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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第五章 ブルツサル(フォーナスタの王)
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二話 道①

 駐騎場での作業を終えるとすっかり日が傾いてしまっていた。

 俺はグゥちゃんを肩に乗せ、リノちゃんやリーヴィルと一緒に昨日の戦いの爪痕が残る街中を家へと急ぐ。

 俺たちの家がある地区は比較的損傷が少ない。ただ、通りを挟んで反対側の区画は火災が発生していたようで大変な様子だ。

 きっとマイシャはナウムで発生している問題の対処に追われているのかもしれない。

 アイリュも、オーヴェズと一緒に頑張っているのかもしれないな。



 残念だけど、俺は政治の事は分からない。

 だけど頑張って皆のために、何か楽しみを作ってあげる事はできるはずだ。

 とりあえず食べて、寝て、考えられるように環境を整えないとな! 

 夕飯の買い物をと思い、行きつけの露店を見て回るがめぼしい食料は無く、店の主人ももう今日は店じまいなのだという。品物の流通が滞っているんだろう。

 それでもと思いささやかな買い物を済ませ、小さな我が家へと帰ってくる。

 食材を抱え玄関を開けると、玄関には風呂敷に包まれたいくつもの見慣れない荷物が積まれていた。

 奥から見覚えのある目出し頭巾のロウドフォリーがやってくる。



「おかえりなさいませ、なんぬ!」



 小柄なメイドさんだ! いや、見覚えがある格好だぞ?! この背格好に特徴のある目出し頭巾は、リノちゃんのお屋敷で見たメイドさんだ。



「え? エリアスナスさんか? なんでここに?!」

「そうじゃ忘れておった。こっちに呼んでいたのじゃ、オフスに言っておらんかったわい」

「はいなんぬ! 住んでいたお屋敷が大きく損壊してしまいましたんぬ。こちらでお世話になりますんぬ」



 目の前のエリアスナスさんはかわいらしくお辞儀をする。



「おっけーだぜ! 全然構わないよ。にぎやかなの大好きだしさ」



 そう言うと隣のリノちゃんは思い出したような顔をする。

 


「そうじゃ、エリアスナス。レグディア様がこちらに来られるぞ?」

「こちらにレグディア様がですか?! 今朝がたのウェブレイは御用竜でしたかぬ。このような危険な場所に……。どの様なご用向きでございましょう……」



 震え声をあげるエリアスナスさん。

 やっぱりロウフォドリーにとってレグちゃんはそれだけ偉い人物ってことだよなぁ。



「ん~、女王は辞めてきたって言ってたから普段通りの対応でいいと思うよ。リノちゃんもそれでいいかな?」

「オフスが良ければいいじゃろう」

「な、なんと……。せめて警護などを考えませんと……」



 俺の言葉に衝撃を受け、どうも思考が追い付いていない様子だ。普通そうなるよなぁ。



「オフスは神異騎士団のモゼルを下す程の腕前じゃぞ? きっと心配は要らんわい」

「あれは、たまたまさ」



 リノちゃんのサポートがあってこそだからな。

 もう少し、みんなが胸を張って自慢できる男にならないとな。



「そう言えばオフスよ、今夜わしらはどこにおればよいかな?」



 改めて狭い我が家を見まわしてみる。

 うーん。今でさえアイリュとマイシャは相部屋している状態だし、引っ越しを考えないとだめか。

 エリアスナスさんの言うように警護の問題もある。

 ロウフォドリー三人が一気に増えるとか、この家じゃ狭すぎる。



「とりあえず今夜は俺の部屋を使ってくれないか?」

「何を考えておるんじゃッ! わ、わしは良いとして、エリアスナスや大婆様を初日で寝所に連れ込むつもりか?!?!」

「ん。えっち」



 リーヴィルのツッコミに二人とも俺を変な目つきで睨んでいる。

 リーヴィルも俺の心を読んでいるのなら、本心は違うところにあるって気づいてるはずなのに……。

 ちょっとだけやましい事を考えていた気もするが、きっと気のせいだ。

 ロウフォドリー中毒は怖いのだ。

 本当に? 本当に。



「俺は一階のリビングで寝るよ。ロウフォドリー三人で一部屋の方が気楽でいいだろ?」

「この家の主が部屋を提供するのはいけませんぬ」

「まぁ今日の所はいいじゃないか」



 慌てるエリアスナスさんをとりあえずなだめる。



「引っ越を考えようぜ。もっと皆の仕事に近い場所がいいよな。工房周辺でいい物件であればいいんだがな」

「ふむ、しかし工房も被害を受けておるし、学園の寮や空いている施設は市民に提供するじゃろうから空きは無いと思うぞ?」

「ん。皆が来てから相談しよ?」



 皆でリーヴィルの提案に頷き、俺は肩ぐるまのまま眠ってしまっていたグゥちゃんを降ろす。そして手に持っていた食材の詰まった袋をエリアスナスさんに渡した。



「少々多めの食材ですんぬ。これは……?」

「今日はささやかだけどレグちゃんの歓迎会をしようと思うんだ。一緒に夕食の準備をお願いできるかな?」

「わかったのじゃ」

「はいなんぬ!」

「ん。わかった」



 眠ってしまったグゥちゃんを部屋に寝かせ。皆で一緒に夕食の準備をしていく。

 料理が出来るような口ぶりで厨房に立っては見るが、全自動調理器で育った俺が作れる料理はほとんど無い。この三か月程度で上達したのは魚を焼く事だけだッ!

 料理ってのは気持ちがこもっていればいいんだよ! 後はとりあえず食べられるように努力あるのみだ!

 メニューは俺が作った焼き魚に、リーヴィルの好きなアウ鳥の内臓のスープ。エリアスナスさんやリノちゃんが作ったパンや副菜、それにちょっとしたデザートだ。

 しかし、厨房ではエリアスナスさんにかまどの使い方が下手だと邪魔者扱いされて肩身が狭い。調理器の無い世界ってやっぱり不便だよなぁ。

 道具のせいにしても仕方ないか……。はぁ。

 出来上がった焼き魚は片面は柔らかく片面は固く焦げているが、まぁ男の料理と言う事で勘弁してもらおう。

 リーヴィルのスープは香草の独特な香りがしているが妙に食欲をそそる。これはアイノスさんに教わった民族料理なのだという。

 ロウフォドリー組の料理は流石というか、めっちゃおいしそうだよな。香りからして全く違う……。塩味がきつくなければいいケド……。



 日が沈み、だいぶ遅くなってからアイリュとマイシャ、レグちゃんは帰ってきた。

 アイリュとマイシャはススと泥だらけになっていたため、軽く皆の湯あみが終わったら夕ごはんだ。

 リーヴィルやエリアスナスさんと一緒にテーブルに食器を並べている。

 すると隣の部屋から湯桶を使う皆の声が聞こえてきた。

 狭い家だし、防音なんて無いようなものなのだ。



『や~ん、くすぐったいんぬ』



 隣から聞こえるのはレグちゃんの甲高い声だ。

 一体、隣の部屋で何が行われているんだ?!



『これ、大婆おおばばさま。腕をあげるのじゃ、わきの下が洗えんじゃろう。しかし小さくなったものじゃのぅ』

『もう年だからぬ~』

『オフスから魔力もらい、寿命を延ばす為に来たのじゃろ? バレバレなのじゃ』

『ぷぅ~』



 そ、そうか! 体を洗ってるんだなッ!

 マズイ、想像力が掻き立てられてしまう。というか一瞬だけ想像してしまった!

 リーヴィルに思考を読まれると後が大変だぞ?!

 リーヴィルは料理を皿に盛り付けているところだ。よしよし、まだバレていない。

 しかし扉の向こう側が気になるッ!



『可愛らしさでごまかそうとしてもダメなのじゃ!』

『リノちゃん。明日からはまた忙しくなりますわ、今日はゆっくり”みんなで仲良し”ですわよ?』

『ぐぬぬぅ……』

『ねぇ、明日はガルラド将軍が来るんだよね?』

『ええ、そうですわ。アイリュさんにもお願いしたい事がありますから、今日はゆっくり休みましょうね』



 ガルラド将軍か……、あれから俺の剣の腕も上がった。だけど彼は俺より遥か高みにいる。今だからこそ、彼の剣の腕のスゴさが分かるのだ。

 きっとあの時の戦いが偶像騎士シエイゼでの決闘というスタイルでなければ、俺は間違いなく負けていただろう。



『うむ。それまでに、急いでザウーシャ商会から押さえた資金を使い切ってしまわねばならないんぬ』

『レグちゃん、押さえたお金はいっぱいあるんだから、そんなに急がなくてもいいんじゃないの?』

『そのまま置いておいてもガルラドに接収されるだけなんぬ。マイシャが真にナウムを思えば使い切らないでどうするのかぬ』

『そうですわね……』

『もう! 難しい話は明日にしようよ~。そんな難しい話をしてると背中こすりの刑だよ!』



 レグちゃんは、俺たちのために色々考えてくれてるのか。

 マイシャとガルラド将軍の視点じゃ、多分ナウムに対するお金の使い方が違うって事なんだろうな。



『ギャー! 不敬なんぬ! それにレグは湯桶じゃなくて湯舟につかりたいんぬ!』

『もう! レグちゃんあまり贅沢はダメよ? 薪も田舎じゃなくてタダじゃないんだし、お金とかも無いんだから』

『ないのかぬ? やん。そこはくすぐったい~』

『ちゃんと隅々まで洗いましょうね~』

『あぁん! でも、なぜ自由に使えるお金がないのかぬ?! やぁん!』



 ……平常心、平常心だ。



『オフスの知識で技術開発していたのですけれど、あまり良い取引ができないのですわ』

『マイシャはダナー家の血脈だが、カネは数えられないかぬ』

『そんな事は……、いえ。その通りかもしれませんわね』

『責めているわけでは無いぬ、人には得手不得手があるんぬ。マイシャは人を導くのに向いているんぬ』

『人を導くなんて、不思議な言葉ね?』

『人に指示を出し、その結果を回収する事は一種の才なんぬ、そこには必ず上下の信頼があるんぬ。リノミノアよ、取引先はどこかぬ?』

『どこじゃったかのぅ?』

『主要取引先はリロンド商会ですわ、他の大手はわたくしどもとの取引を拒否していますの』



 マジか?! リロンド商会って俺とリーヴィルがナウムへ入る時に使ったザウーシャ商会の偽装会社じゃなかったっけ?

 ネーマさんの息がかかっている取引先ならうまくいかないはずだ。

 マイシャは思い込んだら一直線だからなぁ。まぁ、そこがいい所なんだが……。

 失敗した原因は俺にもある。俺も助けることが出来なかったんだ。マイシャだけのせいじゃない。

 マイシャと『月の無い夜道を並んで歩こう』は全然できていなかったって事なのだ。

 そう思うと、これからまだまだお互いを理解していけるような気がして、なんだかたまらなくマイシャが愛おしくなる。

 すると扉の向こう側からは、レグちゃんの落胆の声が聞こえてきた。



『はぁ、売れる訳がないんぬ……』

『何故ですの?』

『分からない様なら説明しても無駄なんぬ。後でこの街に出入りしている商人のリストをもらえるかぬ?』

『いいですけれども……。レグちゃん、他で売る気ですの?』

『うむ、マイシャの偶像甲冑パワードスーツの技術だけでも一個師団を養えるんぬ。むむ……、アイリュ! そこ、もうちょっと擦ってほしいんぬ。きもちいいんぬ~』



 ……クソッ。平常心、平常心だ。

 これは、そろそろ素数を数えた方がいいな。

 レグちゃんはただ単に小柄なロウフォドリーなだけだ。クールになれ。クールだ……。



『レグちゃん、痛かったら言ってね~』

大婆おおばばさまは綺麗な尻尾じゃのう』

『リノミノアの尻尾は脂肪でたぷたぷなんぬ。オフスに嫌われるぞ? あん!』

『尻尾が太いほうが良い卵が産めるのじゃ……』

『迷信なんぬ』

『ぐぬぬぅ……』



 ロウフォドリーって、尻尾の太さを気にするんだよな。

 でも俺は丸々としたワニみたいなリノちゃんの尻尾は嫌いじゃない。

 もちろんレグちゃんのすらりとしたトカゲの様な長い尻尾も悪くない。

 一言で言うなら、両方抱きしめたい。



『はぁ、それじゃあ偶像甲冑パワードスーツの技術は買い叩かれてしまったと言う事ですわね。こんな時、エルディフィアでしたら取引なども上手くできたのでしょうけれども』

『おぉ、エルディフィアか。あやつも苦労人だぬ』

大婆おおばばさまはエルディフィアを知っておるのか?』



 エルディフィアってちょくちょく出てくる名前だよな。

 元生徒会長で、マイシャさんとリノちゃんの親友ってくらいしか分かってないけど。



『ここ五十年程は良い遊び相手だったんぬ。お互いの駒を潰しながら内部情報や組織図を交換し、ゲームを楽しんだものだぬ』

『組織図? そんな物何に使いますの?』

『王が次の一手を打つ指示を表すものなんぬ。レグが見れば組織の金の流れから、施策の本気と嘘が丸見えだぬ』

『よく分かりませんわ』

『脇が甘いぬ。どのような成果を挙げた人物が、どこに配属されたかは重要なんぬ。そういう機微が分からないマイシャだから出し抜かれてるんぬよ?』

『ごめんなさい、脇がちょっと洗えてなかったのかな?』

『やぁん! ダメなんぬ。アイリュぅ~ッ。そこっ! ……いいかも』



 平常心ッ! 平常心だッ!! しかし……、俺は一体何を我慢しているんだ……?

 ん?! リーヴィルが包丁を持って笑いながら俺を見ている……。だと……?



大婆おおばばさま! そんな声色を出すでない!』

『くすぐったいのよね~。それに可愛いからいいじゃない!』

『レグちゃん。それでは、お任せ致しますわ。二千年のその慧眼、拝見させていただいてもよろしいのですか?』

『うむ。レグが力や知識が全てではない事を教えるんぬ』

『レグちゃんてすごいのね! マイシャさんは強いし、リノちゃんは頭がいいし、リーヴィルちゃんはよく気が付くし。私も何か取り柄があればなぁ~』

『うむ。しかし、アイリュはアイリュのままでいいのじゃよ?』

『フフッ。そうですわ、アイリュさんはアイリュさんのままが素敵ですわよ』



 そうだな、俺もアイリュはアイリュのままが一番いいと思う。

 俺もその方が安らげる。



『もう! 皆オーヴェズと同じことを言うのね!』



 皆が湯あみをする部屋からは、明るい笑い声が響いてきたのだった。




 ◇ ◇ ◇



 

 湯あみの後の夕食の時間。

 俺の作った焼き魚は、やはりと言うか皆の評判は良くない。でも皆は黙って食べてくれた。

 たぶん料理って、こうやって食べてもらえる人の事を考えて作るんだよな。

 次はもう少し美味い焼き魚を作れるようになりたいもんだ。



 食事中、みんなで今日の出来事を話し合う。

 その中でも引っ越しは共通の課題だった。レグちゃんに相談すると、明日にでも引越しの手配をしてくれるという。

 フォーナスタ軍の様子については、マイシャが話してくれた。ナウムを包囲していた奴らは偶像騎士シエイゼ部隊が全滅したため撤退したのだという。

 今は学生騎士がナウムの周囲の警備に当たっているそうだ。今一番活躍してるのは指揮を取ってるマイシャかもしれないな。

 マガザ以外のフォーナスタの学生騎士は、いまだ長距離遠征訓練に出かけて行って帰ってきていないという。

 こういう所でも事前にフォーナスタ軍の働き掛けがあったのかもしれない。裏を探れば色々出てきそうだ……。

 俺達には気が付かない事でも、何かしらの予兆はあちこちにあったのだろう。

 ただ、俺はそう言う事に気が付かなかったのだ。

 いくら偶像騎士シエイゼが強くても、いくら魔術ガルに長けていても、人の心が読めても、人望があっても、人は完璧ではないと言う事なのかもしれない。



 ふと横目でリーヴィルを見ると、彼女の表情は暗かった。

 新しく来たレグちゃんに馴染めていないのが、はっきりと感じ取れていた。




 ◇ ◇ ◇




 食事の後はそれぞれの部屋でお休みの時間だ。

 運び込まれるロウフォドリーのベッドを見せてもらったが、ベッドというより素焼きの大きな壺だった。中に毛布を入れて丸まって寝るのだという。

 ロウフォドリーにとっては伝統的な寝床なのだそうだ。暗さと静寂が安眠の秘訣なのだそうだがやっぱり変わっている。

 俺にとってロウフォドリーの生態はまだまだ神秘のベールに包まれてる。これから一緒に生活していけばもっと理解が深まっていくのかもしれないな。



 寝る前に俺はリーヴィルの部屋に行き、日課の傷の治療を行っていく。

 リーヴィルはベッドの上で俺に背を向け上着を脱ぐ。治療はリーヴィルと最初に交わした約束だ。

 傷を治してもそれを”無かったこと”にしないように、俺は受けた痛みを語る彼女の声を聴く。そしてそれを自分の心に刻んでいくのだ。

 そればかりじゃ話が暗くなってしまうので雑談も入れながらだけど、リーヴィルは俺との会話を毎回とても楽しみにしてくれていた。

 今日の雑談は、レグちゃんの事についてだった。



「なぁリーヴィル。やっぱりレグちゃんは怖いのか?」

「ん。そうだよ……」



 そういや湯あみも、リーヴィルは一緒じゃなかったな。



「ちょっと怖いと思う雰囲気はあるけど、さっきみたいに愛嬌もあるだろ?」

「違うよ、あれは全部つくりものだよ? そういう風にみえてるだけなんだ」

「え? それじゃ嘘をついてるのかい? レグちゃんは悪い事しようとしてるのか?」

「ん。それも違うかな。レグティアさんは皆の為になる事をしようとしてるんだ」

「そうか……、じゃあ。もう少し様子を見ようぜ? ”七人”の一人なんだろ?」

「ん。そうだよ……」



 リーヴィルは表情を曇らせたままだ。

 俺はリーヴィルを怖がらせない様に気を遣う。



「俺にとって、みんな大切な人なんだぜ……?」



 俺の気持ちを感じ取ったのか、少しリーヴィルは安心した顔を見せてくれた。



「……オフス。アイノスさんに言われてることがあるの。オフスを『聖獣の件で明日もう一度連れてこい』って言ってた」



 心当たりはある。リーヴィルがこの街に潜伏しているのは秘密なのだ。

 昨日の戦でリーヴィルは聖獣を呼ぶ声を使っている。

 もしかするとナウムに滞在するジケロスに聖獣を呼ぶ”声”で気づかれているのかもしれないな。



「まぁ、いつかバレるんだししょうがないさ。それじゃ明日もアイノスさんの所に行くとするか」

「うん」



 そう言って、リーヴィルの背中の傷跡をなぞり、ナノマシンに次の治療の指示を出していく。

 もうナウムにいる間はずっとそうやってきた。

 彼女の過去の話も、最初はヒューマンに対する嫌悪感と怒りでろくに理解で来ていなかったが、今は平然と受け止められるようになってきている。

 逆に次はどこを綺麗にしてあげようかと思うくらいだ。

 すると不意に、リーヴィルが背を向けたままうつむく。



「オフス……。もうやめよう?」

「え? 何をだ?」

「ん。私の傷はもういいよ? 十分治ったから」

「丁度傷跡も半分くらいになったじゃないか、あともう半分だぜ?」



 脱いだ服を胸元に引き寄せ、リーヴィルは俺に振り向く。



「ん。半分になったからいいんだよ? 傷はもう半分オフスの中にあるから。これ以上はダメなんだ」



『キィーン』



 これ以上治療を続けるかどうか……、だよな。

 俺はもう決めたじゃないか。最後までやり抜くってさ、中途半端はダメだ。



「何言ってるんだよ。大丈夫だって、俺は綺麗なリーヴィルが見たいんだ……」



 すると、彼女の右目はドロリと濁りを帯び始める。



「うふ。うふふふふふふふふ……」



 そして、俺の思った通りの言葉が投げかけられてくる。



「嘘つき」

「………………そうだな」



 そうだ、俺は綺麗なリーヴィルが見たいんじゃない。

 彼女がヒューマンに何をされてきたのか……。



「俺はリーヴィルの全てを知りたいんだ」

「うふふッ。そんなオフスも大好きだよ。…………可愛そうなオフス」



 そう言って憐れみの表情を向けてくる。

 リーヴィルから聞くヒューマンの話はいくつもある。

 それは残虐な話、血なまぐさい話、人を人とも思わない話。

 そんな彼女の過去の話を聞くたびに、それが普通になってくる。

 ヒューマンと言う種族が、少しだけ……、理解できるような気がしてくる。

 リーヴィルによれば、本来ヒューマンは遥か北の大陸に住む種族なのだという。

 元々ヒューマンと呼ばれていた種族がいたそうだが、その種族を滅ぼし当時他種族から信頼の厚かったヒューマンの名をかたる様になったのだという。

 彼らは、他民族の土地も命もその名誉さえも奪い、利用していくのだ……。

 そしてリーヴィルから聞く話で一番驚いたのが、彼らには自分以外を思いやるという概念がないのだそうだ。彼らのすべての物事は自己愛につながっているのだという。

 他人を受け入れられないというのなら、彼らの残忍性が少しだけ理解できてくる。

 そして俺は、リーヴィルを通じ、ヒューマンという理解しがたい存在を受け入れようとしている。

 それは、やはり怖い事だ。



「やっぱり、やめる?」



 俺はゆっくり首を振って、リーヴィルに笑顔を返す。



「……もし、これから先、オフスがオフスで無くなったとしても、私はいつもで一緒だよ」



 胸にもたれかかってくるリーヴィルを、俺は、やさしく抱きとめた。



「ありがとう……」



 抱きしめるリーヴィルの温かさが伝わってくる。

 大好きな人の事を全部知りたい。わがままかもしれないけど、それが俺の今の思いだった。


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