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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第五章 ブルツサル(フォーナスタの王)
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四話 志①

 会議からの帰り道、寝てしまったレグちゃんを背負いながら静かな街中を歩く。

 俺はクエリが受信したリノちゃんからの通信に耳を傾けていた。

 リノちゃんは先程の戦闘で破損したオーヴェズとヒェクナーのメンテナンスをしてくれているのだ。

 聞こえてくる声は明るいものだった。



『オフスよ、えーてるけいせいき、と言うものは便利なモノじゃのう。もうほとんどヒェクナーの修繕は完了したのじゃ』

『そりゃよかった! オーヴェズの方はどうだい?』

『ふむ、グゥちゃんお父さんにデータをおくってやってくれんか?』



 データ通信でグゥちゃんから送られてくる内容を参照する。

 損傷個所を詳しく解析してみると、フレームに大きな衝撃が加わっているな。



『基礎フレームは下手にいじれんのじゃ、一晩どれだけ復元するか確認してから対応を決めるのじゃ』

『分かった。ありがとうリノちゃん。でもこれ以上は遅くなる。グゥちゃんを連れてなるべく早く帰ってくるんだぞ?』

『うむ、そろそろ帰れるのじゃよ。バグザードの生み出すパーツの組み立ても順調じゃしな! デュラハンの頭部も明日には取り付けられるぞ』

『わかった、楽しみにしているよ』



 通信が切れる。

 胸にたまった空気を吐き出しながら思う。

 まだまだ戦いは続く。今日の様な事件もある、もう少し早急に戦力を整える必要があるよな。

 破壊をまき散らすだけの力じゃなく、偶像騎士シエイゼ偶像騎士シエイゼであるための力が必要だ。

 俺はクエリを呼び出し、以前クエリが見せた兵装のリストから数個ピックアップする。



『クエリ、俺がピックアップした内容を設計しておいてくれ』

『はい、ご主人様。約八時間二十三分後に完了予定です』



 データを作成したら、後はリノちゃん、グゥちゃんに作ってもらえばいい。

 取り急ぎ、オーヴェズとヒェクナーの新たな装甲。あとはシエリーゼの装甲材質を利用した剣と盾を数セットだな。

 オーヴェズは嫌がるだろうけど、装甲をつけないと危なくてアイリュを乗せて出撃させられない。

 


 慣れた道を歩いて行くが、背中でレグちゃんがもぞもぞと動き出す。可愛らしくあくびをすると俺の耳を引っ張った。



「ん? オフスよ。そっちの道ではない、こっちなんぬ」

「いててて、こっちか? でもこっち北区だぜ?」



 そういやエリアスナスさんが引越しの手配をするって言っていたな。

 そんな背中のレグちゃんが動くたびに爽やかな香りが俺の鼻先をくすぐる。なるほど流石元女王様だな。



「黙って進むんぬ、群れていなければ動けない馬車の馬でもないんぬ」

「馬扱いかよまったく。へいへい。りょうか~い」



 でも高級住宅街の北区なんて、俺たちが借りられる物件なんてないだろうに。



「こっちはリノちゃんのお屋敷の方か?」

「そちらは半壊しているんぬ。行くのはこっちの道なんぬ」



 そう言うと、今度は馬よろしく俺の脇腹にケリを入れてくる。なるほど流石元女王様だな。



「……へいへい」



 諦めてレグちゃんの誘導通りに先に進むと、立派な塀のあるお屋敷が見えてきた。



「見えてきたんぬ、ここが新しい住居なんぬ」



 ここは前に俺が招待されたマイシャのお屋敷だ。



「ここか?! でもここは……」

「うむ、混乱に紛れて半ば強引に所有権を確保させてもらったんぬ。好きに使うと良い。これなら女も囲いたい放題だぬ」

「おいおいその言い方はちょっと待てよ! 俺がそんな最低な女ったらしに見えるのか?」

「どの口が言うのかぬ? それともホントに自覚が無いのかぬ?」

「冗談じゃないぜ?! 俺の恋はどれも真剣そのものだって事だよ。それにこんな大きな屋敷、俺一人じゃ掃除しきれないぜ?」

「面白い冗談だぬ。よく見るがいいリノミノアの手の者を再雇用したんぬ」



 門をくぐると、屋敷の中には荷物がいくつも運び込まれている最中だった。

 運び込んでいるのは、目出し頭巾をしたロウフォドリーのメイドさん達だ。

 その中でも特徴のある目出し頭巾をした人影が走ってくる。あれはエリアスナスさんだ。

 


「おかえりなさいませ! なんぬ!」



 俺たちの目の前まで来ると丁寧にお辞儀をしてくる。



「凄いな。今日の夕方で、良くここまで手配できるな」

「このくらい出来てもらわねば、先が思いやられるんぬ」



 レグちゃんはそう言い俺の背から降りると、エリアスナスさんに向かって言い放つ。



「エリアスナス。この屋敷の主人はオフスなんぬ。今後オフスの事は”旦那様”と呼び、他のメイドにも徹底させるんぬ」

「かしこまりましたんぬ。それでは旦那様、レグティア様。奥のお部屋はくつろげる様になっておりますんぬ。こちらへ……」



 エリアスナスさんの後を歩きながら俺は慌てる。



「ちょっと待てってば! レグちゃんここマイシャのお屋敷だろ?」

「オフスがそのような態度では困るんぬ。あのようなボロ家では、お主の周りにいる女が可哀そうだとは思わぬのか?」

「うっ、いや……、その……。そうかもしれないけどさ」

「オフスは誠実で実力はあるが、愚かにも金を稼ぐ力がないんぬ。回りの女が養わなければ、今頃飢えて死んでいるぞ?」



 申し開きの言葉もない、黙ってうなだれる。



「まぁ良いんぬ。アイリュもマイシャもリノミノアも初めての男をどう扱えば良いか知らなかったに過ぎないんぬ」

「……いや? そうじゃないぜ? まだお互い分かり合う時間が少なすぎるんだと思うんだよ。……多分だけど」

「ロウフォドリーの男とは違うからぬ……。そうかもしれん」



 そうしている間にエリアスナスさんは、俺たちを奥の間に通す。

 そこはそれなりに豪勢な調度品に囲まれた部屋だ。その部屋のソファーには手すりにもたれかかるようにリーヴィルが眠っていた。

 俺たちが入っていくと、猫耳をピクリとさせ飛び起き、俺とレグちゃんを見る。そのとたん腰を浮かせて逃げようとした。



「待て!! リーヴィル」

「ん」



 俺の言葉で、リーヴィルがぴたりと止まる。



「逃げてちゃだめだぞリーヴィル。レグちゃんはこれから仲間になるんだ。俺もいる、まずは握手からだ」



 リーヴィルは俺の方を向くと、耳と尻尾をしゅんとさせる。



「でも……、レグティアさん、悲しみと怒りを私に向けている」

「それは違うんぬ……」



 レグちゃんはそう言うと、一歩二歩とリーヴィルの方に歩いて行く。



「リーヴィル姫は、もう我を覚えておらぬか?」



 ん? なんだ?

 レグちゃんの雰囲気が変化していく。……後姿がとても小さなく見える。



「まだ幼い頃であったからぬ。もう、二十年も昔なんぬ……。姫が感じるその感情は、我に向けているものだ」



 レグちゃんはリーヴィルだけを見ていた。

 その表情はまさに真剣そのものだ。



「リーヴィル姫よ、我らが負けねば、姫はその身に辛さを背負わなくて良かった。申し訳ない……」



 そう静かに告げると、深く頭を下げる。



「申し訳ない。我が戦に負けたせいで今も苦しんでいる。万物の思いを紡ぐ平原の民の調和も傷つかずに済んだ……」



 リーヴィルは、真っすぐにレグちゃんを見つめる……、いや。その昔、戦場の先陣に立った女王の姿を見ているのだろうか。

 敗戦後、ニハロスの塔の上階に幽閉されながら、きっとレグちゃんは長い間自分を責めていたのだろう。

 女王はリーヴィルの苦しみや辛さを、自分と重ね合わせているのに違いない。

 俺には女王の細い声が、今も彼女自身を苦しめていると感じられた。



「ん。わかった」

「リーヴィル……」



 リーヴィルのその表情は、少し笑っているように見える。



「わたし、もう辛くないよ。オフスがいるから」



 きっと心が完全に読めたとしても、言葉でなければ伝わらない思いもあるのかもしれない。

 どんな方法でも、分かり合うための手段って必要だよな。

 俺は偉そうなことは言えないが、相手の気持ちを思いやる事が一番大事なんだと思う。



「……私はオフスと一緒に夜道を進むよ。そして未来から物語がやってくるんだ。だからレグティアさんも一緒に行こう? そうすれば過去と未来が手を取り合う日が来るんだよ」



 そう言いながら、俺の隣にリーヴィルが立つ。



「レグちゃん、俺は言ったぜ? レグちゃんも救うってな。みんな俺が幸せにしてやる! だから一緒に頑張って行こうぜ?」

「その為に我はこの地へ来たんぬ。二千年を生きた者として、オフスと共にその義を果たそう」

「じゃ、これでリーヴィルもレグちゃんも仲良しだな」



 俺は、レグちゃんとリーヴィルの手を取るとそっと重ね合わせ、二人の手を包み込んだのだった。




 ◇ ◇ ◇




「……それでは、古き竜(ハイフォドリー)の道を進むと決めたかぬ」



 奥の間のソファーでくつろぐレグちゃんはそう言う。

 いつも今頃の時間は夕食の準備を皆でしているのだが、ロウフォドリーのメイドさん達がやってくれるので俺たちは特にすることが無い。

 エリアスナスさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、俺はレグちゃんと話し合っていた。眠いのだろうか隣にいるリーヴィルはうつらうつらしてる。



「ああ、俺なりに答えを出してみたよ。それは俺が背負った責任を果たすって事でいいんだよな?」

「うむ。オフス、レグに顔を良く見せよ……」



 レグちゃんに良く見えるように顔を近づける。そんな俺の顔をしげしげと見つめた。



「うむ、ならばオフスは古き竜(ハイフォドリー)の道を進む者だぬ」

「もうそうなのか? 特に面倒な儀式も手続きもないんだな」

「フフッ。顔つきで分かるものだぬ」



 そう言ってレグちゃんは笑うが、少し真剣な表情になる。



「しかし……、試練が欲しければくれてやろう。今のオフスならば答えは簡単なはずだぬ」



 そして、俺を威圧するような、威厳のある声色で一言呟く。



「…………”イリス”はもう良いのかぬ?」

「なッ?!」



 レグちゃんは宇宙そらでの俺の声が聞こえていたのか!?



「諦めていないのだろう? レグは聞こえていたんぬ……。良いのかぬ? ”帰りたい”のだろう?」



『キィーン』



 音が鳴った?! なら帰れるのか? そんなことが出来るのか?

 そうだ。俺は帰りたい、このまま帰ってしまいたい。

 だけど 俺はこの星で色々な人と出会って。色々な体験をして。……色々な恋をした。

 すると、うとうとしていたリーヴィルが寝ぼけ顔でポツリとつぶやく。



「……私たち七人は、ホントは”オフス”を助けようとしたんじゃないんだよ。”ミクニハジメ”を助けようとしたんだ」

 


 だけど俺はもう決めているはずだ、それは今更の選択肢じゃないのか?

 もっと深く考えようと静かに目を閉じる。するとアイリュや、マイシャやリノちゃん……、みんなの笑顔が浮かんできた。

 みんなの立場や、寄り添ってきた彼女たちの生きざまが脳裏をよぎる。



 『君が背負うにはその背中は小さすぎるんだよ』



 ああ、そう言っていたのはネーマさんだ。それはマイシャを俺に託そうとした時の言葉だ。



 『王族に連なる血筋の者が多いのじゃよ。血塗られた血族じゃ。無論、わしも含めてな』



 そう言っていたのはリノちゃんだった。俺が怪我をして倒れたときに言った言葉だ。

 ……なんだ、よく考えたら俺はあの時もう答えを出していたんじゃないか。



 『なら、そう出来るようにすればいいだけさ』



 俺はあの時にそう言っていたはずだ。

 そう、ならもう一つ、俺の為の新しい道を創ればいい。

 あの北の丘でリーヴィルは言っていた。 



 『オフスも目指すんだよね。古き竜(ハイフォドリー)の道』



 俺はリーヴィルと二人で古き竜(ハイフォドリー)を見上げながら語っていたじゃないか。



 『俺が? ……俺がか』



 その時、俺は確かに俺の進むべき道を感じていたんだ。



「そうだ……、今、間違いなく感じられる。好きな皆が背負うものを俺が背負う。ただそれだけの事なんだ。それは相手を変えようとするより、俺自身が変わらなきゃいけないって事なんだよな」

「……その通りなんぬ。多くの者は周りを変えたいと思っても、その為に自分自分自身を変え、成長させることは無い。古き竜(ハイフォドリー)の道とは常にそういう道なんぬ。青いラピスを持つ者は例外なく王族に連なる者、我ら七人をめとる者となるため、その志を持つがいい」



 そう言うと、腕組みをしながらレグちゃんは静かに俺を見る。



「フフッ。しかし本当に良いのかぬ? 帰る手段はメガラニアが知っているはずだ」 

「ああ、以前その可能性をクエリから聞いた。だけど今は、いいんだ……。俺がここにいない理由を考えるより、俺がここにいる理由を考えなきゃいけないだろ? それを確かめてから後悔したって遅くはないさ」

「そうか……。ならば何も言うまい、我が今を生きるオフスの知恵袋となろう」

「ありがとうレグちゃん……。今の俺を作り上げているのは皆だ、俺はそれに答えなくちゃいけない……」



 レグちゃんは深く息を吐く。



「しかしクエリか……。レグもクエリを持つが、クエリにあまり執着するのは良くないぬ。己の人生は己の物だと言う事を、よく覚えておくんぬ」

「分かったよ、レグちゃん」



 その表情は柔らかい。リーヴィルも笑ってくれている。



「それじゃ早速レグちゃんの知恵を貸して欲しいんだけどいいかな?」

「なにかぬ?」

「明日の会議だよ! ガルラド将軍との会議さ。早速一つやってみたい事があるんだ」

「フフッ。良いとも、望みが叶うよう、筋書きを作ってみせよう。何なりと申してみるんぬ」



 俺は胸を張って自信たっぷりに言ってみる。



「フォーナスタの王に、偶像騎士シエイゼで決闘を挑む事はできないかい?」



 レグちゃんは少しだけ固まっていたが、表情をやわらげにっこりと笑うのだった。



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