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君と子孫を残したい  作者: 丸山ウサギ
第五章 ブルツサル(フォーナスタの王)
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一話 誓いと願い①

(三十五年前。フォーナスタ国、王都ファニエ)



 柔らかな日差しの中で、黒玉こくぎょくの様に輝くブルツサルはフォーナスタ不敗の象徴であった。

 今、一組の男女が騎士リダリの例に習い、婚姻の誓いを夫の乗騎である重偶像騎士シーエイゼの前で行おうとしていた。

 フォーナスタ国最上位の騎士の礼装を纏う黒衣の騎士リダリが、高価なレースを使用したウェディングドレスに身を包む女性をエスコートする。



「ネーマ、俺と新しい世界へ行かないか?」



 七度目の神魔蹂躙戦争により神に反旗を翻す種族は滅び去り、神々は人々を見守る事を再び約束した。それから四千年の時間ときが流れていた。

 しかし世界は戦争の火種を未だ多く残している。

 他者から奪うだけの種族。知恵を持つ悪魔の種族。そんなヒューマンと名乗る種族が北の大陸を不毛の地とし、このアーガスタ大陸まで侵攻してきたのだ。

 先日の知らせでは千里離れた別のエランゼの王国が一つ滅んだという。



「新しい世界ですか? それってどんな所でしょう。フフッ。もしかして新婚旅行先かしら?」

「ん? エルトリ湖もいい場所だよ? でも俺が言ってるのは、この国の未来の姿さ。民が真に民らしく、貴族が真に貴族らしくある世界だ」



 ネーマは純真な笑顔を一人の騎士リダリに向ける。

 ブルツサルを駆る騎士リダリは黒の礼装を纏う。それはフォーナスタ最強の騎士団である神異騎士団団長の証であるのだ。



「まぁ、……人々が思いやりを持ち、貴族が真に責任を全うする世界ですか? 本当に来るのかしらそんな世界。そしたら素敵ね。リグズ?」

「ああ、俺が作って見せるよ。君と一緒ならできるはずさ……」



 二人を祝福するようにブルツサルは、”声”をあげる。



 クォォォン。



 その祝福は偶像騎士シエイゼの声が聞こえないネーマにも聞こえてきた。



 ブルツサルは眩いばかりの日差しを浴びきらめく光を放つ。その光の中で二人の影は重なり口づけを交わした。

 今ここに、二人の永遠の誓いは、成されたのだ。











「チッ!」



 ネーマは薄暗い地下牢で目を覚ますと、真っ先に舌打ちをする。だるい体を引き起こすと膝を抱きかかえうずくまった。

 なぜか不安に駆られた時、ネーマはこの夢を見る。

 もう終わったはずの過去。しかし、あの時の選択は自分自身の人生の岐路であったことに間違いない。

 悔やまれる過去だ。

 そう。こんな夢を見ると言う事は、”あの時のネーマ”にはその先の覚悟などなかったのだ。

 しかし、私は信じていたはずだ。先に裏切ったのは、……”彼”なのだ。

 そして。

 今回も……。




 ◇ ◇ ◇




 ここは、学園内の中央にある生徒会室。

 議事堂でネーマさんを拘束した後、俺はレグちゃん、アイリュ、マイシャ、リノちゃんとこれからの打ち合わせの為にここに移動したのだ。

 生徒会室は、体の弱いレグちゃんに配慮して窓には暗幕を引いてある。

 リーヴィルは気分がすぐれないと、帰ってしまっていた。

 どうもリーヴィルはレグちゃんを避けているように感じる。

 もともと、人見知りする性格だから仕方ないのかもしれない、もしかしたら、さっきのレグちゃんの心を読んだのかもしれないが……。

 心の溝は少しづつお互いを理解していくしかないだろう。



 皆が席に着くと、身分がばれないように被っていたロウフォドリー用の目出し頭巾を脱ぎ、レグちゃんは大きくため息をつく。

 とたんに場に張りつめた空気が漂い始めた。

 細腕で小柄なレグちゃんが強いとは思わない、だけどレグちゃんは間違いなく雰囲気だけで場を支配している。

 その気迫は、戦場に立つ戦士と何ら変わらなかった。それは一国を預かっていた”女王”の隠しきれない存在感だ。

 その小さな唇が言葉を紡ぐ。



「一つ言っておく。ネーマが生きているうちは、レグたちは枕を高くして寝れないんぬよ?」



 レグちゃんは真っすぐに俺を見てそう言葉を切り出す。



 先ほどアイノスさんの店で、俺はネーマさんを助けるように願い出たのだ。

 俺も自分の身を守るために、手を汚すこともある。

 ただ、レグディア女王がネーマさんを殺そうという言葉は、あまりにも一方的な主張に聞こえた。



「一応理由を聞かせてくれないか?」



 するとレグちゃんは目を閉じ、一言呟く。

 


「生かしておくと危険だからだぬ。ネーマの元婚約者は知っているか? マイシャ=アル=ダナーよ」



 名前を呼ばれ、一瞬マイシャは体をこわばらせる。

 俺から見たら鋼の精神力を持つマイシャがたじろぐのだ。

 それもレグちゃんが相手なら仕方がないだろう。静かに放つ一言一言にそれくらいの迫力があるのだ。



「……えぇ、リグズですわ。リグズ=オズ=マルデ」

「それは二十年前の呼び方なんぬ」



 一瞬口ごもるが、あきらめたように答えを返す。



「リグズ=フォーナスタ。フォーナスタの現国王ですわ……」

「マジかよ……」



 俺は唸る。リノちゃんは知っている顔をしているが、アイリュは驚いた様子だった。

 マルデ家は、旧王家のダナー家を追い出して王位を手に入れたと聞いている。

 しかしネーマさんほどの人がそんな昔の男を引きずってるとは思えないんだが……。



「ネーマは未だにリグズと繋がってるんぬ」

「そんなッ! ありえませんわ。姉さまはお父様を裏切ったリグズを恨んでいるはずですもの!」

「フンッ、話にならないんぬ。ネーマを捕らえたと言っても安心できないぬ。早く始末するべきだぬ」



 マイシャの焦りを帯びた声とは裏腹にレグちゃんの言葉はあまりに冷たく、心の底が冷え切ってしまうように思えてくる。

 マイシャは現状を受け入れられないように肩を震わせた。

 見かねてリノちゃんがフォローに回る。



「しかし大婆おおばばさま。物的な証拠がなかろう」

「ネーマ程に知恵が回ればそんな物は残らないぬ。……しかし、そうだな。ハルドを未だに側に置いているのが致命的な証拠だぬ」

「ハルドさんが?」



 アイリュが声をあげる。俺もハルドさんがどうとかというのは思った事が無い。



「ハルドの行方は分からないのだろう?」

「……ええ。今、捜索中ですわ」

「ハルドは名前を変えているが神異騎士団員だぬ」



 レグちゃんの言葉にマイシャは、信じらないというような表情を浮かべた。

 マジかよ……。マイシャさんはフォーナスタと繋がってたって事か? じゃあ俺たちは今までナウムで危険な綱渡りをしていたって事か?!

 レグちゃんの言葉が本当ならば、ナウムを売った張本人はネーマさんという事になる。

 嘘だと思いたいが、レグちゃんが俺たちに嘘を言うとは思えない。

 彼女は女王と呼ばれるほどの人物だ。情報の精度はそれなりに高いだろう。

 証拠がなく公的にネーマさんを裁けないのなら、今後問題になりうるネーマさんは……、レグちゃんの言う通りにしないといけないのだろう……。

 だが。



「それでも、やっぱり。始末とかそう言うのはダメだ」

「なぜだぬ?」

「マイシャの家族だからだ。マイシャを気遣うお姉さんだからだ。そしてマイシャは、……俺の、家族だ」



 そう言い切る。それは俺がマイシャとネーマさんの関係を見たときから思っていた事だ。

 マイシャは嬉しそうな悲しそうな複雑な表情を見せる。

 俺の言葉を聞きレグちゃんは溜息をついた。



「古来より、血族による統治は優れた仕組みではないぬ。必ず分裂し争いが起きる。身内であっても、敵は敵として正しく認識せよ」

「統治って何だよ。仕組みってなんだよ。俺はそんな事を言ってるんじゃない!」



 するとレグちゃんは俺を再度まっすぐ見据える。



「……ならば重用せよ、決して離すな。ナウムを殺すほど強い毒を持つネーマは、良い薬にもなる」

「それは……、ネーマさんと仲良くなれって事か?」



 レグちゃんは静かにかぶりを振る。



「お前の女にせよ。と、言っているんぬ」

「ネーマさんをオフスの”彼女”にするって事?!」



 アイリュはたまらず声をあげた。

 その声は悲鳴に近い。



「簡単だぬ、ネーマは昔の男を忘れられずにいる。それを逆に利用すればいい……」

「レグちゃん……。俺は俺のやり方でネーマさんを救って見せる。皆を不幸にはしたくないんだ」



 ジケロスは笑顔を”皆と分かち合うもの”だといっていた。

 それが一番神聖で尊いものなのだ。

 そして俺は自分に嘘をついて、他人を傷つけてまで愛を得たいとは思わない。



大婆おおばばさま、ここにいる者は皆オフスに救われた者じゃ。今はおらんがリーヴィルもそうじゃ。オフスの主張も聞いてもらってはどうかのぅ」

「そうだよ! オフスなら全部”大丈夫”にしちゃうから平気だよ!」



 リノちゃんやアイリュの言葉に、レグちゃんはあきらめたような顔をする。



「ならば、…………好きにするがいいんぬ」



 きっとレグちゃんは俺の見えていないことが見えているのだ。それくらいは俺にも分かる。

 ゆっくりと目を閉じるレグちゃんに俺は声をかけた。



「レグちゃん。俺は難しいことは分からない。だけど俺の代わりに色々考えてくれているのも分かる。俺も自分で少しは足掻いてみたいんだ」

「わかったんぬ。……困ったらレグに相談するといい」



 そう言うと、レグちゃんは少しだけ気をやわらげた。すると場の空気が少しだけ暖かくなる。

 俺はわざと軽い口調で話題を切り出した。



「とりあえずこの話はここで終わりにしようぜ。今度は、レグちゃんが来た本当の理由を教えてくれないかな?」

「アイノスの店で言った通りなんぬ……」



 しかし、その言葉にリノちゃんが疑問を投げかけてくる。



「違うはずじゃ、オフスを夫とするにしてもロウフォドリーの血の問題がある。わしらの事が心配じゃと言うのは嬉しいが、それならば女王を辞める理由にはならんのじゃ」

「ふむ、オフスを我が夫としたいというのは本当なんぬ。寿命も尽きるからな、しかし今はその時ではないのも、むろん知っているんぬ」

「なら、なぜ?」



 アイリュがそう返すと、レグちゃんは重たげに口を再度開いた。



「新しい道が開かれる、それは高みを目指す古き竜(ハイフォドリー)の道だ。それを導くためにレグはやってきたんぬ」

「大婆さま。それは真か……」

「なんですの? それは」



 古き竜(ハイフォドリー)の道は何度か聞く言葉だ。リーヴィルも俺にそう言っていた気がする。

 マイシャの疑問にリノちゃんは答えた。



「我らロウフォドリーやジケロスに伝わる伝承じゃよ。言葉に表すだけなら難しくはない。”真に王らしく”ありさえすればよいのじゃ」

「オフスが王に? フフッ当然ですわね」

「各国の王の戴冠式は大聖母たる大婆さまが行っておる。期を見れば可能性はあるじゃろう」



 俺の事を嬉しそうに話すリノちゃんとマイシャの言葉を聞き、レグちゃんは顔をしかめる。



「フン。それを語るには時期尚早なんぬ。今は人の中に”道”が無い。……しかし新しき古き竜(ハイフォドリー)の道が開かれる事も間違いないんぬ。すなわちオフスよ、お主の進む道だぬ」

「買いかぶりすぎだ、俺はそんなこと望んでないぜ?」



 王の道? そんなもの人の前で偉そうにしてるとかだろ?

 俺にはそんな物……。



「ならこの話はここまでにしようかぬ。責任を受け入れ、責任を負ったまま己を決められない者よ」



 煮え切らない俺の態度に、あっさりとレグちゃんは引いた。

 だがアイリュは、俺とレグちゃんのやり取りが気に入らないらしい。



「もう! レグちゃんは何が言いたいのよ?!」

「ふむ、レグが何を言いたいか、リノミノアなら分かるか?」



 丁寧に頭を下げ、リノちゃんは答える。



「はい……。『知りたいと思わない者に教えてはならない』と言うことですじゃ……」

「うむ、この男がこのように不甲斐ないのは周りにいるお主らの仕業であるんぬ」



 そう言うとレグちゃんは小さな体をそらし、ぐるりと女性陣を見渡した。

 でも、アイリュは納得していない。



「そんなの関係ないでしょ?! こうしたほうがいいとか、これをやって欲しいとかあるでしょ! オフスにそれを言えばいいんじゃないの?」



 リノちゃんはそんなアイリュをなだめるように言い聞かせてくる。



「”道”とはすなわち、人としての本質じゃ。人は生きるために必ず何らかの指針を持っておる。その規範を持たずに行動すると言う事は理性の無い獣に等しいのじゃよ」

「そんなことないでしょ! オフスは勇敢で頭も良くて、ちょっとドジでえっちだけど、みんなの事すごく良く考えてくれてるじゃない!」

「そうじゃ、オフスは確固たる自分の意思を持っておる。それを周りにいる我らが狭めてはいけないと大婆おおばばさまは言っているのじゃ……」

「俺が……」



 そんなやりとりを見ていた俺の口が自然と会話に割って入る。

 俺の問題なのだ。逃げるのか進むのか……。それとも……。



 『キィーン』と、耳鳴りが鳴り響く。



「俺が自分で気が付かなきゃいけないって事だよな。心の底から願うような……」

「そうなんぬ、レグが来たことで既に道は開かれている」

「レグちゃんは、オフスに王の道を説くために来たんですの?」



 マイシャは問いかける。



「その答えは、……オフスの中にあるんぬ」



 沈黙する俺を見ながら、そうレグちゃんは告げるのだった。


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