三話 強襲②
私はチョーカーから流れるオフスの声に答える。
「わかりましたわ」
『頼んだぞ……』
そう答えるとオフスの緊張した返事が返ってきた。
私はヒェクナーに膝をつかせ停止させると、座席の足元からマフルの山刀を引き抜いた。
ハッチを開け、操縦席の脇に置いてあるレイピアと掴むと、山刀を鞘に納めレイピアと共に腰の金具につなぎ止める。
「マイシャさん!」
すぐ目の前で、同じように膝をついているオーヴェズのハッチからアイリュさんの姿が見える。
学生騎士の偶像騎士が二騎気遣うように近づいてきた。
オーヴェズは一体三だったため何度か敵の剣を受けている。だけど私の見る限り致命傷は避けているようだ。
すぐそばに敵の偶像巨人と思われる騎体が三騎各坐しているが、ハッチは開かれ操縦者は逃亡してしまっているようだった。
「アイリュさん、オーヴェズはまだ動きますか?」
「なんとか!」
「なら他の騎士と共に周囲の警戒に当たってください」
「でも、オフスが一人になっちゃう!」
「行っても邪魔になるだけですわ。古き十二宮座同士の戦いなのですわよ」
会話を打ち切ると、ヒェクナーのハッチに足をかけ偶像甲冑の力を最大限に引き出し跳躍する。
チョーカーの通信からアイリュさんの声が聞こえてくる。
『マイシャさん!』
「アイリュさん、他にも伏兵がいるかもしれません。頼みましたわ!」
体をまるめるとそのまま地上へと落ちていった。
ドシンッ! 偶像甲冑が全体をバネにし、地上に飛び降りた際の衝撃を吸収する。内臓への負荷は自分の魔力を使って軽減した。
そのままの勢いで通りを風のように駆け抜けてく。偶像甲冑は瞬足だ。
信じられないくらい大きな力を秘めている。私はただその力の向きを導いてやればいいのだ。
大通りを挟んで二階建ての屋根に跳躍すると、そのまま屋根伝いに疾走を続ける。
民家の屋根から再度大きく跳躍し、拘置所の塀に設置された見張り塔の屋根に飛び移る。
ここに入るには手続きとかが必要ですけれど、緊急事態という事で大目に見てもらいましょう。
そこから目を細め辺りを見渡した。
普段なら静かなはずの拘置所の一角に、数人の男があわただしく走る様子が見て取れる。
男たちの数は三人、服装は身なりの良い市民服だが、その足運びは戦場を駆ける者のソレだ。
そして問題なのが……。
「あれは?」
真ん中の男が一人の女を肩に抱えている。
抱えられた女は身じろぎもしない、意識を失っているのだろうか。
「抱えられているのは……」
姉さまだ。背格好や、髪の毛の色からして間違いない。
だけどなぜ? 力の抜けた肉体は運ぶのにも余計に労力がかかる。脱出劇なら姉さまの意識を失わせる必要はないはず。
あまり考えている時間はない。そう判断すると私は男たちの目の前に跳躍していた。
地面に着地すると同時に殺気を感じ、すぐにその場から距離を取る。着地した場所には投げナイフが突き刺さっていた。
腕の立つ者がいるみたいですわね。まぁこの程度で私をどうにかできるとは、相手も思ってないでしょうけれども。
姉さまを抱えている男が少しさがり、残りの二人が前に進み出る。
相手は剣を抜かず様子を見るような素振りを見せた。
三人はエランゼだ。そして見たことのある顔。一人はこの街でも有名な横三ツ星の上級冒険者だ。
彼らはネーマ姉さまの忠実な部下のはず……。たしか一人はグラジと言ったかしら。
話し合いには応じないでしょうけれど、相手の意図を知る必要はあるかもね。
「お待ちなさい! あなたたち、姉さまをどうするつもりなの?」
私が息を吐き切る瞬間を狙い、二人が素手で同時に仕掛けてくる。
やはり話し合いには応じてくれないらしい。
「甘いですわね」
一人目の拳を避けると、二人目の拳を掌で受け止めそのまま相手の手首をひねる。
相手は逆に私の手首をつかむと自分の体を翻し、そのまま私の肘を固定しねじり返してきた。これは魔剣法の手業だ。
魔剣法は戦えるほどの使い手になると、相手の力を利用してくる。
そうはさせまいと、逆に力任せに相手の肩を捻り返した。
偶像甲冑の人並外れた力にたまらず相手が手を放すと、私も同時に距離を取る。
私の技を返そうとするほどの手練れなのに、まだグラジは剣を抜いていない。つまり本気ではないのだ。
剣に手をかけるが、抜かない相手に相手に私が剣を抜けるはずがない。
”奥門”の者にとって同等以上の敵に対し剣を抜くという事は、その他一般とまったく意味が異なるのだ。
相手が強者であればなおさらだ。抜いた瞬間に位負けしてしまうだろう。
覇気、強運、天命、品位、そう言った己の極意が鞘には納められている。
「姉さま何処へ連れて行こうというのかしら? 女性をかどわかすなんて最低ですわ」
侮蔑の言葉を向けるが相手が動揺する雰囲気はない。やはり挑発など意味はないですわね。
側面に回り込んでいた一人が、不意を突いたつもりなのだろうか剣を抜き放つ。これは剛剣法の剣筋ね。
相手の殺気に自分の殺気を重ね合わせる。その瞬間。
私のレイピアが風が唸り声をあげるように抜き放たれ、相手の喉元に突きが放たれる。剣筋は私の方が圧倒的に早い。
しかしその突きは躱されてしまった。相手は攻撃を仕掛けるふりをして私を誘って来ただけだったのだ。
同時に魔剣法使いのグラジがこちらに切りかかってきた。なるほど連携が狙いね。
瞬間にグラジと何度か互いに打ち込むが、相手はこちらの攻撃を受け流し、逸らし、しかも執拗に迫ってくる。
魔剣法の使い手は雨水と戦うように手ごたえが全くない。だが魔剣法は剣の師エルディフィアが最も得意とした剣技だ。当然返し技も心得ている。
相手の態勢を崩し攻撃のチャンスを掴むが、その瞬間に、真後ろに殺気を感じる。
左手を後ろに回すと腰の山刀を逆手に抜き放ち。そしてそのまま跳ね上げた。
重い金属音と共に、後ろから襲い掛かってきた剛剣法使いの剣をはじき返す。
ほぼ同時にグラジも剣を振るってくる。右手のレイピアで防ごうとするが、タイミングがわずかに遅れ、重撃に耐えられず華奢なレイピアは折られてしまった。
そのまま重量の乗った剣を右腕で受け止める。相手は確実に仕留めたと思ったのだろう、しかし魔力を込めた偶像甲冑は切断できず、表面を傷つけるだけだった。
「フンッ。それで、攻撃をしているおつもりですの?」
攻撃が通じないと見たのか二人の相手は一旦距離を取る。
敷地内の剣戟の音に拘置所の衛視がやってきたのだろう、背後から多数の人の近づく気配がしてくる。
姉さまを抱えた三人目の男が仕掛ける気配を漂わせた瞬間。男は気絶した姉さまを宙へ放りなげてしまう。
「なッ!?」
一瞬姉さまに気を取られている隙に、三人の相手は身をひるがえし呆気なく引いていった。
後を追いたい衝動に駆られるが、頭から落ちようとする姉さまをそのままにしておけるはずもない。
姉さまを受け止めて再度三人を確認するが。もう彼らの気配はその場にはなかった。
姉さまを優しく抱え直す。胸は規則正しく上下していて呼吸も安定しているようだ。
この襲撃は偶像騎士での強襲との連携という事なのかしら?
すぐにチョーカーでオフスに連絡を取ってみる。
「オフス? 聞こえていますの? 姉さまを拉致しようとしていた賊は追い払いましたわ」
『そうかマイシャ……、こっちはラーゲシィには逃げられた。……と思う』
「思う? どういう事ですの?」
『消えたんだよ。ラーゲシィは、俺の目の前から、突然な。クソッ、もう一息だったのに……』
デュラハンが拘置所の外の通りまで歩いてくるのが見える。
すると、デュラハンの脇に小柄な騎体が走り寄っていく。オーヴェズだ。
チョーカーから、アイリュさんの安心したような声が聞こえてくる。
『オフス! よかった~。無事ね!』
『なんだよアイリュ。もう相手はいないぜ?』
もう一騎重偶像騎士がデュラハンの側まで歩み寄ってくる。
顔に大きなひび割れが入る赤い巨体だ。あれはガルラド将軍の騎体、赤炎のクリーヴァだ。
私の周囲には騒ぎを聞きつけた衛視が駆けつけてきた。
「姉さま……」
腕の中でうなだれる姉さまに声をかけてみる。
囁きかけると姉さまは小さく呻き声をあげた。
いつも凛としている姉さまはそこにはなく、目を閉じ小さく震える私の姉がそこにはいたのだった。
◇ ◇ ◇
街中で重偶像騎士を使った後はいろいろな面倒ごとが多い。
街の人たちの感情や、被害、などなど、様々な事後処理が起こる。ラーゲシィの今後の出方にも頭が痛い。
そんな問題ごとを話し合うために俺はレグちゃんを呼び、ガルラド将軍と拘置所の一室にある小さな会議室に集まっていた。
ガルラド将軍、レグティア元女王、それに俺が簡素なテーブルに向かいあうように座る。
「”無垢のラーゲシィ”。古き十二宮座の重偶像騎士では一番近年に発見されたものだ。ニハロスに安置されていたハズではないのか?」
そうガルラド将軍は言うと視線をレグちゃんに向ける。
俺に向けられた言葉ではないが、語彙には力がこもっているのが感じられた。
「己で考えればよかろう。何故我に聞くんぬ?」
レグちゃんの言葉にガルラド将軍は露骨に顔をしかめる。
さっきからこんな調子で、場の空気がピリピリしてしょうがない。
二人は共に二十年前の戦を戦い抜いた戦友なのだという。そのためか相手を気遣うそぶりは全く見られない。
「ふむ。一介の将軍風情には知らされておらぬか。我に問う前に己の主の信無きを恥じるがよいんぬ」
「どういう意味だ?」
むさいオヤジと小柄な少女の会話なのに、俺には目の前で怪獣と妖怪が大戦争している様にしか思えてならない。
進まない話に嫌気がさし、俺は割って入る事にした。
「なぁ二人とも。話が前に進まないから、セキニンとかカクシキとかは横においていてさ、もっとちゃんと話し合おうぜ?」
俺の言葉に、レグちゃんは重々しく口を開く。
「古来より、マナフォドリーは偶像騎士の製造、輸出、メンテナンスを請け負ってきたんぬ。偶像騎士は”我らが子”ではあるが眠らせたままにしておくわけにはいかぬ。子はいつか巣から旅立つものだ」
その言葉をガルラド将軍は鼻で笑う。
「詭弁だな。”無垢”の字名をもつ重偶像騎士を何故他国へ輸出するのだ?」
その言葉を受け流す様にレグちゃんはガルラド将軍に質問で返す。
「エンドルヴ、この名に聞いたことはあるかぬ?」
「三か月ほど前にギルナスへの切り札とするため、緋色の魔王専用騎として東へ送られた新型の重偶像騎士の名だ」
「その様子では……、まだ見つかってはおらぬのだろう? その字名もまた”無垢”だ」
その言葉にガルラドは眉を顰める。
「ガルラドが知らされていないだけなんぬ、国ぐるみなんぬよ。形式的には一時貸与という形ではあるがな」
う~ん。マナフォドリーの王都ニハロスには行ったけど、決して活気がある都市じゃなかったなぁ。
お金が無いから、未調整の偶像騎士を貸し出していたって事なのか?
「何故だ? 国ならお金は自分で作ったりすれいいんじゃないのか?」
「敵は常に内に潜むものだぬ。恥を語るようだがマナフォドリーには景気の起爆剤となる財源がないんぬ。ザウーシャ商会の資金に頼らざるを得なかったのは事実なんぬ」
言ってることは違うけど、俺の言ってる事で合ってるって事だよな。
しかしザウーシャ商会ってのはどれだけお金を持っているんだ?
「じゃあ、マナフォドリー国はお金が無くて、バグザードやラーゲシィ、それにエンドルヴだっけ? をザウーシャ商会へ質に入れた、っていう流れでいいのか?」
「要約しすぎなんぬ。……まぁ、その程度の解釈しか出来ぬか。なら、もうそれでよかろう」
ガルラド将軍の口元は笑っているが、レグちゃんは不満たらたらだ。
見栄とかどうでもいいような気もするけど、それじゃ女王は務まらないのかもしれない。
レグちゃんはガルラド将軍を睨みつけて言う。
「フンッ。この件に関してはエルディフィアも一枚かんでいるんぬ。二騎ともにナウムにあるのがその照査なんぬ」
「ん? 殿下もか。しかしその目的は?」
「聞いては戻れないんぬよ? まぁ、ここまでくれば同じか……」
ため息をついて、レグちゃんは続ける。
「バグザードは”時期女王候補”となるリノミノアのために。ラーゲシィも”時期女王候補”となるマイシャのために……、ここまで言えば分かるかぬ?」
んん?! エルディフィアって人はマイシャとリノちゃんと仲良くこの学園の生徒会を務めていたんじゃないのか?!
リノちゃんはマナフォドリー王家の血筋って言ってたし、マイシャもフォーナスタの元王家の血筋だ。
「待てよ?! それじゃ、エルディフィアって人は。親友を使って諸外国の転覆を狙っていたって事か?」
「己の国の安泰を願う者としては、正道であるといえるんぬ。最初に言った通りなんぬ。ラーゲシィとバグザード。この二騎がこの街に存在する事のシナリオは、ガルラド将軍に考えてもらうのが適当なんぬ」
「ふむ……。仕方ない、引き受けよう」
自分の主の尻拭いは部下がするのがいいんじゃないの? って事か。いろいろ複雑だね。
偶像騎士がザウーシャ商会に引き渡されたのはレグちゃんの手引きって事なんだろうけど、マナフォドリーも闇を抱えてるんだなぁ。
そんな責任追及よりも、他に考えなくちゃいけない事はいっぱいある。
二人はしがらみが多すぎて話が前に進まないから、ここは俺が切り出すか。
「でも、重要なのはハルドさんの目的だ。ネーマさんを狙って来たって事はやっぱりもう一度来るよな」
俺の言葉に、二人とも頷く。
ガルラドは重く口を開いた。
「そうだろうな。こちらの情報では、ネーマを襲った賊は賊同士で争った形跡があるのだ」
「なんだって? 一つはハルドさんとその配下だよな」
「そうだ、もう一つの勢力は、まだ確証はないがフォーナスタの密偵だ……」
「ふむ、ネーマは用済みと言う事かぬ」
そう言ってレグちゃんはあごに手を当てる。
マジか? 暗殺される前にハルドさんはネーマさんを救出しようとしていたって事なのか?
でも何かひっかかるな。
「詳細を知る者を生かしてもおけんだろうしな。今の所、ネーマはこちらで厳重に預かっている」
ガルラド将軍の言葉に、レグちゃんは鋭い目線を向ける。
「やっかいな事なんぬ。民衆のストレスの矛先が、治安を維持する赤竜騎士団に向かねば良いが?」
レグちゃんはさっきの続きで嫌味たっぷりだ。だがガルラド将軍は平然と続ける。
「ネーマは今後、一等罪人として扱う。犯罪奴隷に階級を下げ、こちらで利用させてもら」
「なッ?!」
俺の驚きをよそに、レグちゃんは冷静そのものだ。
「妥当なんぬ。……諦めるがよい。オフス」
「犯罪者として市民の見せしめになってもらわねば困るからな」
二人とも冷たい。いや確かにネーマさんは色々失敗してると思う。
でも、マイシャのお姉さんじゃないか。二人にはネーマさんの存在など軽いのかもしれない、だけどネーマさんを失って悲しむ人もいる。
「それはあんまりだ!」
「ふむ……」
俺の言葉に、ガルラド将軍は考え込むような仕草を見せる。
「オフスよ。ネーマは生きていることに価値があるんぬ。殺される訳では無い」
レグちゃんの言葉は、俺の心に突き刺さるほど氷のように冷たかったのだった。
◇ ◇ ◇
それから、予定通り明日の会議で詳細を取り決める、と言う事で打ち合わせはお開きになった。
激しい運動のできないレグちゃんを背負い帰路につく。建物から出ると、もう日も傾き始めていた。一日というのは早いものだ。
「オフスは非情なように見えて、身内への情に厚いんぬ」
背負ったレグちゃんは耳元で小さく呟く。
気を張っていない時のレグちゃんは威厳も威圧感も感じられない。ただの少女の様だ。
「だめか? ネーマさんは間違った選択をしたのかもしれないけれど、守りたいと思った人を守ってはいけないのか?」
気が高ぶっていて、少し乱暴な口調になってしまう。
「いや、人であるならばそれで良い」
冷たく言われるかと思ったが、意外な言葉だった。
「今は例えそれしか道が無いとしても、希望は常にあるんぬ。愛があれば悪魔は天使にもなれる……、よく覚えておくんぬ」
「わかったよ。今はレグちゃんを信じよう」
その時俺が背中に背負っているレグちゃんは、小さいけれど確かに温かく感じられたのだった。
2021/3/19 誤字修正しました