも、ラーゲシィが高速で移動していくのが分かる。
「アイリュ! 俺は先に行く! アイリュも王都へ向かえ!」
「ちょ、ちょっと。オフス!」
俺はライトタイプを操作し、ブルツサルを抱え込んだ。
そして巨人は重力に逆らうようにゆっくりと浮上しだした。
『クエリ。五分もあれば、このままファニエまで行けるか?』
≪はい。ですが実体化が維持できません、質量が大きすぎます≫
『なんとか持たせるんだよ! ブルツサルの動力炉なんて壊れたっていいッ』
≪はい。では、神を信じてください≫
『いい答えだ。クエリ! 行くぞ!』
次の瞬間、滑り出すように巨大な人型は空中を移動し始める。
そして王都ファニエに向け急速に加速していくのであった。
◇ ◇ ◇
私はオフスに言われた通り、明け方にあわせてお友達を呼ぶ。
お友達はいつも私を見ているし、私もいつもお友達の側にいるのだ。
お友達は朝日と共にやってきた、大きな翼をもつ巨大な聖鳥”空駆ける風”だ。
ヒェクナーのハッチが開き、ヒェクナーは私をその大きな手のひらに乗せてくれた。
「リーヴィルさん、姉さまを頼みますわ」
「ん。まかせて」
私はそう言うとヒェクナーの頭によじ登る。
お友達はヒェクナーのすぐ頭上をかすめて飛ぶと、その足に私をしっかりと捕まえてくれた。
正直言うと、こうして風を感じる方がずっといい。偶像騎士のお腹の中にいるのは揺れすぎて私には耐えられなかったのだ。
”空駆ける風”は足で捕まえていた私を空中高く放り投げると、翼をたたんで失速し、私をその背に乗せ直してくれる。
お友達の背に乗り、空から見る朝日はとてもきれいだ。今日一日が始まるのだ。
私はジケロスの祈りを一日の始まりに捧げる。
アイノスさんは言うのだ。その日一日の始まり全てに感謝できなければ、その罪は自分の中にあるのだと。
遠い昔、お父さんやお母さんにも聞かされていたような気がする。これはジケロスにとって、とても大切な祈りなのだ。
進路を王都へと向けると、私は目を閉じ自分の心の耳に意識を向ける。
それは自分の内側ではなく、外側にある。
探すのはネーマさんだ。オフスの側にいるときネーマさんはずっと心の中で涙を流していた、彼女は深く傷ついた大鷲だ。
いくつもの人の心の声、そんな声の中から、砂浜から一粒の砂を救い上げようとするように、注意深く心を研ぎ澄ます。
探すのは気高い魂だ。深く傷つき今にも消えてしまいそうな、寄る辺ない魂だ。
「いる。ネーマさんだ……」
目を開く、私が見つめるのは王宮の右端に建つ高い塔の上からだった。
そこから、聞こえてくるのだ、疲れ果てたネーマさんの嘆きが。
私は、お友達にお願いするとその方向へ針路をとってもらう。
すぐ近くまで飛んでいくと、王宮の城壁や庭から騒がしい声が聞こえてくる。
その人たちは、人里には決して現れるハズの無い”お友達”が、王都の王宮に現れている事に驚いているのだ。
何を驚いているんだろう、”お友達”はいつもみんなの側にいる。ジケロス以外の人には、それに気が付いていないだけなのだ。
そんな私たちに関心を寄せる心の中に、ざわつく危険な心が混じっていた。
王宮の一角の窓からこちらを見上げているその心の持ち主は、顔に大きな傷のある、騎士風のヒューマン。
それは忘れたくても、忘れられない、私にひどい事をしていたヒューマンの一人だ。
思わず髪の毛が逆立つ。息が止まり冷たい汗が流れ、全身が震えてくる。
すると”お友達”が鋭く嘶いて、私の心を恐怖から引き離してくれた。
そうだ、今の私にはやる事があるのだ。
ヒューマンに捕まっていた時感じていた、諦めと言う名の底なし沼から、私の心を救ってくれた”お友達”とオフス。
その二人に感謝の気持ちを込めると、さらにネーマさんのいる塔へと近づいて行く。
塔のすぐそばまで来ると、オフスから貰った”筒”を腰から外して握り締めた。
タイミングを合わせ”お友達”が塔の真上を通る瞬間に飛び降りる。
上手く塔の出窓付近に転げ落ちる。すると”お友達”は再度上空に舞い上がって行ってしまった。
早くしよう。彼が次に舞い戻ってくるまでにネーマさんを連れ出さないといけない。
窓を見ると鉄格子がはまっていて開きそうになかった。
筒を握り締めると、オフスが使っていた時のように光の塊が出来上がった。でもそれは親指位の長さしかない。
光を鉄格子に近づけていくと、何の抵抗もなく鉄格子は切断されていってしまう。
格子に切れ目を入れて少し指先でつつくと、それは内側に音を立てて落ちて行ってしまった。
私は窓から顔のぞかせる。
「ネーマさん……、きちゃった」
声をかけると、薄暗い部屋の中から声が聞こえてくる。
「……もしかして、リーヴィルちゃんかい?」
「ん。そう」
私は窓から体を中に滑り込ませる。
声は、毛布にくるまり疲れたようにベッドに横たわるネーマさんからだった。
「オフス君に言われてきたんだね」
「ん。そう」
しかしネーマさんは気だるそうに毛布にくるまり動く気配がない。
「早く……、行くよ?」
ネーマさんは諦めているのかもしれない。
でもそれは違うのだ。心で会話できない種族はかわいそうだと思う。
体験しきれない程、色々な出来事で世界はあふれているのだ。
「オフスは、ネーマさんをずっと待ってる。ネーマさんの待ってる人はネーマさんを待ってるの?」
「わ、私は……」
私は言葉が難しい。
私は私の知っている言葉でしか、世界を表現できないのだ。
「ネーマさんはネーマさん自身になる責任があるの。オフスはネーマさんが求めるたくさんの驚きを与えてくれるよ」
「私が私になる責任があるって? そんなの当たり前じゃないか。私の主人は私だけだよッ!」
「ん。それは違うよ」
心を閉ざしてしまいそうになるネーマさんに対して、一生懸命言葉を探す。
自分の知る言葉をなんとか探し出すと。それを自分なりに必死につなぎ合わせた。
「”今”が”ネーマ”さんの主人になるか、”ネーマ”さんが”今”の主人になるか。だよ。そして自分の主人はいつも一人だけなんだ」
「はぁッ。はぁあッ。ぁ、ぁぁ。う、ううっ……、ううっ」
私の言いたいことが分かってくれたのか、気高い魂は涙を流す。
涙は傷ついた心を癒してくれるのだ。言葉だけじゃ気持ちは表せないのだ。
「いこう、嵐にもまれ、傷ついた鳥は大きな木陰で休むんだ。沢山の姉妹が待ってる。より身近に、すべてを感じ取りに行こうよ」
しばらくの沈黙の後、ネーマさんはベッドから身を起こすと言葉を発する。
「……わ、私は行けないよ」
だけど彼女の傷ついた魂は、その本来の気高さを少しだけ取り戻していた。
「ありがとう、リーヴィルちゃん。ちょっと用事を思い出したんだ。……すぐ済ませてくる」
「ん。わかった。きっと辛いよ。でもオフスが待ってる。いつでもきて」
私はそう言うと窓に戻り、すぐに塔の窓から飛び降りる。そんな私を”お友達”は再度捕まえてくれたのだ。
私は”お友達”と一緒に塔から離れていく。この場所での私の役割は終わったのだ。
でも感じる。オフスが結んでいる運命の先は、きっとこの先にあるのだと、そう確かに感じるのだった。