五話 密談①
翌朝、俺達は会議の場に立つ。
今話し合われている内容とは関係なく、窓から見える外は良く晴れた青空だ。
俺たちはマイシャ、アイリュにレグちゃんを含め四人だが、テーブルをはさみガルラド将軍側は十三人も出席している。その中にはニルディス将軍も同席していた。
「こちらでよろしいかしら?」
マイシャはペンを置き、サインをした書類をガルラド将軍の副官へ押しやる。
ビルーガスと呼ばれる副官はインクの乾きを確かめると。「ええ結構です」と短く答えた。
今日は朝からガルラド将軍との会議だ。こんな調子でそろそろ昼近くになる。
ナウムの運営や細かい取り決めなどの説明をガルラド将軍や副官が行い、レグちゃんが書類を確認しマイシャがサインしていく。
俺とアイリュはいなくてもいいんじゃないか? そんな風に思う隣の席ではアイリュがすやすやと寝息を立てていた。
いびきをかきそうだったら、起こしてあげるかな。そんな風に思いながら可愛い寝顔を見つめてみる。
ニルディス将軍は前に一度会っている。雷魔将と呼ばれる文官系のエライ人だ。
書類を確認していたレグちゃんが、一枚の書面を取り出しニルディス将軍に指し示す。
「これが約束の書類かぬ? 少ないのでないか? ニルディス殿」
ニルディス将軍は笑顔を返し、レグちゃんはその種類を俺に見るように手渡してくる。
「国からの誠意のつもりです。今までオフスさんが編み出した魔法式と技術をこちらで活用させていただく為の礼金と思って下さい」
「へー、お金か? いつの間に話をつけていたんだ? レグちゃん凄いな」
「結論は会議の前にあらかた決まっているモノなんぬ」
その書面を見ると、お金の譲渡に関する内容だ。国から俺当てに、大金貨が……
「だ、大金貨が六千枚?!!」
俺が大きな声をあげると、隣で寝ていたアイリュが目を覚ます。
「え? お金? お金どこ?!」
寝ぼけたアイリュをよそに、俺は書面を凝視する。
大金貨六千枚とか何に使うんだ?!
いや、これで色々な借金がなくなる! それに研究費用だって使いたい放題だ! それでも使い切れないぞ?!
「必要な買い物があれば、可能な限りこちらで準備させていただきますよ」
『キィーン』
ニルディス将軍の声を聞くと不意に耳鳴りが聞こえてくる。
なんだ? お金の使い道に何か大きな選択支があるのか? 大金は人生を左右するって事か……。
「可能な限りか……」
俺の必要な物、俺の欲しいモノ。……ダメだ、もっとよく考えろ。音が鳴ったんだぞ?
俺があきらめかけていたものが手に入るんだ。
それはきっと。俺が、今、一番。この手に欲しいモノだ。
「ニルディス将軍。俺は”奴隷”が欲しいんだ。びっきりの美人だぞ? 用意できるかい?」
そう言うと、隣のアイリュは大声をあげる。
「何それ! どういう事?!」
俺の言葉にみな驚いているが、ガルラド将軍は「なるほどな」と言って喉の奥で笑っている。
「金はいくらでも出すぞ? なんてたって六千枚だからな!」
大金貨六千枚とか、この世界の平均生涯年収の何十倍にもなる。王侯貴族でもなければ手に入らない金額だ。
ニルディス将軍の顔色を窺うと、彼も驚いている様子だった。
「そう言うご趣味でしたか。……そうですね。教養のある優秀な奴隷だとしても大金貨五枚ほどでしょうか」
「ニルディスやめておけ、思っている物とは違う奴隷だぞ?」
ガルラド将軍は俺の意図に気が付いているようだな。
俺は先ほどの書類に手早くサインしニルディス将軍に差し出す。
将軍が書面を受け取ると、先ほどの副官ビルーガスが俺たちを向かって言う。
「それでは以上です。これから皆さんは赤竜騎士団に帰属します。よろしいですね?」
ん? そう言う書類だったのか?
中身はよく見てないから分からないし仕方ない。だけど俺の心の中は決まっている。
「いいや、よろしくないな」
そう言うと副官は慌てた様子を見せる。
「何故ですか? フォーナスタが迫っているこの緊急時、ヴァンシュレン国の守りを固めるために団結して……」
「だからだろ?」
俺が少し強めの口調でそう言うと、副官は言いかけていた言葉を飲み込む。
「守る事しか出来ないのさ。な、ガルラド将軍」
俺の言葉にまゆをピクリと動かし、彼は俺を見据える。
「軍や騎士団に属さない俺たちが出来る事があるだろ?」
「興味深い話ですね」
ニルディス将軍は目を閉じ考える素振りを見せた。
書類へのサインとか面倒な説明なんかを聞きにここに来たわけじゃない。
俺の言葉に、レグちゃんはガルラド将軍に目くばせする。
「人払いを願うんぬ……」
「ふむ、ビルーガスとオルトレアは残れ」
ガルラド将軍が声をかけると、何人もの仕官が退席していく。
先ほどのビルーガス副官と、女性の副官が残った。彼女がオルトレアさんなのだろう。
そんな中ビルーガスはレグちゃんを示しながら、ガルラド将軍に食って掛かかっていた。
「なにも、こんな子供の事など聞かなくてもよいでしょう」
「ビルーガスさん。将軍と話しをしてるのは俺だよ。それにレグちゃんは子供じゃないぜ? そうだな、どちらかって言うと……」
レグちゃんは俺の言葉を遮るように咳払いをする。
「あ~、立派なレディだ。それよりもさっきの話の続きをしようぜ? ガルラド将軍」
そして俺は、二人の将軍に俺の計画を話したのだった。
◇ ◇ ◇
俺の話を聞き終わったガルラド将軍は、目を閉じ考えるそぶりを見せる。
「……重偶像騎士二騎で王都ファニエだけを強襲するのか、その為の決闘への挑発か」
隣のニルディス将軍の表情は柔らかいが目は笑っていない。まぁ当然だよな。
「二点、質問させてもらっても良いでしょうか」
「どうぞ、ニルディス将軍」
「一点目は、決闘での勝算ですね。知っての通り相手はリグズ王です」
「負けはしないね」
「乗騎はおそらくブルツサルです、ナウムで倒した偶像巨人では無いですよ?」
「まぁ、そうだよな」
そう言って俺は笑う。
偶像巨人と偶像騎士は動力や操縦系が大きく違う。
オリジナルを改造するより始めから造ったほうが早いだろう。
なら、オリジナルのブルツサルがある事は想像できていた。
そしてそれを所持するのは本来の持ち主、フォーナスタ王に他ならないだろう。
「問題ないぜ? 勝てるよ」
自信満々に答えると、ニルディス将軍は頷き再度質問をしてくる。
「では二点目です。決闘勝利後のフォーナスタの安定について疑念が残ります。王を失えば国は割れますよ?」
「なにも王を殺す必要はないさ」
「決闘に敗れ家臣の信を失えば、王は王ではいられなくなります」
「その場合マイシャを立てる」
ニルディス将軍は横目でレグちゃんを見ると、レグちゃんは口を開いた。
「即、我がマイシャに戴冠を行うんぬ。これで問題はないんぬ」
「な?!」
そう声をあげるのは副官のビルーガスだった。
「気づいていなかったのかい? ビルーガス。この人は大聖母様だよ」
ニルディスさんはそう言って笑う。悪戯そうなその顔は知っていて黙っていたって感じだな。
ビルーガス副官はかわいそうに顔面蒼白だ。
「古くからの礼により、王の戴冠は大聖母が行うか……」
ガルラド将軍の呟きをマイシャが煽る。
マイシャは毅然と言い放つ。
「私は覚悟済みですわ。そちらは覚悟が足りないのではなくて?」
だがそのくらいで煽られる将軍ではない。
「悪くは無いな。どう思う? ニルディス」
「そうですね。フォーナスタ各諸侯への密使はこちらで用意させていただく、と言う所でどうでしょうか?」
「ヴァンシュレンの密使が元フォーナスタ王家の書状を運ぶかぬ……、しかたないんぬ」
そう言ってレグちゃんは頷く。
間に入って小細工させてもらうよって事か、レグちゃんも納得してるみたいだし、それでイザコザが収まってくれればいいか。
こんな小さなテーブルで世界の凄いことが決まっているような気がすると、なんだか可笑しさが込み上げてくる。
「後は俺の赤竜騎士団が国境を越えられれば良いのだがな……」
そう呟くガルラド将軍に俺は慌てる。
「多数で攻めるとか、フォーナスタのやり方と同じじゃないか?」
「戦の流れは霞の如しだ。決闘で勝ったとしても後詰めが無ければ、せっかくのチャンスを不意にしてしまう可能性がある」
「ん? どういうことなの? 二人で行って決闘に勝てばいいだけじゃないの?」
ガルラド将軍の言葉にアイリュが首をかしげる。ニルディス将軍は笑いながら言葉を続けた。
「理想を無くした者に約束を守らせるのは、残念ながら武力であると言う事ですよ」
「俺と、マイシャだけじゃ、不安って事か?」
「オフスの勝利は疑っていない。こちらはこちらで動くと言うだけだ」
決闘なんて知らないよ、って開き直られたら困るって事か……。
ガルラド将軍の言葉にビルーガス副官は顔を一層青ざめさせる。
「ガルラド様、それは責務を超えています。一度中央へと連絡を……」
「俺は中央と伝言ゲームをするつもりはない。すぐに隊の再編成と国境付近での軍事演習を手配しろ。この場で決着をつけるまたとない機会だ」
「しかし……」
二の句を告げる副官に対し、雷魔将ニルディスは鋭い一言を放つ。
「やめたまえ、ビルーガス」
「すまないなオフス、コイツは配属したてで真面目が取り柄なのだ」
笑うガルラドとは対照に、ビルーガスは不満をあらわにしていた。
ニルディス将軍はビルーガスに釘をさす。
「命令だけ実行しているのであれば、将軍など一般兵でも出来るのですよ?」
しかし、ビルーガスの不満はおさまった様子がない。
「ガルラド様! 議会の承認は得られていません。そのような内容が通る訳がありませんよ!」
そんなビルーガスにガルラド種軍は指示を飛ばす。
「だからだよビルーガス。中央議会は東部戦線にしか興味はない、報告など東部へ送る部隊の編制とでも伝えておけばよいだろう」
「こんな者の話を真に受けるのですか? このように立場も分からない……」
ビルーガスの言葉にピクリとレグちゃんが反応する。
「ふふっ、ガルラド殿は昔から部下に恵まれないんぬ」
そういや俺は俺の立場を相手に示してこなかったな。
まぁ何にしても、自分が何者あるのかをハッキリさせておかないと先に進まない。
じゃあこの機会にハッキリさせておこうか。
俺は胸を張り息を吸う。
「俺はオフス=カーパだ。海神ヘスペリテスの使い、オフス=カーパだよ。……これでいいかい?」
「そう言う事だ。分かったならビルーガス、言葉を慎め」
「……ッ、分かりました……」
ヘスペリテスの名を出したとたんに、ビルーガスは大人しくなった。
二十年前の神託で海神ヘスペリテスの使いが現れる事は広まっている。
二人の将軍は俺の言葉に動じた様子はない、俺が海神の使いだって事は始めから知っていたと言う事か?
「赴任したての新人を虐めすぎですよ、ガルラド」
「歴史が動く瞬間だ、動揺するのも無理がない。と言う事にしておいてやろうではないか」
そう言ってガルラド将軍は豪快に笑う。
どうやら、俺たちのこの会談は新人副官の歓迎会でもあるらしい。困ったもんだ。
「ビルーガス。二週間も騙せればいいのだ。それでそちらも問題ないのだろう?」
「ああ、問題ないぜ」
「そちらの動向に関して、表向きこちらは関与しない。出発は二日後の朝。それが条件だ」
俺とガルラド将軍は席を立つと机越しに握手を交わす。
「分かった。さっきの奴隷を忘れないでくれよ? 大金貨五枚だったな。それが条件だ」
「呆れたやつだ。……ニルディス。オフスはな、ネーマが欲しいと言っているんだよ」
その言葉にしばらくニルディス将軍は逡巡する。
「そうでしたか……、しかし……、そうですね。正規で流通していない奴隷は値が張りますよ?」
「じゃあ、買えるんだな?」
「では、大金貨六千枚でどうでしょう」
「買った!」
そんなの即決だ。
ネーマさんは色々知りすぎている。それはヴァンシュレンにとっても、フォーナスタにとってもだ。
しかも失敗しているネーマさんの立場は無い。俺が身柄を預かるのが一番安全だろう。
マイシャを見ると、少し安心しているような表情だった。
「ハッハッハ。剛毅だな! オフスよ、美女が好きなら連絡役としてオルトレアも付けよう。好きに使え」
隣の黒髪の女性が席を立つと敬礼をこちらに向けてくる。
「なによ! もうッ! また増えるの?!」
ガルラド将軍の言葉にアイリュはげんなりする様子を見せるとすぐに赤くなって怒りをあらわにしてくる。
俺が増やしてるわけじゃないって!
隣のレグちゃんは俺に小さく耳打ちをしてきた。
「受け入れておくんぬ、オフス」
「分かってるって」
オルトレアと呼ばれた人は人当たりの良さそうな、柔らかい印象の美人だ。
彼女は黒髪で軍用の上級貴族の服を着ていた。
「よろしくお願いいたします」
「オルトレアは優秀だぞ。豪剣法を納め、霊化の技も身に着けている。きっとお前の役に立つ」
そう言ってまた笑いだすガルラド将軍だが、こっちは笑えない。
俺と同じ剛剣法使いで、霊化術使い、しかもその黒髪の髪形はどことなくアイリュに似せているのが伺える。
オルトレアさんは始めから俺に預けるために選抜された人に違いない。
ただこれだけは言える。俺好みのめっちゃ美人だ。かわいいと美人の中間といった感じかもしれない。ヤバイ。
ついでに隣のアイリュの雰囲気がもっとヤバイ。
ニルディス将軍が席を立つと、皆席も立ち始める。
「ガルラドさん、無理言ってすまない。でも、こんないざこざ早く終わらせちゃおうぜ?」
「頼りにしている。ヴァンシュレンにとって後顧の憂いを断つ意味もある。こちらにも十分利はあるのだ、それに……」
一瞬間を置くと、俺に力強いまなざしを向けてくる。
「貴様には責任があるのだろう。海神ヘスペリテスの使いオフス=カーパよ。……楽しみにしている」
その言葉を受け取ると、俺は別の取引の為、ニルディス将軍に案内され会議室を退出していったのだった。