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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
一章 シエリーゼ (帰還編)
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九話 見上げる空

「一人じゃないよ……」



「私はここにいるよ」 


 

 私は幼子をあやす様に天に向かって一人語りかけた。

 あの慟哭はきっと自分自身を滅ぼしてしまうに違いない。

 今、私はそれを受け止めることはできないけれど、きっと気づいてくれるはず。




 ◇ ◇ ◇




 僅かに香る春を告げる風は、鳥の囀りと共に訪れていた。



  ヒュリヒヨヨ、ヒヒヨ、ヒュリヒュリ、ヒヨヨ



 春の鳥ヒネギスの囀りだ。

 空を見上げると、いつもの眩い光が差してくる。

 私はこの光景が好きだ。

 遠い雲の先には”天の橋”と呼ばれる、東西をまたぐ細い筋状のアーチが見える。

 神官が言うには大昔の言葉で”オービタルリング”と言うのだそうだ。

 そのさらに天空には、昼間でも虹色にキラキラと輝く微かな無数の点が見られる。

 そよぐ風が、私の金色の髪をほどいていく。



「姫様。家臣一同参列致しました。間もなく朝議の頃となります」



 側に控える大柄で小太りな男は、恭しく身を屈め、私の返事を待つ。



「ありがとう。それでは参りましょう」



 私は頭を垂れている先ほどの男”グーラ”にそう答えると、ドレスの裾をつまみ家臣の集まる大会議の間に歩を進めた。




 ◇ ◇ ◇




 石造りの廊下を歩きながら考えてみる。

 神がこの天地を創造して、一万年以上経つのだという。

 それに比べると私たちの一生は約二百五十年と、なんと短いのだろうか。

 ここ三千年の間でさえも、いくつもの種族が分かたれ、いくつもの国が興り、そして滅んでいる。

 ここ百年では”ヒューマン”という種族が勢力を伸ばしていて、すでにいくつもの種族が滅んでいった。

 彼らと勢力圏を隣とする我ら”ニーヴァ”にとってそれは他人事ではない。

 ニーヴァとヒューマンはは大きく違う種族だ、身体能力、魔法的な特徴等、挙げればきりがない。

 外見的な違いはヒューマンは白目が黒くてラピスがない事かしら。



 廊下を歩きながら、グーラは私に確認を求めてくる。



「リアルヒ大公へのお返事はあの内容で宜しかったでしょうか。まだ使者を待たせてありますので、お考えが違っておりましたらどうかご指示願います」

 


 グーラに伝えたお返事の内容では、やはり家と家との間に軋轢が残るもの。少し申し訳なくなってしまうわ。

 もちろん、モールト家出身のリアルヒ大公の事ではなく、隣で大きな体を屈め小さくなっているグーラが可哀そうって意味なんだけれど。

 リアルヒ大公は私を妻に迎えたいと言ってきている。

 私のお返事の内容はもちろん”いいえ”よ。

 私も身分相応に他家に嫁ぎ、血と家を結び付け、血統によって国を治めて行かなければならない。

 だけど、今はそんな情勢じゃないわ。

 我が国”ヴェンシュレン”は今、ヒューマンとの緊張状態にある。

 現国王の”緋色の魔王”は前線近くの都に赴き、開戦の判断を迫られているわ。

 国家間の緊張は頭の痛い問題。武具や人員の調達、法の整備、軍事訓練、援軍要請や諜報活動。どれも決して疎かにできない。

 

 私は今、魔王代理として公務を執っている。

 その私を娶ろうなんて、乗っ取りも甚だしいのではなくて? あまりにも稚拙すぎる。

 リアルヒ大公は私の”いいえ”が欲しかった、とも思えるけど、そこは私も手を打っているつもり。

 

 

「グーラ、私の考えは変わりません。使者にリアルヒ大公にはよろしくとお伝えください」

「承知いたしました」



 違うわね、もしかしたら全部私のわがままなのかも知れないわ。

 そう不安に駆られ、服の上から胸のラピスをそっと撫でてみる。



「エルディフィア殿下ご到着されました」



 衛兵の声と共に開かれた扉の先には、家臣が円卓に着き直立不動を保っていた。

 私は自らの席に着き、引かれた椅子に着席すると、私の忠実な家臣グーラは声をあげる。



「これより朝議を行う」



 家臣は皆一様に礼をし、揃って着席する。



「先ずは緊急の議題からお願いいたします」



 私は静かに声を出すと、右奥に座った赤髪で筋肉質の男が起立し発言を求めてきた。

 彼は”ガルラド”。火炎の魔力を持つ騎士団長ね。

 強い魔力と驚異的な身体能力をもつ彼は、我が国でも有数の手練れ。

 その彼の緊急の議題って何なのかしら。



「発言を許します」



 ガラルドは頭を垂れ奏上を始める。



「姫様の神託にございました黒の宝玉が発見されました」

「誠ですか?」

「御意に」


 

 この天変地異の始まる前、たぶんそれ以前から私は神託を受けてきたわ。

 それも、おぞましい内容なの。神の声を聴くという王家の血筋も考え物ね。

 私の神託の内容は、”ごーすと”から伝わるいやらしい内容と、神の使いが近くまで来ているという事くらい。

 神託の内容から考えれば神じゃなくて邪神の使いよね。

 あとは”黒い球を探せ”というメッセージかしら。

 


 従者が静かに、こぶし大の宝玉を運んでくる。

 宝玉を私が見れば、本物か偽物か確実に分かるわ。実際に見たわけじゃないけど頭の中に形が浮かんできてるから。

 


 目の前に置かれた宝玉を眺める。

 黒い球状でガラスの瞳と横に入る縞模様のライン。

 間違いないわ本物ね。この宝玉の真の名は”プローブ”と言うのだそう。

 これに私の魔力を通すと神の声が聞こえると言うけれど。きっとろくでもない内容に違いないわ。

 まだ試すのは後にしておこうかしら。

 気分が悪くなるとこの後の執務に差し支えるし。



「はぁ、本物ですわ」



 「おおっ……」と皆が声を上げる。

 溜息をつく私は気持ちを家臣に悟られないよう、言葉を続ける。



「魔王様と、豊穣神”レムリア”の巫女”白雪の賢者”様にも飛竜にて一報を入れてください」

「承知!」



 ガルラドは短く声を発すると側にいた従士に指示を出し席に着く。


 これは神代の代物であることは間違いないと思う。

 私がすまし顔でこの宝玉をどうしようか少し思案しているとグーラが場をつなげた。

 


「他には御座いませぬか?」


 

 すると、右手前に座った青い髪の青年が発言を求めてくる。

 彼は”エルディン”。二十年の前のヒューマン侵攻の際、私の父、前魔王の”バーハルト”と共に最前線を駆けたニーヴァの大英雄だ。

 彼はヒューマンの国境である東側の前線の守りを担当している。



「発言を許します」

「ハッ、三日ほど前、南東シナドナ山脈の”ジケロス”の部族がヒューマンによって蹂躙されました。現在、部族の保護とグラン大森林までの移送を計画しております」



 ジケロスは耳や尻尾等、動物の特徴をもった種族だ。放牧や狩猟などで慎ましい生活をしているけど、豊穣神”レムリア”に愛された一族でその精神は気高く。その純朴な悟りは我々ニーヴァの心にも響く。

 ヒューマンは自国の周囲の種族、特に我々ニーヴァを”悪魔狩り”と称し殺戮を行っている。まったく許しがたい事ね。しかもヒューマンの下級貴族はその殺戮行為で自国内の名誉称号を得ているのだから始末に負えないわ。どちらが悪魔なのか分からない。

 


「戦闘は発生しましたか?」

「今の所は発生しておりません。難を逃れたジケロスからの要請を受けての到着となりました」



 自国の兵の心配もある。また戦闘が発生していた場合、国家間の問題となりややこしくなってくる。

 でもジケロスはその精神から他の種族からも賢人の一族とも呼ばれている。ニーヴァの戦士がジケロスを助けたとしてもそれも当然の事。



「そうですか、ジケロスの民に最善を尽くすように。それから魔王様や前線の皆に判断を任せますが、戦闘は慎むようお願いします」

「ハッ」

「シナドナ山脈からの移送でしたら、”マナフォドリー”国の支援を仰いでください。その際、私の親書が必要となりますか?」

「ご助力いただければ幸いです」

「報告書に目を通した後、私の使者を”レグディア”女王に送りしましょう」

「ありがたく、それでは任がありますのでこれにて」



 エルディンは感謝の意を表すと静かに退席する。

 彼は緋色の魔王の片腕でもある。彼がわざわざここへ来たということは、魔王様もジケロスの件を私と家臣団に押し付けるつもりなのね。はぁ。


 レグディア王女はマナフォドリー国を治める女王。強い力と深い叡智を持つ小柄な種族”ロウフォドリー”にして齢二千年を超えるとされる生きる伝説だ。

 最近はお体も弱り、奥の宮で養生されていると聞く。

 各国の情勢の不安定なこの折でもあり、お体のご健勝を願うのですけれども。

 するとグーラが声をつなげた。

 


「他には、御座いませぬか?」


 

 すると、左手奥に座った星見の仕官が発言を求めてくる。

 今起こっている空の異変、それを彼らは昼夜問わず監視してくれている。



「発言を許します」



 星見の仕官は恭しく礼をすると顔を伏せ奏上を始める。



「はい、九日前より発生している天の異変でございますが。昨晩の宵の過ぎ頃、西の空にて赤き火球の煌めく姿が続けて大きく三つ見られました。”妖精の鱗粉”は徐々にその数を減らしております。現在は四分の一程に減じているかと……」


 

 妖精の鱗粉とは空に煌めく無数の虹色の輝きのこと。古い伝承では不吉の前触れとされていて、ヒューマン以外の種族では忌み嫌われているわ。

 ヒューマンでは吉兆とされているらしいから、きっと彼らとは分かり合えることは無いのだと思う。



「妖精の鱗粉は惑わしの光、そのあやかしの光が潰えることをニーヴァの民は待ち望んでいます。引き続き星見の任をお願いします」

「ハッ!」



 星見の仕官が席に着くのを見て、私は息を吐き、そっと呟く。



「……ミクニハジメ……」


 

 グーラは私の顔を伺いながら恭しく声をかけてくる。



「ご神託の御使いの名、でございましたか?」



 聞こえてしまったかしら。今の私はきっと困った顔をしていると思う。



「そうね、きっと彼が戦ってくれているのだと思うわ……」



 天の異変の日より、私の胸のラピスは青く淡く輝いている。

 ニーヴァのラピスの輝きは、運命の相手が現れる予兆。

 邪神の使いか、神の御使いかは分かりませんが、貴方の嘆きは私に届いております。



 私が見上げる空は、何度も閃光が弾けては消え、弾けては消えを繰り返していた。

 昼間でも時々流れ星の様に強く輝く瞬間が見える。

 それは九日九夜に及び、その輝きは、今もまだ消えていない……。




 ◇ ◇ ◇




「うぉぉぉぉぉぉぉッ!」



 俺は叫び声を上げると、シエリーゼの機体を大きく上に軌道変更した。

 前方には次元寄生体の群れが見える。



 次元寄生体の総数は約二万五千匹。レムリアの報告と同数だった。

 司令官級はやはり俺の見込み通り四匹だった。


 

 それから俺はもう数えきれない敵を倒し、長い長い時間を戦っている。

 霊化し、情報体となっている俺の体は、食事も睡眠も疲れとも無縁だ。

 シエリーゼの翼は残り四枚になっていた。


 そして今、指揮官級五体が率いる少数の次元寄生体の群れと司令官級一体を残すのみとなっている。

 俺は有利となる小惑星帯での立てこもりを放棄し、残党の掃討をしながらティアレスへと向かいはじめていた。


 勝てる。

 今のシエリーゼは局地戦仕様だ。圧倒的な機動力と火力で、周囲を蹂躙していく。



「第七、第八コンテナ準備ッ!」

≪第七、第八マルチプルミサイル準備、完了しました。撃てます≫



 シエリーゼの背面でミサイルコンテナが発射準備態勢を整える。



「タイミング合わせろよッ?!」

≪相対距離八百、五百、二百……≫

「いまだッ!」



 俺はトリガーを引き絞ると、シエリーゼの背面から幾筋もの、無数の光が伸びていく。

 その光の筋は、前面に存在する次元寄生体の群れをとらえ、次々に引き裂き、蹴散らしていく。

 パネルを操作し、空になったコンテナを切り離し身軽になる。

 俺はレバーを操作し、シエリーゼは爆風の中を木の葉の様に舞いながら前進を続ける。



「まぁあだぁ、だぁッ!」



 レバーを操作するたびに、ぐるぐると目まぐるしく変わる視界。

 さっきいた場所を、シエリーゼに飛びかかろうとしていた無数の次元寄生体の群れが通り過ぎる。

 手元のパネルを素早く操作した。シエリーゼは機体をひねると、背部ラックから実体剣マテリアルブレードを取り出し、群れの後方に見える指揮官級に向き直る。

 俺は巧みにレバーを操作すると、シエリーゼを指揮官級に突っ込ませた。



「返せよッ!」



 俺は意味不明な言葉を叫んでいた。

 何をだ? 俺はきっと長い間、ずっと長い間戦い続けて、ついにおかしくなってしまったんだと思う。



 刀身を寄生体が嫌う虚子エレボスで覆うと、漆黒と化した刃で五十メートルはある指揮官級の半ばまでを切り裂く。

 実体剣マテリアルブレードを手放し、指揮官級から離脱する。切り裂かれた断面が黒く蝕まれていき、次元寄生体は自壊し粉々になっていった。



「クエリ、次。報告!」

≪はい、三十番重力子爆弾、出現まであと百十二秒≫

「次でラストの重力子爆弾だったか……まだ司令官級が一匹残ってるのにッ!」



 撃破しながら俺たちは大分ティアレスに近づいていた、重力子爆弾を使える最後の空域なのだ。

 重力子爆弾は、俺が戦闘前に作り出して時間差でこの宙域に送り込んでおいた爆弾だ。

 戦闘開始前の狼煙のろしとして、俺は次元寄生体の列にこいつを大量に放り込んだ。

 戦果はまずまずで、全体の五分の一はコイツで吹き飛んだ。

 今も群れや大物は狩りの要領で追い込み、誘導しながら時間差で到着している重力子爆弾で仕留めている。



「近くに適当な群れはあるか?」

≪右上、距離約八千に司令官級以下三百≫

「司令官級か?! しかも最後の司令官級が丸裸だな、よし血祭りにあげる。釣り上げるぞ」



 俺はレバーを操作し、シエリーゼを重力子爆弾が出現する位置まで移動させ、司令官級がこちらに向かってくるよう誘導を行う。

 その間も小型次元寄生体の波状突撃は続いている。



「四番の霊子コンデンサーを切り離せ。その後、臨界運転。時間がない、コイツをデコイにする!」



 俺は重力子爆弾出現位置に到着すると、残り四枚となっていたシエリーゼの翼を一枚切り離し、全速力でその空域を離脱し始めた。

 切り離された翼は淡い光を発したかと思うと、すぐ強い光に包まれ強大な霊子の光を放ち始めた。

 翼にはすぐに次元寄生体の群れが襲い掛かる、その中には無数の触手を蠢かせる司令官級の姿もあった。

 司令官級は大きさが五百メートル程あり、しかもタフだ。上手くコイツで沈んでくれれば有難いのだが……。



≪第四霊子コンデンサー臨界到達、重力子爆弾到着まで、五、四、三、二、実体化します≫



 瞬間、激しい閃光があふれた。何もない宇宙という空間が叫び声を挙げるかように大きく振動する。

 激しく煌めく爆発がそこにあった。

 司令官級も光に包まれいていく。



「はっはっはッ! これが人間の知恵ってヤツだよッ! みんな纏めて居なくなりやがれ!」



 空域から離脱しながら光に包まれていく司令官級を確認し、俺は叫び声を挙げていた。

 重力波は広範囲に拡散していき、細かな次元寄生体は吸い込まれ、急激な重力の変動で引きちぎられていく。



≪重力波接近、反転爆縮まであと三十≫



 クエリが警報を発する。重力波に捕らわれ始めた。

 ビリビリと機体が振動を始める。巨大な潮汐力を受け機体が引きちぎられそうだ。



「重力干渉波急げ! 軽減させろッ! シエリーゼが、壊れちまうッ!」

≪実行中です。ロッシュ限界まであと十≫



 離脱が間に合わない。



「っくそぉっ! 距離が近すぎた……。霊化する。加速だッ!」



 俺はパネルを操作し局地専用装備をすべて切り離す。局地戦用装備は切り離した瞬間に重力で飴の様に引き延ばされ、爆発しながら粉々になっていく。

 本体だけになったシエリーゼは霊化を行い加速すると、重力のかいなからするりと抜け出した。

 


≪重力子反転。爆縮が始まります≫



 霊化し、シエリーゼは遥か遠くまで来ていた。遠方に視認できる重力子爆弾の微かな煌めきは、周囲の次元寄生体を巻き込みながら小さくなっていく。



「残りの総数は?」

≪残り十八≫

「クエリ、司令官級の反応はあるか?」

≪あります。こちらに進行中。速度は通常の約二十パーセント≫

「反転するぞ!、司令官級に止めを刺すッ!!」



 霊子化した俺たちは直ぐに司令官級を狙撃できる位置まで移動し、実体化する。先ほどの無茶でまた一つコンデンサーの残量が無くなった。俺はコンソールを操作しエネルギーを使い切った三番目の翼を切り離す。

 新しく現れたシエリーゼは、機動性と一撃離脱を最重要視した形態で、右手には長大なライフルを持っていた。さながら銀の槍を携え、天翔ける二枚の翼を持った騎士の様だった。



「脚部コンテナ準備!」



 俺は銀の槍、”大出力虚子ベビーエレボスライフル”を構え霊子エネルギーを充填させると、重力子弾の影響でボロボロになった司令官級に向かい突撃を開始した。



≪脚部マルチプルミサイル準備、完了しました。撃てます≫



 俺は残り数匹になった小型次元寄生体に向けミサイルを発射すると、小型次元寄生体はミサイルを避け切れず一匹一匹とミサイルの前に塵に消えていく。

 そのまま司令官級の直前まで迫る。

 もはや触手が千切れた司令官級は、のそりと顔をこちらに向ける事しかできなかった。

 お前が最後の一匹ッ!


 

「返せって言ってるんだよぉッ!」



 俺は至近距離で大出力虚子ベビーエレボスライフルを放つ。その黒い光の帯は司令官級に吸い込まれる。

 そしてその巨体は内部から静かに崩壊を始めた。

 俺は荒く息をつくと、レーダーの反応を見るが、もうそこに他の敵影はなかった。



≪全、敵性存在の消滅を確認しました≫



 ……ティアレスはもう近い。見上げるとティアレスはシエリーゼの頭上で青く輝いている。

 周囲に次元寄生体の反応はないんだ。後はシエリーゼでティアレスに降り立つだけだ。






≪警告!!! 司令官級、他複数の出現予兆発生≫

「なにッ?! どこだよ? 探せ! クエリッ!」



 俺の声は悲鳴に近かった! あと少しで! あと少しでシエリーゼを連れていけるというのにッ!

 ダメなんだ! 最悪シエリーゼだけでも。

 まだ間に合う、どこだ? 空間湾曲中なら一撃で仕留められる。どこだ!?

 空間湾曲を示す数値は現れている。けどレーダーに反応は無い。



≪顕現しました。目の前、司令官級の残骸の中です≫



 くそっ、こんな簡単な事に引っかかるなんて!

 俺は大出力虚子ベビーエレボスライフルを司令官級の残骸に打ち込みながら離脱を始める。

 剥がれ落ちる司令官級の残骸の中から、新たな五体目の司令官級といくつかの小型次元寄生体が現れた。



「あいつらぁ! 俺達がしたように時間差でこの宙域に味方を送り込んでるのかッ!」

 


 (……俺は戦いながら思っていた)

 (本当はずっと分かっていたんだ。たぶんクエリに出会った一番最初の時から)

 (この先に待ってる女の子なんて、本当は誰一人としていやしないのさ)



 俺はレバーを操作し、小型次元寄生体の突撃をシエリーゼでひねってかわす。

 俺は消費の激しい大出力虚子ベビーエレボスライフルを捨てると、実体弾の狙撃ライフルを実体化させる。




            (一人じゃないよ)




「は、ははッ……、何も隠し玉を持ってるのはお前らだけじゃ……ないんだ、ぜ?」


 

 俺はそう震えた声を出すと、残りのエネルギーを無理やり絞り出してシエリーゼと同じ大きさの人型兵器を一機実体化させる。装甲とフレームを削った簡易的なライトタイプのシエリーゼだ。しかし武装は局地戦用仕様にしてある。俺はコンソールを操作し、空になったシエリーゼの霊子コンデンサーを切り離す。

 翼は残り一枚になった。

 俺は使っていた操縦桿を他のタイプに切り替えると、右手でシエリーゼを、左手でライトタイプを操作し始めた。

 俺は二機のシエリーゼを駆りながら吠えた。

 


「お前らッ! 俺の無くしたもの返してくれよぉッ!」


 

 (そう、女の子だとかハーレムだとか、全部俺の妄想なんだ)

 (俺は一人になるのが怖くて仕方なかったんだ)

 (そうじゃないと、どうにかなってしまいそうだった)



 俺は、機動性のある騎士タイプのシエリーゼで、小型次元寄生体の群れを誘導する。

 俺は、ライトタイプに群がろうとする小型次元寄生体を高速飛翔しながら狙撃ライフルで撃ち抜いていく。




            (私はここにいるよ)




「子機! 一番から十番までのコンテナ準備ッ!」

≪子機、全マルチプルミサイル準備、完了しました。撃てます≫



 俺はライトタイプのトリガーを引き絞る。すると俺を追撃する次元寄生体に向けてライトタイプは全ミサイルを発射した。

 俺は反転しシエリーゼとライトタイプとのタイミングを合わせる。

 俺はライトタイプに襲い掛かる次元寄生体を狙撃しながら、ライトタイプの降らせたミサイルの雨の中に突っ込んでいく、幾つもの流れ弾がシエリーゼの追加装甲に当たり砕け散っていく。

 俺の後方から迫る次元寄生体の群れは、ミサイルにその虹色の輝きを無数に飛び散らされ、綺麗な花の様に消えていった。



 (俺、……強くなったのかな?)



 狙撃ライフルを折り畳み背部にマウントする。代わりに右腰部ラックから実体剣マテリアルブレードを取り出した。

 追随してきたライトタイプを先行させ、司令官級に突撃を開始する。

 司令官級は不気味に触手を伸ばし、俺を捕食しようと触手を花弁の様に開かせた。

 俺は周囲に霊子のフィールドを展開するとさらに速度を加速させ、ライトタイプと一緒にその中心に突っ込んでいく。



「クエリッ! 最後の一撃だ! 一番霊子コンデンサー! 出力、全開放! 実体剣マテリアルブレードをオーバーロードさせろ!」



 司令官級は生半可な攻撃では貫けない、俺は実体剣マテリアルブレードに僅かな間大出力の虚子エレボスを纏わりつかせ、切り裂こうと突撃をする。

 俺の進路を阻もうと襲い掛かるいくつもの触手は、先行させているライトタイプの主砲門の前に散り散りになっていく。



「届けぇッ!!!!!!」



 (ははっ、なぁ。本当は俺、クエリに騙されて戦ってるんじゃないのか?)



 伸ばされてきた幾つもの触手を掻い潜る。

 ライトタイプがシエリーゼを戦闘空域まで誘導しきると、俺はライトタイプの操作を放棄した。

 ライトタイプは糸の切れた凧の様に横に進路を逸らすと、向かってきた触手に叩かれ機体を軋ませ弾け飛ぶ。


 シエリーゼの漆黒の切っ先が本体を捕らえた。空になった一番霊子コンデンサーが音を立てて切り離される。

 オーバーロードした実体剣マテリアルブレードは巨大な漆黒の刃を顕現させ、シエリーゼは司令官級の胴体を横なぎに引き裂いていった。

 そして次元寄生体の頭から百メートル程切り裂く。刃が重い。このままでは切り裂けない。

 出し惜しみは無しだッ!



「うぉぉぉぉっ!」



 (……でも、もうこれで全部終わりなんだ)



 俺は温存していた自身の霊子エネルギーをありったけ絞り出す。

 更に二百メートル程切り裂くとシエリーゼは実体剣マテリアルブレードを手放し、次元寄生体を蹴り飛ばすと安全圏まで離脱する。

 もう限界だ、俺の体から霊子の光が失われ、俺の体は実体化を始める。 

 俺は荒く息をつきながら、モニターを振り返った。



「これでどうだッ?!」



 煌めく虹色の輝きは一瞬黒ずむが、……内部から崩壊する様子はなかった。



≪次元寄生体の崩壊なし、虚子エレボスの出力が足りません≫



 指揮官級は切り裂かれたままの不気味な姿を蠢かせ、動けなくなったシエリーゼにアギトを向ける。

 俺は目を見開いていた。

 俺は息を吐くと、シエリーゼの操縦桿からゆっくり手を離しモニターを見上げた。



≪ハジメ、まだです。諦めないでください≫



 俺が見上げるティアレスは青く綺麗で、手が届く距離なのに、とても遠くにあった。

 そして、シエリーゼには、もう翼は無かった。


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