九話 騎士①
丘から身を乗り出し、望遠鏡を覗くと目の前に大きな河川が広がる。
目の前に広がるミシューク河は王都近郊を潤している。都の繁栄を約束する恵みの河だ。
ここを越えれば、王都は目と鼻の先になるのだが、騎士の街道を繋ぐ大橋は、あろうことかフォーナスタの騎士団によって落とされているのだ。
事前に飛竜で連絡が行っていたのだろう。
対岸には王都の衛星都市、城塞都市グレンポートの城壁が見える。その前には護衛だろうか、見た感じ偶像騎士が十騎ほど見える。
もしかしたら偽装した偶像巨人かもしれないが、ちょっとここからじゃ分からない。
城壁の上には生身の兵士もそれなりの数が見られた。中には魔法の杖を持つ者もいる。
ここで立ち止まっていては、間違いなく背後から挟撃されるな。
俺は望遠鏡をたたむと、急な斜面を滑り降りながら下で作業しているリーヴィルとマイシャ、マガザに声をかける。
「ここをなんとか越えれば、明日の午前中には王都ファニエなんだけどな」
俺達は偶像騎士を近くの丘に潜ませブルツサルとヒェクナーを魔力伝達ケーブルでつなぐ作業をしていた。
この河を越えるにはブルツサルの大出力をヒェクナーに送り込み、使われていない機能を引き出すしかない。
上空を見上げると、幾つもの飛竜が俺たちの頭上を旋回しているのが見えた。
まぁ、あそこから魔法を撃ち込まれないだけマシか。
「外の様子はどうですの?」
「兵隊や魔法使いが沢山に、偶像騎士が十騎だ。望遠鏡越しにピリピリしてる感じが伝わってくる」
「王のおひざ元に近くなりますからね。意識が地方とは違いますわ」
俺はおどけて言ってみるが、マイシャはかなり緊張してるようだ。
ちょっとだけ話題を変えてみるか?
「なぁ、小さな街や村は別として。ここら辺の都市はみなナウムみたいに城壁があるんだな」
「野党などには有効なのですわ、城壁は市民の財産を守るためにありますのよ。偶像騎士もですけれどね」
「大昔は町や村にも偶像騎士があったと聞くぞ」
作業していたマガザも会話に加わってくる。
「烈女フォーナが戦場を駆けた建国時代。そう言った都市国家が乱立していたのですわ。城壁はその名残ですわね」
人は城壁の中で暮らして、周囲を偶像騎士と騎士が守ってきていたのか。
なるほど、これなら偶像騎士が特別視されるのが良く分かるな。
場が和んできたところでさっそく作戦確認だ。
「なぁマガザ。オルワントはあの距離を跳躍できるのか? 結構川幅は広いぜ?」
先程聞かされていたが、俺はオルワントの性能に半信半疑だ。
「あのくらいなら平気だ。今は飛竜があるけどよ、すげぇ昔はオルワントが伝令としてフォーナスタを駆けていたんだぞ? 俺もフォーナスタの地理は親父に叩き込まれてる。失敗なんかしやしねぇよ」
「じゃあ、ブルツサルとヒェクナーが河を越えられれば問題ないな」
マガザが抱えるケーブルをリーヴィルが留め金で止めて、作業は完了だ。
「ホントにこんな線一本で、ヒェクナーが河を渡れるようになるのかよ」
「問題ないぜ? 多分な」
笑いながら言うと、マガザは顔をしかめる。
「不安な言い方だな」
「平気さ、これからそれを試すんだからな」
「余計不安になってきたぞ?」
俺はひらひらと手を振って大丈夫だとアピールする。
ヒェクナーの両足には反重力波発生装置があるのだ。ただ、ヒェクナー単体では連続稼働が出来ない。
普段のヒェクナーには宝の持ち腐れだが、必要な量の魔力(霊子)を供給してやれば十分に稼働してくれるはずだ。
ふと見ると、マイシャがボーっとした様子でヒェクナーを見つめている。
「マイシャ。どうした? 気を抜くなよ?」
「え? ええ。少し昔話を聞かされていましたわ。ヒェクナーに」
「ん?」
「ヒェクナーの昔話ですわ。父王と騎士リグズの昔話」
ヒェクナーと心で会話していたのか。
オーヴェズもそうだったけど、偶像騎士って結構おしゃべりなんだよなぁ。
「二人は約束をしていたのですわ、王亡き後のフォーナスタの平和を」
フォーナスタの平和か……、俺も平和が一番だと思う。
「それが果たされていれば、俺達はここにいないのかもしれないな」
そう言って、俺はヒェクナーを見上げる。
「そろそろ王都ファニエに近いぞ? 気合は十分か? ヒェクナー」
クォォォン……。
俺を見るとヒェクナーは微かに動力炉を震わせる。
すると俺の心に複雑な感情が沸き起こる、ヒェクナーから何かが伝わってくるような感覚だ。
「なぁ、何て言ってるんだ?」
「複数の意味が込められていて難解ですわね……」
「マイシャでも分からないのか?」
「感覚的では分かりますけれども……。偶像騎士の”声”は言葉と言うより感情に近いのですわ。普段は声じゃ会話しませんもの」
そう言ってマイシャは魔剣を握り締める。
隣のマガザは腕を組みながら胸を張り、威張ったような口調で言う。
「戦いの為の怒り、とかそんなニュアンスだな!」
「なるほど分からん」
すると、リーヴィルが小さく声を出す。
「ん。大丈夫だよ。感じられるよ? 歌っているんだ」
「分かるのか? リーヴィル。何て言ってるんだ?」
慣れないマガザに内気になっているのか、いつものリーヴィルに比べ大人しめだ。
俺はリーヴィルの肩を持つと優しくさする。
すると、リーヴィルは歌うように語り出す。
「……古き友よ。ブルツサルよ。汝は悲しみを繰り返し、傲慢な人々に嘲笑されし者。汝は友との誓いを守る者なり。ならば今、ここにひとたび、剣を交えん」
「戦って勝負って事か? いいぜ? 正々堂々と勝負だ」
すると、マイシャも顔をほころばせる。さっきまでの緊張なんて無かったかのようだ。
「ヒェクナー。私も戦いますわ。ナウムの人々の為に、フォーナスタの為に、亡き父王の為に、そしてヒェクナーが友と呼ぶブルツサルの為にね」
準備が整ったところで、俺達は各騎体に乗り込む。
すると、静かに雄叫びをあげるように、ヒェクナーとオルワントが吠えるのだ。
それを聞いて、マイシャとマガザは笑いだす。
「なんだ?」
「想いがある限り、お前は決して負ける事は無いだろう、ですって」
「求める旅路は始まったばかりだ、初陣は勝利にて飾ろう。だとさ」
「なんだよ、羨ましいぜ」
そう言うと、複座に座っていたリーヴィルが囁く。
「ん。オフス? 安心して、みんながついてるよ」
そう、ヒェクナーもオルワントも俺を見ていたのだ。
「こりゃ、負ける気がしないな!」
ヒェクナーはしゃがみ込み、その背にブルツサルが足をかけ、背負われた状態になる。
俺はブルツサルの魔力を最大まで引き上げる。動力炉試験機としての本領発揮だ。
「行くぜ? マイシャ」
「いつでもいいですわよ。しっかり捕まってなさい」
ケーブルを経由してヒェクナーへ魔力を大量に送り込むと、脚部に搭載されている反重力波発生装置が活性化する。
この状態で地面を蹴れば、大きく跳躍が可能だ。
「マガザ! 遅れるなよ?!」
「おうよ!」
俺たちは、大地を蹴ると丘から飛び出し大きく跳躍する。
ヒェクナーの真下では河面の水が大きく煌めき、しぶきをあげていた。
対岸に着地すると、素早くケーブルを切り離す。
その瞬間、城壁から弩弓や魔術師たちの炎の魔法が飛来してくる。
その間に割り込むようにオルワントが着地し、俺達を庇うように大盾で防いでくれた。
素早くヒェクナーの背からブルツサルが下りると、三騎とも一目散にその場から撤退する。
後ろから喧騒が聞こえてくるが構うことは無い。
俺たちの目標はあくまでも、王都ファニエなのだ。
◇ ◇ ◇
オーヴェズでフォーナスタの入ってから、一日がたっていた。
夜は流石に移動できないけど、それでも私は移動できる限り先に進む。
私の後ろには、少し遅れて学生騎士の偶像騎士がついて来ていた。
だけど私の速度にあまりついて来れてないみたい。
決心するのが遅かったのかもしれない。
オフスの後をついて行くって自分では分かっていたはずなのに。でもそれは後悔していない。
もしかしたら、オフスがいなくなってしまって、私の思いが伝えられなくなってしまうかもしれない。それが一番怖かった。
でも一歩一歩踏み出すオーヴェズの疾走がオフスに近づいている証なのだ。
だから今の私には何も怖い事なんて、きっと無いのだ。
操縦パネルにお気に入りのリボンで括り付けておいたクエリちゃんが、オーヴェズの疾走に合わせ激しく揺れている。
そんなクエリちゃんが唐突に口を開いた。
「アイリュ。前方に機影を認めます」
「敵なの?! クエリちゃん」
距離が離れていてオフスとは繋がっていなくても、クエリちゃんはとっても優秀だ。
「はい。味方が当該エリアに存在する可能性は、限りなくゼロとなります」
やっぱ味方じゃないよね。でも敵って訳でもなさそうなのかな?
速度を落とさずに操縦席のパネルを確認する。
そこには、重偶像騎士と見られる騎体と十騎ほどの偶像騎士が映し出されていた。
重偶像騎士の両脇には偶像騎士が控えていて、大きくはためく戦旗を携えている。
なんだかすごい騎士っぽい感じ!
「あれは……。よく分からないけど、フォーナスタの騎士なのかな? クエリちゃん分かる?」
「回答不能です。当該データを参照できません」
「どうしよう……。重偶像騎士もいるのか……」
逃げて回り込んだほうがいいのかな? でもそんなことしたら、追ってくるだろうし。なによりオフスに会うのが遅れちゃう!
すると心の中へオーヴェズが囁きかけてくる。
”あれはヒュイーク領のメッシャーだ。雷を使う”
オーヴェズと触れ合った私の心は、なんだか懐かしさで一杯になってきた。
きっとオーヴェズの知り合いなんだ。お兄ちゃんは中央の騎士団に所属してたんだしね!
思い切って私は街道を封鎖している重偶像騎士の前まで歩みを進める。
眼前までせまるとオーヴェズを止め名乗りをあげた。
「私はイーブレ村ガナドーの子アイリュ。雷鳴のオーヴェズを駆る者よ!!」
目の前まで来ると一番偉そうな相手の重偶像騎士が一歩前に進み出る。
紫色の塗装を施した、美麗な甲冑に身を固めた重偶像騎士だ。
「その騎体がオーヴェズだと? ナウムで噂のオーヴェズの乙女か」
紫の騎体メッシャーから男の人の声が響いてくる。
なんだか馬鹿にしているような声かも。なんだか変な感じ。
でも負けてられない! ここを通らなくっちゃ!
「そうよ! ここを通してちょうだい!」
「フンッ。オーヴェズは再び立ち上がることは無い。大方オーヴェズの名声を借りただけの事だろう」
「なんですって?! もうッ! あったまにきた! お兄ちゃんのオーヴェズをニセモノ扱いするの?!」
反射的にオーヴェズの剣を抜く。
同時にオーヴェズの肩にかけられたベルトの留め金を外すと、背中から大盾がドスンッと地面に落ちる。
それを拾い上げると左手に持ち構えた。鎧と同じで、オフスが作ってくれたよく分からない材質の剣と盾だ。
オーヴェズは静かに吠えていた。
オーヴェズに乗っている私には分かる。オーヴェズはこのメッシャーと最初からやりあう気なのだ。
「決闘を申し込むわ。私はこの道を先に進む事を望みます」
それは私の言葉でもあったが、オーヴェズの言葉でもあった。
剣を突き出すと、メッシャーの雰囲気が何故だか幾分和らいだ気がしてくる。
「ん? イーブレ村、ガナドーの子か……。ならばエスクスの妹というのか?」
「そう言ってるでしょ!」
メッシャーからは大きな笑い声が響いてくる。
なによ! もう! オーヴェズはお兄ちゃんの偶像騎士でとっても強いんだからね!
そんな風に思っていると、後ろから複数の偶像騎士の足音が聞こえてきた。
振り向かなくても分かる。学生騎士のみんなだ。
「ならば問おう! 何ゆえにか?」
一瞬何を聞かれたか分からなかった。『問い』と言われたその言葉は、私には真実だったからだ。
迷いなく真っすぐに自分の気持ちを相手にぶつける。
「好きな人の元へ駆けつけるために。私はその人の力になれるように、この道を進みます!」
「なるほど、エスクスの妹らしい。しかし、その道は遥か彼方にある。私に挑むと言う事は、ここで破れるのですからね」
「いいえ、すぐそこです。思ってさえいれば、遠いなんて事はこれっぽっちも無いわ!」
「愛ゆえの理か……」
メッシャーの後ろに控える部下の偶像騎士が、一歩前に出てくる。
「相手は不届き者ですぞ?」
「そうです。オーヴェズならば尚更。戦ってはなりません」
「偶像騎士相手に本気を出したとあっては、メッシャーの名に傷がつきます」
諫める声が次々と聞こえてくる。
メッシャーの控えていた偶像騎士が続々と前に出ようとしていた。
その様子を見ていた学生騎士たちもオーヴェズを守ろうと前に出かかる。
「アイリュさん、無茶です! もう少し待てば援軍も来ます!」
そう言う学生騎士は、たしか私の側に付きまとうラクトダイソとか言う人だったはず。
だがメッシャーはその場を一喝した。
「静まれ! オーヴェズは、かのクリーヴァを打ち破りし剛の者だ。メッシャーの相手に相応しい!」
そう言うと、メッシャーは傍らの偶像騎士が携えるランスをつかみ取った。
「その決闘お受けしよう。私の名はラダン。ヒュイークの領主にして”紫電”のメッシャーを駆る者。ここから先は通すことは出来ません。オーヴェズの乙女よ」
傍らの偶像騎士がメッシャーに携えていた大楯を装備するように差し出す。
「盾は不要だ。一太刀で決着がつく。立ち合いはここにいる者全員だ。それで良いな?」
ランスを持ちオーヴェズに向き直ると、メッシャーから大きな怒気が発せられた。
ガルラド将軍と対峙した時に感じたプレッシャーと同じだ。だけどそれを乗り越えられる強さが、今の私にはある。
不安になると、小さく呟く言葉がある。
「オフス……」
それは魔法の言葉だ。
私に疲れを忘れさせて、無限の力が湧きだしてきて、どんな困難も跳ね飛ばしてしまうような。大きな魔法の言葉だ。
そしてそんな私に答え、オーヴェズが大きく吠える。
そして、左手に持っていた盾を捨てると、オーヴェズは剣を両手で構え直した。
私の後ろでは盾を捨てたオーヴェズの姿に学生騎士たちがどよめきだしていた。
盾を捨てるのは危険だ。それは分かっている。しかも相手はオーヴェズより二回り大きい重偶像騎士なのだ。
でも、オーヴェズも私も負ける気なんてない。
空気が一瞬だけズレるような感覚が私の心の中に走る。
それが戦闘の合図だった。
「真にオーヴェズを駆る者ならば、受けてみるがいい! 我が一撃をッ!」
真っすぐにメッシャーは突進してくる。周囲には紫色の雷の塊のようなきらめきが空間に漂い始めていた。
「アイリュ。空間全体に電荷の異常が検出されています」
「クエリちゃん。ちょっと黙ってて!」
すごい魔力だ! 紫電の一つ一つが私を真っ黒こげにする力を秘めている。
でも感じる。オーヴェズは知っているのだ、この技の正体を。
オーヴェズと一体になり、鋭く、剣を構え踏み込む。欠けた右耳がチリチリと痛みを訴えてきた。
自分の中のありったけの魔力を絞り出すと、力強く叫ぶ!
「でやぁぁぁぁッ!!」
メッシャーは紫電を無数に放ち、ランスで突きを放つ。
オーヴェズは剣を上段に振りかぶると、その剣にメッシャーが放った全ての雷が、吸い込まれるように落ちていった。
同時に物凄い雷鳴が周囲に響き渡り地面が鳴動する。交差する二騎を落雷の高熱で生じた霧が包み込んだ。
霧が晴れると紫電を放ち白熱した剣を持つオーヴェズが、メッシャーのランスを叩き折り、その喉元に剣を突き付けていたのだ。
すると後ろから学生騎士の大歓声があがる。
「「「ウォォォォォォォォオオ!!!!」」」
メッシャーが首を垂れるように膝をつき、ハッチが開いた。
「お見事です……」
中から貴族の服を着た男性が現れてくる。その人は線の細い女性の様な顔立ちをしていて、明るい茶髪をなびかせていた。
「……お行きなさい、貴女に天空の神パシフィスの加護があらんことを」
そう告げると、騎士の礼を私に返してくる。
「ありがとう、ラダンさん! 私! いってきます!」
私はそう言うと、盾をオーヴェズに背負い直させた。
剣はまだ熱を持っていて危ないので、鞘に入れずに手にもったままその場を通り抜ける。
はやくこの先にいるオフスと合流しなくちゃいけない。
一分一秒でも彼の側にいたい。こんな所で時間を取られているわけにはいかないのだ。
◇ ◇ ◇
オーヴェズに続き学生騎士の偶像騎士が通り抜けようとする。
ラダン配下の偶像騎士が防ごうとするが、それをメッシャーは手で制した。
「通してやりなさい」
「しかし……」
そう言いかける部下をラダンはたしなめる。
「乗っている偶像巨人のように、心無い騎士などと揶揄されてしまいますよ?」
そう言われ、無言になる部下たち。
前の大戦で偶像騎士のほとんどが失われてしまった。
中央から密かに支給される偶像巨人を代用としているが、これはまがい物に他ならない。
偶像騎士と心を通させなければ、騎士は成長しないのだ。
その事実にラダンは小さくため息をつく。
振り返れば、もうオーヴェズははるか遠くを疾走している。
「これで二勝三敗ですね……。フフッ。ようやく決着がつきました」
外装は大きく変わっているが、それはまぎれもなくラダンの知る全盛期のオーヴェズだ。
「剣筋から、技までお前にそっくりじゃないか」
そう言いながらメッシャーにもたれかかると、何か懐かしむように、ラダンはオーヴェズの消えて行った方向を見守るのだった。