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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第五章 ブルツサル(フォーナスタの王)
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五話 密談②



 ガルラド将軍は、オフスたちに続いて会議室を退出しようとするレグティアに声をかける。

 その声は、友人に語りかけるような優しい口調だった。



「レグティア女王よ、エスクスの代わりを見つけたと言う事か?」

「……人に代わりなど存在しないんぬ。人はその場その時その瞬間に光り輝くもの。それに我は女王の座からは降りた」

「俺にとってはまだレグティア女王陛下だ。俺の時間はランマウに置き忘れてしまったよ。それほどの出来事だった」

「お互い、後悔ばかりが先に立つか……」

「オフスはアイツに良く似ている。オーヴェズもよく懐いていると聞く」

「期待はやめておくんぬ。いくら我とて、時を元に戻すことは出来ないんぬ。それにエスクスとは決定的に違うところがあるんぬ」

「ん?」

「オフスは女にモテるんぬ」

「ハッハッハッ! それはそうだな!」



 ガルラドの笑い声に、レグティアも静かに笑い退出していくのだった。




 ◇ ◇ ◇



 

 ネーマさんの所に案内すると言われ、俺はニルディス将軍に案内されて廊下を歩く。

 彼女は、赤竜騎士団が拠点としているこの議事堂の地下に軟禁されているのだという。

 拘置所は襲撃されたので、より安全なこの場所へ移動させたとの事だ。

 ニルディス将軍は機密の為、この先に大人数を入れたくないらしい、マイシャと、アイリュは別室で待っている。



 ネーマさんは無事なのだろうか。

 事件に深くかかわっている彼女の身元引受なんて、ホントは出来ないだろう。

 何か裏があるのだとしても、まぁ、なるようになるさ。

 少し遅れてレグちゃんがやってくる。



「何してたんだ?」

「ガルラドと昔話なんぬ」



 二人とも知り合いなのか。そういや二人ともアイノスさんの店で最初に会ったよな。

 俺がなんとなくアイノスさんの店のラインナップを思い出していると、先導していたニルディス将軍が俺たちに声をかける。



「ネーマを引き渡す前に、お伝えする事があります」

「なんですか?」

「昨日の事件の際、拘置所には二組の侵入者の形跡がありました」

「ああ、ガルラドさんから聞いてるよ」

「ネーマの自白によれば、一組はネーマの手の者、もう一組はハルドが率いる”裏切り者”なのだそうです」



 ん? ハルドさんがネーマさんを裏切ったのか?

 考えにくいな。状況が状況だからありえなくもないのか?



「新しい情報だな……、理由とかは?」

「いいえ、これ以上の自白強要は精度が落ちるので……、何とも言えませんね」



 言う気が無いって感じだな。まぁ、最初っから信用されてないって事かな。

 ニジャさんとはタイプが違うけど、この人も頭の中では何を考えているか分からない人だ。

 でも少なくとも今は味方に違いない。

 そんな事を考えながら、少し湿った地下倉庫への階段を下りていく。



「この先です」



 地下の奥の貯蔵倉庫の一室の前に、二人の兵士が見張りに立っている。

 そして、その扉の鍵が開けられる。



「まだ、術から抜けきっていません。本来なら落ち着かせてからの引き渡しなのですが……」

「構わないよ。せっかく身受けする奴隷なんだからさ、早くお持ち帰りさせてくれないか?」



 暗い雰囲気をごまかそうと、ワザと明るく振舞ってみる。



「では、どうぞ」



 開け放たれた扉をくぐると、そこには机の前にうつむき加減の一人の女性が座っていた。

 何やら一人でブツブツと喋っている。

 それを見たレグちゃんは一言呟く。



「自白の術かぬ……」



 入ってきた俺たちに、その女性は反応することは無い。

 中空を見つめ、意味のない言葉を繰り返し発していた。その両手両足には枷がはめられている。



「ネーマさんか?! どうなっているんだ?」

「オフス。落ち着くんぬ、よくある術だ」



 レグちゃんが近づくと、顔を覗き込むように様子をうかがう。



「複数の呪文が同時に使われているんぬ。虚偽の記憶と判断力の低下、それに加え感情の操作だぬ」

「一時的に……、ですよ」



 ニルディス将軍はそうは言うが、様子が普通じゃない。



「何とかならないか?」



 様子を見ているレグちゃんに言葉をかけると、彼女は短く頷き印を組むと呪文を唱え始める。



「まどろむ世界よ、目覚めよ。彼の者を切り離せ。返呪ディスペル



 ピタッとネーマさんは動かなくなるが、次の瞬間、顔を巡らせ俺たちを見るとガタガタと震えはじめる。



「ネーマさん、……迎えに来たよ」

「う、ううッ……、君は? オフス君か? ……何しに」



 ネーマさんを見つめると『ヴォン』と耳元で音が鳴る。

 それは、その人の死の運命を知らせる音だ。クエリが俺に聞こえるように鳴らす死の音だ。

 髪を振り乱し、涙を流し嗚咽する彼女は。

 この人は……、この人はネーマさんだ。

 混乱しているネーマさんを優しく抱きしめる。



「そうか……、辛かった」



 抱きしめる彼女からは、死の運命を知らせる音が鳴り響いている。



「……そうか。何とかなる。きっと、きっとだ」



 震える手でネーマさんの乱れた髪を撫でてみる。

 確信なんてない、何をすればいいかも分からない。だけど、そんなのはいつもの事だ。



「優くするんじゃないよ。……誰にでも優しくするヤツは嫌いなんだよッ」

「そんな事はないさ。優しくするのは俺が大切に思う人だけだぜ?」



 明るい口調でそう言うと、彼女の乱れた髪と襟元を簡単に直す。



「さぁ、さっさと出よう。こんな所にいたらカビが生えちゃう」

「開放するのかい? なら私はまだこれからやる事があるんだ」



 だが、俺の隣に立つニルディス将軍は冷たい声で言う。



「いいえ、あなたは重犯罪者としてオフスさんの所有となります」



 そう言って彼は奴隷の首輪を俺に手渡した。それは鉄で出来ていて、冷たく、重く俺の手にのしかかる。

 アイリュとマイシャをこの部屋に入れないのはこの瞬間に配慮したのかもしれない。

 確かにこんなものを付ける瞬間なんて、最低だ。

 すこし戸惑うが、静かに彼女の喉元に首輪を近づけると、死の音が小さくなるのが感じられる。

 そうか……。なら、これが今の所の正解なのだろう。



「残念だけどネーマさんの望む未来は無い。ネーマさんはこれから俺のモノだ」

「お前は悪魔だ……。最低の……」



 そう言って、ネーマさんは全ての希望を無くしたようにうなだれる。



「そうだ俺は、悪魔だ。……ただ少し特別だけどな」



 奴隷の首輪をネーマさんに嵌めると、死の音は完全に聞こえなくなる。

 そして、ネーマさんは心の底から恨むように俺を睨みつけるのだった。




 ◇ ◇ ◇




 ナウムから数キロ離れた森の中。

 数人の男たちが、膝をついた白銀色の重偶像騎士シーエイゼの側に座り込み、昼間から酒瓶を煽っている。

 白銀色の重偶像騎士シーエイゼはラーゲシィだ。



「いいんですか? ハルドさん」

「何がだ?」



 左手に魔力を帯びた包帯を巻きながらハルドは短く答える。

 その左手は肘から先が透明だった。包帯を巻くたびに、何もない空中から手の形が浮かび上がってきていた。



「姐さんの事ですよ。このままじゃ、オフスとかいう男の元に転がり込んじゃいますぜ? そしたら……」



 グラジがハルドに問う。

 彼らはナウムの冒険者ギルドの上級冒険者だ。そして元正規の神異騎士団員でもある。

 二十年前の戦いで己の偶像騎士シエイゼを失い、家門と名誉を失った者たち、今のハルドと同じような者たちだった。



「そしたら、手が出せなくなるだろ? それは向こうも同じだ。今は様子を見ろ」



 包帯を巻き終わったハルドはそう言うと、包帯を巻いた左手を確かめるように動かし、酒瓶の栓を抜くとそのまま煽る。



「しかし男運が無いね、姐さんも」

「お、グラジよ。姐さんに聞かれたら半殺しだぞ?」

「はははっ。ちげぇねぇ!」



 男たちは酒で顔を赤くし、口々にはやし立てる。

 彼らは身分を変え、ネーマの元につき、知られている仕事や、知られていない仕事を数々こなしてきた。

 ハルドは強い酒を喉の奥に流し込むと、酒の香りと共に胸に今までの思いが込み上げてくる。



 二十年前のフォーナスタ。

 リグズが王の座に就いた翌日に、王城は粛清の血に染まった。

 それはマルデ家によるダナー家への弾圧だった。

 ハルドはネーマと、まだ幼いマイシャを連れヒェクナーの留まるナウムまで落ち延びてきたのだ。

 ランマウで初陣を飾ったばかりのニジャがトゥエルリを駆り、追手からハルドを逃がしたあの日の夜が思い出される。

 あの時ハルドを動かしていたのは、「ネーマを逃がせ」というリグズからの密命だった。

 リグズ王の胸の内は分からないが、愛を誓ったネーマを手に掛けたくないという思いがあったのだろう。

 時代は変わり今の平和な時代になってから、リグズ王は度々ネーマを密かにフォーナスタに呼び出した。

 ネーマはその召喚に答え、その度にハルドに対し「リグズは何も変わっていなかった」と言うのだ。

 しかし、物事の表と裏を知るハルドは知っている。

 そのようなことは決して、”ない”のだ。



 たむろしている男たちの所へ偵察に出ていた一人の仲間が帰ってくる。



「街の様子はどうだ?」



 ハルドはそう言って酒瓶を帰ってきた仲間に投げる。



「やっぱり姐さんは、オフスが身柄を預かるみたいです。マイシャさんの屋敷に護送されるまでは確認しました」



 酒瓶を受け取りながら偵察の男はそう告げた。



「そうか、ご苦労だったな。ならチャンスは必ず来る。明日以降動けるように準備しておけよ」

「ハイ。あと、それと……」



 偵察の男はそう言い澱む。



「なんだ? 言ってみろ」

「はい。”猫の尻尾亭”がフォーナスタの侵攻の際に潰れていました。店員は無事なようですが……」



 それを聞くと周りにいた男たちは皆肩を落とす。

 何ということは無い情報だ。猫の尻尾亭は酒と女を提供する西区の大人のお店だ。

 ここにいる男たちの行きつけの店なのだから、貴重な情報なのかもしれない。

 

 

「あの店、好きだったのになぁ……、最近入ったコの大きな胸、思い出すだけでたまらないぜ。残念だ」

「猫じゃなくて、あの店みんな牛なんだよなぁ……」

「ちがうだろ、あの店は猫ばっかりだろ……」



 そんな落胆を口々に出していると、不意にラーゲシィが動力炉を震わせる。



 クオォォン……。



「やめろお前ら。ラーゲシィが興味を持つだろうが」

「ハルドさん何て言ってるんです?」

「ハァ……。『胸ってそんなにいいモノなのか?』 だとさ」



 それを聞くと腹を抱えて皆笑い出す。



「ハッハッハ! 偶像騎士シエイゼもそんな事言うのかよ」

「古き十二宮座といっても中身は子供と同じだからな。もうちょとコイツの前では上品になりやがれ! お前らも元々騎士様だろうが!」



 そうハルドはドヤしてみるが男たちは笑い止まない。



「ハハッ。そんな昔の事、もう忘れちまいましたよ!」

「そうそう、もう俺たちネーマさんの部下なんッスからね!」

「いいじゃないですかハルドさん。女に胸が無かったら世の中の男がみんな死んじゃいますよ? そしたら世界が終わっちまいまさぁ!」



 笑い転げる部下たちを前にハルドは溜息交じりに呟く。



「おいグラジ! 困るのは男じゃなくて赤ん坊だろうが」

「どっちにしろ世界が終わるじゃないっスか!」

「世界の危機なら偶像騎士シエイゼの出番ですぜ?」

「頼むぞぉ! ラーゲシィ! 大切なおっぱいを守れよぉ?!」



 完全に酔っぱらった男たちの笑い声は続いている。

 その男たちの声に、ラーゲシィは小さく頷くのだった。



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