二話 道②
翌朝早く、俺はリビングのソファーで目を覚ます。
慣れないソファーで寝た為、凝り固まってる肩と背中を伸ばして解きほぐすと、かまどに火を入れ昨日の夕食の残りを温めはじめた。
皆は疲れているからなるべく休ませてあげたい。
朝食を取りながら今日の予定を少しだけ打ち合わせる。今日はそれぞれ予定があるようだ。
俺は予定通りリーヴィルとアイノスさんの店に出かける。
マイシャとアイリュは、街の復旧のために偶像騎士を動かすのだという。
レグちゃんはヒーゲル君を手伝い各種調整を行うのだそうだ。ヒーゲル君が顎で使われる様子が見て取れるようだな。
リノちゃんとグゥちゃんは、俺からの依頼で色々な偶像騎士の装備を作ってもらう事にした。
作る物はオーヴェズ、ヒェクナーの強化パーツ、バグザードの動力炉の換装準備などだ。あとデュラハンの頭部を作成してもらおうと思っている。
デュラハンは実験機のため、頭部は無くてもいいかと思っていたが、実際に街中で動かすとなると見た目の問題も出てくる。威圧感を持たれない為にもダミーで頭部を作っておいた方がいいだろう。
バグザードに搭載されている中型のエーテル形成機なら、昨日の要領で金属製品の加工はを簡単にできる。パーツを作成した後に組み上げればいい。
ちなみにエリアスナスさんはレグちゃんの指示で動くため、色々一日忙しいとの事だった。
俺とリーヴィルは食事を済ますと、アイノスさんの店へ向かう。
今日は昨日と同じでいい天気だ。
ドアを開けると、普段通りにカランッと鐘が鳴り出迎えてくれるのは、いつもの通りアイノスさんと……。見た事のある厳つい親父顔。
「な?! ガ、ガルラド将軍!? なんでここに!」
ガルラド将軍は、カウンターの前にある椅子に座り、アイノスさんと談笑しているのだ。
アイノスさんの店に!? ここ秘宝店だろ?
「いらっしゃい。オフス君。待ってたよ。ちょっと先客がいるけどね」
アイノスさんは俺に気付き挨拶してきてくれる。
なんだ? どういう状況だ?! ここは大人なお店だぞ?!
そうか! ガルラド将軍はきっとプライベートな夜戦の為に色々と仕入れをしているのに違いない……。ジェネラルだしな!
そんな俺の心の内を知ってか知らずか、ガルラド将軍は表情を変えずに話し出す。
「オフスよ。警戒するな、俺はヴァンシュレンを守る者だ。市民である貴様も守る義務がある」
唖然としている俺を見るガルラド将軍は何か大きな勘違いをしているようだ。
いや、勘違いをしているのは俺なのか?!
「それより、なんでこんな店にいるんですか?!」
「こんな店で悪かったね、オフス君」
「ハッハッハ。騎士団への勧誘だよ。昔なじみをこんな所で腐らせておくにはもったいないからな」
「はぁ、こんな所で悪かったな。ガルラド」
ガルラド将軍はしまったという顔をすると、咳ばらいをして俺の後ろにいるリーヴィルに視線を向ける。
「オフス、貴様の誓いは潰えていないようだな」
「ええ、しっかり守れてますよ」
そう言うとガルラド将軍はほんの一瞬だけ少しだけ笑みをを見せる。
だけどリーヴィルは怯えたように俺の後ろ隠れてしまった。内気なのが治ったと思ったんだけど、まだ恥ずかしいのかな?
俺たちの様子を見ていたアイノスさんは溜息をこぼした。
「オフス君とガルラドも知り合いなのかい? オフス君は人生経験豊富だね」
「そうでもないですよ、ただちょっと濃い気もしますけど」
どっちかと言うと、濃い人生経験をしてるのはアイノスさんじゃないか? レグディア女王やガルラド将軍と面識があるとか、普通ないよな。
ふと、挨拶がまだなのに気づき、俺はガルラド将軍の前まで行くと右手を差し出した。
「挨拶が遅れました。ガルラド将軍」
「今は私用だ、俺の事はガルラドでいい」
そう言うと俺の右手を握り、気さくに話しかけてきてくれた。
視線が俺の眼帯を見る。
「いい顔になったなオフス=カーパ。その左目、トートと引き分けたと聞くぞ。強くなったな」
「アレはまぐれですよ。俺は強くはありません……」
気落ちする俺の脳裏には、生活を共にする”彼女”たちの笑顔がよぎる。
「……きっと責任があるだけです」
すると将軍は豪快に笑いだす。
「ハッハッハ! それは真に強い男でないと言えないセリフだな」
アイノスさんも俺たちを見て笑みをこぼしていた。
「そうだオフス君、君をここへ呼んだ理由は分かるかな?」
「ええ、大体わかってるつもりです。リーヴィルの件ですよね」
「ああ、ジケロスの各氏族が”声”を聴いたんだ。もう隠し通せない」
俺とアイノスさんの会話にガルラド将軍が割って入る。
「ふむ、先ほどまでアイノスとその話をしていたのだよ」
「違うだろ? しつこく騎士団に戻れという話だったじゃないか……」
「むッ?! まぁ、それは断られただろう」
ガルラド将軍の言葉を無視し、アイノスさんは俺の方へ向き直った。
「ジケロスの会合をそのうちに開く。オフス君にも出てもらうよ。本人に出てもらったほうが俺も楽だからな」
「いつですか?」
「そうだなぁ、今から招集をかけるから一か月くらいは後かな」
そう言ってアイノスさんは笑いだす。
意外とジケロスはのんびりだ。
ジケロスの会合ってどんな感じなんだろうな。ちょっと興味があるぞ?
笑うアイノスさんをよそ目に、ガルラド将軍は俺を見据える。
「それよりも”姫”の件についてだな」
『キィーン』
何の耳鳴りだ? だけどこのまま話の先手を取られると、ガルラド将軍の思うように話が進んでしまうかもしれない。
逆に相手が本題に入る前にこっちから質問をぶつけてみるか。
「その前に質問させてください。リーヴィルがフォーナスタからヴァンシュレンに運ばれていた件は分かったんですか?」
「ふむ、それは貴様も知っておかねばならんな……。書面上の手続きではあるのだが、あの時の馬車はリアルヒ公国へ偶像騎士のコアを搬送していたことになっている。それ以降はまだ機密扱いにさせてくれ、まだ憶測で物を語る事は出来んのだ」
俺は顔を曇らせる。
偶像巨人はジケロスのラピスを大量に使っている。そんなロクでもない事にリーヴィルの命は使われるところだったんだろう。
コアって事は制御用のラピスって事か? ジケロスのラピスを利用するって事か?
恐らく……、不可能ではないかもしれないが、人のやる事じゃない。狂ってるとしか言いようがないな。
「驚かないのだな」
「何となく予想はついてましたから……」
「偶像騎士に関する造詣は深いと言う事か。そう言えばニルディスもオフスの事を買っていたな」
アイノスさんはガルラド将軍の話にため息をつくと、少し厳しい口調で俺に告げる。
「オフス君は、様々な事件に巻き込まれすぎているね。そんな君は、リーヴィルちゃんとこれからどうしていくんだい?」
「俺は……」
隣で抱き着いて小さくなっているリーヴィルの頭をそっと撫でる。
「もちろん俺はリーヴィルの願いをかなえてあげますよ。二十年前の戦いで散っていった人のためにランマウに墓標を立ててあげたいんです」
アイノスさんは目を閉じると考え込むような仕草をした後、俺に向き直る。
「…………、ランマウでは死者を大地に埋葬した後、紫イチゴの苗木を植えるんだ。死者に安らぎをもたらすと言われている。……その時が来れば俺も協力しよう」
その表情は少しだけ嬉しそうに見える。
「ありがとうございます。紫イチゴですか……」
「ジケロスの教えではね、命はこの世で最も弱い物とされているんだ。ジケロスを創造したという豊穣の神レムリアは、この世を作るとき最初の食べ物として紫イチゴを作ったという。だから墓標に植えられた紫イチゴを通じて、死者はより強い存在である自然へと還っていくと信じられているんだよ」
そう言って、俺たちに笑顔を向けてくれる。
しかし怪訝な顔をしてガルラド将軍はアイノスさんに尋ねた。
「ならばリーヴィル姫はこれからもオフスと行動を共にすると言う事か?」
「そうなるね。姫の願いは、ランマウ平原を故郷とするジケロスの悲願でもある。これはジケロス全氏族の総意と見ていいよ」
ガルラド将軍は、渋い顔をすると考え込むように顎に手を当てる。
「しかし、それは困るな……、オフスよ。俺と一緒にヴァンシュレンの王都オールゲンまで来い、レグティア女王も貴様の元に居ると言うではないか。貴様の目的は評価しよう。しかし、ここにいても貴様の出来る事は少ない、悪い様にはしないぞ?」
『キィーン』
ガルラド将軍の声と共に耳鳴りが鳴り響く。
俺の最終目的は、まだ先にある。
この耳鳴りは、その為のちゃんとした道筋を、俺が描けるかどうかって事なんだよな。
それが明確に出来ない俺は、ガルラド将軍について行くという選択もあるのだ。
良く考えろオフス=カーパ! ここは間違いなく俺の運命の分岐点だ!
将軍と呼ばれる人物が目の前にいて、気軽に話しかけられる場面なんてめったにない。いや、二度とないかもしれない。
今ここで言うべきことを言っておかないと、後で後悔する事になる。
沈黙を続ける俺の様子を見た、アイノスさんは俺に助け舟を出してくれる。
「……ガルラドはね、次に会った時までに答えを準備しておけって言ってるのさ」
「それでも良い。明日、マイシャ殿と会議の場を設けてある。貴様も出てこい、その場にてもう一度聞こう。オフス=カーパ」
ガルラド将軍の鋭い気迫で、周囲の雰囲気が張りつめていく。
きっと今話すべき言葉は、俺が保留にしているレグティア女王への答えにあるのだろう。
「大きな力を束ねる者として、オフス君の意見を聞きたいってだけの話さ。何かあるんだろ? オフス君」
「俺は……」
視線が俺に集まる。
すると、俺の背後にいたリーヴィルが俺の横に立つ。
「オフスは古き竜の道を行くよ。空と大地が教えてくれたんだ」
アイノスさんは唸る。
「……王族が持つという啓示か。よりによって古き竜の道か……」
レグちゃんや、リーヴィルが前に言っていた古き竜の道。
高い空から人と違う視点で見渡し、広い見地を持つという古き竜の道。
それは真の王へと至る道であるのだという。
「私たちは、オフスの後について行くんだよ。まだ選択がされていないだけなんだ。だけどオフスは一人でも行くよ。でも一人では行かせないんだ」
「しかし、その心はまだ定まっていないように見えるが……」
ガルラド将軍は動揺する俺を見据えて冷たく言い放つ。
その迫力にリーヴィルは二の句を告げられず。口の中でもごもごと次の言葉を飲み込んでしまった。
「……大丈夫だリーヴィル。俺が話すよ」
リーヴィルに笑顔を向けると、ガルラド将軍に向き直る。
……レグちゃんは、俺に王の道を示すのだという。でも、民のいない王などいない。
ならきっと”王”という言葉は概念的な物に違いない。
レグちゃんはこうも言っていた。俺は責任を負ったまま己を決められない者だと。
よく考えれば分かる事じゃないか、とても単純な事だ。俺は自分で自分の道を決めてきたつもりだ。そう言うつもりだったのだ。
それは、自分を中心に、自分の価値観のみで物事を決めてきたのだ。
なら逆に責任に対して己を決めればいいんじゃないか?
そう思うと、自分の認識する世界が酷く単純なものに思えてきた。
「俺の進む道は俺自身が決める。俺が背負う物事が俺を前へと進ませるんだ」
そう言葉に表すと、自然と笑みがこぼれてくる。
自分が感じていた不安が形になって、それを受け入れると、不安感がとたんに安心に変わっていくのだ。
将軍は張りつめていた息を吐くと、俺に向き直る。
「なるほど……。しかし俺も貴様を諦めてはいないぞ? オフス=カーパ」
「ええ、わかりました。ガルラドさん」
将軍の気が緩むと、その場の雰囲気が一気に解放されたような感覚に陥る。
すると、カランと扉の鐘が鳴り、ピンク色でキツネ耳の女性が入ってくる。たしか調薬師のフェイリさんだ。
手には納品なのだろうか大きな風呂敷を抱えていた。
「フヒヒッ。あら? アイノス、お客さんなの?」
大きな荷物を抱えヨタヨタと店の中に入ってくると、段差につまづき転びそうになる。
「あッ!!」
その途端に、店内に大きなリーヴィルの叫び声が響き渡る。
逆にその声にびっくりしたのか、フェイリさんは荷物を庇って顔面から床に転がってしまった。
「フェイリさん?!」
「フヒ? フ、フヒヒヒヒヒッ」
慌てて近くにいたガルラド将軍がフェイリさんを抱えて起こす。
額が真っ赤になっていて、目も虚ろだ。
「どうかされたか? もしかしたら頭を強く打ったのかもしれない」
「ハァ、フェイリさんはいつもそんな感じだから平気ですよ」
冷たく言い放つアイノスさん。
でも、もう少し心配してもいいんじゃないか?
アイノスさんて苦手な人への態度が露骨だよなぁ。
「フヒヒッ。アイノスったら、やきもち焼いてるの?」
「まさか」
フェイリさんはガルラド将軍に抱き起されたまま、まんざらでもないような笑み浮かべる。
そんな様子のフェイリさんは大した怪我ではないようだ。
「それよりもリーヴィル、どうしたんだ? 急に大きな声をあげて……」
「来るよ、何か……」
「ナニかって……? なんだ?」
途端に大地を揺るがすような振動と共に、大きな地鳴りが鳴り響く。
ガルラド将軍はフェイリさんを床に座らせると、素早く地面に手のひらを当てる。
俺のラピスには、マイシャからの通信が届いていた。
『オフス?! 聞こえていますの?』
『どうしたんだ? マイシャ』
これは間違いなく緊急事態だ。
俺は、マイシャの言葉に答えつつ惑星防衛機構のシエリーゼを起動させる。
マイシャとアイリュは、偶像騎士で街のガレキを片付けると言っていたはずだったが……。
次に聞こえてきたのはアイリュの声だった。
『オフスッ! よく分からない偶像巨人がナウムに攻めて来たのよ。今マイシャさんと二人で応戦してるんだけど……』
『市街地で、こちらはあまり身動きが取れませんわ。偶像巨人が三、見たこともない重偶像騎士一、です』
『重偶像騎士か?! わかった。俺もすぐ行く、無茶をするなよ!』
急いで俺はリノちゃんへ回線を開く。
『リノちゃん!』
『聞いていたのじゃ。バグザードは動かせん。動力炉の改装中じゃ』
『リノちゃん、デュラハンにグゥちゃんを乗せて出してくれ。装備は剣と盾でいい。合流地点の位置情報をグゥちゃんへ送る』
『わかったのじゃ!』
通信を終えると、耳を手のひらをつけていたガルラド将軍が起き上がり呟く。
「この地響き、偶像騎士か? 三騎……、いや四騎か」
「偶像巨人三騎と、重偶像騎士一騎のようです」
「ほう。ならば急ぐか」
ガルラド将軍は軽くアイノスさんに手を振ると、急ぎ店の外に飛び出していってしまった。
「俺も行ってきます!」
アイノスさんに振り向き言葉を投げかけるが、俺の視界には不安そうに俺を見つめるリーヴィルの姿があった。
「……オフス、わたしもつれてって」
その瞳は俺を見つめている。
「よし、行こう! リーヴィル」
俺はリーヴィルの手を取り、合流地点である大通りに向けて、店を飛び出していったのだった。
◇ ◇ ◇
皆が店を出ると、一時的に静かになった店内でアイノスとフェイリが会話をしていた。
「なぁ、気配を消して店に近づくのは良くないと思うぞ? あいつ一応将軍だぞ?」
「フヒヒッ。面白そうな話をしてるって、ネズミが教えてくれたのよ。それにしてもいい男だったわね」
「ガルラドはお前の遊び相手には向かないと思うけどね」
「フヒッ。遊んでみないと分からないでしょ」
フェイリはそう笑うと不意に真顔になる。
「アイノス。”あの子”が言っていた”勇者”候補なの?」
「素質はあると思うね。まだまだだが。……姫が巫女となっている。条件は揃っているさ」
ジケロスの勇者は単に強く勇ましいという意味ではない。
新たな道を切り開き、その責任を負う者が勇者と称される。強さや勇ましさは単にその為の手段に過ぎない。
それ程の者でなければジケロスの勇者足りえないのだ。
それは蛮勇に身をゆだねる事無く身を律し、新しき世の中へ多くの人を導かなければいけない者の事でもある。
「会合を開くんでしょ? それが分かるのかしら?」
「そう思うぜ? 何しろ俺の山刀が認めた男だからな」
「そう……、楽しみね」
新たな時代の予感と共に、二人は多くの願いを新たな希望へと注いだのであった。