一話 誓いと願い②
レグちゃんの言葉が俺の心に木霊する。
『責任を受け入れ、責任を負ったまま己を決められない者よ……』
でも、それは違う。
俺は俺にしか背負えない役割が、この世界に確かにあるのだ。
会議室での話の後、俺はリノちゃんを連れて軍の駐機場へと向かっていた。
先ずは大破したバグザードを何とかしなきゃいけない。いつまたフォーナスタの連中が来るか分からないのだ。
いざって時に動けるようにしておかないとな。
俺はチョーカーの通信でリーヴィルと連絡を取り、軍の駐騎場で待ち合わせの約束を取り付ける。グウちゃんを連れてきてもらうためだ。
分かれたマイシャ、アイリュ、レグちゃんは、これからの対応を決める為に生徒会室に残っている。
とりあえずの対応としてナウムの権限をネーマさんから生徒会に移譲する手続きを取るらしい。
マイシャが言うには、これから代理として生徒会が指揮を執り、街の各方面に支援や強制力を働かせてるのだという。
今のナウムをまとめ、今後の脅威に備える……、のだそうだが。まぁ、そう言う難しいのは分かる人に任せておくしかないだろう。
歩きながら街の様子を観察する。
戦いのあった昨日の今日だが、意外と多くの人々とすれ違う。
昨日の惨状から人々は精力的に復興のための活動を始めるているのだ。懸命に現状を立て直そうとする人々の姿に、俺は常に動いている世の中を感じていた。
「オフス、あまり考え込まんでも良いぞ?」
黙って歩く俺に、リノちゃんは心配そうな顔で俺を見上げる。
俺はなるべく笑って、隣を歩くリノちゃんの手を取った。
「俺だって少しは真剣に考えるんだぜ? リノちゃんは前に、『悩んでよく考えろ』って言ってたじゃないか」
「状況によって言い方を変えるのは当たり前じゃよ。今のお主はゆとりのない顔をしておる」
「そうだな……、でもレグちゃんの言う通りだ。俺はみんなに甘え過ぎていたのかもしれない」
「自分を責めるでない、わしらも、その…………。やるべき事は他にもあったのじゃ、ただ、お主と過ごす時間がたまらなく幸せであったのじゃ……」
そう言うってリノちゃんは気落ちする。
「大切なのはこれからどうするかだろ? 元気出してくれリノちゃん。励ましてくれるリノちゃんが元気失くしたら俺はどうするんだ?」
気遣うようにそう言って笑顔を向けると、『うむ』とリノちゃんも笑顔を返してきてくれる。
レグちゃんが俺に問いかけた『王の道』に対し、俺は応えを”保留”にした。
俺は今すぐ”王”になりたいわけじゃない。
そう答えると、レグちゃんはとりあえず満足してくれたようだった。
”すぐに結論を出さない”というのも立派な答えなのだという。
しかし結論を先延ばししておく時間はあまりないだろう。
悩んでいる俺を置いてきぼりにして、世の中は動いているのだ。
「大婆様が示したお主自身への試練じゃ。どの様な結末になろうと、わしはお主の味方じゃよ」
そう言ってリノちゃんは俺の渡した首飾りを胸元でギュッと握り締める。
「心配しなくても平気さ、俺は俺だよ。オフス=カーパだ。リノちゃんが心配しなくても大丈夫さ」
元気に答えると、今度はリノちゃんがなんだか元気がない。
「アイリュに聞いておったが、お主の『大丈夫』を聞くと余計に心配になってくるのじゃ……」
「ありがとう、ホントに大丈夫だからさ」
つないだ手に力を込めると、リノちゃんも力強く握り返してくれる。
「そう言えば、オフスはあれほど壊れたバグザード直せると言っておったが、本当に出来るのか?」
「ああ、バグザードには自己修復用にエーテル形成機が搭載されている。魔力が大量に必要だけどデュラハンで供給できるし、きっとすぐに直せるよ」
軍の駐騎場の前につくと、そこには手をつなぐリーヴィルとグゥちゃんの姿が見えた。
グゥちゃんは俺とリノちゃんの姿を見ると嬉しそうにこちらに駆けてくる。
「お父さん! お母さん!」
その顔には豊かな表情が現れていた。そのしぐさも何処から見ても普通の子供と変わらない。
でも俺はまだグゥちゃんの正体を周りには明かしてはいない。
そんな事をしても混乱を招くだけだし、もう少しグゥちゃんをこのまま見守っていてあげたいのだ……。
グゥちゃんを抱きしめ思わず顔がほころぶリノちゃんと俺だが、リーヴィルは俺たちを見て少し周囲を警戒するような仕草をする。
「ん? リーヴィル? どうしたんだ?」
「ん。レグディアさんは後から来るの?」
「いいや、来ないぜ。でも、これからレグちゃんとも一緒にすごすんだからさ、あんまり嫌うような態度はダメだぞ?」
「ん。レグディアさんは怖いよ?」
レグちゃんの見た目は非常に幼くかわいい印象だ。
しかし、二千年を生きたその意志は、途方もない力強さを持っている。
「リーヴィルの言わんとすることは分かるのじゃ。しかしわしらと同じようにオフスの元に集った”彼女”でもある。オフスの行く道には大婆さまの力も必要なのじゃ」
「ん…………。わかった……」
「リノちゃん大げさだよ。でも、一緒にいて何か困った事があったら俺に相談してくれ」
そう言うと、リーヴィルは安心したように微笑む。
「それじゃリーヴィル、オーヴェズやヒェクナーに会いに行こうぜ?」
「ん……、わかった」
そう言うリーヴィルはまだちょっと浮かない顔だ。
いままで心を読んで、人との関係を省いてきた彼女にはレグちゃんの存在が辛いのかもしれない。
問題があっても俺がフォローしてあげればいいじゃないか。
そんな事を考えながら俺たちは駐騎場に入っていくのだった。
◇ ◇ ◇
軍の施設内は仮設の避難民の収容所となっていた。
駐機場の奥の区画に入っていくと、大破したバグザード、装甲の歪んだヒェクナーがしゃがんだ状態で鎮座している。その傷からは激しい戦闘の跡が見て取れた。
以前作業してくれていた、大勢の作業員はここにはいない。
リノちゃんは解散させた技師達を再度集めている最中なのだという。
今は俺たちだけで何とかするしかないのだ。
騎体を見上げぐるりと観察してみる。
デュラハンとオーヴェズは無傷だ、雷の魔力を使ったのか、少しだけオーヴェズがまとう布に焦げ跡が見えた。
俺はデュラハンのハッチを開けるとグゥちゃんと一緒に乗り込み、さっそくバグザードとヒェクナーに探査信号を送り損傷箇所を調べていく。
そして集めたデータをグゥちゃんと共有し、問題個所をリストアップしていった。
これからの修復を迅速に行うためだ。
バグザードは操縦席を槍に貫かれて大きく破壊されているが、その他の構造は損傷していない。
一番大事な中型のエーテル形成機は無事だ。
シエリーゼもそうだったが、これが生き残っていれば偶像騎士は修復できる。
バグザードのリミッターを外した形跡はあるが、それによる各部位への反作用は全く見られない。恐らくリノちゃんが上手く制御していたのだろう。
ヒェクナーは外装が大きく痛んでいるが、内部構造には全く問題が無かった。
複数の重偶像騎士相手に致命傷を負わないなんて、今のマイシャとヒェクナーは相当な戦力と見ていいだろう。
しかも重偶像騎士との一騎打ちでは手加減をしていたというのだから驚きだ。
俺とグゥちゃんが調査をしている間、リノちゃんとリーヴィルは魔力伝達用のケーブルで騎体同士を繋いでいく。
デュラハンの動力炉からバグザードとヒェクナーへ繋ぎ、魔力を注ぎ込んでエーテル形成機を稼働させる手筈だ。
ケーブルをつなぎ終わったリノちゃんとリーヴィルが俺の元へとやってきた。
「接続作業は終わったぞ? 次はどうするんじゃ?」
「次はみんなに協力してもらうよ、ちょっと狭いけど皆でデュラハンの操縦席に乗ろう」
「うむ、さっき言っていた魔力供給じゃな?」
「そうだ、凄い事が起きるぞ? 見てのお楽しみだぜ? さぁ、リノちゃん、リーヴィル!」
みんなが操縦席に入ってくると途端に狭くなる。複座式と言ってもそれほど広いわけでもない。
複座にリーヴィルが座り、その膝にグゥちゃんが座った。俺の膝の上にリノちゃんがもぞもぞと尻尾を丸めて座り込む。
俺は目を閉じ二人の”彼女”存在をラピスで感じると、自分の意識を自分の心の内側に向けはじめた。
それは宇宙で感じた人と人との繋がりだ。そして俺の意識は運命のその先をなぞるように確かめていく。
すると仄かに温かい力が俺の内側に感じられた。
「ん。力がオフスに集まってる」
「古代人の力じゃな。人と人を結ぶ力。古の神々が人を作った理由とも言われておる」
魔力を自分自身にチャージしつつ。グゥちゃんと状況を共有していく。
「グゥちゃんにはクエリの代わりをやってもらおうと思う。バグザードとヒェクナーとのリンクを繋いでくれ。できるか?」
「うん。たぶんできるよ」
人が人を超越しようとした第一世代機、それがグゥちゃんだ。
その在りようは人と偶像騎士とクエリの中間と言った感じだろうか。
グゥちゃんにはこれから偶像騎士の事を深く知ってもらわないといけない。そうすれば色々な事が出来るようになるだろう。今日はちょっとした訓練だ。
俺はグゥちゃんを経由して二騎の状態を把握するとデュラハンを起動させ、動力炉を二重起動させる。
すると魔剣古い十銅貨から風の魔力が湧き上がってきた。
俺の魔力を呼び水とし、デュラハンは膨大な魔力を生成し始める。
「グゥちゃん。ヒェクナーとバグザードのエーテル形成機を起動させてくれ。事前にリストアップした破損状況をフィードバックするぞ」
「はい! お父さん」
各部の接続を最終確認する。
「よし。グゥちゃん二騎に魔力供給開始だ」
デュラハンの強大な魔力供給を受けて、バグザードとヒェクナーのエーテル形成機が稼働を始める。
するとバグザードとヒェクナーは、その騎体内部から音が聞こえ始める。金属が軋み、弾けるような大きな音だ。
ガコン! ガキン!と大きな音に俺も驚くが、状態を確認すると全て正常化稼働中だった。
「何が起きているのじゃ?! この音はッ?!」
「ん。見て、へこんだヒェクナーの装甲がふっくらしてきた」
ヒェクナーの歪んだ装甲やへこみが、大きくきしむ音を立て復元し始めていた。
隣に駐騎してあるバグザードの装甲も丸さを取り戻し、裂けた胸の装甲が埋まり始める。
「なんじゃ? これは……」
「騎体に搭載されたエーテル形成機の本来の使い方だよ。破損部分を霊化させ、原子単位で組み替えて復元しているんだ。今まで魔力が足りなくて使えていないんだよ」
「なんと……、にわかには理解できぬが……、発掘された古き重偶像騎士には偶像鍛冶師など要らんのじゃな」
「最前線で戦いながら無補給で戦闘を継続するのが目的だからな……」
「ん。すごい力を感じる」
リノちゃんもリーヴィルも異様な光景に呆気に取られている。
五百年を生きているリノちゃんでも知らないと言う事は、これから色々な敵と戦う上でも強力なアドバンテージになるはずだ。
そんなリノちゃんは俺に振り向く。
「オフスよ、この修繕機能はデュラハンに接続しないと動作しないのか?」
「ヒェクナーなら単騎で修復可能じゃないかな? ただマイシャが二重起動を長時間制御できないからな……」
「バグザードはどうなのじゃ?」
「バグザードは動力炉をヒェクナーみたいに改修しないとダメだろうな。昨日鹵獲した重偶像騎士の動力炉とかで改修できないか?」
「ふむ、そうじゃな、やってみるか」
そう言うと、氷刃に貫かれたことを思い出したのか、リノちゃんは苦笑いしながらお腹をさすった。
すると格納庫に設けられた大扉が開き、そこへ学生騎士の偶像騎士が数騎入ってくる。
「あれは? どうしたんだ?」
よく見ると学生騎士の偶像騎士が破損したフォーナスタの偶像巨人を運び込んでくるところだった。
すぐに何人かの軍の調査員が騎体を調べるために取りついていく。
「鹵獲したフォーナスタ制の偶像巨人じゃ。これから調査じゃ」
以前見たギルナス制の生体ラピスが詰め込まれた魔力貯蓄炉を思い出し、胸が締め付けられるような思いが込み上げる。
そんな俺の表情を見ながらリノちゃんは話し始めた。
「動力は鉱物系の天然魔石を使用しておった。パワーはギルナス製の偶像巨人より数段落ちる印象じゃな」
「そうか、でもヒューマンの技術を使ってるんだろうな……」
「恐らくはのぅ。……なぁオフスよ、これからフォーナスタとの戦いはどうするのじゃ?」
「それについてはもう考えてあるよ」
複座から心配そうなリーヴィルの小さな声が聞こえてくる。
「ん。オフス。無茶はだめだよ」
「そうはならないようにするさリーヴィル、だけど早く決着をつけなきゃいけない」
俺はもう決めてある。フォーナスタは大軍で攻めてきたが、本来のこの世界の戦いは決闘で行われるはずだ。
「頼むのじゃよ。オフス」
「ははっ。頑張るさ」
俺は笑って答えるとヒェクナーとバグザードのコンディションを再度確認する。
まだ復元完了まではもう少しだけかかりそうだ。
「グゥちゃん。終了時間の逆算は出来るかい?」
「うん。あと四十分ぐらいで終わるかな」
動力炉の制御も、グゥちゃんに移譲してみるが、問題なく扱えてしまう。
この調子なら新規の設計開発まで含めて俺の代わりはグゥちゃんで出来るだろう。
「ねぇ、見てお母さん。色々できるようになったよ!」
「おぉ、凄いのじゃ」
二人の楽し気な会話が続いてくる。
俺が願うのはこの星の平和だ。国とかの戦いになんて興味はないけど、降りかかってくるのなら払わなきゃいけない。
だけど、今の俺にできる事は少なすぎる。
そんな風に思う俺を見て、リーヴィルは少し心配そうな表情を浮かべるのだった。