四話 志②
日も落ち暗くなり始める時間。
皆が帰ってきて、楽しい夕食の時間が始まる。
昨日の夕食とは打って変わって豪勢な食事だ。昨日の食事も俺にしては奮発したつもりだったが、レベルが違い過ぎて悔しくもならない。
ロウフォドリーの作る食事だと聞いて、味付けが濃すぎたりしないかと少し心配していたが、むしろ、すっごく美味しい。
皿を抱えて食べるアイリュ、大きな肉にかぶりつくリーヴィル。
それとは対照にマイシャ、リノちゃん、レグちゃんは上品にマナーよく食べていた。グゥちゃんはスリープモードになってしまったらしくもう部屋で寝ている。
こうやって笑顔が見れる食事はいいもんだ。
ずっと続けばいい、そんなに大げさな幸せじゃないけど、これを長続きさせるのはとんでもなく大変だろう。
食事がひと段落すると、お茶を飲みながら少しだけくつろぐ。
エリアスナスさんがお茶のお代わりを注いでいる最中に、皆に声をかけてみる。
「みんなちょっと聞いてくれないか?」
「オフス? どうしたの急に」
自然と注目が集まる。
「これから俺の考えを皆に伝えておこうと思うんだ」
「オフス……、ついに動きますのね?」
「大分人も増えたからのう」
「ん。オフスの考えを聞かせて!」
俺に期待の表情を向けてくる。そんな大した事じゃないんだけどな。
エリアスナスさんは礼をすると静かに退出していった。
「フォーナスタとのいざこざを早く終わらせるために、こっちからフォーナスタへ乗り込んでいこうと思う」
「え? 何言ってるのよオフス。……正気?! 戦争になるわよ?!」
「戦争じゃないって。重偶像騎士で決闘を挑むのさ、決闘の相手はリグズ王のブルツサル、そして相手はマイシャのヒェクナーだ」
「無茶よ! 決闘する前に倒されちゃうわ。相手はいっぱいいるのよ?!」
すごい剣幕でアイリュは喰ってかかってくる。
「アイリュさん、お待ちなさいッ。オフス……、本気ですの?」
「もちろんだ。俺も一緒に行く、マイシャ。王家重偶像騎士のヒェクナーが今回の主役だ」
俺の言葉を聞くと嬉しそうにマイシャは胸を張る。
それを聞いたリノちゃんは顔をしかめた。
「いや、アイリュの言うようにそれは無理じゃろう。フォーナスタの南東方面軍はこの前ほど壊滅したとはいえ、他の軍もいる。各領地の私兵もおるじゃろう。それらすべては相手に出来ん、無理じゃ」
「やり方は単純さ、真っすぐ王都ファニエまで行って、リグズ王へ決闘を挑む。これだけだ。これ以上戦いを繰り返さないためにな」
「で、でもそれって、相手が受けて立たない場合もあるわよね。そしたら無事じゃすまないわ」
アイリュの心配そうな声を聞くと、レグちゃんが静かに口を開く。
「レグに任せるんぬ。フォーナスタ支配階級の力関係は、恐らくリグズ王より詳しいぞ? こちらからはマイシャの名でフォーナスタの各領主へ文を出すんぬ」
「文書程度でどうにかなりますの?」
「リグズ王はナウムに攻勢を仕掛け、失敗しているんぬ。王たるもの、各領主へ己の強さや民を導くための器を見せなければならないんぬ」
「ふむ。貴族を焚きつけて、決闘から逃げられないようにするわけじゃな」
「でも、それでうまくいくのかな?」
アイリュはまだ考えているようだ。俺は優しくなだめる。
「騎士ってのは己の全てを賭けて戦うのさ、それが本来の偶像騎士の在り方なんだからな。それに俺もマイシャも強いぜ? アイリュも知ってるだろ?」
レグちゃんは俺の言葉に静かに頷く。
「ある程度の準備と、行動に移すまでの手際が勝負なんぬ。フォーナスタ国内を動揺させ、意志がまとまる前に行動しなくてはならないんぬ」
「私たちが相手にやられたようにですわね」
マイシャはこの前の戦いを思い出しているようだ。
「そうだ。だから今度はこっちから行こうぜ? 重偶像騎士の足は速い。全力で駆け抜ければ三日でファニエに着くはずだ」
俺はマイシャに向かって笑って見せるとマイシャは黙って頷き、腕を組んだ。
「フフンッ。大陸一の剣技を持つと謳われるリグズを倒すのは、私とヒェクナーでなくては成しえませんわ!」
「おいおい、何も倒す必要はないぜ?」
渋い顔をしたレグちゃんは、俺とマイシャに強い口調をかけてくる。
「躊躇する事はないんぬ、必要があれば倒すんぬ。相手はそれほどまでに強い。リグズは強さで周囲を従える王だからぬ」
そういや、リグズ王はトートの親父さんに当たる人か。舐めてかかれないって事だよな。
俺たちの戦力なら既存の重偶像騎士など問題にならないだろう。
だけど、戦いは始まって見なきゃ分からない。
今まで戦いの中で不意を突かれるなんて事はいくらでもあったからな。
「……必要があれば、な。でも、あくまでも決闘だ。それを忘れないでくれ」
するとアイリュが眉間にシワをよせてレグちゃんに尋ねる。
「ねぇ、全部うまくいくと、もしかしてフォーナスタの王ってマイシャさんになるワケ?」
「そうならなければフォーナスタは分裂するんぬ。王を戴けない国は内側から壊れるからぬ。それだけの事をやろうとしている事だけは、覚えておくんぬよ」
レグちゃんの言葉を聞くと残念そうにマイシャがうつむく。
「リグズ王を倒してオフスを一人前の王にして差しあげるチャンスですのに……」
「ハハッ。それは今度にしておこうぜ? もしかしたらその前に、俺がマイシャが望む以上の男になってるかもしれないぞ?」
「と、当然ですわ!」
俺のおどけた言葉にマイシャは顔を赤くする。
照れたマイシャはかわいいな!
その言葉に真剣にレグちゃんは返す。
「マイシャよ、覚悟は良いか? 騎士の決闘は己の全てを賭けるんぬ」
マイシャは微塵も迷わずに言い切る。
「ヒェクナーがフォーナスタへ帰還するのは悲願ですわ。重責を担う覚悟などで来ております。父にできて私に出来ないはずがありませんわッ。」
「うむ」
俺たちの会話が一段落すると、ため息交じりにリノちゃんが呟くように言う。
「しかしかなりの急行軍じゃのう。重偶像騎士が速度を出せる道と言ったら……、フォーナスタの中央を縦断する”騎士の街道”を通る事になるじゃろうな」
アーガスタ大陸を大きく横切る騎士の街道は主要な都市同士を結んでいる道だ。
何千年も古くから偶像騎士が往来してきた巨人の通る街道だ。
道幅も広く、長年偶像騎士によって踏み固められた街道はめったな事では揺るがないという。
「いいじゃないか、どうせなら目立って行こうぜ? これからヒェクナーと、俺の騎体ブルツサルが王家に決闘を挑むのを宣伝して回るのさ」
「なんじゃ? デュラハンの頭部を作っているのはブルツサルに似せるためか?」
「ヒェクナーとブルツサル。古の戦場を共に駆けた両騎をもって王都へ臨むわけですわね」
「デュラハンはもともとトートのブルツサルだしな。この二騎をリグズ王は無視できないはずだ」
それを聞くと、レグちゃんは思いついたように俺に言う。
「ふむ。ではオフス。お主はブルツサルの主、”黒衣の騎士”を名乗るがいいんぬ。レグが許すんぬ」
「なんだ? それは」
「ブルツサルを駆る騎士の称号の様な物じゃな……」
そう言ってリノちゃんはマイシャを見る。
「正式な決闘でブルツサルを下したオフスはその称号を引き継ぐ権利がありますわ。その名は十分にフォーナスタを動揺させると思いますわ」
「そんなにすごいのか? でもトートは名乗ってなかったじゃないか」
「トートは称号を引き継ぐ者としては不適格じゃ。強さだけでは名誉は得られん。黒衣の騎士の叙勲など受けられる訳もないのじゃよ」
「黒衣の騎士とは即ち神異騎士団団長の称号なのですわ、そして……」
マイシャさんが、少し言いよどむ。その表情は何処か悲し気だった。
その表情をくみ取り、レグちゃんが言葉を続ける。
「現王リグズ=フォーナスタの持つ称号の一つなんぬ」
俺を担ぎ上げようって言うのか?
俺は苦笑いしながら、レグちゃんに答える。
「……それじゃ、俺は”黒衣の騎士”を名乗らない」
「なぜじゃ? 大婆さまの計略の一つじゃろ。素直になればよかろうに」
リノちゃんの言葉に笑って答える。
「俺は地位や名誉は盗まない。そんな事しなくても勝てばいいんだろ?」
俺の言葉にレグちゃんは黙って頷いた。
すると、難しい会話について来れてなかったリーヴィルが小さく呟く。
「ん。アイリュ。ちゃんと言ったほうがいいよ……」
アイリュを見ると、顔を赤くしていて、クエリドールを胸に抱いて小さく震えているのが分かる。
ヤバイ! あのアイリュは怒っている時のアイリュだぞ?!
「オフス……。マイシャさんだけじゃなく、私も連れて行きなさいよ!」
「アイリュ待ってくれ。今回オーヴェスは連れて行けないんだ。偶像騎士と重偶像騎士は行軍速度が違う。それに王家の決闘なんだから、ブルツサルやヒェクナー以外の騎体が行くのはまずいだろ?」
「デュラハン……、いいえ、ブルツサルは二人乗りよね。じゃあ、私、複座に乗るから。決めたから」
レグちゃんは溜息をつくとアイリュをなだめるように言葉をかける。
「アイリュよ、国境にて待機し吉報を待つがよいんぬ。国境付近に学生の偶像騎士が集まれば、当然相手側も防衛線を厚くしなければならないんぬ」
「相手の戦力を国境に集めるのじゃな。そこを重偶像騎士の脚力で内部まで駆け抜けると……」
「ナウムに残る事も、オフスを助ける為と知るが良いんぬ」
「アイリュ。大婆さまの言う事は理にかなっているのじゃ」
「ごめんなアイリュ。だけど必ず、マイシャと一緒にいい知らせ持ってくるからさ」
俺は立ち上がり、アイリュの側まで行くとその頭を優しく撫でる。
するとアイリュは、渋々ながら頷いてくれた。
「では皆、良く聞くんぬ」
レグちゃんは静かに、だけど力強く皆に声をかけた。
「オフスよ、今一度レグに語った覚悟を聞かせてもらえるかぬ? ここにいる女はお前の為に全てをかける覚悟を持った者だ」
皆を見渡すと頭が真っ白になってしまった。
ん? なんて言えばいいんだ?
するとリーヴィルが言葉を返してきてくれた。
「ん。考えちゃだめだよ、思ったことを言えばいいんだ」
すると、みなが声をかけてくれる。
「もう! オフスは大事な所でいつも失敗するんだから。ちゃんとしてよ!? オーヴェズだって認めてるんだよ?!」
「ふふっ。ヒェクナーも私もオフスの力となりますわ」
「ここに集まった”知識”と”力”を何に使うのか……。お主の言葉を聞かせてはくれぬか?」
はは、それなら簡単だな。
ふぅ。と息を吐くと心が軽くなる。
「明日から大変だと思う。だけど、これから始まる出来事は、俺が目指す、ほんの小さな一歩でしかないんだ」
自然と言葉があふれてくる。俺の言葉をみな黙って聞いてくれていた。
「俺の知っているもう忘れられた世界には、限りない未来が待っていて。希望や楽しい事が沢山あったんだ」
目を閉じると思い出される。俺の知っている平和な世界。
「俺は皆と一緒にいたい、皆と未来を作っていきたい」
俺は両の手に感じる皆の体温を感じながら続けた。
「だけれど、今この世界にはそんな幸せな、約束された未来なんてないんだ」
……イリス。もしもう一度君に会う時が来るのだとしても。俺は今やらなくちゃいけない事をやろうと思う。
「だから、俺は未来を取り返したい。皆と……」
俺は一人一人をみつめる。
「みんなの未来とこれからの未来を、残すために。その為にこれからも一緒に行こう」
するとリーヴィルが椅子からするりと立ち上がり、天と地に口づけをする仕草をすると、歌いながらくるくると踊り始める。
「おお、偉大なるこの大地よ。全てを愛する我らは、この美しき世界を弛まず歩き続けています。暗きを彷徨う我らの眼に朝日の美しさを見せたまえ。我らの耳に喜びの歌声を聞かせたまえ」
トントン。っとステップを踏み軽やかに舞い踊る。
「我らは今、この両手に穢れの無い未来を作ろうとしています。我らは何も隠さず、何者にも恐れず、ただ臆病を恐れます。遍く全てに隠された知恵と教えと尊敬を、小さく弱い我らに理解させてください」
その言葉と歌声は俺の心の奥底に響いてくるようだった。
最初に聞いた祈りの言葉ではない、おそらくこれが祈りの言葉の全文なのだろう。
「我らが全てに恥じる事の無いように。我らが本来の我らであり続ける責任がある様に。空飛ぶ古き竜が大地で休み、いつか我らが夕日と共に大地に還るその時まで」
歌が終わると、俺の前でリーヴィルは深くお辞儀をする。
「平原の巫女よ、大儀なんぬ。今、ここに誓いは成された。これからよろしく頼む……。オフス=カーパ」
皆が俺の周りに集まり、もたれかかってくる。その皆の重みを、心と体に刻んでいく。
前に、湖畔でアイリュの重みを背中に感じた時、それだけで俺は押しつぶされそうだった。
だけど今の俺は違う。変われなくても俺は変わっていかなきゃいけない。
そんな不器用な俺に、皆は頬を寄せ、信頼を寄せてくれたのだった。